◆迷宮の恋人たち◆




「師叔、この迷路どこまで続くさ?」
うんざりとした顔でて天化は壁を忌々しげに蹴りつける。
蔦の這った壁はどれも同じようで、進んでも進んでもぐるぐると同じ場所を巡っているような感覚に襲われるのだ。
三本目の煙草に火をつけて、天化は天井を睨む。
「さてのう……随分といい趣味の男しかいえんな」
「吐き気がする。俺っちあーゆう奴は肌に合わない」
「わしもだよ」
天化は太公望の手を引きながら前に進む。既に数人の道士を切り捨ててきた。
飛び行く魂魄を見ながら何度も上への道を探す。
今の太公望は赤子同然。
なによりも「守ってくれ」と言われれば男としての意地もある。
(どこにあるさ……俺っちが趙公明を討つ!!)
踵を鳴らしながら二人進み行く。
この果て無き迷宮を。





「余化よぉ、おめぇも道士だったとはな」
砂時計の中、黄飛虎は苦笑する。
そこにある姿はかつての同胞。殷の将軍の一人だった。
「人間の世界で生きるのもまた修行のうちですから」
真紅の髪と瞳は人のそれとは明らかに違うもの。
殷で見ていたその姿も借り物だった。
「しかも女だったとはな」
「修行次第で女でも男の姿を得ることくらいは出来ますから」
余化は小さく笑う。真っ赤に引かれた紅は彼女の唇を鮮やかに彩っていた。
自分の身丈ほどもある剣を手に彼女はただ前を見つめる。
四階の真の守護者。
趙公明の弟子の中でも有数の実力を持つのがこの余化であった。
その容姿と精神力は金螯の仙道の中でも上級者であろう。
それだけの気迫と力が漂うのだ。
「まぁ、俺もいつまでもこんなところでのんびりしてるわけにはいかねぇんだ」
飛虎の手が硝子の壁に掛かる。
「何をするおつもりで?」
「決まってんだろうが。此処から出る!!」
びしびしと音を立てて壁は崩れ、さらさらと流砂が床を侵食していく。
「……普通の人間では成しえない事を。流石ですね、黄飛虎」
「あとはお前をぶっ飛ばすだけだな」
「まぁ。野蛮なことで」
余化は口元に手を当ててくすくすと笑う。
朱に染まる髪がふわりと揺れて景色を染め上げていくようですあらる。
「その剣を御取りなさい。ならばお相手いたしましょう」





太公望の手を引きながら天化は尚も進み行く。
気がかりなのは先ほどに自分たちが倒したものとは違う魂魄が飛んでいったことだった。
(まさか親父が?そんなことはあるわけないさ……)
「……待て、天化」
立ち止まり、太公望は床に落ちているそれを拾い上げた。
それは小さなボタン。それもどこかで見たことのあるものだった。
「これって……天祥!?」
「まさかさっきの魂魄は……」
「そんなはずないさ。黄家の男はそう簡単に死なないさ。でも、天祥……どうやってここへ……」
隠しきれない不安。
「天化。少なくとも天祥はここのどこかには居る。ならばこの道を行くしかあるまい」
「望……」
「行こう、天化」
繰り返し見る壁の模様。繋いだ手は離さないと二人、しっかりと指を絡める。
何もかものが虚飾にしか見えないこの世界でたった一つの道標。
(俺っちが望を守る。これ以上この人に悲しい思いはさせられないさ)
太公望にとって趙公明の居る五階に囚われている四不象は何よりも大切な友人だ。
離れることなく彼女の傍につき従う霊獣。
太公望の趙公明に対する怒りにはさすがの天化も息を飲んだ。
今までに感じることの出来ないような殺気を含んだ冷淡な声。
「早いところ上にいってカバっち助け出すさ」
「……すまぬ」
「何で謝るさ?望は何も心配しないで俺っちから離れないようにしてればいいだけさね」
ぎゅっと抱きしめると、胸に顔を埋めてくる。
小さな手が背中に回り、互いの身体を抱き合った。
「泣きそうな顔してるさ、望」
「おぬしがそうさせた……天化」
聞仲との一戦は天化にとっても苦汁を飲まされる結果となった。
戦士としての誇りも打ち砕かれたが、それ以上に己の力量のなさを知らされたのだ。
剣士は己の腕が武器であり、また盾となる。
それは彼の師匠である道徳真君の教えでもあった。
紫陽洞に戻り基礎から鍛えなおしてくれと師匠に懇願して猛特訓を受けてきた。
恋という力は天化という少年を一人の男へと成長させていく。
今はまだその途中。
「泣かなくてもいいさ……望……」
ただ零れる涙は、自分がこんなにも弱く脆いものだと痛感させる。
力無き、この器は些細なことで壊れてしまう。
「……天化、この先……何があってもわしの傍に居ると誓えるか?」
「……望……」
「わしを残して逝く事はないと……」
強いはずの彼女がみせるその弱さ。
「誓うさ。ずっと……望の傍で守る」
あのときに決めた。
離れることも、自分からのこの手を離すこともしないと。




長剣を手に黄飛虎は余化と対峙する。
ざわざわと真紅の髪が彼女を彩り、空気の流れまでも変えてしまうよう。
「見てごらん。四不象くん。恋人たちというのは美しいものだね」
「ご主人と天化くんが来たらあなたなんかすぐに封神されるっすよ!」
「……ここまで来れるかが問題だね。彼女は……余化は強いよ。この僕の最高の弟子なんだから」
趙公明は水晶の中で笑う余化を目を細めて見つめる。
「ご主人と天化君も強いっす!!」
「中々にロマンティックな二人だけれども……余化と僕も同じだって言ったらどうする?」
趙公明はくくくと笑った。



余化は彼が見つけ出し、一から教え込んだ愛弟子だ。
元は錆びて折れかけていた銀の長剣。
柄には紅玉石が埋め込まれた美しい細工のされたものだった。
長い年をかけて彼女は美しく変貌を遂げていく。
「公明さま?どうかなさいましたか?」
金螯の星の一つに居を構え、趙公明は何時ものように紅茶を口にしていた。
愛弟子の余化はまだ不完全な人間形態のために師である彼と生活を共にしている。
「余化、君も大分ここでの生活に慣れてきたみたいだね」
彼女は公明の腹心でもある。
師匠の心を誰よりも理解し、その行動を補助する立場。
「でも、まだまだです。公明さまに助けてもらうことばかりで」
銀の髪に赤い瞳。
まさかあの古びた剣がこんな少女になるとは彼も思っても見なかった。
金螯一の気まぐれな仙人は遊びで彼女を生み出しのだ。
「おいで、余化」
小さな手を取って、唇を落とす。
そのまま抱き寄せて余化の薄く小さな唇を優しく噛む。
まだ完成されない幼体のうちに手を掛けた。
自分の美意識を満足させるだけの要望を持つ余化を、自分の色に染め上げるのもまた一興と彼は笑った。
そう、ただそれだけだと思っていた。
「公明さま……っ……」
上着の紐を解いて、露になった鎖骨に唇を落とす。
「こ、ここでは……」
「誰も来ないよ。余化。それに見られても僕は何も困らないよ?」
余化のことなど気にせずに、彼は上着を落として丸く膨らんだ乳房に接吻する。
「君はこんなに綺麗なんだから……僕の余化……」
甘い言葉と接吻は余化の心を簡単に溶かしてしまう。
ましてや趙公明は余化からすれば育ての親であり、師匠でもある。
「…あ、やぁ……」
丈の短い道衣の中には彼の趣味で長筒襪(ガーターベルト)を。
短く切られた髪は幼い顔をいっそう子供のように見せている。
「…っは……公明さまっ……」
背中の線を指でなぞると、びくりと揺れる細い身体。
小さな乳首を舌先で舐め上げれば恥ずかしそうに目を瞑る。
「……っ……ふ……」
指先を噛んで声を殺そうとするのを解いて、深く深く唇を重ねた。
人間相手の逢瀬よりも、同族のほうが遥かに相性が良い。
元が華精の彼にとっては原型が宝剣の余化は理想の相手でもあった。
「……今更声を殺しても、意味なんてないよ?悪い子だね……」
小さな臀肉に手を添えて、衣類を全て脱がせていく。
耳を彩るのは硝子に華が埋め込まれた飾り。
細い手首を掴んで自分の背中に回させた。
「きゃ…っ…あ!」
指先が入り口をなぞり、内側で踊るたびにちゅくちゅくと濡れて絡まる音が響く。
例え原型が何であれ、人間形態の時は同じように感じるのだ。
ましてやそれが女体ならば尚更に。
「余化……良い子だね……君は……」
「…あ…ぅ……!……んんっ!!」
幼い身体は男の手で女に変えられた。
動かしながら時折押し上げれば、その度に耳元に余化の吐息が掛かる。
向かい合わせで、自分の膝の上に彼女を乗せて唇を重ねながらゆっくりと侵入させていく。
「あ…っ……う……!……」
まだ慣れない体は受け入れるだけで精一杯で腰を使う余裕など無かった。
両手で腰を抱かれて何度も繰り返し引き寄せられる。
ただ、しがみ付くことしか出来ずに途切れ途切れに上がる声。
流されそうな意識をつなぎとめることしか出来なかった。




「………?」
「ああ……良かった。目が覚めたみたいだね」
いつの間にか寝台に移されてたらしく、隣では趙公明がニコニコと笑っている。
「どうも僕は君には歯止めが利かないらしい。嫌なら嫌だって言っていいんだよ。余化」
額に手を当てられ、ぼんやりと公明を見上げる。
「いえ……嫌だなんて……」
こつん、と額が触れ合って余化は目を閉じた。
「また少し……発熱してるね。君は身体が弱いから目が離せないよ」
ただ、手を繋いで。
触れ合って。
それだけの時間が心地よくて、涙が出そうになる。
本来、妖怪仙人にはそんな感情は存在しない。
だが、彼女は感情を持ち、自分の意思を持つ。金螯に於いては珍しい道士だった。
よく笑い、あれこれと興味を持つ。
他に彼女のような仙道を挙げるのならば自分と同格にあたる妲己。
狐の妖怪仙人はしたたかにその手を伸ばす。
「今度ね、崑崙に行ってみようと思うんだ」
「崑崙?何故……斯様な所へ?」
薄く開いた唇を指でなぞり彼は笑う。
「力試しにだよ。独りで行ってこようと思うから余化はここで待ってるんだよ」
趙公明の持つ宝貝は仙界第二位の破壊力を持つ金蛟剪。
まともに当たって勝てる相手はいないだろう。
「私もご一緒に……」
「綺麗な顔に傷でも出来たら大変だ。僕は君が傷付くようなことはしたくないんだよ」
上等な人形のように長い睫。
小さな唇。
宝玉の赤い瞳。
陶器のような肌。
傷の一つもつけたくないと趙公明は真剣な顔でそんなことを言う。
「公明さま、お独りで行くには楽しくないと思います」
「そうだね。話し相手が居ない長旅はつまらないだろうね」
余化の前髪を指に絡めて、軽く引く。
「お話しの相手にも出来ませんか?」
「……困った子だね。でももっと困るのは君を連れて行きたいと思う僕だよ……」
小さな身体を抱きしめて、公明は自嘲気味に笑う。
溺れさせるつもりが、自分が溺れた。
この無意識下に漂う色香に。
妲己の誘惑も効かない筈のこの身体は、彼女の前では一人の男に戻されてしまう。
「明日の朝、崑崙に向かうよ。今日はゆっくりとお休み……余化……」
静かに閉じる瞼に優しく接吻して、余化を抱き寄せて目を閉じる。
教主は崑崙との関係を悪化させたくないと彼の提案した交流試合を跳ね除けた。
同僚の妲己には自粛しろと言われた。
従うばかりでは面白くは無い。
趙公明とはそういう男である。
戦いの前の束の間の休息。彼は彼女を抱きしめて眠りについた。





「道行、話がある」
扉を叩く音にうんざりした声で道行天尊は答える。
「儂にはぬしと話すことなど無いが?」
「金螯からこちらに何かが向かっている」
仕方無しに道行は扉を開ける。時間は既に夜中を回っていた。
そろそろ床に着こうかと思っていた矢先の出来事である。
「何故に儂に」
「お前しか頼める相手が居ないからに決まっているだろうが」
教主はそんなことを言ってのける。
確かにかつては深い間柄だった。
しかし、今は一仙人と、崑崙の教主という関係を崩すことはなかった。
「それにその姿……何のつもりだ?」
自分が愛した時となんら変わらぬその姿は、通常の老体とはまったく違う。
「こうでもしなければお前は俺の顔すら見ないだろうが」
「よく分かったな。それで儂に何をしろと?」
ふわふわと揺れる巻き毛を一房取って、原始はそっと唇を当てた。
「迎え撃つ。どこの馬鹿か知らんが被害は最小限に抑えたいからな。今居る仙道の中ではお前の攻撃力は
最高位にいるだろう?それに……お前ならば安心できるからな」
「分かったから離せ」
「冷たいな、道行。昔の思い出に浸るくらい許してくれんのか?」
「儂とぬしの間には何もない……ぬしがそう言うたはずだ」
道行は遠くを見つめるだけ。まるでそこには誰も居ないといった風に。
「崑崙のために師表たるものは出ねばなるまい。了解した」
掛かる手を払って、彼女は小さく笑った。



予想しなかったのはまさか崑崙の教主が自ら赴いてきたということだった。
それも普段見ているの姿とはまったく違う、肉体再生の術を使ってまで。
「面白いねぇ。原始天尊くん」
傍らの余化の腰を抱き、趙公明はにやりと笑う。
相手に不足はない。
自分には金蛟剪ともうひとつ。取って置きの美しい長剣もあるのだ。
「それじゃあ早速始めようか」
趙公明の手の中、対になる宝貝がゆっくりとその真価を発揮すべく光を生み出す。
その光はうねりを上げながらまるで生物のように形を変えていく。
雄叫びを上げながら産まれたのは二匹の龍。
白と黒の二匹のそれは教主目掛けて襲い掛かる。
「あの程度なら儂でも何とかなるのう」
ふわりと巻き毛が揺れ、突き出した掌から一筋の閃光。
二匹の龍の頭部を打ち砕き、道行は小さく笑った。
「まだ……衰えてもおらんな……儂も」
そのまま道行は光を炎に変えて趙公明を狙う。
同じように炎は龍となりその牙を向ける。
「ならば私が参ります。公明さま」
両手に球体の宝貝を従えて余化は道行を見据える。
女二人と男二人。
爆音と煙を巻き起こしながら二組の仙道がぶつかり合う。
「破ッ!!」
細い指は幾つもの炎を生み出す。余化はそれを化地神刀で相殺し道行目掛けてその一つを投げつけた。
その行為に彼女は唇だけで笑う。
余化が片手だけになるを道行は狙っていたのだ。
対になる宝貝はそうであるべき理由がある。
化血神刀は一方を攻撃の囮に使い、残りの一つで相手を仕留める宝貝だ。
道行天尊は宝貝を持たずに術だけで戦う珍しい仙人である。
それは余化にとっては宝貝さえもてない相手という誤認を植えつけていた。
(掛かってくれたのう……小娘が)
深く目を閉じて、ゆっくりとその瞳を開く。
ざわざわと空気がどよめいて、道行の手の中で幾重のもの光の輪が生まれていく。
道行天尊と余化では生きてきた年月にあまりにも差がありすぎた。
「滅!!」
薄い唇が小さく開くと同時に光は巨大な渦になり余化の身体を飲み込んだ。
「!!!!」
「余化!!」
それはほんの一瞬だけ気を取られた瞬間だった。
金蛟剪が生み出した四匹の龍は一匹の霊獣によって飲み込まれていく。
「しまった!!」
爆音と共に余化は錆びた宝剣に戻り彼の腕の中に。
微かに感じる波動は彼女が辛うじてまだ生きていることを彼に伝えた。
(余化……すぐに元に戻してあげるからね……)
金蛟剪を構えなおして趙公明は前を見る。
その刃先から産まれたのは七匹の虹色の龍。
それは一斉に原始天尊目掛けて襲い掛かっていく。
(まずい!いくら原始でも全部は防ぎきれないっ!!)
咄嗟の行動だった。
他意も何もなく。
昔の幻が促した行為だったのかもしれない。
七匹の内三匹は道行の生み出した龍が相殺した。
そして、残りの四匹は彼女の身体を喰い千切りそのまま教主へと襲い掛かっていく。
「道行!!」
牙の折れた龍など恐れるに足らずと彼は指先一つで粉砕した。
「趙公明……」
虫の息の道行を抱き、原始天尊は趙公明を睨む。
「僕の大事な剣も折れてしまったよ……また、会おう」
そしてこの一件で崑崙と金螯の関係は急速に悪化していく。
趙公明は階位の剥奪。一仙人として教主の監視の下で生活を余儀なくされた。
道行天尊は当時まだ仙人になりたての一人の若者にその治癒を一任される。
後に十二仙に昇格する太乙真人であった。
それから何年もの月日が流れた。
道行が回復するのと同じように、趙公明もまた余化の再生に力を注いでいた。
太陽と月の香気は十分に彼女に降り注いだ。
熟れた満月はまるで今にも溶けそうで、その光に趙公明は宝剣を差し出す。
「さあ……余化。帰っておいで……」
月光の下、一筋の光が揺らめいて宝剣はゆっくりと人の姿へと代わっていく。
唯一つ違ったのはまるで月の色を映し出したかのように彼女の髪は銀ではなく真紅に変わっていたこと。
そして余化は趙公明の命でその姿を変えて殷の将軍として彼の地に赴くこととなった。
そうすることで崑崙の様子を知られることなく観察できると考えたのだ。
満月の晩だけは余化は趙公明の元に帰って来る。
赤い髪を揺らしながら。




それは懐かしい声。
愛して止まなかった沢山の日々。
刀身に写るのはかつて愛した人。
妖精『飛刀』は黄飛虎の中にある穏やかで幸福だった日々を映し出す鏡。
思い出はいつも綺麗過ぎて、胸を締め付ける。
過去はいつも足枷となって前に進むことを止めさせようとするから。
けれども、その過去があるからこそ、今の自分がここに居る。
飛刀は刃先を変え、黄飛虎の身体を貫く。
「親父!!」
「……カッコワリィとこに来るんじゃねぇよ……」
「馬鹿な!?全然効いてないなんて……っ……」
それまで表情を崩すことの無かった余化が初めて見せる動揺。
「天然道士は身体だけは丈夫らしいぜ。まぁ、いいもの見せてもらったけどな」
飛刀を構えて飛虎は余化と向かい合う。
(賈氏……お前なら、前に進めっていうんだろう?俺は俺の道を行く。お前に逢ったときに恥ずかしくないようにな……)
余化は両手に宝貝を持ち、目を細める。
「ならば私も私が持つ最強の宝貝でお相手しますよ」
二つの球体。まるで童女のように余化の赤い唇が怪しく笑う。
「この、化血神刀で」
『げ、余化さまっ!!』
掠れ声は飛刀。妖精は意思も感覚持ちえた仙人になる資格あるものだ。
飛刀もその段階の初期に入っている。
「大丈夫、飛刀。じきに私のところに戻ってくることになるのだから」
すい、と手が動き二つの球体はころころと床を転がりは寝る。
(って、ぼてぼてじゃねぇか……)
飛んできた一つを斬ろうとして剣を構え直す。鉤型の刃の飛び出たそれを叩き切ると飛刀が悲鳴を上げた。
『痛ってぇ〜〜っ!!!やめろつってんだろ!!』
「まぁ、ちょろいも……」
ざくり。
化血神刀は二つで一組の宝貝。一方を斬ることに集中していた飛虎の背後からもう一つが攻撃を仕掛けたのだ。
ぼたぼたと零れる血液は彼の外套を染め上げて、床に血溜りを作っていく。
「親父!!」
「お父さん!!」
「来るな!」
息子たちを一喝すると飛虎は化血神刀を掴む。そのまま力を込めるとばきり、と音を上げて外壁が剥がれ落ちた。
ばらばらとそれらは破片となり床に瓦礫としてその姿を晒した。
「俺は丈夫だって言ったろ……」
びりびりと指先が痺れて、唇が乾く感覚。
「化血神刀には麻痺製の毒が仕込んであります。これで貴方は死ぬまで動けません」
道行との一戦で趙公明は化血神刀を改良していたのだ。
余化を守り得ることのできる宝貝として。
「これしきの……毒……効くかよっ!!」
飛刀を取り、飛虎は余化を目指す。
「う……嘘っ!?そんな筈はっ!」
応戦しようと剣を取ろうとするが、それよりも早く飛刀が余化の身体を斜めに切り裂く。
「きゃああああっっ!!!」
肉を割かれる感覚。
余化の悲鳴が四階に響いた。
『余化さまぁっ!!』
ばらりと飛刀は飛虎の手を離れ床に突き刺さった。
天然同士といえども、これ以上は立っていることも難しい。
強靭な意志だけが、彼を奮い立たせていたのだ。
それはかつて愛した日々。
何もかもが穏やかだった懐かしき日々。
「賈氏………」
崩れ落ちる身体を、支えながら彼は微かに笑う。
「天化!!まだ魂が飛んでおらぬ!余化は妖怪仙人じゃ!!」
硝煙の中から一振りの宝剣。
せめて一人だけでも道連れにと余化は最後の抵抗を試みたのだ。
「しつこいさ!アンタっ!!」
莫邪の宝剣で原型となった余化を天化は鮮やかに打ち砕く。
余化は破片となり飛び散ったかのように見えた。
「!」
その欠片の一つが天化のわき腹を掠める。
『うふふふ……あははははっ!!!ボウヤ、これで貴方もお終いよ……その傷…っ……あはははっ!!』
女の不気味な笑い声と悲鳴が混ざり合う。
真っ赤な唇が歪んで笑うのが見えたようにも思えた。
『あははははっ!!!』
不適な声を残して、四階の主の魂は空に飛んだ。





「天化……傷が……」
ぽたぽたと流れる血は生暖かく、触れた指先を赤く染め上げた。
「どこか、おかしいところは無いか?」
「いや……別にただの傷さ」
頭布をするりと解いて、天化の脇腹を縛り上げる。
止血も兼ねた包帯の代わりくらいにはなるだろうと。
「天化、飛虎、おぬしらは先に帰って太乙たちに診てもらうが良い。趙公明はわしが何とかする」
「な、なに言ってるさ!師叔は今宝貝が使えねぇさ!!このくらいの傷俺っちは全然平気さっ!!」
天化の頬にそっと手を伸ばして、太公望は小さく笑った。
「わしが何のために一緒に居たと思っておる?おぬしは良くやってくれた。あとはわしに任せよ」
「師……」
「それに、おぬしがわしを守ると言ってくれたように、わしも天化……おぬしを守りたいのだよ」
触れてくる手を取って抱き寄せる。
たった一人、最上階の敵に向かうという恋人はあまりにも小さすぎるから。
「天化、わしは大丈夫。おぬしが守ってくれたおかげで無傷のままスープーの所に行けそうじゃ」
「……望……」
「心配はせずとも良いよ。すぐに戻る。だから、おぬしは傷を治してくるのだ」
ぎゅっと抱きしめて、その額に接吻をする。
そのまま唇を下げて触れるだけの口付け。
「続きは戻ってからじゃのう、天化」
「……必ず帰ってくるさ、望……」
「……うん……」




繋いだ手を離したら、一人歩くだけ。
この男を知ってから自分は随分と弱くなった。
男の声は自分の一番柔らかい所に、棘の様に刺さって抜けない。
それでも、前を見つめることが恐くなくなったのはきっとそのせいなのだろう。
さぁ、行こう。
残すのは……最上階のみ。



   


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