◆南瓜◆




趣味で育てている菜園には季節のものが所狭しと賑やかに並んでいる。
その中で一際目立つ黄金色の南瓜。
色艶、形共に申し分ない一品だ。
だがしかし、一人で食すには有り余る品物。
どうしたものかと普賢は腕組みをしながらまだ蔓に繋がったままのそれを見つめていた。
「どうしようかな……美味しいとは思うんだけども……」
愛弟子のモクタクは下山中。
自分の力では邸宅まで運べるかも不安である。
(困ったなぁ……沢山できたんだよね。美味しいのに……)
自給自足が基本の崑崙ではそれぞれがそれぞれに作物を育てている。
得手不得手はあるが普賢もその掟に従い様々なものを育て上げていた。
(あ。そうだ……道徳ならこれ運べるよね。頼んでみよう)



「それで呼んだってわけですか」
「うん。季節ものだし、早めに食べたほうが美味しいと思って」
多少がっかりしたような顔で道徳真君は普賢を見る。
(逢いたい……とかそーゆーので呼んでくれないもんだろうか……この間だって箪笥の位置を変えたいだろ、
その前は窓が開かなくなっただろ、その前は……)
呼ばれる前に自分が来てしまうのもあるということに気が付かないこともある。
それが恋人同士の不思議なところ。
「ごめんね、重いでしょ?」
「いや、コレくらい大丈夫。全部運んでいいのか?」
軽々と運び込む姿を見ると、さすがに胸がちくりとする。
すまいないという気持ちではなく、己の非力さに。
(筋肉つけなきゃダメだよね……情けない)
頬に手を当てて、ため息をつく。
「どうした?ため息なんかついて」
「自分の筋力のなさにね。ボクも道徳と一緒にトレーニングしようかな」
その言葉に道徳はたじろぐ。
(じょ……冗談じゃないっ!!要らん要らん!!普賢に筋肉なんぞ!!)
確かに普賢真人には不必要な筋肉は付いてはいない。
「普賢、人間には向き不向きがあると思うぞ。南瓜が重いなら俺が運ぶから」
「でも、この間だってモクタクからボク、軽々と持ち上げられたんだよ。一応モクタクの師匠なのに」
(ちょっと待て!持ち上げられたって何やってたんだよ!!!)
引きつった笑みを浮辺ながら彼は南瓜を厨房にと運ぶ。
たとえそれが普賢の愛弟子であっても心中は穏やかではない。
「ね、もう一つお願いがあるんだけど」
「ん?」
「ボクじゃ切れないから、切って欲しいんだけども……」
南瓜は力の弱い彼女にとっては下ごしらえするまでが重労働。
「あ、その……」
「道徳なら一発ですぱっと切れそうだよね」
笑いながら普賢は菜きり包丁を渡してくる。
(切れるけど……切れるけど、俺、まな板ごと切るんだよ……料理苦手だし……どうする!?落ち着け、俺。
期待されてるって分かってんだからさ。ああ、いっそ莫夜で一発切りにでもするか!?)
「どうしたの?」
「いや、その……俺が切るとまな板ごと切っちゃうから……」
「どうしよっか……これだけあったら道徳の好きなもの沢山作れるかと思ったんだけど……」
以外にも道徳は南瓜が好物だった。
ただ、自分では調理のしようもなく挙句には生で食せないという理由だけで久しく目にすることも無かった。
普賢とこうなってからはなんだかんだと食生活は充実の一途。
好物の南瓜も彼女の手に掛かり、彼に差し出される。
「じゃあ、前はどうやって切ってたんだ?」
「え?呉鉤剣で一気にやってたよ。あれはボクが作った宝貝だし」
(考えてることは一緒か……じゃあやっぱ莫夜で一気に行きますか)
「とりあえず、包丁を入れるだけでも入れてみようかな」
まな板に南瓜を載せて中心を探る。
支点を決めて切るのが南瓜には必要不可欠だ。
「ん〜〜〜〜っ!!!」
力を込めて包丁の背を押すが、刃先が僅かに沈むだけで南瓜は不適に笑っているよう。
(可愛いよなぁ……俺って幸せ者です。もうねぇ、一欠片だって残さずに全部食いきりますよ。
だってねぇ、あんな顔真っ赤にしてまで必死になって南瓜切ってるんですよ。ああ、もう……)
「痛っ」
刃先が指先に当たってぽたりと血が零れる。
「見せて」
手首を取って、赤く染まった人差し指を口に含む。
「もう、いいよ。離してくれないかな……」
困ったような顔が愛しくて。
(やばい、南瓜よりも違うもん食いたくなって来た……)
そのまま抱き寄せて、首筋に甘く噛み付く。
「あ!やだっ!!ダメだってば!」
「南瓜よりもこっちが食いたくなってきた……」
道衣の上から胸を掴まれ、指先が怪しく動き出す。
「道徳っ!!」
「いやね、腹へってて……」
腰に巻かれた幅広の帯に手を掛けて、ぱらりと落とす。
「……っ!!」
それは咄嗟の行動だった。
普賢の手は手近に居あった南瓜を掴んだのだ。
南瓜は見事に道徳真君の頭を直撃。
結果、彼は軽い脳震盪を起こしその場に倒れた。




「なるほどな。そんなことがあったのか」
南瓜と小豆を一緒に煮詰めて甘く仕上げられた一品を口にしながら太公望は大きく笑った。
「発情期でも来てるのかなとか思っちゃうよ」
「ははは。しかし、そこまで難儀な南瓜、よく切れたのう」
「割れたんだ。綺麗にね」
「…………………」
「残りは明日にでも何とかしようとは思うけど。今日はコレだけ」
ほろほろとした食感の南瓜は口の中でこぼれる様。
どことなく懐かしく、甘い味。
「あ〜〜〜、痛ってぇ……」
「ああ、起きたの。南瓜、綺麗に割れたよ」
「?」
「道徳の頭で」
ずきずきと痛む後頭部を摩りながら席につく。
「呉鉤剣なぞ使わずとも身近に簡単に南瓜を『割れる』ものがあってよかったのう」
太公望はケラケラと笑うばかり。




その後南瓜は痛む頭を摩りながら道徳によって見事な食材に変えられたのだった。
数枚のまな板の犠牲と共に。



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