◆胸に咲く花◆



最上階の五階。
その室内の装飾に太公望は眉を顰めた。
西洋の華やいだ造り。そこかしこに飾られたまだ露の付いた真紅の薔薇。
「どこだ、趙公明」
こつこつと響く靴の音。
空気がゆっくりと変わって行く。
「よく来たね、太公望くん」
波打つ金の髪。碧眼に端正な顔立ち。
「待ちわびたよ。いや……明媚流麗なきみを待つのは苦痛ではなかった」
「まぁよい。四不象を返すのだ。さもなくばどんな手を使ってでもお前を倒す」
ふわりと長い黒髪が揺れる。
太公望の瞳は冷静に男を見据えるだけ。
感情が一切無い冷たい瞳。まるで人形に埋め込まれた硝子球のようだった。
「あそこに居るよ。ただし……あれは宝貝で物理攻撃をしなければ壊すことは出来ない」
砂時計の中、ほぼ埋まりきった砂から辛うじて鼻先だけが確認できる。
(スープー……今助けてやるぞ……)
「今の君は宝貝が使えないんじゃなかったのかい?」
わざとらしい声が室内に響く。
太公望は静かに胸元に締まっていた打神鞭を取り出した。
「それもここまでよ」
風が生まれ、それは幾重にも重なって刃を形成していく。
「疾!!」
ばきん!と派手な音を上げて大量の砂と共に四不象がどさりと投げ出される。
「スープー!!」
「……ご主人……ご主人っ!!」
「すまない……待たせたのう……」
飛びついてくる四不象を撫でながら太公望も彼に頬を寄せる。
安堵した表情。
それは一人の少女の素顔だった。
(へぇ……可愛らしい顔もするのだね……)
改めてみれば実物の太公望にはまだあどけなさが残っている。
それでいて立派に女の顔をするのだ。
「ご主人、宝貝使って大丈夫なんすか?前の戦いで使えなくなったはずっす」
心配気に見つめてくる四不象の鼻先を優しく撫でながら太公望は小さく笑う。
「まぁ、ああ言っとけば楽ができるかと思ってのう……」
「ご主人〜〜〜〜っっ!!!」
ぎゅうとしがみ付いてくる忠実な霊獣はほっとした顔で太公望の傍らに。
「そうなのかい?僕はてっきり君の作戦だと思っていたよ。味方も欺いて今後のために全体のレベルアップを図る……
違うかい?君の策士としての立派さに感服する思いだよ」
打神鞭をくるくるとまわしながら太公望は趙公明を目線で捕獲する。
(ほう……随分と多面的な子だ……これならば男ならば落としてみたいという欲求に駆られるね……)
軍師、道士、策士、司令官、少女、そして……女。
太公望の全てを見ようとするればするほど相手は深みに嵌っていく。
気が付けば彼女に全て奪われ、意のままに操られるのだ。
分かっていても、堕ちることを望ませる女。
それがこの少女の真の恐ろしさ。
「さてと、僕は君という人に非常に興味があるんだよ。君は、何のために戦っているんだい?」
進められた椅子に座り、太公望は脚を組む。
「仙道を排除し、人間の力だけでの国を作る為じゃ。だが、お前や妲己のような輩にはわしら仙道が相手をせねばならぬ」
「何故だい?戦いたいから戦う。それでいいじゃないか。戦争は歴史の華だ」
ふ…と太公望は暗く笑う。
「ああ……人の血を吸って咲き乱れる禍々しき赤い花じゃのう」
「申公豹、妲己、聞仲……実力者たちは皆、君を評価している。だけども僕は自分の目で見なければ信じられない方でね」
小さな教鞭のようなものを取り出して太公望の髪を掠める。
ぱらぱらと散る黒髪に彼女は眉一つ動かさない。
「ほう……」
そのまま何度かそれを振ると幾重にも風の刃が重なり太公望の髪をばさばさと攫った。
風が消える。
「ご主人っっ!!」
床一面に散らばる黒髪。
無残にも彼女の長い髪は風の刃に削ぎ取られ、まるで少年のように短く切断されていた。
「酷いっす!!趙公明さんっ!!ご主人は女の子なんすよ!!」
四不象を諌めて、太公望は趙公明を見据える。
まるで何もなかったかのように、彼女の表情は動かない。
「用がないならば帰してもらうぞ。わしは暇ではないからな」
「僕の余化が君の恋人に傷を付けたからかい?」
「……そうか。あれはお前の仕業だったのか」
冷たく光る闇色の瞳。
「恋人が心配で居てもたっても居られない……かな?」
その言葉に太公望は静かに打神鞭を趙公明に向ける。
(そんなに心配か……あの子のことが……)
風の中、二人はそれぞれの思いを抱く。
それを表すかのように空気が震えていた。
はらはらとこぼれる髪を一つ摘んで、彼女はそれに息を拭き掛ける。
「意外と童顔だね」
「悠久の時を過ごす華精から見れば赤子の様なものであろう?」
ざっと髪をかき上げ、太公望は男に打神鞭を向ける。
「もう用はないのか?趙公明」
風が、ゆっくりと動き出していた。






「慈航」
「ああ、道徳か。どうした?」
「ちょっと良いか?」
静かに扉を閉めて、道徳真君は慈航道人と向かい合う。
「座れよ、長話だろ?」
「ああ……」
言われるままに椅子に座る。
「慈航、俺たちは生きて帰れると思うか?」
「えらく単刀直入だな。道徳」
慈航道人と道徳真君。
共に攻撃力と破壊力に長けた武芸の達人として十二仙に昇格している間柄だ。
元来人懐こい性格で、なにかと話しかけてくる。
道徳と普賢の間も知りながら茶々を入れるのが好きなのだ。
「相手は聞仲。普賢の考えは……多分、死ぬ気だ」
「……………」
「太極府印は内部での核融合が可能。つまり、普賢はその気になればあれを抱えて何時だって自爆できるってことだ」
与えられた宝貝は崑崙の科学の集大成。
それは持つものの性格を吟味した上であつらえられた呪われた品。
「普賢の性格を考えれば……俺ならあんな宝貝やらない。危なっかしくて」
「……ここまで読んでたって事か?あのじーさん……」
「ましてや封神計画の実行者はあの太公望……普賢が大人しく出来るわけがない」
「だから……道行を死なせないためにああしたってのか?」
「多分。俺があの方の立場なら……同じ事をする」
それは自分が同じように誰かを愛したからこそ、理解し得た感情だった。
「なぁ、慈航。俺だって自分の実力くらいはよく分かってる」
「……………」
「聞仲相手に俺があいつを守りきれなんて思っちゃいない」
「お前……」
「なぁ、もし……俺が死んでお前が生き残って、普賢も生き残れたら……あいつのことを頼んでも良いか?」
それはまるで遺言のようで。
言葉には出来ない親友の気持ちがつまった一言だった。
「馬鹿野郎……んなことはお断りだっ!!」
「慈航……」
「十二人もいんだぜ?勝てねぇわけないだろっ!!」
「ああ……」
「それにあんな凶暴で裏ありの性格で核融合かますような女はいくら小奇麗な顔しててもこっちから断わるっ!!」
「そりゃあ酷い言い方だ。あれほど優しい女も居ないぞ」
道徳は慈航に苦笑して返す。
「あんな奴にくっついてられる物好きはおまえ位だ!」
その後に続く言葉は、自分たちの未来を決めてしまいそうで、言い出せない。
「なぁ、慈航。俺たちの役目って何なんだろうな。俺は、太乙や普賢みたく頭は良くないから何となくしか分からないが
 ……きっと、この運命の通りなんだろうな。俺たちに求められてることは」
回りだした運命の輪を止める事は誰にも出来ない。
決まっている道をただ、歩くことしか。
「出来るだけ、離れないで居ようと思う。何が起きてもいいように」
「真顔でのろけんなよ。聞いてるこっちが小恥ずかしい」
道は、誰かが歩いてこそ初めて道として成り得る。
掻き分け、傷付きながらそこを進み行くのだ。




戦死は己の腕が武器となり、また盾となる。
それは彼一流の美学の詰まった言葉だった。
(おそらく、俺も生きては帰ってこれないだろう……)
手にした宝剣は、天化に渡したものとはまた違う形状のもの。
剣というよりは双頭の槍のようなものだ。
『形有るもの全てを切り裂く莫邪の宝剣』
長い年月をかけて、彼が作り上げ、その才を認めたものにしか渡してはこなかった。
十二仙の一人に座してから、莫邪を授けたのはほんの数人。
それでもたった十数年で宝剣を手にしたのは天化ただ一人。
(お前が俺の最後の弟子だ……後は……頼んだ)
自分を含め、師表十二人は十分に生きた。
ある一種化石のようなものだと笑う。
(俺はいい……だが、何故にあの方は普賢をあれほど急いで昇格させた?)
太極府印を授けたことも、仙号を得たことも、十二仙への昇格も。
それがこのためならば何もかもが符合する。
まるで、ばらばらになっていた欠片を繋げて円を作る様に。
(……酷な事を……子供に死ねと言うのか……?)
腕を伸ばして宝剣を一振りさせる。
光の粉を従えて、莫邪は空を裂いた。
(俺とこうなることも、全て予測済みだったというのか?そのために引き合わせたのか?)
ほんの些細な表情でさえ、逃がすことなく知るようになった。
ぎこちなかった笑顔も、今は大輪の花のよう。
(俺は、お前が決めたことならば……それに従うよ……)
彼女が選ぶ道は、決まっていた。
そのために、自分の命が必要だというのならば差し出そう。
他の誰のためにでもなく、君のために。
大義名分も、何もかもを投げ打って君の言う未来のために。
(一人で何でも決めるなってあれほど言ったのに……)
小さく笑いながら、道徳は宝剣の柄を指で摩る。
何もかもが愛しく、大切な日々。
限られた残り時間を、出来るだけ離れずに、不安にさせないようにと決めた。
向かい風の中、逃げずに立ち向かうという彼女。
その手を取って、行ける所まで共に行くと決めたのだから。
(後のことは任せたぞ。俺は、俺のすべきことをする)
目を閉じ、宝剣に仙気を封じ込める。
(太公望、天化……俺が、俺とあいつが見れない未来を……頼んだぞ)





「師匠、神妙な顔してますね」
「なんだ。今日は弟は無しか?」
キンタクはいつものように五竜山に帰って来る。
ここは彼の師匠である文殊広法天尊の住まう場所だ。
「何、人間死期を悟ればそれなりに肝も据わるってモンだ」
文殊は眼鏡越しに弟子を見る。
ここ数日で全てが目まぐるしく動き出していた。
下界では金螯の三強の一人の趙公明と太公望が対峙している。
「いえ、俺もすぐに戻ります。白鶴を呼ぶようにと原始様からの命でしたので」
「ほう……あれの翼を使えばすぐに降り立つことが出来るからな」
キンタク、モクタク、ナタク。
季家の兄弟はみな崑崙の道士として戦地に赴いている。
その三人の長兄であり、もっとも穏当なのがこのキンタクだった。
穏やかな表情で、性格ものんびりとしていて戦闘向きではないようにさえ見える。
「なぁ、キンタク……お前、もうちっと気合入れて仙人になれや」
「はぁ……」
「五竜山はお前にくれてやる。俺の跡目になれ」
無精髭を撫でながら文殊は静かに続けた。
「お前の弟二人は暴走傾向にある。それを押さえるのがお前の役目だ。お前が指揮を取れ」
「師匠……」
「玉虚宮の書庫は頭の中に入れたんだろ?大丈夫だ。お前ならやれる」
文殊はいつもと同じに皮肉めいた笑いを浮かべる。
自分たちはもう、十二分に生きた。
新しい時代に必要なのは新しい命だと彼は説く。
化石は風化して、砂になるのが宿命なのだと。






(……どこまでもいけ好かない男め……!!)
ゆらり。
風が太公望の周りで揺れる。
静かなる殺気と押し殺した感情は渦となり、彼女に花を添えていく。
「でも、僕は君の実力を知らないからね。僕の兄弟たちとまずは戦ってもらおうか」
「……バケモノ同士に兄弟があるのか?」
唇が細く鋭利に笑う。
「雲霄、頼んだよ」
「オッケ〜〜イ!!俺たちに任せといてくれ。兄貴!!」
あまりの調子よさに太公望は目を瞬かせる。
「もしかしてこの子俺の運命の女(ファムファタール)かもしれないってことだろ?敵同士、ロマンスだよなァ」
四不象と二人あんぐりとした目で兄弟と称された三人をただ見つめる。



最上階、前も後ろも敵ばかり。
逃げることも引くことも出来ないならば……行くしかない。
売られた喧嘩ならば買ってみるのも一興。
静かに彼女は前を見据えた。






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