◆赫い夢◆






聞仲もせめて来ない今、前進するだけさせようと太公望は指揮を執る。
途中の関所は素通り同然で通過。
殷王朝への不信は周への期待として。
(民はここまで疲れておるか……時間は少ない……)
「師叔」
「天化。何か異常はあったか?」
「いんや。それよか皆疲れてるっぽいさ」
黄家の第二子、天化。勢いよく太公望の護衛をかって出ている。
「ここいらで休息とするか。時期に夕暮れじゃ。これ以上の進軍は今日は無理じゃのう」
「俺っちみんなに伝えてくるさ」
天化を見送り、太公望は空を仰ぐ。
吉凶でいうならば不吉な予感のする夕暮れだ。
(胸騒ぎがする……何も起きねばよいのだが……)
それはまるで血塗れた雲の様で、まるでこれから先の未来を暗示しているかのようだった。



狙うのはあくまで無血開城だった。
しかし、王太子二人を始めとして双方に多くの犠牲者が出ている。
誰も傷つかない戦とありえない。それは分かっている。
それでも、誰かが血を流すのを黙ってみていることは出来ない。
それが『偽善』であろうとも、そうせずには居られないのだ。
何もしないことの『善』と行動を伴う『偽善』との違い。
それがエゴであるとしても、見過ごすことが善ならば彼女は偽善者になることを選ぶ。
「御主人、少し寝たほうがいいっすよ」
「そうだのう……」
昔からそうだった。決まって蒸暑い夜に見る夢。
小さな生き物が身体にたかり、侵食していく真っ赤で生暖かい感触。
どろりとしたものは瞼を犯して、目玉まで蕩けていきそう。
もがいて、手を伸ばしても誰も助けてはくれない。
(……誰………?)
それは憶えのある匂い。その香りがゆっくりと消えていく。
(……駄目!!そっちに行っては……!!!)
叫んだはずの声は喉元で消え、空しく指は宙を掴むだけ。
(……!!!……)
消えるときにかすかに見えた横顔。
肩で息をしながら、胸を押さえる。まだ、動悸は治まらない。
(…嘘だ……そんなことがあるはずがない……)
両手で頬を押さえても、不安が消えない。心成しかまだ……視界が赤い気がする。
道衣を纏い、彼の人を探して外に出る。
寝ずの陣営。その中に彼の姿は無い。
「これは軍師様。こんな夜更けにどちらへ?」
衛兵の一人が太公望を気遣ってか声をかけてくる。
答えるのももどかしく、微笑んでその場を去っていく。
(どこにいるのだ……どこに……)
暗闇の中、必死に探して。
(もうこれ以上……)
行き止まりで小さな崖の近く、満天の星を見ながら彼は一人佇んでいた。
「天化!!」
「師叔?どうしたさ。もう寝たんじゃ……」
振り返る天化に飛びつき、太公望はその体を抱いた。
「良かった……」
「師叔?」
わけも分からずに天化はただ太公望の体を抱く。
「どうしたさ?何かあったさ?」
「……いや……悪い夢を見ただけじゃ……」
安心したように天化の鼓動を聞きながら、太公望は少しだけ零れた涙をそっと隠した。
「そんなに怖かった?」
まるで子供の様にしがみつく彼女が愛しくて、天化はその髪を優しく撫でる。
今、こうして彼が生きていることが、当たり前のことが嬉しい。
揺ぎ無く前を見て、己の信じる道を進むその姿。
「すまぬ……邪魔をした……」
優しく押し返して、身体を離そうとする。
「なんで離れんの?俺っちもっと師叔とこうしてたいさ」
「天化」
引き寄せた身体を受け止め切れなくて、天化は太公望を抱いたまま後ろに倒れこむ。
「って〜〜〜〜!!」
「すまん、大丈夫か?」
「ああ、でもこの体勢なんか好き……」
天化の顔を覗き込む太公望の腰を抱く。
「師叔、泣いてた?目、赤いさ」
「……嘘は付けんな……」
決まりが悪そうに笑い、天化の頬に手を当てる。
「泣くこと無いさ、俺っちはここにこうして……生きてるさ」
その手が、声が、何もかもが奪われるのが嫌で。子供のように駄々を捏ねた。
たとえ夢でも、在ってはならないと。
「俺っちは死なない。師叔守るって決めてるから。聞大師からも、妲己からも」
そう言ったその瞳は微かな曇りも無く、ただ未来と彼女だけを見つめていた。
この男には裏表が無い。策略で生きる自分とはまるで違う。
だからこそ、引き寄せられて離れられない。
「何時の間にそんなことを言うようになった?」
その傷に唇を落として、彼女は笑う。
「何時までも弱いままじゃいらんない。強くなきゃ……黄家の男じゃないさ」
日々を重ねるごとにその戦乱は増していき、犠牲を多く伴う。
失うことはあまりにも唐突に、そして簡単に起きる。
この身一つで何もかもが終わるのならば喜んで差し出そう。
目を潰して、耳を削いで、肌を焼いて、もう誰も傷つかないのならば。
「師叔、余計なことは考えちゃ駄目さ。師叔には俺っちたちがいる。皆それぞれに強くなったさ……
認めたくないけどもヨウゼンさんとかも強くなった」
「……心の強さでおぬしに勝てるものなどおらぬよ……」
いくら力を強めても、その核となるものはあまりにも脆く、弱すぎる。
けれども、人はその脆き核でいくらでも強くなるから。
守りべき物が出来た人間は死を恐れるようになり、戦地に向かせるべきではないと誰かが言っていた。
戦に必要なのは死ぬことを恐れない者だからだ。
しかし、待つものが居るものは恐怖を超える力を持ち得る。
必ず帰ると誓うから。もう一度、その手に触れるために。
「いい男になったのう……天化」
浅く重ねた唇。
「おぬしにしばらくわしの命……預けても良いか?」
「師叔、本気で言ってるさ?」
太公望の身体を抱き上げて、天化はまじまじと彼女を見つめた。
「総合的に見て、おぬしに頼みたいのだ。天化、わしを守ってくれぬか?」
「えーと、師叔って軍師さね。えっと……」
衣類についた埃を払い、天化は太公望の前に跪いた。
本来彼女は崑崙の幹部。
天化から見れば師である道徳真君と同格である。
「紫陽洞道徳真君門下、黄天化。この命に代えてもお守り致します」
普段の天化とは別人のようにその声が耳にこだまする。
そしてその手を取ってそっと唇を当ててきた。
「なんてね、俺っちがやると似合わないんだけどさ」
「……いや、惚れ直したぞ、正直……」
少年は強くなる。少女のために。
少女はその身を出しだす。この命を預けると。



「師叔とこうやって二人だけって久しぶりさ」
太公望の道衣の紐を解きながら、天化はそんなことを呟いた。
慣れた手つきで一枚ずつ落として行き、むき出しの肩口に軽く噛み付く。
誰も来ない様な森の近く、互いの手で衣類を落としあう。
同じように天化の首筋に唇を落として軽く吸い上げる。
「くすぐったいさ」
「いつもおぬしがわしにするようにしたつもりだが?」
悪戯っぽく胸板に触れる指先を取って、舐め上げる。
「んー、するのもされるのも好き」
背中を抱いて、顎に手をかける。何回か唇をかみ合って、離れるころには銀糸が伝った。
唇の端を指で軽く拭って、両手で頭を押さえて再度口付ける。
「……っ……どこでこんなことを……」
「秘密。師叔だって……色々してるさ」
抱きすくめられたまま、唇は乳房に下がる。
片手は腰に下がり、空いた手は少し張っている乳房に沈む。
利き腕を失くして以来、右手を同様に使えるようにするために太公望は夜中に剣を取っていた。
時には天化の父である黄飛虎を相手に果敢に挑む。
道士は筋力で天然道士に勝つことはほぼ不可能。
ましてそれが武道の達人相手ならば尚更だ。
緊張は解けるまもなく、次の夜がやってくる。
腕も、脚も、満身創痍に近かった。
「親父相手に剣振るってんの見た……だから俺っちも少しだけどコーチに鍛えてもらったさ」
天化と太公望の共通点は己の努力を外部には決して漏らさない所にある。
聞仲との一戦で各人は己の実力を知った。無論、天化も。
男の意地と、悔しさは彼の器を広げ、その強さを引き出した。
「…っあ……」
擽る様に乳首を噛まれてあえぎ声が漏れる。
ちゅっ…と音を立てて唇が離れて括れた腰に赤い痣を付けた。
後ろから抱きしめるような形のまま指先を降ろして、腹部の窪みの辺りを摩る。
「…や…っ……」
「師叔、知ってるさ?師叔は意外なとこでも感じるって」
唇は肩甲骨に雨を降らして、舌先が角ばった骨をなぞる。
時折甘く噛みながら、そろそろと指先を下げていく。
「……あっん!」
うなじから、耳朶の後ろへ。唇は止むことなく降って来る。
「こーゆーとことか……」
攻め上げる天化の手に自分の手を重ねて、彼女は止めようとする。
「……嫌?」
囁きながら、耳にかかる息に力が奪われていく。
少し節くれた剣士の指先は濡れた入り口を焦らすように摩る。
煙草の匂いの染み付いた髪が頬を掠めて。
「嫌じゃないさね……師叔……」
ゆっくりと沈む指先はその感触を楽しむかのように内側を押し上げる。
根元まで沈めて、指に絡む体液を遊ばるとぐちゅぐちゅと濡れて曇った音。
「〜〜〜〜っ!!!」
「まだ、駄目。もうちょっと……」
首を傾けて、天化の頬に手を伸ばす。
誘いに乗るように、舌を絡ませて求め合う。
神経は過剰になり、かかる吐息だけで身体は震える。
指を抜いてそのまま胸を弄って、濡れた体液を絡ませた。
「ああっ!!」
「こーゆーときの師叔って凄く……やらしくて可愛い顔してる……」
だらりと力の抜けた脚を開かせる。膝を立てさせて、受け入れやすいように。
「!!」
抱かれる感覚に胸が震えた。
「あ!……んんっ……!!」
背中越しに、感じる鼓動が心地よくて何もかもを預けたくなる。
自分を抱く天化の手に同じように手を重ねて、引き寄せて。
「…師叔……好き……」
打ち付けられる度に濡れた秘部が天化を締め上げて『もっと……』と誘う。
「やぁっ……!!」
「嘘……好きなくせに……こーゆー風にされるの……」
汗ばんだ肌と、わずかに残る香油の匂い。
「そんな目で見られると……もっと苛めたくなるさ……望……」
重ねた手を解いて指を絡ませて。引き寄せてそっと接吻した。
すべてを生み出すこの手が愛しくて、愛しくて……何もかもが欲しくなる。
「ああんっ!」
突かれながら指先が肉芽を嬲る。
「あ……っ……あ!!!!」
抱えた膝が震えて崩れ落ちていく。
「そんなに良かった……?」
力なく下がる腕と、荒い息。
「…今度は俺っちを……望の中で……」
抱き寄せて、奥を目指して。
「ああっ!!!!」
ぎゅっと目を瞑って上がる嬌声は骨まで溶かしそう。
寄り添って、手を重ねて、その魂まで融合させたくて。
「っは……!!……天…化…っ!」
縋るような口付けは、お互いに欲しかったもの。
少し開かせて指を咥えされると従順に舌を絡めてくる。
「……望……」
突き上げられるたびに揺れる髪にさえ、身体は震える。
それが肩口を噛む男のものならば尚更。
「……守るから……必ずっ……」
口腔を蹂躙していた指を外すと名残惜しそうに糸を引く。
「……天化……っ……」
熱さと眩暈の中、分かるのは互いの心音だけ。信じられるのはこの体温。
一際強く突き上げられて、絡む肉がきつくなる。
「あっ!!あああっ!!!!」
「……っ……望……!」
指を絡めて、二人で崩れる。
何もかもが愛しかった。





夜風の冷たさに体が震える。
本能的に暖かさを求めて肌を摺り寄せると待っていたかのように抱き寄せられた。
「目、覚めたさ?」
「……ん……」
少し恥ずかしそうに目を伏せる。その顔が愛しくて天化は額に接吻した。
「どうしたさ?」
「いや……わしもおぬしにいいようにされるようになったものだ……」
まだ少し、身体の奥が痺れて熱い。
「天化……わしと約束をしてくれぬか?」
「約束?」
「……わしを残して……死なないでくれ……」
「……うん……俺っちは死なない。だって……」
閉じた瞼に悲しいくらい優しい口付け。
「……望を守るから……」
強くありたいのは自分のためではなく、貴女のため。
何もかもを差し出して、守りたいと思うのです。
少年はいつしか男になり、女を守ると言う。
必死に運命に立ち向かう彼女を守り、その剣ですべてを振り払う。
「……好きだから……望が……」
「……わしもおぬしが好きだ……」
貴女の声が、力をくれる。だから、何も怖くない。
『好き』とか『愛してる』とかそんな陳腐な言葉よりも。
今、こうしていることが大事だから。
この温もりを手放せずに、二人で堕ちて行く。
道士二人。折れた翼でどこまでも沈みたい。
水底まで沈んで、朽ちてしまえれば………。
「……俺っちに望って呼ばれるの嫌?」
煙草に火を点けて天化は太公望を見る。
「わしが嫌だと言うならばどうするつもりだ?」
「ん〜……嫌だって言わないって知ってるから」
重ねた唇。ほんのりと煙草の味がした。
「今日は恐い夢見なくていいさ。俺っちがいるから」
「そうじゃのう……守ってくれるのだろう?」
くすくすと笑う姿が愛しくて、何もかもが変わるこの世界で唯一つ変わらないと信じているから。
一人で泣く夜を止めたくて。
この、途方にくれる夜が嫌いと貴女が泣くから。
(……守るって決めたんだ……全部から……)
貴女が泣かないように、これ以上悲しい夢を見ないように。
この命を賭けてでも貴女を守りたいのです。
わがままで、子供で、決まった命数にあがらうことでも。
ただ、貴女を守りたいのです。




よく晴れた空のした、太公望ははるか遠くに思いを馳せる。
因縁の地へ。そして、何もかもが終わるはずのその地へ。
「師叔!」
「天化」
「これあげるさ」
手にしたのは蒲公英。可憐な黄色。
「天祥と見つけたさ。師叔にあげたくなったから」
「ありがとう」
祈るような言葉。
頬についた小さな傷を太公望の指がなぞる。
「あまり無茶はするな。傷ができておる」
「ん……」
手を振って前線に戻る天化を見送り、静かに笑う。
あれは悪い夢。そう片付けた。
王都朝歌はもうすぐ。
運命は静かに忍び寄る。



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