◆風の分岐◆




西周では太公望が欄干に腰掛け、天を仰いでいた。
先の趙公明との一戦でこちらの戦力には大打撃。
特に先鋒となる天化の負傷は大きなものだった。
傷は癒えることなく、彼の体力を奪っていく。
その素振りすら見せずに笑うから、殊更に胸が痛い。
「師叔、どうかしましたか?」
「いや、あちらの三強の一人を討ったのだ。金螯が黙っているとは思えぬのだよ」
ざっくりと切られた髪はそのままに、太公望はぼんやりと呟く。
「………………」
「それに、そろそろ聞仲が出てくる頃であろう。それに対しても準備をしなければ……」
いずれ対峙すべき聞仲と妲己。
どちらが先に出てくるかと予想を立てて出た結果が聞仲だった。
どちらが出ても、向かうのみ。
引くことは出来ない立場に居るのだから。
「わしは少しばかり出かけてくる。わしの居ない間に何かあったならばヨウゼン、おぬしに全て任せるよ」
四不象の背に乗り、太公望は小さく笑った。
「野暮用を済ませたら、崑崙に一度向かう。天化の監視と発の御守、頼んだぞ」
悪戯っぽく片目を閉じて、彼女の姿が消えていく。
(一番面倒な用件頼まれちゃったよ……仕方ないなぁ)
残されたものにはため息が一つ。
同じように天を仰いで、彼も笑った。








「それで私のところに来たのですか?」
「こんなことを相談できるのは、おぬしくらいしかおらんからのう」
真向かいには申公豹。霊獣二匹はのんびりと寛いでいる。
彼女の言はこうだった。
趙公明の封神を知った金螯側が黙っているわけは無い。
殷についているとはいえ、聞仲は元々金螯出身。
ならば西周に崑崙についているように、殷には金螯がつくと考えるのが正当だと。
まして自分は殷の後継者をこの手に掛けた前歴がある。
聞仲が何より守りたかったはずの殷の血脈は、途絶えたのだから。
「聞仲の動きがないのも、おかしい」
「そうですね。聞仲は今動くに動けない状況にありますから。それでも……あなたと聞仲がぶつかるのは
 遠くない未来であり、避けられない未来でもあり……」
「おぬしもそれは止めぬであろう?」
「ええ……」
茶器に口をつけながら、太公望は続ける。
「明日のことなど誰にも分からぬ。何千年と生きているおぬしにさえも」
歴史を変えようと、若き風は揺ぎ無い意思をその目に。
先の一戦は彼女を一回りも、二回りも成長させた。
追い風に吹かれながら、一歩一歩ゆっくりと道を作っていく。
「あなたは、この先どうするつもりですか?」
「通天教主に会おうと思う。馬鹿でないのならば和睦に応じるはずじゃ」
太公望は崑崙の教主の愛弟子の一人。正規の面会のできる立場だ。
「妖怪ばかりのところにあなた一人を向かわせるのは気が進みませんね」
「なに、わしも大差ないであろう?」
姜族は殷王朝より度々迫害を受けてきた。
人間に非ずと、家畜同然の扱いも。
迫害される立場も、反旗を翻すのも同じならば自分も妖怪も大差は無い。
何が正しく、何が間違っているというのは誰にも分からないのだから。
「おぬしと少し話したら落ちついた。一度、西周に戻ってから崑崙に向かおうと思う。公使としてあちらに
 向かえばさすがの聞仲でもわしを討つことは出来ぬからな」
「まだ、甘いことを考えているのですね……あなたは」
道化師の瞳は、凛とした光を帯びて道士のそれに変わる。
「あなたはこれから戦争をするのですよ。二つの仙界がぶつかり合う大戦争を」
「………………」
無傷で終われるほど甘いことは考えてはいない。
それでも、味方のみならず双方の犠牲は最小限に抑えたいと思うのが本心だった。
「そんな顔をしないで下さい……」
す…と手が伸びて頬に触れる。
じっと見つめてくる瞳。
逸らすことなく、見つめ返した。
「わしは負けぬよ」
「そうですね。私の呂望がそんなに弱いなんて思ってませんよ」
破顔一笑、重なる笑み。
追い風を作るのはその小さな手。
そっと絡ませて、同じ光を目にしたいと未来を願った。





結局話し込んでしまい、周に帰還したのは夜中間近だった。
お気に入りの欄干に腰掛けて、丸く大きな月をぼんやりと見つめる。
人の世の流れをずっと見つめてきているのに、素知らぬふりをする月。
そんな月のように在りたいと彼女は祈るのだ。
自分たち仙道は、表舞台に出ることをしてならない。
いずれ仙界に戻るのだから。
「今頃戻ったのか?」
「発………」
隣に立って、欄干に肘をつく。
「いい月だな」
「そうじゃのう……」
短くなった髪が、風にそよぐ。
長い睫がそっと伏せられて、ゆっくりと開く。
「のう、発……わしは近いうちに崑崙に一度帰るよ。暫くは戻っては来れぬ」
「お前ってさ、崑崙に『帰る』って言うんだよな」
「?」
「ここがお前の帰る場所じゃないのか?」
肩を抱いて、答えを求める。
「わしは……おぬしが殷を討ち取ったら、崑崙に帰る身じゃ。それに、わしはすでに人間ではない」
目の前の少女の年齢は、自分よりも遥かに上なのだ。
自分が老いて行く間も、彼女は寸分変わらぬ姿で佇む。
人間の一生は仙道にとっては瞬きをするような一瞬のもの。
「なぁ、道士なんか辞めちまえよ……うちの軍師として、俺の嫁になって一緒に老いて行けばいいんだ。
 俺はきっと何時までもお前の尻を追っかけるじーさんになってお前に窘められんだよ。おまえはさ、気が
 強いばーさんになって、死ぬまで現役の軍師でいるんだ。そんで、俺が死んだらその次の日にお前も死ぬんだと思う」
でたらめな未来を楽しそうに話す声。
「なぜ、翌日なのじゃ?」
「俺を看取って、寂しくなってだよ。子供や孫に見守られてゆっくりと目を閉じる」
くすくすと太公望は笑う。
「いい未来視じゃな……」
そうであったらどんなにいいかと彼女は彼の手をそっと握った。
そのまま指を絡めてその胸に凭れる様にして、目を閉じる。
数十年前、まだ人間であった頃に見上げた月も今夜のように丸く大きかった。
あの日の月も、今宵の月もおそらく変わりは無いのだ。
「発、わしは道士は辞めぬよ。人間の世界は人間で築くしかないのだ」
「けどっ!!」
「わしが人間に戻ったら、八十前の婆になる。どのみち一緒には……」
言い終える前に、ぎゅっと抱きしめられる。
「何だっていいんだ!!お前が帰って来る場所はここなんだ!!」
「……随分と、いい男になったのう、発…………」
父の代わりと思えと残された言葉。
彼女は紛れも無くこの国の母だった。
礎を作り、道を敷いて進むべき標となり自分を導く。
「いい男には、いい女がいなきゃ駄目なんだよ。だから、ここにいろ」
「…………………」
「いるって言うまで、離さねぇ」
「ならば、わしは一生この腕に中の居るしかないじゃろうのう……」
哀しさは、無理やりに優しさに変えた。
抱えた運命の重さはどちらも同じだった。
違ったのは、彼女は仙道であるということだけ。
丸い丸い月の夜。
抱き合って目を閉じた。





寝台の上で裸のまま向かい合う。
発の手がそっと触れて傷跡をゆっくりとなぞっていく。
「また、増えたな。お前にばっかり傷が増える」
手を伸ばして、互いの身体を抱きしめる。
「その分だけ、強くなれるのならば構わぬよ。傷は……この国の基盤になる」
胸に、背中に、縦横無尽に走る傷は不思議と醜いとは思えなかった。
連戦で腫れたままの硬い二つの乳房。
両手で包んでそっと口を付ける。
「……痛っ……」
「あ、悪ぃ……」
やんわりと揉みながら、軽く乳首を吸い上げる。
そのまま少しだけ強く吸い上げて、口中で転がすように弄ぶ。
発の頭を抱くようにすれば、そのまま静かに身体が倒された。
「あ……発……ッ……」
まだ、膿んで熟れたままの傷を抉るように唇が吸い上げる。
「……っん……」
重ねた唇は血の味がした。
思えば最初にこの男と交わした口付けも、どこか血生臭かった。
運命に魅入られた男は、同じように宿命に見定められた女を欲する。
一つになれないと分かっていても。
「なぁ、お前って……ずっとこのままなんだろ?」
滑る指先がなだらかな腹部をするり、と撫で上げた。
ぞくぞくと背中を走る甘い痺れ。
身体の線を辿りながら、ゆっくりと下がっていく。
「!あ……ンッ!!」
ちゅぷ…と濡れ始めた入口に沈めて、浅い注入を繰り返す。
撫でるように、かき回すように、けれども決して奥までは行かないように。
繰り返して、彼女を追い込むことを楽しむために指先は動く。
「あ、あ……っは…!」
首筋に這う唇。
押し返そうとしても、体格差では勝てないのは十分に分かっていた。
「あん……ッ!!や……ぁ……」
「嫌じゃないだろ?」
ぐぐ…と指先が奥まで入り込んで、内壁を押し上げる。
「!!」
喘ぎ声と、吐息だけが部屋に響き渡る。
指先が蠢くたびに、じゅく…ぢゅる…と濡れて湿った音が絡みつく。
「あ!!あ、あっ!!」
ぬる…と舐め上げながら舌先は焦らすように下がって。
「ぅん!!あ、あ……ぅ…!…」
きゅっと乳首を捻り上げられあがる嬌声。
先端をぺろりと舐められて左右を交互に嬲る口唇。
恥ずかしげに顔を覆う手を荒々しく外させて、噛み付くように唇を塞いだ。
絡む舌先を吸い合って、発の頬にそっと手を伸ばす。
離れては重なって、口腔に広がる互いの味。
「!」
押し上げるように内側で動く指。
上がるはずの声は唇で殺された。
「俺たちって、相性良いよな……特にコッチの」
耳元で囁かれて、頬が赤く染まる。
奔放かと思えば、貞淑に。二つの顔は男を惑わすには十分だった。
故に、一人に縛られない飄々たる風の道士。
「あッッ!!!あ、や…ッ…やだ……!」
指先で入口を広げられ、熱い舌先が入り込んでくる感触に腰がびくつく。
突付くように内側に入り込む。
「や、やんっ!!」
声は無視を決めて、唇を離す。
くい、と濡れた突起の顔を出させて唇全体を使って軽く吸い上げた。
「あああァっ!!!……発……ッ…!」
ぎゅっと敷布を握る細い指。
逃げようとする腰を押さえつけて、攻める唇は緩めずに。
口中で舐め上げればその度に、細い腰が誘うように揺れるのだ。
親指で唇を拭って、足首を掴んで左右に開かせる。
男が貫くを待つような身体。
とろりとした濡れた瞳は相反するように、時折怯えたような光を持つ。
何人もの男に身体を許すのは、それしか術を知らないから。
他人との接触を図る方法を、不器用な彼女は己の身体を使うことでしか出来ない。
それでも、誰かを知りたいから……身体を重ねる。
それを知ってるのはほんの少しの人間だけ。
「ああんッ!!あ、あぁ……!!んっ!」
腰を抱かれて、ずん…と突き上げられる。
小さな身体を折るようにして、根元まで咥え込ませてゆっくりと腰を進めていく。
(子供なんだ。頭はキレるけど……まだ……)
覚えた快楽に従順なのは誰も同じで。
それに付随した心は「愛しい」よりも「寂しい」と悲鳴を上げる。
声無き悲鳴と、涙無き泣き顔。
無罪で死刑執行されるのに似た感覚。
(子供に、何もかもを背負わせるのは……俺たちのエゴだ。国を作るって大義名分掲げて、こいつを蹂躙してる……)
腕の中で喘ぐ小さな魂は、自分を守る術を知らない。
傷を負うことを躊躇わないのではなく、痛みを痛みとして認知するまでに至らないのだ。
「……望、いい子だ……」
額に接吻して強く抱きしめる。
「……発?苦し……っ…」
「俺は、お前だけの王で居られればそれでいい……なぁ、お前はまだ十六の子供なんだ……」
止まった時間は、何もかもを奪ってしまった。
それでも、それ故にこうして出会えたこの運命を、これ以上憎むことは出来なかった。
「……発……私は……いずれ仙界に帰る……それでも、私のことを忘れないでいてくれるか?」
「……望……」
「太公望ではなく、姜族の娘のことを……」
はらはらとこぼれる涙。
止めることも出来ずに、ただこぼれるままにした。
「忘れるわけ無いだろ…ッ……この手を離さねぇって決めたんだ……」
「それだけで、十分だから……」
希望という名を持つ少女は、何一つ望みはしない。
ただ、失ってしまった過去を取り戻すためにその身を戦火に投じたのだ。
因縁は絡み合い、彼女を掴んで離さない。
霞み行く景色の中、彼女だけが鮮やかだった。
「あったかい……」
「……望……」
「私にも、こんな気持ちがあるのだな……発……」
それは、初めて見せた彼女の素顔。
軍師でもなく、仙道でもなく、自分が子供だと認めた表情だった。
手を伸ばして同じように男の背を抱いて頬をすり寄せる。
「……好き……」
「やっとお前から、好きだって言われた」
「……発……」
掠めるような接吻を何度も、何度も繰り返してこの気持ちが嘘ではないと確かめ合った。
お互いに明日の命は保障されない立場だ。
この一瞬だけ、恋人に戻って暖かさを離さないようにきつく抱き合って。
迷わないで進めるように、その胸に抱いた光を分け合った。
行く先はそれぞれに違うことは分かってる。
それでも、重なる道、離れてしまうその時まではこの手を離さないと決めたのだから。
「あ!!あ……く…ぅ!!」
ぎゅっとしがみ付く小さな身体。
括れた腰を強く抱き寄せて、何度も何度も昇らせては引き戻す。
じゅぷ、じゅく、と濡れた音と互いの体液の絡む音。
加速する動きに応えるように、細い爪が背中を走った。
「……ひ…ぅ…!!あ!!ああッ!!!」
唇の端からこぼれる涎を舌先で舐め上げて、薄い唇を甘く噛む。
挟むように重ねれば、小さな舌が求めるように入り込んでくる。
「!!」
頭を抱えられて、空いた手は腰をぐ…と抱き寄せる。
「……発……発……」
うわ言のように繰り返す名前。
欲しくて、欲しくて、ずっと手を伸ばしたこころ。
「俺が、お前を守る……お前が帰れる場所になるんだ……」
ぐっと突き上げられて、白い喉元が仰け反る。
「あ!!ああああッ!!!」
「―――――っ…望……!」
重なった呼吸と唇。
今はこの世界にただ二人きりだと、思い込みたかった。





(困ったのう……おぬしに暴かれるとは思わなかった……)
ぐっすりと眠る発の頬を指で軽く突く。
朝焼けの手前の空は、紫と赤の混じった胸騒ぎのする色。
(崑崙に一度戻るよ。発、ちゃんと帰って来るから、それまでは王としてこの国を率いるのだぞ)
額にそっと接吻して、道衣を着込む。
寝台を静かに下りようとしたとき、ふいに手首を掴まれた。
「黙って出て行くなよ。出かけるときは『いってきます』だろ?」
「……発……」
「ほら、行ってきますの挨拶」
そう言って自分の唇を指す。
頬に手を当てて、甘い甘い接吻を。
「行ってきます……発……」
「ちゃんと帰って来いよ、望。行ってきますってのは、帰って来るための言葉なんだからな」
「そうじゃのう……」
しばらくは空の上の人となる。
会えない時間を埋めるための大事な言葉。
「帰って来いよ。ここはお前の帰る場所なんだから」
「分かっておるよ。ちゃんと帰る」
手を振って、ぱたんと閉じる扉。
回廊を歩いて自室の四不象と共に、太公望は崑崙へと向かった。
この先に待つ、大きな戦いにはまだ気付かないままに。





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