◆因縁◆






王都朝歌に進軍は続く。上空からはもう、目前だ。
殷の民は武王である姫発に淡い期待を。
「御主人、もうすぐ朝歌っす」
「うむ……久しいのう……」
さまざまな因縁渦巻く王都は、彼女が最後に目指す決戦の場所。
過ぎた日々が走馬灯のように駆け巡り、そして、それを打ち消すように頭を振った。
「御主人、今度は勝てるっすかね」
「いや、勝たねばならんのだよ、スープー」
そして、この日々を終わらせる。それが目標なのだから。
(おかしい……あの妲己がなにも仕掛けてこないはずが無い……)
女二人、その智謀合戦は見事なものでお互いに引けを取らない。
(……なにかあるはずだ……わしがあやつなら……ここでわしを討つ)
予想しうる全てことを思えば頭痛がしそうだ。
「太公望、何考えてんだ?」
「いや……わしが妲己ならばどうするかと思ってな」
太公望は周の擁する最高の策士。その彼女が不安そうな顔をするのを発は見逃さなかった。
「深く考えんなって。もうすぐ全部終わらせてさ、その……」
「……そうじゃのう、発」
微笑とは裏腹に、心中は穏やかではない。
あの妲己が何もしてこないはずがないのだ。
「……?……娘……?」
唇が妖艶に笑った。
「久しぶりね、太公望ちゃん」
「……妲己!!」
目を見張る太公望の前、傾世元嬢は脱己を包みその姿を現していく。
何もかもが妖艶で、美しい。
伸びた手足も、豊満な乳房も、なだらかな双球も。男ならば抱きたいと思わせるその身体。
そして、魅入られたら最後。深い瞳も。
「いけない、君たちは下がって」
ヨウゼンは兵を非難させ、天化は太公望の前で宝剣を構える。
「なんのつもだりだ?」
「あら、この間はうちの太子がお世話になったみたいじゃないの。そのお礼を言いによ」
穏やかな笑みを浮かべる唇。
「それともう一つ……あなたがどれだけ強くなったのか確認しておきたくてね」
「確認だと?相変わらずふざけたことを」
浮かぶ汗。妲己本人の登場は予想外だった。
支配者は表に出ることは少ない。その典型がこの殷の皇后『蘇 妲己』なのだから。
「師叔、下がってるさ!!」
「天化!!」
「こんな好機ないさ。だって……敵の親玉がここにいるんだからな!!」
その声を合図に道士たちは一斉に妲己を狙う。
四方八方からの攻撃を妲己は薄く笑いった。
手にした羽衣が優雅に舞い、光を帯び始める。
「衝撃波!!!」
びりびりとした空気の緊張は肌を直接刺し、彼女の頬に一筋の傷をつける。
抉られた大地は夥しい範囲で全ての生命が生き絶え、その衝撃の強さを物語った。
「まだまだね。趙公明ちゃんとでも戦ってもっと強くなってね……」





「私に下山命令?」
渡された巻物に目を通して雲中子は目を細めた。
「ええ、怪我人が凄いことになってるみたいです。おそらくは師叔たちも」
使いのものは白鶴童子。太公望同様に原始天尊の門下の一人である。
「太乙真人さまも下山命令が出てます。他には普賢真人さまの門下生、それから……」
「私と太乙の二人が下山していいものなのか?封神台のシステムエラーは……」
言いかけて彼女は口を噤んだ。
封神台は教主原始天尊の管理する独立したシステム。
それを作り上げたのは太乙真人、雲中子を中心とする研究開発計画班だった。
「いや、私が原始天尊さまに会いに行けばよい話だ」
「命令はお二人同時に下山するようにと」
「……食えない御方だ。私に下山しろとは……」
封神台は些細なことがきっかけで崩壊するかもしれない危険な代物。
その監視役に太乙真人、雲中子の二人が居るのだ。
(なにをお考えだ……私たち二人が邪魔だと……)
「こんにちは、白鶴」
「普賢真人、これはこれは。ご機嫌の程は?」
「雲中子に面会を。いいかな?」
普賢は白鶴童子を下げ、雲中子に軽く頭を下げた。
「普賢、もしや……」
「ボクの弟子たちもみんな下山命令が出たよ。どういうことかな……」
普賢真人の専門は物理学と数学。
あらゆるコード解析とパターンの作成は天才的としかいえない。
「道徳のところの天化はもっと早くに下山命令が出ていた。うちの雷子も」
雲中子は横目で窓の外、浮かぶ教主殿を一瞥する。
「今になってボクの門下一同を下山させるのはどういうことなのかな……」
「私と太乙にも下山命令が出ている。ご丁寧に二人一緒にだそうだ」
僅かに眉を寄せて、普賢は唇に指を当てた。
「やっぱり、そういうことなの?」
「おそらく。まだ少し時間はある。私もやらなきゃいけないことも山積だしね」
普賢の弟子たちの殆どは普賢同様に学者肌が多い。
ただ一人違うのはモクタク。普賢にとっての一番の愛弟子である。
「たいした御老人だ……さすがは道行の……いや、これは過去の話だな」
「仙界の禁忌。口は災いの元、一番の敵はその息子とでもいっておこうか?」
「知っておるのか」
「前に道行から。同じ女だから……」
沈み行く太陽は赤黒く、まるで血の様。
「ねぇ、雲中子……僕たちはどこへ行くの?」
普賢は沈む夕日を見ながら小さく呟いた。




「なるほど。普賢のところも根こそぎ持っていかれたってわけか」
食事を終えて、道徳は普賢の問いにそう答えた。
彼の専門は戦士の育成。その多くは崑崙を守る優秀な者たちだ。
しかし、今回の封神計画に抜擢されたのはもっとも暦の浅い天化。
道徳の頭の中にも符合しないものはあった。
「どういうことなんだろう……」
「いや、俺はてっきり天化の場合は御母堂とかの関係もあっての参戦かと思ってたんだが……」
「もしそうなら……どうしてボクが崑崙(ここ)に残っているの?」
「………何が隠されている?俺たちにさえしられていないことか……?」
普賢の表情が少し曇る。彼女はあれから考え得る全ての事柄の予想を立てていた。
その中からあくまで数字の上でだが、答と呼べそうなものをいくつか弾き出した。
「この計画、そんなに簡単なものでもないのかもね」
普賢の笑みは仄暗い。まるで封神計画を見据えるように。
彼女は何故に自分が十二仙に在籍しているか、常に疑問を持っていた。
能力の上でならば専門分野は分かれるが雲中子が名を連ねていてもおかしくは無いのだ。
仙人としても彼女のほうが長く、知に長けている。
「ねぇ、前に言ってたでしょ?仙界入りした時のことを」
「ああ」
「十二仙に在るべき者を考えてたの……どうしてボクが要るのか」
祈るように指を絡め、普賢は目を閉じた。
「わかんないよ……何もかもが嘘に思えてくる」
並べられた数字は嘘偽り無く事実を告げている。
その事実が、信じることの出来ないことばかりなのだ。
「太公望なら、事実を知ってるんじゃないのか?」
「多分……望ちゃんも知らないと思う。知ってたら……この計画を実行するなんて思えない」
仮説ばかりが部屋中を埋め尽くす。何度試みても数字は同じように並ぶだけ。
否定と肯定。
彼女は頭を抱えた。何もかもが虚偽にしか見えないのだ。
「ごめんね、こんな話につき合わせちゃって」
席を立とうとする手を掴む。
「帰るのか?」
「そんな気分じゃないから」
「この間のことなら謝る……」
その手を包んで、そっと胸に寄せた。
「……一つだけきいて欲しいことがあるんだけど、いい?」
「うん……」
「ボクはあなたを信じてる。あなたがボクを信じてるなら……一緒に来て」
差し出された手を取る。
その言葉はまるで心を拘束するよう。
静かに、静かに、運命は二人を捕らえていく。




書庫の奥から通じる地下。螺旋階段を二人はゆっくりと下りていく。
「こんなものが隠されてたのか……」
何もない空間に、灰色の階段だけが存在する世界。
一段下がることにまるで拒むように空気が絡んでくる。
その先に現れた扉の前にまるで守護するようにカラクリ人形が立っていた。
「普賢真人、この人は?」
「いいからどきなさい。命令だよ」
「しかし……」
「キミの主人(マスター)が誰なのか忘れたの?」
普段見ることの無い、冷たく無機質な顔と声に道徳は戸惑いを覚えた。
扉に手が触れると、静かに内部への誘いが始まる。
道徳の手を取り、普賢は慣れた足取りで奥に進んだ。
「!!」
それは太乙真人の研究室(ラボ)よりも精巧な造りで、幾つもの画面が宙に浮かんでいる。
その周りを光を帯びた数字が規則的に回り、まるで何かの暗号のよう。
「何なんだよ、これ……」
「封神台の管理システム」
普賢の指先は居並ぶボタンを次々に押していく。
その度に浮かぶ画面(モニター)の色が点滅し、変わっていった。
「ここはあくまで補助だけどね。主だった所は太乙が管理してる。ボクと雲中子はそれぞれ
こんな感じのを管理してきたの」
「どういうことなんだ」
「考えてもみて。妲己一人を倒すのならば崑崙の総力を持ってすればわけないじゃない」
手を止めることなく、普賢は続けた。
「でも、そうしなかった。ううん、出来なかった。どうして?」
「なにが言いたいんだ」
「裏があるってことだよ、道徳。僕等はあの御老人に乗せられたってこと」
手が止まり、画面には封神台の現状が映し出される。
「封神台のシステムは、転生すら出来ないように魂を補完すること。ううん……投獄、かな」
「投獄って……犯罪者じゃあるまいし」
「これから僕たちは罪を犯すから」
椅子に座り、普賢は足組む。
そして、その灰白の目が道徳を捕らえた。
「封神計画という名の罪をね」
「俺には……お前が言ってることがさっぱりわからん……」
こめかみを押さえ、道徳は頭を振った。
「罪なんて別にどうだっていいことだし、これといって興味も無い。でも、今から僕たちは参戦していくんだよ。
だから、あなたをここに連れてきたの。ちゃんと言っておきたくて」
傍らの道徳真君の手を取り、認証のための画面にそっと押し当てる。
光の輪が彼を包み、流れる数値と共に静かに消えていく。
「これで道徳もここに入れるよ。ボクが居ない時でも」
「だから……」
「もし、ボクが封神台に飛んだら、これをここに差して」
ちゃり…と音を立てて小さな鍵を差し出した。
「そうすれば、少なくてもここは機能しなくなるから」
「普賢……」
「もし、あなたが封神台に行く事があるならば……ボクはこのシステム全部を破壊(デリート)するよ
封神台を崩壊させて、あなたを助ける」
幾重にも重なる光の輪が、まるで縛り付けるように普賢を包んでいく。
「あなたがボクを守りたいってくれたように、僕もあなたを守りたいから」
それはぞっとするほど美しい光景で。
「あなたを信じたから。それだけは忘れないで」
言葉は呪文のように心を縛り付ける。
彼女はここに縛り付けられていたのだ。
螺旋階段の奥底、誰にも知られることの無いこの秘密の部屋に。
「もう逢えないなんて、嫌だから……」
その鍵を受け取ることは教祖への裏切り行為。
「わかった。俺もお前を信じる」
鍵を受け取り、懐に入れた。





「人の心なんて、脆いものなのよ。雷子」
物憂げに雲中子はそんなことを言った。
「あ〜?なんだよ急に」
気だるそうに出された碗に雷震子は彼女の好きな茶を注ぐ。
立ち上る湯気と香りは五臓六腑に染み渡るようで、甘く幸福感を与えてくれた。
「私は近いうちに下山するよ。お前はここに残って皆を守りなさい」
「何言ってんだよ」
「教主命令だからね。太乙共々に下山することになった。生きていればまた逢えるから」
雲中子は出された茶に口を付ける。
いつも赤い紅を引き、仙道にあるまじき態度の彼女。
崑崙の仙道は皆、女であることを捨て去った者たち。
その中に於いて彼女だけは自分は未だ現役の女だと誇示するような生き方をしてきた。
他人に振りまわされることなく、支配されること無く、まさに君主の如く。
その彼女が『命令』という言葉で姿を消すというのだ。
「雷子、死なないでおくれ……」
「さっきから……わけわかんねぇよ」
手を伸ばして、褐色の弟子の手を取り指を絡めた。
その力なさはまるで崩壊寸前の砂の城のようで、儚く、弱々しい。
唇を彩る赤によく似た石の指輪。
それは厳しく優しい師のために雷震子が探してきたものだった。
「雷子、これだけはもって行かせて。あとは、おいていくから」
顔は伏せたまま。雲中子は唇だけで笑った。
「お前が私の弟子でよかったよ。姫昌に感謝しなければ」
「まるで最後の別れみたいなこと言ってんじゃねーよ!!馬鹿師匠!!」
「馬鹿だよ……馬鹿でいいんだよ、雷子」
その時に見た彼女の顔はまるで泣くことを堪えた子供のようだった。
「頭の良すぎる子は可哀想だ。余計な未来まで見えてしまう……」
「師匠………」
「雷子、もうじき全てが終わって始まる。お前の思う道を行きなさい」
下山命令は今回だけにあらず、幾度か彼女には出ていたのだ。
それを通例とばかりに断り好きな研究に没頭してきた。
何人かの優秀な弟子たちは同じように崑崙の研究班に在籍している。
雲中子はその中、ただひたすらに封神台の開発に勤しんできた。
教主は今回の下山についてある条件を提示してきたのだ。
封神計画終了後、雷震子を人間に戻すと。
数日考え彼女はその命を受ける。
望んで仙道になったものではない。待っている家族も居る。
あるべき場所に帰してやろう。そう考えたのだ。
「師匠はどうするんだよ!!」
「私?私は……罪を償うよ……この罪をね……」




裸足の爪先が触れるたびに点滅する床板。
いや、薄く張った水面に似た床のような物といおうか。
「太乙」
真っ白の道衣を纏った道行天尊。画面を見ながらあれこれと思案する太乙真人の傍らに座り込む。
「道行、どうかしたのかい?」
「胸騒ぎがした」
七部の下穿きから伸びた足。踝の辺りから小さな光の輪が生まれる。
「未だ儂を認識せぬか、ここは」
「いや、さっき他で異物が混入したからね」
ゴーグルを外して太乙は画面を手元に寄せる。
「普賢か……」
「道徳を認証させたってとこだね。ボクがキミをここに連れてきたように」
先にこの掟を破り、教主に悟られぬように背いたのは太乙真人。
同じことを思い、彼女を母体機能(マザー)に認証させたのだ。
「このままにしておくと濡れ場の生中継になりそうだ」
「消してやれ。変態が」
道行の指先が画面を閉じていく。やれやれといった顔だ。
浮かんでは消える光はまるで人の世の様。
音も、風も無く、ただ在るだけの空間。
「ここは好きになれぬ……昔を思い出すから」
憂い顔。道行は自虐的に笑った。
「僕は、キミの過去は気にならないといったら嘘になる。色んな噂も聞いてるしね」
「……まぁ、強ち嘘ではない噂だがのう」
「けれどね、僕が愛しいと思うのは今ここに居る君だから」
たった一人、罪を抱いて。
誰にも告白できずに彼女は未だに時の檻に閉じ込められたまま。
この魂の牢獄から出る日を思いながら、永遠に近い時間を一人で過ごしてきたのだ。
「あの御老人の裏をかかなければ、君を救うことが出来ない……」
「………」
「一人で何千年も……だから、今度は僕が君と一緒に居たいんだ」
悠久の時の流れの中、たった一人この牢獄に繋がれたまま。
「そのためにこの開発に乗ったんだ。そうすれば君を……」
「太乙」
その声を耳を塞いで遠ざけた。
年老いることがなくなった代償なのか、誰かの優しさと好意に臆病になった。
「あの人のミスは、君と僕を出会わせたことだ」
その手に繋がれた見えない鎖を。
「儂に囚われるな……」
どうにかして引き千切りたいのです。
「無理だよ。もう、手遅れさ」




「…っあ……は……っ……」
冷たい石床に肌が触れるたびに光が生まれる。
重なっては消えていく、淡い光。
ばらばらと崩れていく光の断層と腕の中の女の痴態が何とも言えずに扇情的だ。
「そんな気じゃなかったんじゃないのか?」
肌を滑る指先。
細く浮き出た鎖骨を噛んで、その下を軽く吸い上げていく。
「あ!……やぁ……」
下穿きを剥ぎ取って、細い腰を抱き寄せれば倫理とか観念とかそんなものはどこかに消え去るから。
仙人として最も忌むべき欲求の肉欲に溺れたこの身体。
背中に指を這わせて、その線をなぞる。
膝の上に普賢の身体を乗せて、顔を覆う手を外す。
(大分慣れてきたよな……まぁ、俺が開発したのか……)
「……んっ……」
細い顎を取って唇を噛みあって。そのうちからの芯まで熱くなってくるから。
普賢の手が伸びて道徳の頬に触れる。
そのまま唇を寄せて、舌を絡めて吸い付く。
(多分、こんなことするような子じゃなかったんだよな……)
たくし上げた道衣から零れる乳房が誘う。
(あー、やばい……俺、かなり本気だ……)
人間として生を受けていた時はそれなりに恋をして、それなりの経験をしてきた。
仙界入りしてからは慣習で一切の欲を断ち切ったつもりだった。
それを簡単に解いてしまったのがこの少女。
まるで曲がった釘が刺さったように、引き抜こうとすればするほど深みに嵌った。
一度解かれた欲求は、歯止めがきかない。
「……ごめん……」
「……どうしたの?どこか痛い?」
「いや、俺がもしかしたらお前に犯罪の片棒担がせたのかもしれない」
腰を浮かせて、そっと沈ませる。
「っ!!」
「俺がこんなことしなければ……お前はきっと……」
続けようとした言葉を普賢は唇で塞いだ。
誰かのせいではなく、誰かのためでもなく。
「後悔した?」
「いや、むしろ……」
体勢を変えて、普賢の身体を組み敷いた。
「…やっ……!!」
「光栄だよ……」
絡まる肢体の傍ら、支えを失った画面たちはばらばらに落下していく。
「あっ!!」
唇を舌でなぞって、逃げようとする手を押さえた。
太腿と言うには細いそれを掴んで、より奥を目指す。
理性が囁く。
この女に深入りするなと。
頭の中で幾度となく警鐘がなる。
止めておけと。
(……どうにもならないってやつなんだ……理屈が見つからない……)
本能が彼女を選んだ。
もう、止められない。



「色々と調べたんだ。封神台のことを」
太乙と道行は背中合わせ、その手を繋いだ。
「その気になれば僕でも封神台を破壊出来るらしいね。解析できないプログラムじゃなかった」
崑崙最高の精密頭脳を持つ男は不適に笑った。
「……………」
「パスワードは予想通りだったよ。あの方も所詮は人間だったんだ」
手を解いて。今度はその指を絡めた。
「何だと思う?」
「言わずともよい……」
「……まだ愛されてるって思ってる?あんな酷い人なのに?」
「そんなこと……」
絡めた指がかすかに震えた。
「母体機能の認識は道行、君の名前だ」
「……………」
背中越し、俯く顔が分かった気がした。
揺れた巻き毛が光を生む。
「三つの管理機能はそれぞれ違う認識がある。雲中子のところは『竜吉』そして普賢のところが……」
太乙真人は一呼吸置いてこう言った。
「伏羲。これだけが分からないんだ。いくら探っても出てこない」
指を解いて、道行は太乙真人と向かい合う。
爪先が床に触れるたびに幾重もの光が生まれて壊れる。
繰り返される破壊と再生。
「儂はあれに愛されているとは思わんよ。過去のことじゃ」
「それでも君を縛るだけの力をあの人は持ってる……なにがいいのさ!あんなやつの!!」
道行の肩を掴み、太乙は揺さぶる。
「よしなよ……あんな人。僕のほうが君に優しく出来る……」
自虐的な声。
「君を泣かせたりしない……乗り換えなよ……」
「儂はあれに思う心はないよ……」
伏せられた長い睫が震えた。
「僕のことを好きになりなよ……そのほうがいいよ……」
退くことも進むことも奪われた彼女を救いたくてあらゆる手段で太乙は検索をかけた。
結果分かったことは認識に相応しく彼女の魂の半分は封神台にあるということ。
ある程度の仙人の力を母体としたその機能。
欠けた半身は時を止めた。
初期の機能として、魂の補完が出来るかどうかの実験もかねてだったのだろう。
おそらくは自分の前任者たちが教祖の命を受けて施したのだ。
最も手近で、そして力のあるものを。
抵抗無く捉えることのできた柔らかい魂。
独立したそのシステムは教主の管理下に置かれている。
おそらく好機は一度だけ。その一度を逃がすわけには行かない。
「太乙」
「……何?」
「儂をここから出してくれるのか……?」
そっと伸ばされた手。
「もう、一人は嫌……」
その手を取る。
「大丈夫。僕がいる。独りにはさせない」
運命はそっと二人を見据えた。
「必ず……君を助けるから……」
抱きしめた身体は数千年を生きてきたとは思えない細さ。
教主の片腕としてその力を使い、仙界ではごく少数になってしまった『術』の使い手。
「封神計画なんて僕にはどうでもいいんだ……ただ……」
抱きしめあった身体。
「君を守りたいんだ……道行……」
小さな魂。欠けても尚、誰かの心を奪うだけ力はある。
(道行……君を必ず助けるから……この牢獄から……)





衝撃波が収まり、ようやく土煙が引いた頃、異変に気が付く。
「スープー?スープー!?」
探しても探してもどこにも見当たらない。
絶えず離れることのない忠実な霊獣。
「師叔!親父もいないさ!」
「まさか……」
最悪の事態が頭を過ぎり、打ち消すように強く振った。
『さて、諸君のお探しの方々はどこに居るかな?』
声の方向を太公望は凝視した。
「……何なんだ。あやつは」
『はじめまして、僕は趙公明。少し手荒だが人質を取らせてもらったよ』
金髪に西洋風のいでたちの男は軽やかに笑った。
「ふざけたことを……」
『そんな恐い顔は君には似合わないね。いや、その顔も美しいか……罪なことだ』
無表情で、冷たい瞳。
傍にいた天化ですらその表情(かお)に背筋が凍るのを感じたほどだ。
「スープーたちは無事なのか」
『もちろんだよ。君たちが助けに来るならね』
「そうか。ならば行こうではないか。お前の元へ」
空気はまるで剃刀のように肌を裂く。
『そうそう急がなくてもいいよ。素敵な舞台を準備しようじゃないか。明日の正午、この場所で』
「スープーたちに何かしてみろ。わしはおぬしを許さぬ」
人質に取られたのは四不象、発、土行孫、武成王。
『楽しみにしてるよ、君が僕のところに来るのを』
「ああ、待つがよい」
その後の言葉を太公望は静かに殺した。


お前を殺しにいくのを……と。




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