◆かわいいひと◆
「ん………」
感じる寒さに身体を起こす。
ここ数日ボクは白鶴洞(うち)に帰ってないで紫陽洞(ここ)に居る。
もっとちゃんと考えるならこの三日は寝室から殆ど出てない。
喉が渇いたときにちょっと厨房に行くくらい。
服だってまともに着てない。上に少し羽織るだけ。
なんて享楽的な生活。
頭ではダメって分かってるのに。
(まだ、朝は遠いのかな……)
道徳はしっかりと寝てるし。寝てる分にはいいんだけれども困ったことに僕の腰を抱いてるんだよね。
引き剥がそうとしても離れないから、仕方無しに窓からまだ暗い外を見てる。
(寝てると結構子供っぽいよね)
普段は見上げることの多い彼は、こんなときにはやけに小さく見える。
ちゃんとしてると意外とカッコいいところもあるんだけどなぁ。
普段はどうしてああなんだろう?
「……ん〜……」
頬をちょっとつつく。
まだ、眠そう。多分、当分起きない。
本当は、そろそろ白鶴洞(うち)に帰って残ってる仕事を片付けたい。
モクタクが気まぐれに帰って来るかもしれないし、半端になってる研究も纏めちゃいたいのに。
帰らなきゃいけないんだけど……帰りたくないから。
こんなに無防備に眠る人もあんまり居ないと思う。
もしもボクがこの人を殺そうと考えたら間違いなく一発で仕留められる。
はじめてあった時はこんな人だなんて思わなかった。
もっと、真面目で模範的な仙人だと思ってたから。
色々あってこうして一緒に居るけれども、まだ分からないことも沢山あるし。
(こうやってると可愛い人なのかもしれない)
宝剣を手にしてるときはやっぱりカッコいいと思う。
惚れた欲目かもしれないけれども、武器を扱うセンスはいいし、格闘技まで習得してる。
戦闘能力だけなら十二仙で最高位だし。
トレーニングは欠かさないし、いつも前向き。
でも、ちょっとだらしないところもある。
掃除はしないし、洗濯も嫌い。放っておけば食事だって適当に済ませちゃう。
自分を鍛えることと弟子の育成以外は無頓着。
三日会わないだけで部屋は荒れ放題ってどういうことなんだろう?
道徳はボクがやってくれるからついなにもしなくなるとか言うけども、絶対面倒だからしないんだと思う。
それに、仙道は愛欲を絶たなきゃいけないはずなのに。
来るたびにボクの事好きにしてる。
まぁ……流されてるボクも悪いけども。
でも、だったら一回で十分なのに、どうして一晩に三回も四回もしたいわけ?
それだけが目当てじゃないって分かってるつもりだけども……。
断わらないボクにも問題は大いにあるけども!
断われないような目で見てくるから……。
(宝剣握ってる時はカッコいいんだけどな……)
三日間、殆ど重なって過ごして。
まだ身体の奥の方が少し熱い気がする。
今すぐじゃないけれども、いつか、いつかだけれども。
ボクが道徳の子供を産むってこともあるんだよね。
道行みたいにちゃんとできるかなぁ……。
それよりもこの人が育児なんか出来るのかな?
手伝ってくれるとは思うけれども、でも、ちょっと怪しい。
「……普賢……?」
「起こしちゃった?ごめんね」
「あー……もう少し寝てよう、ほら……こっち」
抱き寄せられてまたボクは彼の腕の中。
「今日は帰る。もう三日もこうしてるよ」
「帰るって、なんで?もう少しこうしたい……」
「だって、寝室からまともに出てないよ?いくらなんでも……」
ちゅっと額に接吻されて。
「たまにはいいだろ。いっつも離れてるんだから……」
紫陽洞と白鶴洞は結構離れてる。
だからいつもは道徳がうちにくるんだけれどもたまに掃除とかも兼ねてボクがこっちにくることもあるんだけど。
「十二仙なんか辞めようかな……一道士に戻ったら白鶴洞に住めるし」
「バカな事言わないの」
ぎゅっと抱いてくる腕。
この、大きな手が好き。
「天化もモクタクも帰ってこれるような状況じゃないって白鶴が言ってたしな」
だから、その二人の師匠のボクたちがこんなことしてて良い訳が無いのに。
本当は十二仙道士でこんな関係になっちゃいけないって分かってるはずだったのに。
どうしてこうなっちゃったんだろ。
同じ立場でも太乙と道行じゃ全然違うし。
「ね、道徳。今日はちゃんとしようよ」
「あ?まだしたい?俺も……」
唇が下がって鎖骨に触れる。
「そうじゃなくって、ちゃんとトレーニングしようよ。ボクも書類を片付けるよ」
「普賢は俺より紙切れのほうが好きなのか?」
不機嫌そうに見つめてくる瞳。
「……そんなこと無いよ……でも……」
そんな怒った顔しないでよ。
一緒に居れるのは嬉しいし、こうしてるのも悪くない。
でも、悦楽的過ぎるって思う。
「……眠い……普賢も寝よう……」
あったかいのはいいんだけれど……くっついてられるのもいいんだけども……。
だからってこんな生活はダメだよ。
ダメなはずなのに……ダメじゃないって思う自分が居るのはどうしてなんだろう。
道徳の手が触れるたびに嬉しいって思うから。
昔の話は慈航や太乙から嫌って程聞かされた。
過去は過去って、分かってるつもりだけども……ちょっとだけ嫉妬する自分が嫌。
ボクよりもずっと長く生きてるから、仕方ないことだけども。
道徳はボクのこと、本当はどう思ってるんだろう。
喉が渇いたから、そっと抜け出して厨房に。
桃を一つとって面倒だからそのまま口をつけた。
なんか感化されちゃってるのかな……だんだん堕落してるような気がする。
甘くて、喉を潤してくれるから果物は好き。
ひんやりとした床の感触と、まだ少し肌寒いのは季節のせい。
「……普賢、居た……」
ぼ〜っとした顔で背後に立って。
「あ、やだっ……」
ぺろって指を取られて舐められる。
「甘い……」
半分寝ぼけてるのか後ろから抱きついてくるし。
「居なくなるなよ……心配するだろ……」
「寝るなら、部屋で寝て」
「一緒じゃなきゃ寒いんだよ……」
何をやってもここ三日はこんな感じ。甘えっぱなしで何を言ってもダメ。
「ん〜……いい匂い……」
首に触れる唇。うなじの辺りに何度も口付けてくれる。
「あ、ダメ!どこ触ってるの!」
するりと夜着の中に手が入り込む。そのままきゅっと胸を包まれてちょっとだけ息が上がるのが自分でも分かるから。
「胸……結構おっきくなったよなぁ……俺の努力の賜物……」
「道徳っ!!」
「でも、腰とか細いまんまでさ……なんつーか俺のために生まれてきてくれたとしか思えないんだよな……」
指が滑ってきて、ちゅ…って音を立てて中に入り込む。
「やだっ……こんな所じゃ……」
「たまにはいいだろ……普賢……」
奥まで入り込んで、くって動かしてくる。
どこをどうすればボクが泣くかなんて、知っててやってるから。
「んっ!!やぁ……っ!」
逃げようとしても、腰を抱かれてるから逃げられない。
その間にも道徳の指は内側で動き続けるから、ボクはされるがままに声を上げるしかなくて。
ちゅ…ちゅくっ……。
振り払おうとすれば、逆に指を増やされる。
「……道徳……やめてっ……」
「やだ」
「ここじゃ……やだぁ……」
膝が崩れそう。立ったまましかも後ろからなんて恐いから……嫌だよ。
「あ!んんっ!!」
ぱさ、って夜着が落ちてボクは裸のまま後ろから抱きしめられる。
唇が耳に触れて、ぴちゃ…って舐めてきて。
「ね、ここじゃないとこならいいから……」
意地悪な指はボクの中で動き回る。
ぐ…って押されて、まるで楽しんでるみたいに何度も何度も中指が内側から上のほうを押してくる。
「あんっ!!っは……っ!!」
うなじを舌がなぞるから、ボクはただ喘ぐしかなくて。
「ここじゃ……や……」
「んじゃ、あっち(寝室)行く?」
なんでいつも軽々とボクのこと持ち上げるの?
軽いって自覚はあるけど、ボクだってこれでも一応仙人なんだよ。
なんだか、自信無くしちゃうよ。
腕力とかは多分モクタク以下だってのも分かってる。
普段から煩いくらい鍛えろって言ってくるくせに、一緒にトレーニングするって言ったらダメ!っていうし。
筋肉つけたいからがんばるって言ってもダメ!だし。
一体どっちなの?
時々とぼけてるところとか、わかんないことばっかり。
結局四日目の朝になっても道徳がボクを帰す気配は無し。
寝てると結構可愛い人だと思う。
単純で、直感的で、嫉妬屋で、頑固なとこもあるし、片付けも嫌い。
自分のことなんか無頓着で、身体を鍛えることと弟子の育成にばっかり夢中になってる。
すぐに落ち込むけど、すぐに立ち直る。
本を読むのも嫌いだし、たまに原始様に出さなきゃいけない書状も最近じゃボクが代筆してるくらい。
好き嫌いもあるし、強引なとこも結構あるんだよね。
(……こら、寝てないで起きなさい)
頬をちょっとつついてみるとやっぱし眠そうにしてるから。
無精髭なんか生やして。
なんだか違う人みたい。
ねぇ、それなのに、どうしてボクはあなたが良いんだろう?
あなたじゃなきゃダメなんだろう?
(でも、ちょっとくっつきすぎ……)
強くて、かわいいひと。
がんばって長生きしようね。気が遠くなるくらい一緒に居ようね。
喧嘩もいっぱいするだろうけども、沢山の時間を越えていこう。
好き。
大好き。
なのに、泣きたくなるのはどうしてなんだろう?
でも、泣かないよ。泣けばいつも困った顔するでしょ。
ボクも強くなるよ。あなたの強さとは違う強さを身に付けられるようにがんばる。
いつまでも守られるだけの女に甘んじるつもりは無いからね。
「……起きたのか?」
「うん。たまには寝顔を見るのも良いかなって」
「変わった趣味だな、そりゃ」
寝癖で後頭部は跳ねてるし、起き抜けでぼ〜っとしてるし、無精髭生えてるし。
その上、ちょっと……結構だらしないけども。
でも、それでもこの人じゃなきゃダメなんだからぼくの趣味も相当変わってるかもしれない。
「何笑ってんだ?」
「ううん。道徳がかわいいなーって思ってたの」
「俺が?あんまり嬉しくない言葉だな。どうせならカッコいいとかそっちのほうが……」
「でも、かわいいひとだと思うよ」
いつも、本当に自分で良いのかなって不安になる。
一人でいれば殊更それは大きくなってボクを飲み込んでいくから。
あなたの声が、手が、それを消してくれる。
「まだ、寒いだろ?おいで」
ああ、雪が降ってるんだ。
雪は音を吸い取って静かに降り積もるから、ボクたちの声なんかきっと消してしまう。
「雪か……綺麗だよな」
一緒に居るようになってから何回目の冬だろう。
「うん……」
肌寒い空気は、あなたの腕の中にいれば分からないから。
ボクは少し感覚が麻痺してるのかもしれない。
でも、その麻痺は嫌じゃない。
本当はずっと男に生まれたらよかったのにって思ってた。
あなたのように強くなれたなら、きっと運命は変わっていたって。
「起きて積もってたら雪ダルマでも作るか?」
「あはは。楽しいかもね」
ねぇ、不安だったことなんて忘れちゃったよ。
少しは苦手な笑顔も上手になったかな?
あなたがいつも笑ってるから、ボクも笑ってられる。
よく笑って、よく食べて、それから沢山の時間を過ごそう。
いつか奇跡が起きて、ボクたちが親になれることがあるのなら。
今よりもずっと騒がしくて楽しい未来になるに決まってる。
そうなっても、あなたはボクを名前で呼んでくれる?
ずっと、手を繋いでいてくれる?
でも、ボクたちが親になるなんて想像もつかないよね
ああ、でも……あなたはきっと変わらないような気がする。
「眠れないのか?」
「ううん。眠らないの」
手を繋ごう。ずっと……こうしていたいから。
離さないで、ずっと、ずっと。
「どうした?にこにこして」
「教えない」
優しくて、わがままで、かわいいひと。
明日も、明後日も、その先の日も、ずっとずっと一緒に居ようね。
おやすみ、いい夢を見させてください。
こうやってくっついて、幸せだって思えるから。
ボクの宝物はあなただから。
あなたの笑顔を、言葉を、その意思を守れるなら。
少し位の苦労とか努力は厭わないから。
あなたが生きてここにいてくれて、こうして抱いてくれるだけで幸せだって思うから。
ね、だから、長生きしようね。
かわいいひと、明日は何をしようか?
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