◆カラカラ◆



青峯山、紫陽洞。
今日も道徳真君は日課のトレーニングを怠らない。
大仙と呼ばれても己に対しての甘えは許さない性格だ。
「コーーーーーーーチ!!!!!」
「どうした、天化。そんなに大声出して」
「俺っち早く仙人になりたいさ!!」
いきなりそんなことを言い出す天化に彼は首を傾げた。
まだ、道士としても日の浅い天化が仙人の称号を得るにはまだまだ時間と修行が必要だ。
「まぁ、そう焦らなくてもいずれはお前もいい仙人になれるとは思うぞ」
「そんな流暢なことも言ってらんないさ」
天化の話はこうだった。
仙人に昇格すれば自分の意思で年齢を止めることが出来る。
太公望は仙人になるつもりは毛頭なく出来るならば申公豹同様にのらりと過ごしたいらしい。
「勿体無いよな。仙人同格の実力はあるのに」
同期の普賢は十二仙に昇格、弟子も育てながらわりと気侭に過ごしている。
「だから、なんで急に仙人になりたいなんて……」
「師叔は年取らないであのままさ。俺っちも道士のままならこのままさ。だから……」
「?」
「仙人になって親父くらいの年で止めて、今の師叔とならいい感じになれるさ」
「……………」
不純極まりないその動機に道徳真君は頭を抱えた。
歴代の弟子の中でもずば抜けた才能。天性の勘の鋭さ。
才気だけをみるならば自慢の弟子なのだ。
「天化、お前もう少し考え方を変えろ。大体な、遊びで仙人やってるわけじゃないんだぞ」
宝剣の柄でごつん、と打ち付けて道徳真君は邸宅に姿を消す。
その後を追いかけて天化も。
「コーチは仙人だからそんなことも考えないさ。第一師叔があんな童顔だからイケナイさね」
「太公望が童顔なのは今に始まったことじゃないだろうが」
「だからさ、なんか師叔としてるとイケナイコトしてるような気になるさね」
「……………」
そういわれれば、自分の胸にも思うものはある。
太公望同様に普賢真人もまた少女のままで時間をとめることを選んだ。
ただ、彼女の場合はゆっくりと加齢するのではあるが。
(今の俺と普賢から考えれば、俺が文殊くらいになったときに普賢もちょっとは大人っぽくなってるってことだよな?
ナイスミドルな俺とちょっとアダルトな普賢ってのもそれはそれでイイよな……よっしゃ!!老後はもらった!!)
拳を握り、浮かびそうになる笑いを必死に堪える。
(運が良かったらその頃には子供の一人位居るだろうから、それはそれでいいよな……なんとかして婚姻の許可貰って
早めに玉鼎は牽制して、どっかにいっそ別に洞府構えるってのもありだよな……)
「天化」
「どうしたさ?コーチ」
「お前のおかげでいい老後の計画がたったよ。お前もがんばって早く仙人の試験を受けれるようになりなさい」
老後という単語が似合わないこの仙人はただ笑うだけ。
「ヨウゼンさんが仙人の称号持ってるって俺っち忘れてたさ……先を越される前になんとかしたいさ」
ヨウゼンは往年の恋敵(ライバル)の玉鼎真人の弟子である。
こともあろうか師弟揃って対峙する羽目になろうとは、昔は考えても見なかった。
「天化」
「?」
「玉鼎のとこのにだけは負けるなよ。死ぬ気で太公望を奪いに行け」
「強姦はよくないさ」
「誰がそっちで取れと言った。そうじゃなくて、男なら掻っ攫って来いって言ったんだよ」
惚れたら一直線。この師弟はどこか似ている。
「コーチと普賢さんもそうだったさ?」
「馬鹿野郎。そんなことしてみろ。核融合か原子分解だぞ」
「言ってることが違うさ!!コーチ!!!」
「相手によるだろ」
腕組みをして、道徳真君は天化を見る。
(まぁ、多少強引だったけど、結果的には無問題だよな……)
「ま、がんばれよ。応援はするから」





(コーチに相談しても埒があかないさ。普賢さんにでも相談してみるさね)
岩山を飛びながら天化は九巧山を目指していく。
慣れた道筋で、師匠である道徳真君と同じようにまっすぐに進むのだ。
「普賢さ〜〜〜〜んっ!!!」
対極府印を手に普賢は邸宅の庭先で雨を降らせていた。
霧雨は彼女の育てている花に命を注ぎ、その色を濃くしていく。
「どうしたの?天化。望ちゃんは?」
「いや、鏡は普賢さんに用があって来たさ」
「ボクに?」
雨を鎮めて普賢は天化に椅子を勧める。
「お茶入れるから待ってて」
香り立つ茉莉花茶を入れながら普賢はにこにこと笑う。
「で、ボクに用って何?道徳がまた何かしたの?」
「違うさ。普賢さんって崑崙の最短記録保持者さね。だから……」
三十年足らずで仙号を得て、十二仙に在籍する実力者。
齢百歳にもならない仙人は他に類を見ることができなかった。
「仙人になりたいの?」
「ん〜……そしたら師叔ももうちょっと俺っちのこと見てくれるさ」
「……だったら修行はさぼらないできちんとやることだね。道徳の稽古は厳しいかもしれないけれども
才能の無い子に手をかけるほどあの人は優しくないから、そのあたりで察したら?道徳も忙しい人だから」
その忙しい男は合間を縫ってこの少女の所に足繁く通う。
比べてはいけないと分かっていても、どうしても今の自分の現状と比べてしまうのだ。
奇しくも普賢真人は恋人の親友でもある。
どうしても重なってしまう面影がちらつき、揺れる心が顔を出す。
(普賢さんに先に逢ってたら……俺っち普賢さんのこと好きになったのかなぁ……)
それはそれで確実に血を見る結果になる。
道徳真君はこの少女に対しては普段見せないような表情を見せるのだ。
うかつに手を出そう物ならば宝剣の錆びにされることは必至。
(でも、一回くらいはお相手願いたいさね……普賢さん……)
普賢真人も同様に道徳真君以外の男を相手にしようとはしない。
操立てしているわけではないだろうが、彼女の目に適う男が居ないといったところだろう。
「普賢さんってさ、コーチ以外に興味ないさ?」
「興味って?」
とろんとした瞳は話をはぐらかす体勢。
「コーチ以外の男としたいって思ったこと無いさ?」
「道徳以外と?」
普賢は少し考えたような表情に。道徳真君以外とどうこうなることは考えてもみなかった。
普賢にとっては道徳が最初の相手である。
「考えたこと……ないよ」
「もったいないさ。師叔みたいにもっと遊んで決めたほうが絶対にいいって!!普賢さん可愛いんだからその気になれば
相手なんか何もしなくても寄ってくるさ!!」
茉莉花茶に口を付けながら普賢は少し困ったような顔になる。
もったいないといわれても何をどうすれば良いかは見当もつかなかったのだ。
「ん、でも……」
「良かったら……俺っちと試してみる?普賢さんもまったく知らない相手よりも安心できるさね」
そんな勝手な理論を天化は繰り広げていく。
反論の暇も与えないほどに。
(このまま上手く行くさ?)
悪戯心は止まらない。
たとえ自分の師匠の恋人だと分かっていても単純に一人の女としてこの腕に抱きたいと思うのだ。
「でも………」
「迷うなら、試してみるさ。師叔だって上手くやってるさね」
奔放な親友の話は時折仙界でもうわさにはなる。
「普賢さん俺っちのこと、嫌いさ?」
「え……嫌いとかそんなの考えたこと無いよ」
小さな手を取って天化は普賢を見つめた。
「じゃあ、良いって事さね。普賢さん」





一枚ずつ道衣を落として、さらしに手をかける。
するり、と解くと形のいい胸が顔を出す。
「天化……やっぱり……」
言いかける唇を塞いで、舌を吸い上げていく。
ぴちゃっ…。唇が離れては重なり合う。軽く噛んで深く重ねる。
乳房に手を伸ばして、軽く噛む。
ちゅっと吸い上げると甘い吐息がこぼれるのが分かった。
「あ……やんっ……」
肩を竦めてぎゅっと目を瞑る姿。
(コーチが可愛いって連発するのも……分かるさねぇ……)
小さな乳首を舌先で舐め上げて、かりり…と噛んでその感触を確かめる。
手に感じる柔らかさと、傷の無いまるで人形のような肌。
ちょっと強く吸うだけでほんのりとした痣が出来上がる。
「……やだ……天化……止めて……」
「ダメ……普賢さん……」
少し浮いた肋骨を甘噛すれば、そのたびに普賢の切なげな吐息が掛かる。
その反応がかえって天化の雄としての本能に刺激するのだ。
指先を滑らせて、下着の中に入り込ませると、びくんと細い腰が跳ねるのが分かった。
ちゅく…濡れた音と、ぬるりとした生暖かい体液。
そのまま指を置くまで進ませるとしがみ付いてくる手に力が入る。
「あ!やだっ!!」
逃げがちになる腰を抱いて、そのまま指先をくっと押し上げるようにする。
「っは……んっ!天……化ぁ……」
太公望では聞くことのできない甘えた声。
「普賢さんって、濡れやすいさ?もうこんな……」
引き抜いて、天化は濡れた指を普賢の目の前に。
ぬらぬらと光る糸が指を繋いで、普賢は恥ずかしげに顔を背けた。
「結構感じやすいさね……慣れてないわけでもないのに。コーチにはどんな風にされてるさ?」
「…………」
ずるり、と下着ごと下穿きを下げると形のいい小さな臀部と腿があらわになる。
(これだったらコーチじゃなくたって欲情するさっ……)
火照った肌はほんのりと染まりあがって『おいで』と誘うよう。
「普賢さん……」
「……止めて……」
小さな抵抗を試みる手を愛用のバンダナで一括りに縛り上げる。
「きゃ……やだっ!!」
顎を取って、唇を舐めて、そのまま舌を入れる。
自分よりも階位は遥か上、師匠と同格の相手に手をかけることは暗い喜びを呼び覚ます。
まして、それが自分の師の恋人であるということ。
「止めて……望ちゃんと道徳に知れたら……」
軽く睨んでくる瞳。
「普賢さんが黙ってれば誰にも分かんないさ」
おそらくこの少女は誰にも自分との行為を告げることはしないだろう。
自分一人が堪えることでどうにかなることには自分の身を犠牲にするタイプだ。
「……あっ……んっ!」
乳房を掴まれてその頂をかり、と噛まれる。
舌先は嬲るようにぺろ、と舐め上げて嬌声が上がるたびにその周辺をちろちろと焦らすように這う。
「…っは……んぅ……っ……」
両手で包み込むように乳房を揉み上げて、天化は幾度と無く唇を落とした。
(……師叔よりもずっと柔らかい……)
前線で戦う太公望は常に傷だらけだ。
細やかな筋肉で構成された身体は均整の取れた中性的な躯。
柔らかさと弾力の中間に属するのだ。
傷も何もかもが愛しく、抱きしめたいと思う。
けれども、普賢の身体は違う。
女の柔らかさと甘さを持っているのだ。
何度も舌と唇でその柔らかさを確かめながら、足跡を残しながらゆっくりと下へ移動していく。
「!!やんっ!!!」
舌先が敏感になった箇所を軽く突付く。
ぴちゃっ…と舐め上げて、唇を使って吸い上げる。
「んんっ!!!やだぁ……っ!!」
とろとろと零れる半透明の体液を掬って赤く充血したそこを擦り上げて。
「や!やんっ!!止めてっ!!!」
濡れきって蕩けきった入り口は、簡単に天化の指を飲み込んでいく。
根元まで咥え込ませてぐ…と奥を掻き回すとその度に細い腰がびくびくと反応する。
「やぁ……っ!!はぁ……や、や―――っ!!!」
はあはあと荒い息と、力が抜けきってだらりと投げ出される細い身体。
半開きの唇からはとろりと涎が零れている。
「普賢さん……」
舌先で舐め取って唇を合わせて。
そのまま、脚を開かせて、一気に突き上げていく。
「!!!!!」
声すら上げることもできずに腰を抱かれて、ぐいぐいと突き上げられる。
「っは……や…天…化…っ!」
「……普賢さんの中……凄ぇ……気持ちイイさ……」
ぎしぎしと軋む身体と寝台。
「あ!ああっ!!ひ……ぅ…っ…!!」
ぼろぼろと零れる涙は、何のために?
その真意を図りかねて天化は普賢を見つめた。
(……コーチとあんなにしてても……きっつ……)
指先で涙を払うと、普賢は顔を背けた。
それが彼女の答えだった。
ぱらり、と拘束していたそれを解く。
抵抗されても、振り払われても良かった。
「!!あんっ!!あっ!」
縋るように首に回された手が、しがみ付いてくる。
「……普賢さん…っ……」
何度も接吻しあって、きつく抱き合う。
(……どうして……道徳じゃなくても……?)
その手が、腕が、黒髪が、恋人のそれと重なる。
(……やだ……助けて……)
同じように額に口付けられても、何もかもが違うから。
抑えきれない感情に顔を覆って、普賢ははらはらと涙をこぼす。
心とは裏腹に熱くなった身体は天化を締め付けて、加速を促していく。
「んっ!!!あああっ!!!!」
ぐっと腰を抱かれて最奥まで深く抉られる。
「……っ……普賢さ……!……」
一滴残らず注ぎ込んで、天化は普賢の上に折り重なった。




背中合わせ、互いの顔は見ないまま時間だけが過ぎていく。
「……早めに帰ったほうが良いよ……」
「普賢さん……」
後ろからそっと抱きしめる。
「……止めて」
「……うん……」
言葉だけで返して、少しだけ力を入れた。
「直に雨が降るから。道徳が怒るとどうなるかなんて君が一番良く知ってるでしょ……死にたくなかったら
帰った方が良いよ……」
おそらく、この人がこんな反応を示すのは今だけだろう。
次に会うときは何も無かったように自分に笑いかけてくる。
それを知っていて、分かっていて、この手に抱いた。
「……俺っち……普賢さんのこともスキ……」
「ボクは……君の事をそういう目では見れないよ……」
「ん……普賢さんがコーチのこと好きなのはよっく知ってるさ……」
「行って。怪我させたくないから。君にも、道徳にも」
その声は強く、弱く、少しだけ冷たかった。




降り出した雨はほんの少しだけ彼の肩を濡らして、後悔の念を抱かせた。
誰かをこんなに傷つけたのは初めての経験で、こんなにも胸が痛むことだとは思わなかったのだ。
(……どうしたらいいさ……火遊びで大火傷さね……)
同じように彼女も降りしきる雨を見つめて憂い顔。
好きだった茉莉花茶も飲む気にはなれなかった。
硝子の容器に入っていた残りの茶葉も天化の姿が消えてから全部捨てた。
皮膚が真っ赤になるくらい、半ば擦るように身体を洗った。
それでもまだ、感触が残っているようで歯軋りする。
これは拒みきれなかった自分の未熟さ。
(雨……)
窓を打つ雨はあの人が来ることを告げるから。
(……ごめんなさい……ボク……)
今日だけは誰にも会いたくない。
(……どうしたら良いの?どうすれば……)
消えない痣はまだそこかしこに残っている。
それが知れたら天化が無事である保証は無い。
うろうろと考えて、普賢は玄関の扉にちいさな紙を貼り付けた。
書かれた文字は『療養中。後でお訪ねください』と。
数枚の呪布を貼り付け、自分以外がその印を解くことは不可能な状態に仕上げる。
(さて……これで……泣いてもいいかな……)
静かに扉を閉めて、普賢は寝室に身を隠した。


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