◆カラカラ◆



両腕で書類を抱えて、太公望は今日も走り回る。
傍らには四不象。同様に書簡を抱えた武吉を従えて、軍師殿で治水工事の予算と睨みあう。
戦闘に掛かる予算は膨大だ。だからといって民の生活を圧迫することは太公望が良しとしない。
『戦争なんてろくでもないものだ』
発が言った言葉は彼女の真意でもあった。
「師叔、居るさ……?」
「居るけど、居らぬ」
太公望は振り向くことなく筆を進める。
日照が続いて水不足の危険があるために優先的に治水工事の発案書を進めていた。
天化のお遊びには構っていられないと背中が語る。
「どうしても聞いて欲しいことがあるさ……」
「…………言うてみよ」
沈痛な声にさすがの太公望もちらりと天化を見る。
(酷く憔悴して……何があった?)
普段の覇気はなく、項垂れて疲れたような表情。
「武吉、スープー、ちと……わしと天化だけにしてくれぬか?」
あらかた纏めたものを二人に渡して、旦のところに持って行くように命じる。
四不象の背に乗り武吉は書類を抱えて摂政の間へと向かっていった。
「それで、何用じゃ?」
ばらばらと次の書類を開きながら太公望は隣に座るように促す。
自嘲気味に笑いながら天化は椅子に腰を下ろした。
「簡潔に言った方がいい?」
「そうしてくれ」
「普賢さんと寝たさ」
ことりと筆を落とす。
からかたと音を立ててそれは床を転がっていった。
「……今、なんと……?」
「悪戯してみたかったっていうか……泣かれた」
太公望はぎりりと唇を噛んだ。嫉妬心ではなく、自分の大事なものを無作法に傷つけられたということに対してのものだった。
普賢真人は同期に仙界入りをした親友でもあり、自分を支えてくれる大事な仲間でもある。
からかう事もあったが道徳真君とのことも太公望なりに応援はしていた。
少し困ったように恋人の話をする姿は同じ過去を持つものとして純粋に愛しく思えた。
お互いに守りあい、そして前を見る。
「……それで?」
太公望は目線を書簡に向ける。
「どうしたらいいか……わかんなくなった……」
「わしも、おぬしが分からぬよ。天化」
痛むのは胸の奥。それは己の思いよりも普賢のことを思えば。
(あれは……幸せにならねばならんのだ……それを……)
はぁ…とため息をつき、頭を抱える。天化はなんだかんだと厄介事を持ち込むが今回のことに比べれば全てがかわいく思えて仕方がない。
「あれは……普賢は……滅多なことでは泣かぬ。道徳の前でもな」
「え……」
「あれが本気を出せば対極府印など無くともおぬしの首の一つくらいは飛ばせるぞ」
「……………」
「道徳の弟子ならばと……母を失ったものならと……よく言っておった。あれは以外に無口でな……
本心は殆ど見せぬ。だが、最近は随分と笑うようになった。いつも……あの目は遠くを見ていたよ……
道徳に感謝せねばと思っておったところじゃ……」
振り向いて小さく笑う太公望の顔は、今までに見たことの無い表情だった。
それは悲しさとほんの少しの侮蔑。そして、まるで守りきれなかった自分にも非があるという自責の念。
「おぬしはまだ子供じゃ。普賢も……母になるには早すぎる」
「……………」
「あれは……わしにとっても大事な……宝物じゃ……ようやく道徳に譲り渡してもいいと思えるようになったところを……っ…!」
ばさばさと書面は舞い、床に散らばる。
離れることなく共に過ごしてきた友から聞かされた恋は、自分を置き去りにしていくようで胸を締め付けた。
一人にされることが恐くて。
それでも、二人を知れば知るほどに今度はどこか暖かくなれる自分が居た。
笑うことが苦手だった友は、よく笑うようになった。
感情を表に出すことを嫌っていたはずなのに、喧嘩をすれば喚き散らし、怒りを露にするようになった。
悩み、僅かな嫉妬、いままで見せることの無かった感情たち。
それを引き出せた男に小さな嫉妬さえ覚えた。
子供がお気に入りの玩具を取られたかのように。
「普賢は……あれの強さは脆さと隣り合わせだ。道徳を選んだのもどこかしら無意識の防衛本能があったのかも知れぬな……
道徳の強さは数値の上では現段階では最高位……直接攻撃の出来ない普賢には理想的な男じゃ」
淡々と語る声。
「だが……果たしてそれだけだったのだろうか?ならば玉鼎でも良かったはずじゃ。なぜ、道徳だったのか……それを考えておったよ。
のう、天化……道徳ほど人間を捨てきれぬ仙人も珍しいと思わぬか?」
「人間を……捨て切れない……?」
「本来なら仙道は愛欲を絶つことを義務付けられている。そういう関係であってもおおっぴらに公表することはまず無い。
まぁ……人の口に戸は立てられぬから噂という形で知れることにはなるが。わしとて本来はそうあるべき立場じゃ。
封神計画の実行者じゃからのう……」
太公望は仙人と同格の力と階級に座する。
普段はそれを尾首にも出さずに一道士、軍師として忙しく動くのだ。
「だが、道徳は違う。好きだと追いかけて、あれの心を溶かした。だから……」
隠しがちな弱さも、嫉妬心も何もかもを差し出して。
笑うことを失っていた彼女の笑顔を引き出した。
「俺っち……」
「まいた種を刈り取れるほど……おぬしには求めぬよ」
まるで子供を諭す母のような声。
「崑崙に行って来る。天化、おぬしは暫く自室で謹慎しておれ。軍師命令じゃ」




数日振りに見る青空は、濡れた木々を鮮やかに照らしていく。
きらきらと零れる光の雫はまるで宝石の様。
「普賢」
「ああ、道徳……どうしたの?」
「いや……療養中って……もう大丈夫なのか?」
「ん……まだちょっとふらふらする……」
ふらつく心をしっかりと抱いていて欲しいから。
「治して」
「普賢?」
もっと強くなるために、これ以上揺れないでいられるように。
(ごめん……やっぱりあなたには言えない……)
抱きしめてくれる腕は暖かく優しすぎるから、甘えてしまう。
「あのね……」
いつもよりも甘えた目線。何か苦しいときにだけ出る発作的な態度。
ぎゅっと道衣を握る手。かすかな震えに、自分の手を重ねる。
「何かあったのか?」
「……ううん……そうじゃないけども……」
自分では気付かないような些細な曇りでさえ、この男は見逃さない。
それだけの日々は重ねてきたと自負もある。
(何を隠してるんだ……?酷く……弱ってる……)
それでも、素知らぬふりをして普賢を優しく抱きしめる。
触れられたくないこと、聞かれたくないことは誰にでもあるのだから。
抉って、壊してしまうのは簡単なこと。
けれども、壊れてしまったものを直すのは非常に困難なことだ。
たった一つ掛け違えるだけで取り返しのつかないことになることもある。
「雨、止んだね……」
「ああ、空が綺麗だ。外に出ないか?」



菩提樹の幹に凭れて、道徳は普賢を後ろから抱きしめる格好で目を閉じていた。
腕の中、普賢も何も言わずに目を閉じている。
(話してくれるのを、待つしかないだろうな)
日差しは穏やかで傷を癒してくれる。
ただ、二人でこうしているだけでもいいと思えるはずなのに、何かが違っていた。
そっと頭を撫でると抱いていた手を取られてそれを頬に当てらる。
「道徳は……どうして優しくするの?」
「どうしてって……」
「もしも、ボクが顔に大火傷したらどうする?四肢切断とかになったらどうする?誰かに強姦されたらどうする?
………急にいなくなったらどうする?」
振り向かずに普賢はそんなことを聞いてくる。
「質問だらけだな。どれから答えようか?」
「答えなくてもいいよ……ただ言ってみたかっただけだから」
「そうだな……奇麗事とか使わないなら俺はお前の顔は綺麗だと思う。でも、顔だけじゃないし。
じゃあ、身体が好き?って聞かれればさ、嫌いって言ったらそれは嘘になるだろ。意地っ張りで、一人で何でも抱え込んで、
苦しいとか言わないところも全部入れて俺はお前が好きだよ。本音言えばさ、もうちょっと頼ってくれてもいいなっては
思うけれども、それはお前が嫌だろ?」
「……道徳がもっと嫌な人だったら良かったのにっ……」
「普賢?」
「そしたら、ボク……っ……」
分かっている。
自分の未熟さをぶつけることは間違いだということくらい。
「俺は普賢の強さも、弱さも、言葉も、守りたいって思う。それは俺のわがままで、エゴだって分かってる」
「道徳……」
「お前は十分に強いよ。けど……まだ未完成だ。俺だって完成されてるなんて思っちゃいない。
だから、寄りかかって、愚痴ってもいいんだぞ。それくらいの場所にはなれるだろ?」
「何があったかなんて聞かない。聞きたくなっていったら大嘘だけど、普賢が言いたくないことを聞くことは出来ない……」
嫉妬は押さえ込まなければならないと自分に言い聞かせてきた。
この手の中でだけ在って欲しいと思うのは自分の我儘だ。
(聞きたいけどさぁ……絶対泣くだろ……)
道徳の手を取って、普賢は静かに唇を落とした。
「どした?悩みならお兄ちゃんが聞いてやるぞ?」
「兄上はそんな人じゃないもん」
「だからさ……一人でなんでも抱え込まなくたっていいんだぞ……」
言ってしまえば楽になれる。
それでも、その一言は引き鉄になってしまうことは自分が一番に分かっている。
自分ひとりがこの秘密を守り通せばいい。
それでも、差し出させる手を受け取りたいと思う自分もここに居るのだ。
その手に縋ってしまえれば。甘えるだけの可愛い女ではいられない。
おそらく、彼もただの女には興味は持たないだろう。
「ボクは……道徳の傍にいていいのかな……」
「普賢?」
「いいんだよ。他に好きな人が出来たって」
泣き出しそうな声は、微かに震えて。
「そのときはちゃんと……言ってね。そのほうが……諦めがつくから……」
振り返ることもこともなく、顔を伏せるように普賢は小さく小さく呟く。
「その予定は無いぞ。俺は……」
「この手も、その声も、本当はボクじゃない人のためにあるのかもしれない」
ぽたり。頬に当てられた手に零れたのは一粒の涙。
「分かってるのに……なのに、この手を離すのが恐いの……っ……」
この男を知ってから、自分は随分と弱くなったと彼女は笑ったことがある。
それは嘘偽り無い、彼女の心の言葉だった。
「俺は……お前を守ることも出来ないような男か?どうすりゃ……お前を泣かせないで済むんだよ……」
出来ることは声も上げずに泣く彼女をただ、抱きしめることだけ。
動けない二人、ただ二人で居られればそれでよかった。




久々に戻る仙界はいつもと変わりなく、太公望は苦笑混じりに空を見上げた。
目指すのは青峯山。
「スープー。わしは道徳と話があるから、おぬしもたまには休暇をとるがいい。今夜は玉虚宮に戻ることにするよ」
四不象の鼻先を軽く撫でて、太公望は扉に手を掛ける。
「道徳!入るぞ!」
そのまま向かったのは応接用の部屋。何度か訪ねているだけにこの静けさが逆に恐かった。
「太公望か……どうした?俺のところに来るなんて珍しいな」
少し赤くなった頬を摩りながら道徳は太公望を見る。
「その頬、どうした」
「いや、泣いてたから景気付けにちょっと乳揉んだら……泣き止んだけどもビンタ食らいまして」
「おぬらしいというか……まぁいい。わしが来たのもあれの件でじゃ」
すとん、と椅子に座り対抗望は道徳真君と向き合う。
少しの雑談の後、太公望は自分がここに来た理由を静かに話した。
それに対して道徳はさして顔色も変えずに静かに聞いていた。
まるで答を知っていたかのように。
「そんな気はしてたんだ……ただ、それを普賢の口から聞くのが恐かった……」
「道徳……」
「普賢があんなふうになるなんて余程の事じゃない限りあり得ない。本気出したらその辺の仙道なんか
一撃で討ち取れるしな。そうしない……できない相手となれば限定されてくる」
「ただ、あれはまだ子供だ」
「普賢だってまだ子供だ」
「親同士の会話のようじゃな」
「太公望、お前も子供だよ。普賢と同じだ。なんでも自分一人で抱え込もうとする」
「……………」
道徳の声はいつもと変わらない。それが太公望に隙を生ませた。
「俺が何とかしなきゃいけないことだ。だから……」
「お互い、あつかいの難しいものに惚れたのう。道徳」
「死なない程度に灸は据えさせてもらうぞ、あれには」



巧妙に張られた罠は蜘蛛の糸のようで。
一見すれば脆く見えるが、全てを絡め取って逃げ道を断たせてしまう。
獲物はゆっくりと近付いてくる牙を見ながら、恐怖に震えるだけ。
四肢の感覚も、意識も抱いたまま貪り喰われるのだ。
「少し、落ち着いたか?」
「うん……ごめん」
大泣きの後で目が腫れてはいるが、なんとか笑おうとする表情。
「しばらく、紫陽洞(うち)に居たらどうだ?俺もそのほうが安心できるし」
「そうしようかな……たまにはいいよね」
どんなに賢く、知に長けていても彼女はまだ幼く経験が追いつかない。
何もかもが、計算されたことだなどと思いもつかなかった。
疑うには彼女は疲れすぎていて、ある一種欝状態に近い。
精神的疲労は正常な思考を奪う麻薬のようなものだ。
「いっそ誰も入ってこれないようにするか?そのほうがお前も安心できるだろうし」
「ん……そのほうがいいのかな……」
触れてくる手は変わりなく、甘くて優しい。
「二人だけで、少し暮らしてみよう。練習も兼ねて」
「練習?」
「いずれは嫁に来てくれるんだろ?だから」
言われて耳まで普賢は赤くなる。
確かにいずれはそうなるのだろうが当人から面と向かって言われればなんと答えれば良いか分からなくもなるのだ。
「どうした?」
「だって……道徳がボクのこと嫁とか言うから……っ……」
「んじゃ奥さんとかの方が良かったか?」
「やだ……もう……」
真っ赤になって照れる姿。その一つ一つを独占したいという思い。
(子供なのは俺だ……悪いが普賢に他人が触れるのを許せる器量は無いんだ……)
取り乱してはいけない。目の前で天秤が静かに傾く。
秤になど掛ける必要はなかった。
始めからどちらを取るかなど、分かりきったことだった。
取るべき手は一つだけ。
見慣れたその小さな手だと。




こつこつと回廊歩く音だけが響き渡る。
長い髪に風を絡ませながら太公望は久々に本来の自室へと向かっていた。
「太公望」
「玉鼎……久しいのう。どうじゃ?元気にしておったか?」
「ああ。お前のことはヨウゼンから聞かされてはいたからな」
玉鼎真人はヨウゼンの師匠に当たる。
「珍しいな、西周に戻らないのか?」
「スープーにも休暇は必要じゃ。たまには仙界の空気でも吸って羽を伸ばさせたい。いつも手足となってくれてるからのう」
四不象のことを話すときの太公望は前線に居るときとはまるで別人のように穏やかに笑う。
その笑みは弟子から聞いていたものよりもずっと甘く、心をくすぐる。
「良かったら、遊びに来ないか?酒ぐらいなら振舞えるぞ」
「そういえばおぬしと酒を呑んだことは無かったのう……う〜む……」
顎に手を置き、太公望は小首を傾げる。
空いた右手を取って玉鼎はそっと引き寄せた。
「迷うならば、来い。太公望」
「あからさまな誘い方じゃな」
「分かっているなら早いな。私では嫌か?」
つかまれた指先がかすかに痺れて、迷いを絡める。
「ただし、上手い酒が出るならばだ」
「ああ、美酒はある」
その指先に唇が触れて。
(師弟揃って同じ口説き方か……困ったのう……)




女の身体に傷は似つかわしくない。
傷跡は無残に太公望の身体を走る。
その一つ一つが彼女の歴史であり、また彼女の戦歴でもあった。
「……酷いな……」
その傷を唇でなぞりながら玉鼎は苦笑する。
戦況は帰郷するヨウゼンから細やかに聞かされてはいた。
太公望は本来は司令官。前線で戦うことは無い身分の仙道である。
最前線で戦うのは剣士でもある天化。
攻撃力と機動力のあるナタク。
冷静な判断力と多彩な攻撃を持つヨウゼン。
その三人を頂点に援護する形の陣形が理想的であり、太公望もそのように陣を敷いてきた。
ただ、彼女は自らが前線で指揮を取り仙道が相手なら身を捨てて戦う。
傷を負うことを躊躇わない、孤高の少女。
「傷はこれからも増えるからのう……」
玉鼎の頭を抱いて、太公望は小さく笑う。
「傷を負うことは構わぬよ。それで誰かが泣かなくて済むのならな……」
繰り返される口付けは、甘く、深い。
耳朶を噛まれて、吐息を掛けられるたびに身体が震える。
「それで、お前の泣く場所は必要ないのか?」
「……わしの……泣く場所……?」
前線に赴くものは若き戦士が良い。家族という足枷がない分躊躇わずにその命を差し出すことが出来るから。
その理論から言えば太公望はまさに理想的だった。
迷うことなく自分の命を削り、他人のために戦う。
守るべき家族はもう居ない。
「……っは……あ……」
ぴちゃりと舌が乳房の線をなぞっていく。
時折その頂にある小さな乳首を軽く噛み、舌先で弾いて。
「や……」
前線での傷は未だ癒えず、少し腫れた乳房を両手で揉み上げる。
痛みが走るのか太公望はきゅっと目を閉じた。
白い肌に走る傷跡は彼女が逃げずに進み行くことを誇らしげに語る。
少年と少女の狭間に属するような中性的な躰。
「あ、んんっ!」
ぬる…と舌が乳房の線を舐め上げて、ちゅぷ…と吸い上げられる。
小さな抵抗を試みる手首を押させつけて、唇を重ねて、舌を絡めあった。
「楽しめばいい、単純に一人の女として」
「……女……?」
触れてくる手を取り、唇を当てる。
無意識下の行為は意識した時の意図的なそれよりもはるかに扇情的だ。
中指の付け根から、舌はゆっくりと形の良い剣士の指を舐め上げていく。
(なるほどな……ヨウゼンが落ちるのも頷ける……)
太公望ほど己の女を捨て去った道士も珍しい。
道行天尊や普賢真人のようにどこかしらには女性的な部分は残ってしまうのが常である。
だが、太公望は身体こそ女ではあるが行動と感情はどちらかといえば男の部分が強い。
まるで、半陰陽の様に。
「わしを……女と……?」
腿を這っていた指先がゆっくりと濡れた入口を摩っていく。
「違うのか?」
「……女……か……」
つぷ……。指先が沈んで奥まで入り込む。
「…っは……あ!!……ッ……!」
上がる声を唇でふさがれて、離れるのを拒むように糸が伝う。
「やだ……っ……玉…鼎……っ…」
濡れた指先はその上にある充血した突起をゆるゆると攻め上げていく。
時折軽く押し上げ、弾かれるたびに太公望は嬌声を上げた。
「ああっ!!」
舌先がちろちろと舐め嬲り、逃げようとする腰はしっかりと押さえつけられる。
とろとろと零れる体液は、腿を伝って敷布に染み込んでいく。
甘く吸い上げて、啜る様に。
「…イ……あ!やぁ……ッ…!!」
びくびくと跳ねる細い腰を撫で上げると吐息混じりに声が漏れる。
額に掛かる髪を払われて、唇が触れて。
瞼に降るその甘さに目を閉じた。
「お前が仙界入りしたのは……幾つの頃だ?」
「……十二になった頃……」
唇の線を舌先がなぞり、少しだけ乾いた口付けは意識を呼び覚ます。
片足を取って、開かせる。
そのまま自身を奥まで沈めて突き上げていく。
「ああっ!!」
濡れた音と喘ぎ声だけが室内を支配する。
入り込んでくる熱さと質量に身体が軋む。
腰を直接打たれるかのように、甘い痺れが四肢を支配していく。
(子供の身体だ……ずいぶんと幼い……)
仰け反る首筋に唇を這わせて、玉鼎は細い腰を抱き寄せる。
「…っは…!!あ!!や……んっ!」
抉るように自分の中で蠢く男を感じながら、太公望はぼんやりと先ほどの言葉を反芻していた。
(……女……とは……?……)
ただ、一時の感情とそれ以外は何もなく抱かれることは自分を捨て去るには丁度良かった。
互いに思うものは居る。
捌け口でも何でも、ただ、他人の体温と匂いが欲しい。
「あ!!!あ……んっ!!」
加速する動きと、抱いてくる腕の強さ。
ただ、それだけ。
あるのは熱くなった身体。
絡ませて、酔わせて、蕩かしてくれればそれでよかった。




「普賢に密告してやろうか?」
枕を抱きながらうつ伏せになって太公望はそんなことを呟く。
「それは困るな。これ以上心象を悪くはしたくない」
くしゃくしゃと頭を撫でてくる手。子供にするように玉鼎真人は太公望に触れる。
「原始天尊様が知ったら卒倒するかのう?」
「あの御老人はしたたかだぞ。この程度ではどうともおもわなんだろうな」
ころんと仰向けになる。
しなやかな四肢を伸ばして、太公望は玉鼎の長い髪を掴む。
「さっき……わしを女と言ったのはどういう意味だ?」
「いや、不躾なことだが……お前、入山する前に経血はあったか?」
太公望が崑崙入りしたのは数え十二。満ではまだ十一だった。
「いや……無かった」
「仙籍に入るまでは人間の身体だ。普賢はまぁ……あったようだが。お前よりも数ヶ月前に入山していたが
時折苦しそうにしていたからな」
思い起こせば同室で青い顔をした普賢を何度が見たことはあった。
知識としては入っていても自分が経験する前に身体は仙道としての洗礼を受けた。
「それがどうしたというのだ?だからわしらは子を孕むことが極端に少ないのだ」
「私が言いたいのはお前は女であって女では無いということだ」
「わしが男だとでも?」
「そうではない。お前は違えずに女だ。しかし、女になる前に仙道になり、女を捨てることを余儀なくされた。
普賢や道行とは違う……あれらは女を捨てても、どこかに女が残ってしまう。お前とは違って」
太公望はふむ、と考える。
「ならば、わしは何なのだ?」
「さぁな。俺にもわからん。ただ、推測には過ぎんがお前が封神計画の実行者になり、普賢があの若さで十二仙に
昇格したのは朧気だが分かる気がするよ。お前たち二人でなければならかった訳がな」
指先に黒髪を絡めて太公望はそっと口唇を当てた。
「房事におぬしはいつもそんな堅苦しいことを考えるのか?ヨウゼンも同じじゃ。あれもいつも小難しいことばかり
考えておる。まったく似たもの師弟じゃのう」
「お前こそヨウゼンの腕の中で他の男の名前でも出してるのではなかろうな」
戯れは戯れ。
割りきれる二人ならばよいのだが、そうでない場合は大火傷の関係。
太公望も玉鼎真人も割り切るならば徹底してというタイプだ。
互いに浮名を持つこの二人。
「まぁ、いい。ヨウゼンは今頃西周でわしの代わりに忙しく動いてくれてるじゃろうて。わしがここに来たのは……」
言いかけて口を閉じる。
それはこの男の前で決して漏らしてはいけないことだ。
「わしのことは良い。のう、玉鼎……一つ教えて欲しいのだ」
「どうした?」
「わしのように何人もの恋人が居るのは……やはり間違いなのかのう?」
膝を抱えて、太公望は小さくわらう。
「……それを私に問うことが間違いだと思うぞ」
抱き寄せられて、重なる唇。
「おぬしと居ると安心できるのう……甘えてしまいそうだ」
「お前の回りに居るのは皆……母性に飢えたものばかりのようだな」
細く、傷だらけの身体。
「甘やかして、大事にするぞ?」
「嘘つき」
分かりきった嘘だからこそ、甘くて優しい。
切ない言葉も、胸を焼くような言葉も、何も要らない。
ただ、その腕だけで良い。
「少し、寝かせてくれ……考えることが多すぎて疲れた……」
「……寝かせるほど……私は優しくはないぞ?」
指先が濡れた入口を擦る。
「…っ…玉鼎……」
指先を伸ばして、香炉に蓋をして。
甘い香りだけがこの光の無い室内を支配していった。


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