◆優しい悲劇◆



「武吉はおるか?」
珍しく太公望が部屋を訪ね歩く。
普段は自室に構えて、来訪者を待つ身。その太公望が武吉を探してあちらこちらと歩き回る。
「武吉っちゃんなら、こーすりゃ来るぜ」
発は大きく息を吸い込む。
「武吉っちゃ〜〜〜〜〜ん!!!!!ご指名だぜ〜〜〜〜〜っ!!!!」
ばたばたと回廊を走る音。
「は〜〜〜〜〜〜い!!!!!どうかしましたか〜〜〜〜っ!!!」
「俺じゃなくて、こっち」
「お師匠様、どうかしましたか?」
はあはあと息を切らせて、武吉は笑う。
「買い物に付き合って欲しいのだが、時間はあるか?」
「はい!どこにでも行きますっ!!」
太公望の後ろをまるで子供のようについて行く。
今は無き文王から太公望に付き従えと命じられたこの少年。
昼夜を問わずに師匠と仰ぐ少女の傍に居る。
「お師匠様、何を買うんですか?」
「実はのう……」
少し困った風な顔で太公望は話し出した。



他の三大諸侯を集めて周での軍議が近いうちに開催されるというある日のこと。
もちろん周の軍師である太公望も、部王の補佐として軍儀には出席しなければならない。
そのための準備に抜かりは無かったのだが、姫発がぽろりとこぼした。
「道衣は色気が無いから何か違うのを着ろよ」
「発……軍議に色気が必要だとは思えぬが?」
兵書を投げつけるとひょいとかわされる。
「どうせなら自慢したいじゃんか。周(うち)の軍師はこれだけ別嬪だぜって」
やれやれとため息しか出ず、大公望は首を振った。
「何時になったらおぬしに王としての自覚はでるのだろうな……発……」
頭痛がする。と、残して大公望は机上の書類に目を通す。
真白の頭布で覆われた頭部。結び目がまるで伸びた獣の耳の様。
露出する部分も無く、全身を道衣は覆い隠す。
「蝉玉ちゃんみたいなさ、あーゆーのでも……」
「発」
少し強い口調。
「いいかげんにせぬか。それが仕事を山のように抱えたわしに向かって真昼間から言うことか。
よいか、おぬしが他の諸侯を纏めて殷と戦うのだ。そんなに色気が欲しければ蝉玉にでも頼んで
金螯にでも行って来るがよい。第一おぬしは……」
「だ〜〜〜〜〜〜っっ!!!!武王命令!!軍儀の日は崑崙の道士は全員道衣禁止だっっ!!!」
「発!!」
「王様の言うことは絶対だよなぁ、呂望」
結び目に手を掛けて、ぱらりと解く。
「追加、髪も結ぶなよ」
伸びた髪を掴んで、そっと唇を当てる。
「おぬしは……」
命令には逆らえないのを良い事に、発はにやにやと笑った。
「当日が楽しみだぜ、呂望」




「と、いうわけでのう……如何せんわしにはどのようなものがいいのか分からんのだ」
二人並んで、街中を歩く。
「おぬしなら、安心して任せられるからのう」
「服を選べばいいんですね?」
太公望よりもほんの少しだけ背丈のあるこの少年。
並べばそう、年の差もないようにさえ思える。
「おぬしと街に出るのも久しぶりだのう」
軍師として宮廷に居を構えてからは、随分と自由の時間は少なくなった。
過去など振り返る余裕も無いほどに騒がしすぎる毎日。
「お師匠さまーーーっ!よさそうなのがありました!」
「任せるよ。わしにはどうも選ぶ基準というものが分からぬからのう」
街は相も変わらずに同じように全てを受け入れて成長している。
この少女がこの国を取りまとめ、殷と言う名の強大な国と戦を交える軍師だと誰が想像できるだろう。
風は彼女を守り、この国を守護する。
(良い天気だ……)
きらきらと降り注ぐ光を受けて目を閉じる。指の隙間で、この世界は回り行く。
のんびりと進みながら露店を覗く。
装飾品がそこかしこに所狭しと並び、選ばれるのを待っているように見えた。
「簪……」
昔、母がくれたものに似ているそれをとってしげしげと見つめる。
螺鈿細工の美しい簪。房が伸びてその先に珊瑚と思わしき玉が二つ仲良さ気に揺れていた。
「お師匠様、どうかしましたか?」
「いや、昔……母上がわしにくれたものに似ておってのう……仙界入りする時になくしてしまって久しいのだが……」
少し寂しそうに笑う横顔。
「おじさん、これ下さいっ!!」
「武吉!?」
「こうみえても秘書のお給料は結構いいんです。服に合わせて色々買いましょう!」
手を取って走り出す。
簪、耳飾、指輪、腕輪。
質素閑静を主とする道士を飾り立てながら、武吉はにこやかに笑うだけ。
「お師匠様もそうしてるほうが可愛いと思います」
「おぬしにそういわれると、どう答えたらよいかわからぬのう……」
傍からみれば見れば少年と少女が仲良さ気に戯れる姿。
一つに纏めた髪に簪をそっと挿す。
「似合うか?」
「はい!とっても!!」
太公望の手を取って武吉はあちらこちらと連れまわす。
この街を守り、この国を守るのは貴女だと言わんばかりに。
結局夕方まで走り回り、城に戻ったのはよりの帳が下りる寸前だった。




忙しさも手伝って軍議の前夜まで太公望は武吉の選んだ街着を開けることは無かった。」
「やれやれ、発にも困ったものだ……」
「御主人も大変っすね」
「ついでにそこの袋から出して掛けておいてくれぬか?疲れて気力もでぬ……」
四不象はごそごそと袋から街着を取り出す。
「御主人、また凄いのを選んだっすね〜」
「は?」
「ほら!」
四不象は手渡しながらにこにこと笑った。
「着てみたらいいっす!絶対に似合うっすよ!!」
「……………」
選ばれた服は淡い黄色の長衣。肩口が開いて、腕はすらりと見えるつくりだ。
身体に密着する布地はその線を露にする。
何よりも彼女の憂鬱を誘ったのは深く切れ込んだ裾の線。
腿の付け根の辺りまで見え、折り返しのところには組紐で小さな花があしらわれている。
詰襟から胸元にかけても同じようにあしらわれた花たちは彼女の色香を帯びて咲き誇っているかのようで。
「素敵っす!!御主人綺麗っすよ!!!」
「まぁ乗りかかった船ならばいっそ舵取りさせて貰うかのう……」
悪戯をするならば派手に鮮やかに。それが彼女の心情だ。
櫛を滑らせながらため息と小さな笑み。
武吉なりに頭を捻らせて選んだのであろう。
そして、彼の基準ではあるが彼女を引き立てるに相応しいものを持ってきたのだ。
(さて、連中に一泡吹かせてやるかのう)
愛用の櫛を鏡台において彼女は笑った。




軍議の席上には周からは天化、ヨウゼンが着いている。
崑崙の道士は道衣不着令が出ているためにこの二人も例外ではなかった。
ヨウゼンは髪を一括りにし黒い帽子を。
長衣に肩布の軍師風情の容貌だ。
一方の天化も珍しく父である武成王と同様に外套に長衣。
よほどその方が道士らしいとでも言おうか。
「天化君でもそんな格好するんだね」
「コーチだっていっつも短衣(ジャージ)じゃないさね。それと一緒さ。それに……」
「?」
「たまには悪くないさ。こういうのも。俺っちは武成王、黄飛虎の息子さ」
咥え煙草で天化は笑う。
空は晴れて群議などよりもよほど外にでも出たいほどだ。
「師叔は?軍師が遅れてちゃ話にならないさ」
こつこつと小さな靴音。
「すまぬ、待たせたのう」
書類を抱えた武吉を従えて太公望が姿を現した。
その姿に周軍のみならず他の諸侯たちも息を呑む。
普段飾ることの無い彼女を彩る宝玉。
すらりと伸びた脚。
うっすらと施された化粧。
解かれた黒髪。
軍師と呼ぶにはあまりにも流麗な姿。
(師叔……反則技さね……)
ぽろりと煙草を落として天化は見入った。
(これはまた……なんとも……太公望師叔……)
腕組みをしながらヨウゼンは横目で彼女を見やった。
(〜〜〜〜〜っ!!!!武吉!!よくやった!!!もっとキワドイのでも俺は全っ然構わねぇ!!)
「発、これで満足したか?ならば軍議に入らせてもらうぞ」
衣服が替わっても中身は太公望。周の軍師その人である。
現状を交えながらてきぱきと軍議を取り仕切っていく。
席を立つたびに覗く腿の白さに男たちが息を呑むのが伝わってくる。
(軍議どころじゃねぇさ……師叔……)
視線をかわしながら彼女は諸侯たちと意見を交わしていく。
「どうかなされたか?南伯侯」
「いえ……」
髪が揺れるたびに漂う甘い香り。
耳元で揺れる銀の蝶。
(やっぱいいよな……あの方がアイツらしい……)
さくさくと太公望は軍議を進めていく。
容貌はどうであれ、軍師としての手腕は見事なものを持っているのだ。
「さてと、異論は?」
小さく笑う唇に、息を飲む。
軍議が終了する頃にはため息が室内を支配していた。





「太公望!!」
書類を抱えながら、太公望は自室への道を歩いていた。
「発、もう少し落ちついてこれぬのか?」
「いや、すっげぇ綺麗だ。なんつーかさ……」
言葉の代わりに小さな身体を抱きしめる。
「今すぐ寝室連れ込みてぇ……」
顎を取って、押さえつけるような接吻を浴びせながら布越しに胸を揉み抱く。
絡めてくる舌先。そのまま甘く吸い上げると背中に手が回される。
「発……人が来る……」
「俺は構わねぇよ」
「わしが構うのじゃ!!場所を変えよと!!」
「ん〜、しょうがねぇな」
「なっ!?」
ひょいと抱き上げられて太公望は発を見上げる。
「自分で歩けるっ!!」
「いいだろ。俺がこうしたいんだから」
「旦にまた言われるぞ」
「構わねぇよ。あれには女っ気が無さ過ぎるんだ」
長い長い回廊。大きな夕日が二人の影を作る。
まだ少女の域を出る事の無い身体はこの腕の中に全部抱いてしまうことのできる代物だ。
「わしの部屋は向こうだぞ」
「たまには俺の部屋に来いよ。お前滅多なことじゃ俺のところ来ないだろ。いっつもおもうんだけどさ
なんか……武王って担ぎ上げられてからお前との距離が遠くなった気がしてならねぇよ」
「………………」
距離は少しずつ、離していこうと決めていた。
それは道士と人間。
王と軍師。
二つの関係の狭間に揺れるこの思い。
「俺は別にこの国の王になる器なんかじゃねぇ。けどさ、お前が俺に王様になれって言うなら、なっても良いなって
思うくらいで。兄ちゃんや親父みたいな器はねぇ。ただ、姿形が親父に似てるってくらいだ」
「そのようなことは……」
「いいんだ。だからお前に出会えた。今はそう思う」
与えられる無償の愛は、この身体には大きすぎていつも戸惑ってばかりいる。
その手に縋って、泣いてしまえればどんなにか楽になれるだろう。
仙道であることなど全て捨ててしまってただの女になってしまえば。
純粋無垢でなど有れるわけが無い。
この手は常に血に染まっている。
「発、いずれおぬしはそれ相応の女を妻に娶り王位を継ぐものを残さねばならんのだぞ」
「ああ、お前が俺の子供産んでくれりゃ特に問題は無いだろ」
「わしは……」
「俺がお前のことを好きで、お前だって俺のこと好きだろ?だったらいいじゃねぇか」
じっと見つめられて目が逸らせない。
扉を開けるのももどかしくて、足で蹴り上げた。
寝台に降ろされて、胸の袷を解かれて降る唇を受け止める。
「……っふ……あ……」
ぴちゃりと舌が乳房を舐め上げる。
「……お前ってさ、我儘みたいでそうじゃないんだよな。いっつも自分のことは後回しで……」
金具を外して、まっさらな裸体を腕に抱く。
「こんなに傷だらけでよ……女の身体なのにな……」
その傷跡を一つ一つ唇でなぞって、愛しげに摩る。
彼女の身体の傷はこの国を作り上げてきたことの証そのもの。
常に前線に立ち、兵を指揮するその姿は凛として美しい。
「あ!やっ……」
左肩から右胸の下に走る大きな傷跡。
ちゅっ…と口唇が触れるたびに小さな身体は切なげに揺れた。
軍師として、戦士として、王を守るものは絶えずその身を盾にする。
「迷うくらいなら、考えないで抱かれろよ」
「……おぬしが思うほど綺麗な女ではないよ……発……」
「もう言うな。考えんなって言ってんだろ」
王位なんてものは必要なかった。
ただ、彼女が唯一自分に望んだのが即位ということだっただけ。
国のため、民のため。表向きはもっともらしいことを並べた。
本心は彼女一人の『王』になれればと呟いた。
「……っ!!……」
舌先が濡れた秘所に沈む。指先が押し広げるように動いてその上の肉芽を攻め上げていく。
「っあ!や、嫌っ……!!」
びくびくと震える腰を押さえつけて、小さな足首に接吻した。
小さな爪。形のいい指。
余すこと無く舐め上げて、細い脹脛を甘く噛む。
「…っは……やぁ……」
上がる声を殺そうと口を覆う手を外させる。
「今更声なんか殺すなよ。意味ねぇだろ?」
ぐぐ、と指が内側を擦り上げて、押し上げる。ちゅ…と濡れた音と絡まる透明な体液。
引き抜いてわざと見せ付けるようにその指をぺろりと舐めてみせる。
「…………っ」
耳まで赤く染めながら、太公望は顔を背けた。
長く伸びた黒髪は敷布の上で鮮やかに咲き乱れ、後宮に住まうどの女よりも妖艶で美しい。
完成されない未熟ゆえの色香。
上ずる声が、劣情を刺激するから、止まらなくなる。
本来人間と交わることの無い仙道を手に掛けれることの小さな暗い喜び。
「あ、あんっ!!」
ぬるぬると抜き差しされる指先を追う様に身体が蠢く。
その度にくぐもった音が室内に響くのだ。
ここは仮にも王の寝室。
誰彼もがおいそれとは入れる場所ではない。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
濡れた指が敏感な突起を擦り上げる。
「そんなにイイか?呂望……」
「やぁ……っ!……は…つ……やめ……んっ!!」
指は休み無く彼女を攻め上げて、溶かしていく。
ぎゅっと敷布を掴む指先に浮かぶ汗。
括れた腰が「もっと」と誘うから、追い詰めて、逃げられないようにしたくなる。
「!!!!」
びくりと身体が跳ねて荒い息と投げ出される手足。
小さな膝に接吻してうつ伏せにさせる。
「指だけでイった?」
「……馬鹿者……」
小さく睨んでくる瞳はとろんとして、誘う涙。
「お前……今、サイコーにそそる顔してるって自覚あるか?」
腰を抱いて、後ろから突き上げる。
「んぅ!あ…は……っ!!」
彼女が、最も嫌がるのがこの格好。
分かっているから、止まらない。攻め上げて、泣くほど苛めたいと。
「軍師サマも、こーいうことは好きだろ?」
開かせた口に右手の二指を咥えさせると、舌先が絡んでくるのが分かった。
ぴちゃぴちゃと舐め上げる音。
引き抜いて、唇を重ねた。
「…っは…あ……発……っ!……」
ぎゅっと乳房を掴まれて崩れそうになる腰を抱かれる。
「……俺……お前が欲しいんだよ……後は何も要らねぇ……」
王位も、国も、何も要らない。
ただ、貴女が欲しい。
「……発……」
耳元に降る接吻は甘くて優しすぎるから、離れてしまうことに戸惑いを覚えてしまう。
分かっている。
この恋は、実ることは無いと。
始めから答えの出ている絵空事のような恋。
「なぁ……俺のものになっちまえよ……」
「……発……」
囁かれる声も、言葉も、何もかも。
「ずっと……ここに居るって言えよ……っ……」
「あ!!んんっ!!!」
甘い嘘でも構わない。たった一言が欲しいだけなのに。
その嘘さえも言えないまま二人、こうしている。




眠る顔は一人の若い男のそれで、王などとは無縁にさえ思える。
(なんだかんだと発も疲れて居るのだろうな……)
別れることは恐くはない。それは始めから知っていることだったから。
恐いのは離れてしまうこと。
自分よりも早く年を重ね、そして置いていかれることだった。
変わることなく十七のままで自分は彼を見送るのだ。
(……発……わしはおぬしとこうなったことを後悔はせぬよ……)
初恋の人に瓜二つの顔を持つこの男は、まったく違う顔で笑う。
あの人が残した大事な思いは今もこの胸の中に息衝いているから。
恐らく。
彼の人が存命だったとしても同じことをいったのだろう。
「……発……」
額に口付けてそっと髪を撫で上げる。
今や武王として軍と民を率いる立場。
本来ならば自分とどうこうしている場合ではない。
始めから終わりの見える恋でも。
その指が触れる瞬間だけは永遠を感じることが出来る。
(大人になったのじゃのう……いい男に……)
譲れない夢は、いつも傍に居る。その夢は彼を少年から男へと変えていった。
例え、夢でも、嘘でも。
ここに居るといえるだけの勇気が欲しかった。
ただ、そう答えてしまえば……自分は弱くなってしまう。
今は、言うことが出来ない。
「……おやすみ、発……」
この、汚れた手でもいいというならば。
どんな姿になっても良いと言うならば。
何もかもが終わったら、逢いに来よう。
そして、本当のさよならを。




「……んー……呂望?」
傍らで疲れた顔をして眠る小さな軍師を優しく抱きしめる。
この腕の中に何もかもが納まってしまうほどなのに。
一つの国を動かし、何万もの兵を指揮する実力者。
「ぐっすり寝て……まだまだ子供だよな……」
王位を継承してからというもの、生活は激変した。
今までは見向きもしなかった役人たちはこぞって機嫌取りに走り、うんざりとした日々を過ごしていた。
その中でたった一人、太公望だけは何も変わらずに自分を『発』という人間として扱うのだ。
小言も、苦言も遠慮なくぶつけてくる。
諌めて、時には言い争うこともあった。
それでも、自分を見つめてくれるその目がなによりも愛しかった。
「……俺は、お前には本気だぞ……お前がどう見てるかはわかんねぇけど……」
現実は何時だって過酷だ。
どんなに思い合ったところで子供を残すことの出来ない道士は王妃にはなれない。
仙道が介入することを嫌う彼女は恐らく自分の手を取ろうとはしないだろう。
分かっている。
離れる日はそう遠くはないと。
それでも、この手の中で時折寂しそうに笑うこの少女を手放したくないと思うのだ。
行き先は違うことは始めから知っていた。
分かっていて、触れ合った。
「なんで俺たちはこうなんだろうな……でも、お前が道士じゃなかったら出会うことも無かった……」
風の中、一人で進むその小さな背中を抱きしめて。
もう何もしなくていいと甘えさせてやりたい。
泣くことも、叫ぶこともせずに自分の傷はそのままに進み行くその姿。
自分は何も出来ずにそれを見送るだけ。
離れることに臆病になった。
たった一言が言えないままに。





小さな欠伸を噛み殺して、太公望は回廊を歩く。
欄干に座ってみる風景が彼女のお気に入りの場所だ。
「呂望」
「発、どうかしたのか?」
長く伸びた髪を風に泳がせて遥か遠くを見つめる瞳。
「朝焼けもいいよな。こうやって見るとさ」
「そうじゃのう……」
後ろから抱きしめて、頬を寄せる。
今、こうやって居られるのならそれでもいい。
先の見え過ぎる未来と明日すらも分からない未来。
「……発……この手は何じゃ……?」
胸を揉みしだく手を剥がす。
「いや、その……触りたくなるだろ。そこにお前が居ればさ……」
「発!!!」
今はこうやって居よう。
笑い転げていられるならば。


離れてしまうのその前に……。
優しく甘い接吻を。

   



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