◆放蕩息子、姫発◆





姫昌の長兄亡き後、姫旦を中心としての政権が動いていた。
その手腕は見事なものであり、同じ殷でもこうも違うのかと目を見張るばかり。
姫昌は件の事件以来、肉はまったく口にすることは無くなった。
食物を受け入れることすら難しくなっている。
日に日に痩せ衰えていく姿は、涙を誘うばかりだった。
「太公望、父上様はこのままでは長くないでしょう」
「……うむ…」
「なぜ、あなたは父上を王にしたいのですか?」
「わしは殷の国中を飛び回ったが…姫昌ほどの器を持ったものは見たことが無いのだよ」
太公望の目は少しむかしを懐かしんでいた。
人間の時間はあっという間に過ぎる。
自分は変わらずとも、姫昌の時は確実に終わりを告げようとしているのだ。
「…あなたにあっていただきたい人がいるのです」
旦が言うには跡継ぎは姫発。
しかし、宮中には寄り付かず街の中をふらついているらしい。
つかみ所の無い男。
それでも、姫昌の正当なる跡継ぎ。
それを見極めろ旦は言うのだ。

四不象と街に繰り出し、旦の描いた絵を元に発を探す。
しかしながらお世辞にもうまいとは言えない絵を元に探すのは至難の業。
頭を抱えながら聞き込んでいくがこれといった手がかりも無く、
二人は途方にくれていた。
「どんな人なんすかねぇ?」
「…つかみ所のない男らしい」
二人の前を走る男と女。女は男を突き飛ばすが、男は懲りずに追いかける。
「のんきなものじゃのう…」
何回も太公望の横を走り去る。
数回目のとき、弾みで太公望にぶつかり、弾き飛ばす。
「何をするか!おぬし!」
「すまねぇ!前見てなか……」
頭布が解け、黒髪が落ちる。
「中々、いいんじゃねぇの……」
男はふむふむと一人で納得している。
「のう、おぬし、この男を知らんか?」
「ああ…姫発さんか?あとで教えてやるよ。それより俺と少し…」
太公望の手を握り、男は熱心に口説いてくる。
あいにく太公望には口説きに対する抗体ができていた。
申公豹、ヨウゼン、天化の三人によってだが。
「お師匠さま〜〜〜、僕、姫発様の顔を知ってます〜〜〜」
武吉が駆け寄ってくる。
「おお、どんな男なのじゃ?」
「その人……です」
「な………」





宮中に連れ戻され、旦にたっぷりと小言をくらい、発はうんざりとした顔だった。
「そうしておれば見れるではないか、発」
姫昌の跡目らしく衣服を変えられてはいるが憮然とした顔。
「昔の昌に……」
「親父に?」
「いや、なんでもない」
両手に書物を抱えて太公望は自室に戻ろうと歩みだす。
聞仲との一戦以来、太公望を始め、各個人がそれぞれの修行を始めていた。
政務、軍事訓練、無血落城を目指すためにはまだまだ資料が必要だ。
深夜まで書に目を通し、明け方を迎える日々。
「師叔」
「天化、どうかしたのか?」
「いんや、師叔の顔見たかっただけさ」
莫夜の宝剣を持ったまま、太公望の頬に口付ける。
「あんまり無理ちゃだめさ。師叔」
「わかっておるよ。すまぬ。おぬしやヨウゼンにも心配をかけておるな……」
「いいさ。俺っちは早く師叔が俺っちのことを見てくれるようにがんばるさ!」
前向きに、ひたむきに天化は進む。
「重いだろ?手伝うよ」
「すまぬ、頼んでもよいか?」
横を歩く発。
(やはり似ておる……血は争えぬ…か…)
「しっかし、こんな難しいもんばっか読んでんのか?」
「いずれは発にも読んでもらうが」
「うっ…俺も読むのか?これ…」
「ああ、この倍は読まねばならんだろうのう」
ぱらぱらとめくっては戻す。
欠伸をしながらも太公望の書いた書に目を通してはため息を付く。
(……昌……)
遠い昔に見た男。
今、目の前にいるのは同じ姿をした別の男。
(わしは………)
二人のため息が部屋を包んでいた。




思いは巡るばかりで、結論は出ない。
今宵の月は下弦。
悩めるものを示唆するという。
「寝れないのか?」
欄干に腰掛けいる太公望の横に発が立つ。
「わしにもそんな夜くらいはあるぞ」
「あー…そうやってたほうが道士らしくなくていいよ」
寝巻きに下ろされた髪。
「なんであんな堅苦しい服着てんだよ、道士って」
すっと手が伸び、髪を撫でる。
「昌………」
「?」
「…!……やめてくれ」
発の手を弾く。
(今……昌と思った……)
鼓動が早くなるのがわかる。
「太公望?」
「だから……」
振りほどこうとして、バランスを崩し、あわや欄干から落下寸前のところを発が抱き上げる。
「危なぇとこだった…」
「…発……」
重なるのは在りし日の姫昌。ただ一人、心を奪った男の姿。
(ここに居るのは発……昌ではない……)
「降ろしてくれぬか…」
「あ…ああ」
気まずい空気。
沈黙が痛い。
「太公望…その…そんなに俺、親父に似てるか?」
「…………」
「昼間…親父と間違ってたろ…」
「………」
「太公望……」
力なく項垂れる肩は細く、伏せられた目は胸を差す。
腕の中の身体は小さく震えていた。




香炉から漂う紫の煙。
発と寝台の上で向かい合う。
「…発…わしは……」
「何も言わなくていい…俺も…・・・聞かない」
発はわかっている。自分を見ているのでなく、自分の中にある「父」の姿を見ていることを。
寝巻きの紐を解いて、露になる肉体。
なだらかな曲線と窪み。
慣れた手つきで発は太公望の身体を弄っていく。
「…あぅ…はぁん……」
柔らかい胸に食い込む指。
軽く歯を立てて、口中で弄ぶ。
少女の身体は敏感だ。
(慣れてんのか、慣れてねえのか…わかんねぇ…)
ただ、手に吸い付くような肌は男だったらだれでも浸透する逸品。
顔だってそんなに悪くはない。
「太公望…目…開けてくれよ…」
恐る恐る発を見る。
少し、ぼやけて見えるその姿は姫昌そのもの。
この腕も、背中も、なにもかも。
「……昌……」
指は秘所で動く。粘りつく体液を絡めながら。
「ああ…っ!!!…姫昌……っ…!…」
卑猥な音を立てて、結合する。
熱さと眩暈と肌の匂い。
(…親父のかわりでもいいや…今は…)
少女の中は熱く、「もっと」と締め付けてくる。
盛りのついた猫のようにただ、快楽だけを求め合う。
そこに理由など付けずに。
「…昌………昌……」
きつく抱きついてくる腕。
呼吸と動きが重なり、加速していく。
首筋に荒々しく吸いつき、自分の痕跡を残す。
「…ああっ!!!……昌…っ…!!…」
爪が沈む背中は、汗で濡れ、絡んだ身体は甘く匂う。
「…太公望……」
「…呼ぶならば……呂望と……」
潤んで焦点の定まらない瞳。
腰を抱きしめて、さらに奥を目指す。
「ああっ!!!」
「…呂望………」
貪る様に口付けあって、噛み切れそうなほど強く吸い合って。
「…い…あぁ…!…ああああっ!!!!」
発の唇を強く吸う。
「…く…っ…呂望……っ…!…」
最奥で熱が弾ける。溢れた体液が伝い、零れていった。





道士としてあるまじき浅ましさ。
発の腕の中で太公望は自らを叱咤した。
なによりも、発ではなく姫昌を発に求めた心の醜さを。
「すまぬ…発…」
「あー…うん……」
「わしは…おぬしを傷つけた……」
答える代わりに強く抱く。
「親父のことが…好きなのか…?」
「…昔のことだったのじゃ…わしだけの思いだから…」
風に散る片道の恋。
ずっと………好きだった。
「泣いてもいーんだぜ?」
「誰が泣くというのだ…・・・」
「胸くらい貸せるから」
心地よい肌の感触。
「そのうち…貸してくれ…・・・」
「…ああ……」
まだ、朝の足音は遠く、夜の影は薄くなって。
半端な時間はまるで今の自分を指す様だと太公望は感じた。
「…発……」
「ん?」
「なんでもない…いずれ話すよ」
くすくすと笑う。
「そうやって笑ってると可愛いよな」
「何も出さぬぞ」
まだ、朝は来ない。


このまま、なにも知らないままで眠ろう。
歴史の足音がきこえるまで。




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