◆休息と準備、それぞれの現在と少し昔の話、其の四◆






妖怪仙人には原型がある。例えば妲己の狐。喜媚の雉というように。
岩石や鉱石も年月と共に妖気を帯び、仙人になることも在るという。
それが人の想いや念のこもったものであれば尚更だ。
石琵琶の仙人もそう。
元は天竺渡りの高僧が大事にしていた石琵琶だった。
幾重にも刻まれた独経はいつしか琵琶に魂を吹き込んだ。
それが「王貴人」である。
太公望によって一度は元の琵琶に戻された彼女。
必要なのは休息と大地の香気であった。
「さぁ、時は来たわ…石琵琶よ、王貴人の姿に戻るのよ」
霧の中、揺れるのは王貴人の姿。
「おのれ太公望!!!!」
殺気みなぎるその眼。
「姉さま!太公望はどこ!!??」
「あらん、貴人ちゃんそんな怒っちゃ駄目よ。いずれ会えるわ」
妲己は笑う。
何もかもが自分たちの思うままに動いているのだと。







西岐城では太公望が桂華茶片手に考え込んでいた。
聞仲の殷に対する執着。
それだけではない何かがあるはずだと。
「やはり直談判しかないかのぅ…聞仲も馬鹿ではないなら話くらいは聞いてくれるだろうし」
茶香りを身体に纏わせて太公望は道服の紐を解く。
普段着慣れぬ姜の頭領の衣装を見に纏い、結い上げていた髪を解いた。
黒髪に丁寧に櫛を入れ、薄付きの紅を唇に。
「御主人、どうしたっすか?別人みたいっす」
四不象がよって来る。
「おお、スープー。これから人に会いに行こうと思うのじゃ」
「おしゃれして誰に会うっすか?」
「聞仲じゃよ」
四不象が凍りつく。
「ご、御主人!!??本気っすか?!殺されるっすよ!!!」
「姜族頭領として面会に行くならばやつとて手は出せまい。これでもわしは…姜の
最後の血脈をもつものじゃからのう…」
少し伏せた目には昔のことが過ぎっていた。
両親も兄弟も一族の皆も、妲己によって奪われた。
頭を振って打ち消す。どう嘆いても帰ってはこないのだ。
何度悪夢にうなされようとも、この現実を打破しない限り何も変わらない。
「さて、スープー。朝歌に向かうぞ」
「御主人〜〜〜〜」
不安がる四不象を宥めて朝歌へと向かわせる。
艶やかな髪をなびかせる姿は道士というよりも仙女に近かった。
姜族頭領の伝統服は濃紺の糸で幾重にも織られている。
同色の糸と白が織り成す刺繍が美しい。
その姿は最期の血を持つものの姿だった。






「申公豹。太公望が居るよ」
黒点虎の目が彼方を見る。彼の瞳は千里眼。
「呂望が?」
「こっちに来るよ」
「なら、迎えるだけですよ」
同じように視界に入る姿。
「申公豹」
「そんな姿でどこへ行くのですか?」
「朝歌じゃよ。聞仲と話をしにな」
自分と居るときには見せない姿に申公豹は少し嫉妬した。
「道士ではなく、姜族頭領としてならばあやつも手は出せまいて」
「しかし、四不象に乗っていれば道士とみなされますよ」
「う……しかし、他に移動手段が……」
「私が朝歌まで送りますよ。あなたに貸しを作りたいですしね」
黒点虎の背に移り、申公豹の腰に手を回す。
「しっかり掴まっていてくださいね」
黒点虎は朝歌目指して空を駆けていく。
「そうしている方が、綺麗ですよ」
「道士であることを辞める訳にもいくまい」
「いえ……あなたはどちらにしてもその魂に惹かれるのかもしれませんね」
「おぬしの言うことはよく分からぬ」
「いいんですよ。私一人が楽しいことですから」
背中にしがみ付き、やれやれとため息をついた。





聞仲は禁城の太師府で雑務に追われていた。
紂王が政権を放棄しているのに近い今の状態の中で聞仲が政権を占める割合は
多く、今や殷を動かしているのは実質聞仲だといっても過言ではない。
「聞仲、あなたにお客ですよ」
「道化、私にはそんな暇はない」
聞仲の声を無視して申公豹は太公望を太師府に降ろす。
「呂望、何かあったらすぐに迎えに来ますから。ここでのことなら大概は私にも見えますし」
「…!!太公望!」
禁鞭を手に聞仲は太公望に対峙する。
「聞仲。まずはわしの話を聞いてはくれぬか?わしは今は道士としてここに来たのではない。
姜族頭領の呂望姜子牙として会いに来たのじゃよ」
太公望は一族の代表として殷の太師に会いに来たという。
そういう理を持ってきているものを討つのは聞仲の持論に反する。
太師として迎えなければ道士としても失格となる。
太公望は聞仲の性格を見抜いての行動だった。





太公望と聞仲。
人間対人間としての対話。
お互いがお互いの心中を少しだけ見せ合う。
「相容れぬか…」
太公望は胸の前で手を組み合わせ、ため息をついた。
互いに譲れないもののために戦う。
「そのようだな…」
敵にするには惜しい逸材。組めば敵など無いに等しいだろう。
吹き込む風が太公望の髪を書き上げる。
まとわりつく黒髪を指先が捉え、いつもの癖で後ろに回してしまう。
それは聞仲が昔見た光景でもあった。
「…朱氏……」
同じように豊かな黒髪をなびかせて戦場を舞っていた彼女。
伸ばした手が掴んだのは似て非なる女。
「聞仲?」
怪訝そうな瞳。
「……………」
柔らかい首に沈む指。
それは猫の首を絞めるような感触に似ていた。
「…っ………」
振りほどこうと聞仲の手に指をかけるが、それも途中でやめ、目を閉じた。
ちからなくだらんと下がる腕。
いっそ何もかも放棄できたら………そんな気持ちがいつもどこかにあった。
このまま死ねたならば誰にも何も言われない。
大義名分。言い訳。死人に口無し。
「なぜ…抵抗しない」
「…殺したければ殺せばよい……」
薄っすらと太公望の唇が笑う。
それは妲己以上に妖艶な微笑で。
恐ろしきは無意識のうちに生み出される誘惑。
「好きにすればよい…わしは…疲れた…」
空気が止まる。
沈殿する呼吸と鼓動。
「締めぬのか?」
「……………」
打ち付けるように太公望を床に倒す。
強かに腰を打ち、太公望は少し顔を顰めた。
そのまま、強引に唇を奪う。
「…っ…!!…」
驚いたのは互いにである。
聞仲自身、己の行動の意味が分からなかった。
(私は一体何をした…?相手は仮にも敵の軍師だぞ…)
「聞仲…」
口を封じるかのように、もう一度。
子供同様の少女の身体は、どこか艶かしく、未完であるが故の美が在った。
人形のように抵抗の無い身体。
男は人形を扱うかのように少女を抱いた。
少女も抵抗するでもなく、受け入れるでもなく、ただ、されるがままに抱かれた。
生温い空気が支配する。
「……気は済んだか?」
「…………」
「おぬしが抱いたのは今の殷と同じだ…抵抗する力が無い。抜け殻に等しい…それでも
満足であったか?反応の無い身体を抱いて、良いと思えたか?」
散った衣類を身に纏い、太公望は息を整える。
「次におぬしと会うときは…敵同士になるのじゃな…聞仲…」
「…そうだな…」
道は分かれたまま。
少女と男は出会ってしまっただけ。
そして、ただ、それだけの事。





西岐城に戻り、太公望はぼんやりと空を見上げていた。
こんな気持ちのときに思うのは過去のことばかり。
何も考えずに、未来は当たり前に来るだろうと思っていたあの頃。
そっと秘めた想いのあの人。
叶わずに、掬っては零れる砂のような思い出ばかり。
「師叔、風邪を引かれますよ」
「もう少し、こうしていたいのだよ…ヨウゼン」
星も無く、月も無い空。
「わしは…弱いのう…だが、力だけが全てには思えぬのじゃ…」
「師叔…」
「過去に囚われてはいかんな…」
少しだけ、悲しげに笑った。
「風が冷たくなってきましたね…」
後ろからそっと包み込むように抱きしめる。太公望の身体はヨウゼンの腕の中に
収まるほどに、細く、頼りない。
それでも、戦の時に見せるその強さと凛々しさ。
「部屋に戻りませんか?本気で風邪を引いてしまいます」
「…おぬしの部屋に行ってもよいか?」
「師叔…」





太公望が他人の部屋に夜に入ることはまず無い。
例外がこのヨウゼンだった。
太公望の補佐に回る天才。この道士を太公望は信頼している。
それだけでも十分なはずなのに、欲はキリが無い。
信頼だけではなく、もっと他のものも欲しいと思うのだ。
「ヨウゼン、わしはどうしたらよいのだ?」
「師叔…」
「おぬしは本来はわしなどに付くべきでは無い…わかってはおるが…」
少し困ったように笑った顔はあどけない。
ヨウゼンの合わせの紐を解いていく手。
「少し、甘えさせてくれ……ヨウゼン……」
時折見せる弱さが何よりも愛しいと思える。
額に降る口付けを受けながら太公望は指先をヨウゼンの腹部に這わせた。
舌を絡ませて、口移しで息をしあう。
角度がずれた時にだけ許される呼吸。
ヨウゼンの長い髪に指を絡ませて、抱き寄せる。
乳房に残る傷跡。禁鞭がつけたその傷は聞仲の強さを無言で語る。
(僕は…もっと強くならなければ…この人を守れるように。守られるだけじゃなくて…
この人を包めるように……)
「…んっ……」
白い肌に赤黒く残る傷跡。
その傷に重ねるようにヨウゼンは自分の足跡を残していく。
「師叔…」
手首を掴んで身体を反転させる。
寝台に胸を付かせるような格好。
膝を突かせて、頭を寝台に着かせる。
「…ヨウゼン…この格好は……」
不安と羞恥に染まった顔が、心の奥の暗いところを刺激する。
支配、征服、服従、従属。
「あなたの全部が欲しいんです…」
背筋に舌を這わせる。
「…あっ…ぅ…」
耳朶まで赤く染める姿が扇情的で。
後ろから抱きしめて、貫く。
「あああっ!!!」
腰を抱いて、突き上げる度に太公望の身体が軋む。
子を孕めない行為に意味を見出すことはいまだに出来ないまま。
そでも、その行為に嫌悪感はなくなってきていた。
体温が伝えてくれる気持ちがあることも知ったから。
「あ…っ…ああ…!…ヨウゼン……」
そのまま体位を座位に変えていく。
「ぅあ…!…んんっ…!!」
「…師叔…っ…」
身体も心も熱くて、全部飲み込みたいほど欲しくて。

でも、本当に欲しいものはお互いに掴めにないこともしっているから。



ヨウゼンの腕を枕に太公望はその身体を横たえていた。
「ヨウゼン、わしはどうすればいいのだ?」
指先で落ちてくるヨウゼンの髪を絡める。
「もし、この計画が終わって、何もかもが終わったら、どうすればいい?」
「…そうですね…そうしたら一緒に仙人界に戻って隠居でもしますか、師叔」
「それもいいかもしれんのう」
いつまでも、このまま笑っていられたなら。
いつまでも、この時が続くのなら。
「おぬしと居ると楽でいいのう…わしは何もせずとも物事が動く」
寒いのか、太公望はヨウゼンの身体にぴったりとくっつく。
空いた両手でその身体を抱きしめた。
「それとも、いっそ道士など辞めてしまいますか?」
「それもいいかもしれんのう」
何もかもが雲を掴むような話で。
それでも、つかの間の幸せに酔いたかった。



逃げることの出来ない運命は、すぐそこまで来ているのだから。




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