◆貴族封印◆





「のう……スープー。おぬし、立派になったのう……」
天高く四不象は昇っていく。
頬を寄せるように太公望は目を閉じて、四不象の角を抱くように摩る。
「うるせぇよ……それよりも随分上まで来たぜ?もっと行くのか?」
「もう少しだけ、上じゃ」
ふわりと太鼓望を包む薄い膜。
まるで子供を包む羊水のように彼女を守り、その肌を温める。
「防御シールド張ってやるよ……今回だけだぜ」
「すまん……」
穏やかな声は嬉しそうに笑う。
「スープー、わしは……前に行くしかないのだな……」
「だろうな」
「それでも、共に歩むおぬしが居る……わしは、今の時代に生まれてしまったのだ」
あのまま、一族が妲己の手にかからなかったとすれば?
何度も何度も考えた答だった。
そして、知ったことは大差ない運命だったということ。
父母は恐らく涙を隠して自分を後宮へと送り出しただろう。
ただ、一つだけ決定的に違うのは今は運命に抗う力がこの手にある。
扉を開いて、光を引きずり出すための力が。
「このあたりでよいぞ」
四不象の上に立ち、太公望は手を伸ばす。
「おぬしと一緒に復活の玉の光を浴びた。わしの打神鞭もバージョンアップしたのだよ」
以前よりも伸びて、しっくりと手に馴染む宝貝。
自分の力を最大限に引き出すための武器もこの手にある。
上着の襟を正して、唇には小さな微笑。
(……おぬしにも、言わねばならんことがあるのう……ヨウゼン……)
すい、と先端に意思を込めれば小さな風が頬をなでていく。
「さて、そろそろ終わりにするかのう……趙公明。おぬしは中々に面白い男だったぞ!」
数個の竜巻が産まれて、一つに交わっていく。
それは大渦になり地上目掛けて一気に流れ込んでいく。
「!!」
「ヨウゼンさん?」
「師叔……面白いことを考えましたね」
仙道に指示を出し、安全圏への避難を誘導する。
太公望の思考を読み取るのに長けた男は、天を仰いで彼女を見つめるように目を細めた。
流れ込んでくる風の冷たさ。
全ての生命の息吹を一瞬で仕留めるそれは例外なく趙公明本体にも。
伸びた枝葉は凍てつき、花弁には亀裂が走る。
「どんな植物でもマイナス九十度の中ではガラスよりも脆くなる」
四不象と一緒に太公望も地上へと。
「原型が仇になったのう、趙公明」
みしみしと全身の軋む音が辺りに響く。
ぱきん!と氷が折れる音と共に趙公明の本体がゆっくりと土に還って行き始めた。
「とどめは……必要なさそうじゃのう」
ふわり。小さな風が一つ。
まるで未来を受け止めるように、彼女は男の姿を捉えた。
「太公望君……君は僕の最後を飾るのにふさわしい相手だったよ」
「…………………」
「君は、恐らく最後まで『君』だろうね。その先を見ることが出来ないのが残念なくらいだ。
 もし、君と敵同士でなかったら、もっと面白いことが出来たのかもしれない……」
小さく首を振り、自嘲気味に笑う顔。
その傍らに現れた少女の影。
「ああ、そうだね余化。これでようやくまた君と一緒に暮らせる。今度はなにをしようか?」
男の声だけが静かに耳に届く。
少女はただ嬉しそうに目を閉じて、男の手を取るだけ。
「行こうか。余化」
光の中に消えていく魂が二つ。
趙公明封神の瞬間だった。





宿営地に戻り、負傷者の数に太公望は眉を寄せる。
即座に西周への帰還命令を全員に出し、当面の間は治療に専念することと念を押した。
天化の傷は彼女にとっても致命傷の一つとなり、戦力の分散に頭を抱えるところ。
「今日はここで過ごすしかないだろうが……くれぐれも皆、無理はせぬようにな。特に、天化」
「俺っち指名さ?」
「当然じゃ。雲中子からも安静は言い渡されてるじゃろう?」
つかつかと進んで、そっと腹の傷に指を触れさせて。
じんわりと包帯を染めるその血の赤さ。
「痛むか?」
「ん……これくらい平気さ」
小さな頭を抱きよせて、その形の良い額に唇を当てる。
「この先……わし一人ではどうにもならぬことが増えてくる。天化、わしの傍でわしの剣になってくれるか?」
それは彼女がこの先の戦火に身を投じて、振り向かずに進むという宣言のようで。
その言葉の重さに、天化は目線を外せなかった。
柔腰の少女は戦いを重ねるたびに淑女への階段を登っていく。
「それって……」
「わしの剣となり共に死ぬ覚悟を持ってくれということじゃ」
常に生き残ることを最前提として、負傷者を出さないことが太公望の戦術の根底。
それを捨てると彼女は言うのだ。
「天化。全部終わって、もしもわしらが二人とも生きていられたならば……」
「……………」
「いや、それはそのときで良いな。今夜はゆっくり休むがよい。腹の傷の化膿が治まるまでおぬしと褥を
 共にするわけにもいくまい。傷に響く」
その声はいつもの彼女のもので、さっきまでの酷く不安定なそれとは違っていた。
一瞬だけ見える彼女の核は、薄い膜に包まれた胎児のように脆く不安定だ。
「師叔!!」
「どうかしたのか?」
「……なんでも……ないさ……」
「そうか。ゆっくりと休め」
かつんかつんと遠ざかる靴音。
趙公明との一戦は太公望の器を大きく広げることとなった。
そして、彼女を守る戦士たちの力も。




「ヨウゼン、少し時間は取れるか?」
太公望の左の腕の包帯を代えながらヨウゼンは小さく頷く。
「この先に良い場所があってな。そこまで行こうと思うのだよ」
「珍しいですね。師叔が僕に声をかけるなんて」
「そうか?」
錠剤を噛み砕いて、水で流し込む。
習慣になった行為も彼にとっては痛々しいものでしかなかった。
「いつもは、天化君を誘ってるじゃないですか」
「あれは個人授業でもせん限り、兵書など開きもせん。普賢の教授の最中にも脱走したほどじゃ。まぁ……
 さすがは道徳の弟子というか。師弟揃って史書は嫌いとみえる」
「さすがの普賢さまも、弟子の面倒まではみれないと?」
「そうらしい。あれはあれで厄介な男を選んだからのう。まぁ、わしも人のことは言えんが」
ヨウゼンの手を取り、太公望はその目をじっと見つめた。
「おぬしを連れて行きたいのだよ、ヨウゼン」
「師叔……」
手を引いて、少しだけ前を歩く細い背中。
たった一人で何もかもを背負い込んで、戦うことを選んだ少女。
ざんばらに切られた髪は、彼女の顔を中性的に見せる。
少年と少女の狭間で揺れるように。
「ここじゃよ」
巨岩の上、夕日が溶けていきそうな景色に目を見張る。
彼女はいつも流麗な場所を探すのに長けていた。
緋色の巨大な太陽は、ゆっくりと沈む。
時間はゆるやかに、ただ穏やかに流れるだけ。
「のう、ヨウゼン……趙公明の森の中におったとき、わしは色んなことを思ったよ」
風が前髪を書き上げる。
頬に触れる黒髪を、擽ったそうに彼女は手で払った。
「時間も、何もない空間。このまま朽ちるのも悪くないと思った。実際にいつかはわしらも死ぬのじゃから。
 土に還れるかどうかは別としてな。ああ、わしの道もここまでかと思ったよ」
丸く大きな瞳が静かに閉じる。
「けれど、そのときにまだやるべきことが残っておった。死ぬのは簡単じゃ。生きること以上に。いや、生きること
 以上に困難なことなど、ありはしないのだろうな……」
「ええ……そうでしょうね……」
「おぬしを残しては、死ねぬと思ったよ。ヨウゼン」
予想外の言葉に、ヨウゼンは声をなくす。
「おぬしは何時も、一人ぼっちを選らぶ。ヨウゼン、わしではおぬしの支えにはなれぬか?」
こぼれそうになる涙。
唇を噛んでそれを殺そうとした。
項垂れる頭を抱いてくる腕の優しさ。
それが例え作り物の腕であろうとも、これ以上の温かさは何処にも存在しないと思えた。
「ヨウゼン、おぬしもわしも一人ぼっちではないよ」
「ええ……師叔……ッ……」
「辛い時は泣けば良い。玉鼎は肝心なことを教えなかったようだのう」
柔らかい胸は、誰かの悲しみを受け止めるために神が授けたもの。
女の腕は男の魂を抱きとめるだけの強さを持つ。
「うわ!!ヨウゼ……」
ぎゅっと抱きしめられて、身動きが取れなくなる。
薄い背中を抱いて、その旨に顔を埋めて男は嗚咽を殺した。
「師叔、涙は冷たいものではないんですね……とても熱い……」
「うむ……」
「教えてくれたのは貴女です。師叔……」
自分よりもずっと大きな男を抱いて、太公望は小さく笑う。
「泣き虫じゃのう、おぬしは」
「そうですよ……僕は泣き虫です。貴女があの時死んだと思った……趙公明はどんな手を使ってでも僕がこの手で
 殺してやろうと思いました……貴女を僕から奪ったのだから……」
飛び行く魂魄を見たときの絶望感。
常に自分の前を歩く幼い背中が消えた衝撃。
他人に対してここまで憎しみを抱けるものだと思うほどに心が煮え滾った。
そして、生存を知った時の喜び。
光は一瞬で闇の心を溶かしてしまった。
「あの時、武吉君のように僕も貴女を抱きしめたかった。抱きしめて、口付けて、確かめたかった」
「おぬしがやったら洒落にならんぞ」
「必死に我慢したんです」
ぽふぽふと背中をあやすように優しく叩く。
「わしよりも随分と年上のはずなのに、随分と子供じゃのう」
「そうですよ……貴女が居ないだけで不安になるんです」
溶けた夕日よりも、ずっと甘い接吻はまるで砂糖菓子で。
唇が離れるのもどこか寂しく感じるほど。
「今すぐ貴女を抱きたい……ッ……」
「ヨウゼ……」
言葉は唇後と吸い取られて、飲み込まれる。
上着の金具を下げられて、柔らかい胸が外気に晒される。
その冷たさに身を捩ると、尚も強く抱きしめてくる腕。
「あ、やだ……ッ……」
首筋を甘く噛んで、ぎゅっと乳房を掴む。
「ここじゃ……」
「僕が初めてあなたを抱いたのも、野外でしたね」
ちゅ…と唇が下がって白い肌に赤く痣を残していく。
そろそろと舌先が乳房の輪郭をなぞって、その頂の小さな乳首を舐め上げる。
「あ!んぅ……!」
口腔で嬲りながら、確かめるように歯を当てて。
「ああッ!!や……ん!!」
逃げようとする右手を押さえつけて、口を使ってその手袋を剥ぎ取る。
彼女が触れて欲しくないと思う左腕はそのままにして。
「師叔、少しだけ背中を浮かせてください……」
いわれるままにすれば、ヨウゼンは脱いだ道衣を彼女の下にした。
「背中に傷が出来てしまいます……師叔」
そっと倒されて、ぼろぼろになった道衣を全て脱がせた。
出来たばかりの傷も、古傷も一体となっている身体。
「今、こうしてあなたを抱いていられることは……奇跡に等しいのでしょうね」
手の甲に愛しげに触れる唇。
細い指と、薄い爪の感触を楽しむかのように舌はぴちゃりと舐めて絡む。
「あんなに綺麗だった長い髪も、こんなに無残に切られたのに……」
指先がそっと秘裂に触れる。
「ぼろぼろで傷だらけなのに、どうしてこんなに綺麗なんでしょうね……」
く…と入り込む指。こぼれだした体液を絡めて親指で隠れていた突起の顔を引き出す。
くりゅ、と擦り上げられてびくりと腰が大きく跳ねた。
「あッ!!や……っ!!」
細い腰も、小さな骨盤も、なにかもがこの手の中に在るというのに。
拭えない不安が心をちくちくと刺す。
指先は止まることなくそれを攻め立てて、その度に上がる嬌声は接吻で塞いだ。
呼吸さえも奪いたくて、一つになりたくて。
染まった目尻と、振るえる肩。
「!」
膝を割って、脚を大きく開かせる。
割り込む様に身体を滑り込ませて、つなぎ合わせていく。
「ああァんッ!!」
入り込んでくる男の熱さ。
突き動かされる度にじんじんと痺れる腰。
「……っは……んん!!」
腰に回された手が、ぐっと抱き寄せてくる。
より深く根元まで咥え込まされて、内壁いっぱいに感じる質量。
眩暈に似た感覚に襲われて、頭を振る。
それでもまだ足りないと、もっと奥まで繋がりたいと二つの身体がせめぎ合う。
「あ!ヨウゼ……っ…あんッ!!」
ぐちゅぐちゅと濡れた体を抱き合って、舐めるように唇を重ねあう。
抱いたつもりが、抱かれて、堕とされて。
何かを求めるかのように触れてくる指先を取って、自分の腰を抱かせた。
「んんっ!!!…っは……あ!!」
腰を折るように小さな身体を屈ませて、突き上げるように腰を動かしていく。
その度にぬるついて熱い壁と繊毛のように動く襞が絡むように締め上げてくる。
「師叔……師叔……」
「ぅん……っ……」
舌先を吸い合って、吐息もため息も何もかもを飲み込んでまた唇を重ねた。
身体を重ねることでしか、自分を確かめられなくて不安を消すためにその肌を求めた。
罪は誰にもない。
いや、罪など元から存在しなかったのだから。
「あ!!ヨウゼン……ヨウゼン……ッ!!!」
ずん、と大きく突き上げられて白い喉元が仰け反る。
食い千切りたい衝動を抑えてそっと唇を這わせた。
揺れる乳房を掴んで歯を立てる。
痛みに歪む顔でさえ、甘くて……この身に取り込みたくなるのだから。
皮膚一枚の隔たりが憎く、もどかしい。
骨も、柔らかい肌も、眠ったままの小さな子宮も。
余すことなく全て口にして、一つになりたい。
(……師叔、どうか僕が僕でいられるように……助けてください……僕は…あなたを……)
心も身体も、軋むような悲鳴を上げる。
聞かない振りをして耳を塞いでも、直接鼓膜に染み込む性質の悪さ。
「ああんッ!!…っは……ん!!」
少しだけ手をずらして、ぎゅっと小さな臀部を掴む。
しっとりと濡れた肌が吸い付いて誘われるままに腰を強く進めた。
「!!あ!!あッ……ああっ!!」
胸の谷間を舐め上げて、ちろちろと左右の乳首を交互に舐める。
消えそうな意識を呼び戻すのも、男の愛撫。
「や……あ!!!」
「……師叔、あなたが他の男の手にかかってもしも命を落すことがあったなら……」
一際強く抱かれて、跳ねる腰を押さえる手。
「ぁん!!!ああああっッ!!!」
「僕がその男を殺します。地の果てまでも追いかけて……ッ……」
きつい締め付けに弾ける熱。
受け止め切れなかった白濁が、腿を濡らす。
「……ぁ……ヨウ……ゼ……」
安心できるのは互いの匂いと体温に包まれているときだけ。
「その後……あなたの身体は僕が……」
その先の言葉は聞き取れなかった。
故意に彼が言わなかったのか、自分の耳が利かぬ振りをしたのか。
確かなのはその暖かさだけ。
「……好きです、師叔……」
浮かんだ涙を舐めとる唇は優しくて、手離すことが出来なくなる。
それが例え他人から見れば都合よく男を利用しているといわれても。
この身体は誰に抱かれても、けっして一人のものになる事を選ばない厄介な一品。
自分でさえも持て余すのだから。





「疲れた顔をしよって……」
自分に覆いかぶさって眠る男の顔にそっと手を伸ばす。
重なったまま落ちた眠りはひどく甘やかでこの時間が永遠に続けば良いとさえ思うほど。
「ぐっすりと……眠りおって、ヨウゼン。誰かに見られたらおぬしの浮名は失墜するぞ」
背中を抱いて、頬を寄せる。
形の良い鼻にちゅ…と接吻して目を閉じた。
「のう……ヨウゼン。わしはおぬしが誰であっても、おぬしがヨウゼンであることに違いなどないと思うぞ」
帰って来る声はない。
「ヨウゼン、もしも……もしも、わしが誰かに討たれてこの身体がただの肉となったならば……」
広い背中をぎゅっと抱きしめる。
「おぬしの望むようにするが良い……それがわしがおぬしに出来ることじゃろうから……」
頭上に広がる星空。
その光は胸を締め付けて、今こうして抱かれていることを責める様に見えた。
輝くものは穢れを知らないからその光を維持できる。
何も知らずにいた日々は、遠い昔。
(父様……母様……望は……)
自分を抱く男は、嘘偽りなく自分のことを愛してくれる。
その気持ちだけでも十二分で分不相応とさえ言われるのだ。
天才道士を身体で誑かし、その配下に置いたと仙界で揶揄する心無いものも居る。
その不貞の輩を黙らせるだけの戦いを彼女は終えたばかりなのだ。
(いつか、御側に行けるのならば……望ことを叱りますか……?)
はらはらとこぼれる涙。
指先で拭って星空を見上げた。
(それとも、甘えさせてくれますか?父様、母様……)
きらり。一筋の流れ星。
彼女が願ったのは『平和』で、自分自身のためのことなど一欠けらもなかった。
(それでも、望は……こやつを離す事が出来ないのです。ヨウゼンは……望に似て……)
自分の身体をしっかりと抱いて眠るのは天才道士ではなく、一人の男。
(それも、いずれお話します……どうか、望をお守り下さいませ……)
同じように目を閉じる。
軋む歴史の足音は聞かないように。


そして、このあと二人を分ける戦が始まろうとはこのときは思いもしなかった。
ただ、二人で居られることに溺れていたかった。






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