◆決戦◆





膝を抱えて、巨大な画面に映る親友の姿を彼女はじっと見つめる。
どんな微細な動きも見逃さないように。
豊かな黒髪は、ざんばらに切り落とされた。
その姿は彼女を初めて見たときの事を思い出させる。
(望ちゃん……頑張って……)
ぷつりと画面が切れて、ぼんやりとした影が浮かんでくる。
(……何……?)
影はやがて少年の姿に変わり、その口がゆっくりと歪むような笑みを浮かべた。
「なんだ、道行天尊じゃねぇのか」
じりじりと揺れる画像。その中で少年は青白い顔で普賢を見つめる。
「あなた、誰?」
「昔、崑崙で世話になったもんだ。道行天尊に聞きゃあ分かるぜ」
「ボクは、普賢真人と言います。君は?」
例え誰であろうと、同じように接する少女は、少年に対してもそれを通す。
「……金螯十天君が一人、王天君だ。よろしくな、普賢ちゃんよ」
その声に頭上の光輪がぴぃんと反応し始める。
(……良くないことを考えてる子だ。でも、初めてあった気がしない……どうして?)
伸びた耳にはじゃらじゃらと耳飾りが。
重なる目線に戸惑うのはお互い様で、王天君と名乗った少年も普賢から視線を逸らすことが出来なかった。
「道行に、何か用だったの?」
「別に。道行じゃなきゃ、王子様でも良かったんだがな」
「王子様?」
「気にする事ぁねぇ。なぁ、普賢ちゃんよ、そっちから手を伸ばして俺をここから引っ張ってくれねぇか?」
王天君は画面越しにそっと手を出す。
同じように手を伸ばそうとして、普賢はその手を引く。
「……ダメ。君、良くないことを考えてるから」
「イイコトしか考えてねぇよ?俺は」
にやにやと笑う血の気の無い唇。
「……なぁ、俺と遊ぼうぜ?もうじきこの世界の終わりが始まるんだ」
「終わり?どうして?」
「教えねぇ。暫く見ねぇ間に崑崙にも随分と可愛い子が来たもんだ」
ぴりぴりとする空気に普賢は眉を寄せる。
「一番のカワイコチャンは、なにやらやりあってるけどな」
くくく、と笑う男に彼女は眉を寄せた。
背中に感じる嫌な汗。王天君が指すのは紛れも無く自分の親友である。
「またな。普賢ちゃん。近いうちに逢えるだろうからよ」
ブツンと画面は消えて先ほどのように太公望の姿を映し出す。
巨大な風の渦を幾重にも作りながら、彼女は男の動きを封じていく。
一歩一歩、確実に。
(……崑崙の浮力が落ちてる……望ちゃん……?)
操る風は、生体エネルギーの塊となって趙公明に襲い掛かる。
ただ、それを見守るしか出来ないことの歯痒さ。
来るべき戦いに備えて、動き出しているのは崑崙だけではなく金螯も同じこと。
画面越しに親友を見つめながら、祈るような気持ちで指を組み合わせた。






作り上げた数十本の竜巻は、船の内外を縦横無尽に走り回る。
その風を受け止めながら男は不適に笑い、女は眉一つ動かさない。
打神鞭が作り上げる風の刃。
抑制する必要の無い初めての相手に、太公望も己の策を走り巡らせる。
崩れた壁は砂となり、視界を防ぐ。
それでも、まるで何もないかのように彼女は男を斬り付けるのだ。
風を操る鈍ら道士とかつて彼女を称したものが、今のこの状態を見てその言葉を吐けるのならば立派なもの。
それほどまでに、太公望は自在に空気を支配していた。
「趙公明、いい加減に四不象を元に戻すのじゃ」
ぎり、と睨みつける黒き瞳。
趙公明はただ笑うだけ。
「クリーニング代は、高くつくよ?雲霄!!!金蛟剪を僕に!!」
雲霄から金蛟剪を受け取り、それを組み合わせる。
「弟たちは、三人でこれを使いこなすけれども……僕は違う。金蛟剪の本当の美しさ、君にも見せてあげるよ」
じゃきん!と鋼のすれる音と同時に七色の粉が光と融合しながら金蛟剪を取り囲み始める。
それはやがて虹を産みながら、ゆっくりと形を成し始めた。
「真の技とは、美しさを兼ねえるものだよ……」
一つ、二つ、三つ。虹は七つの光に。
「受け取りたまえ!この七匹の虹龍(レインボードラゴン)を!!!」
七匹の龍は一斉に太公望に襲い掛かる。
「……っく……」
打神鞭で生み出す風の壁。
必死になって四不象の石像を守ろうとする。
(……いかん、スープーが……ッ…!)
ぎりぎりと唇を噛んで、出せる限りの力で応戦するしかない。
幾重にも重ねた風の壁を食い破ろうとする七匹の虹色の龍。
(……ぐう……まだ……もう少し……)
びしびしと打神鞭に走り始める皹。
それは宝貝の限界を指し示していた。
本来の能力以上に打神鞭は働いてきた。旅の始まりからずっと。
(もう少しだけ……お願いっ!!!)
初めて見せた祈り。
引くことなく彼女は前だけを見つめた。






「たっ、大変です!!!お師匠様の打神鞭に皹がっ!!」
武吉の言葉にヨウゼンは目を見開く。
「金蛟剪は仙界第二位のスーパー宝貝……師叔、あなたはそんな男と戦っているのですね」
三大仙人と同等に渡り合えるものだけが持つことの許される逸品がスーパー宝貝。
持つものは仙界での実力を認められたものばかりだ。
聞仲の禁鞭、妲己の傾世元嬢、申公豹の雷公鞭、あげれば実力者の名前だけ。
そして、この趙公明も例外ではないのだ。
「あああっ!!皹がどんどん広がっていきますっ!!!」
道を歩き始めたものには、小さな装備で十分なように太公望に与えられた打神鞭も始まりに相応しい物だった。
例えるならば剣士も始めは木刀で練習を積む。
その実力が上がれば今度は小さな剣を。
段階を得る事に、持つ剣もクラスチェンジする。
いつまでも木刀のままではその実力を如何なく発揮することが出来なくなるからだ。
それは今の太公望の状況と同じ。
(……師叔の能力に、打神鞭が付いていけないんだ……)
そっと手を前に突き出して、気を込める。
「助け舟を……哮天犬で直接趙公明を狙う!」
「止めよ、ヨウゼン。太公望はおそらく未だ戦える」
「元始様!しかし……」
「あれはそれ程弱くない。あれの真価、今こそ見せてもらおうではないか」
その間にも太公望は攻撃と防御を緩めることなく、打神鞭を使い続ける。
額からぼろぼろとこぼれる汗。
「疾!!!」
産みだした巨大な刃が七匹の内、二匹の首を跳ね飛ばす。
胴を締め付け、粉砕して光の粉へと戻していく。
ばしゅん!と派手な音を立てて消えるのに趙公明は唇を歪ませた。
「二匹やられた!?面白い……さすがは崑崙の大幹部だ」
同時に打神鞭の皹は更に広がっていく。
いや、打神鞭だけでなく、彼女の力も限界に近かった。
「……元始天尊くん……そこに居たのか。太公望君、別の予定が入ってしまったよ」
趙公明は金蛟剪をじゃきんと組み合わせる。
先に打ち消した二匹が生まれなおし、七匹の龍が巨大な一匹へと変化を始めた。
(いかん!!スープーが!!!)
絡むような風を盾に、太公望は猛攻を防ごうとする。
「っ―――――――!!!!!」
みしみしと響く鈍い音。
ばきん!と上がった悲鳴と共に、打神鞭が砕け散る。
「スープー!!!!!」
迫り来る龍から、守ろうと彼女は自らを盾にした。








「お師匠さま……嘘だ……嘘だーーーーっっっ!!!!」
太公望が立っていた筈だったその場所の岩を払いながら、武吉は必死に二人を探す。
何時の日も、自分の前に立ち道を示してきた少女とその霊獣の姿を。
「お師匠様!!四不象!!!」
埃も、落石も気にも留めずに手を動かす。
「嫌だよ!出てきてくださいよ!僕は信じないぞ!!!」
ぼろぼろとこぼれる涙。
どんなときも笑っていた少女のその姿をもう一度取り戻したくて。
同じように離れずに添っていた霊獣の姿を見つけたくて。
「……あ…ああ……っ……!!」
眼にしたのは彼女たちの小さな欠片。
動かすことの出来ない現実だった。
「趙公明……許さないぞ!!!!」
巨大な岩を持ち上げて、武吉は男に向かってそれを投げつける。
天然道士はその能力を筋力に変えることの出来る立場。
宝貝が使えない代わりに、力だけならば仙道にも勝り得る場合が多いのだ。
「……チッ……!!」
その岩を寸でのところでかわす。
「!!!」
岩を隠れ蓑に、武吉は趙公明がかわすことのできないところまで迫っていた。
一つの策で二つの結果を。
それは彼が師と仰ぐ少女の口癖でもあった。
「よくもお師匠様をっっっ!!!!!」
派手な殴打音を響かせて趙公明の身体が岩盤に叩きつけられる。
そのまま武吉も岩を蹴って男の下へと飛んでいく。
手を緩めることなく、何度も何度も力を振り絞って殴り続ける。
「お前が……っお前がァ…っ!!!」
こぼれる涙をそのままに、少年は自分の思いを男にぶつけた。
師匠であり、初めての恋の相手。
彼にとって少女は何よりも大事な存在だった。
この国の礎になると、自分を殺してまで走り回るその姿。
様々な知識を、書物を、忙しい合間を縫って教授してくれた。
時折二人で抜け出して、街の甘味処に駆け込んだりもした。
内緒だと、口を合わせて悪戯をしたこともある。
どんな時も手を引いてくれたその手の柔らかさ。
それが、もう何処にもないという現実。
「!!!!」
金蛟剪で武吉の拳を防いで、趙公明は身体を起こす。
「意外だったよ……君にこれほどまでの力がるなんてね。さすがはあの太公望の一番弟子……」
流れる血を拭い、不適に笑う唇。
「この金蛟剪で君を殺すのも面白そうだけども、宝貝を持たないものに対してそうすることは僕の信条に反する……」
背後の弟に彼は告げる。
「雲霄!!」
「了解、兄者!!!」
混元金斗が武吉を吸い込もうと動き始める。
「嫌だっ!!お前だけは絶対に許さないぞ、趙公明!!!」
雲霄は武吉を軽くにらんで舌打ちする。
「往生際が悪いぜ、あんた」
「嫌だ…っ…!!!お師匠様ぁ―――――っ!!!!」
その瞬間、きらん。と何かが光を生んだ。
まるで武吉が彼女を呼ぶのに応えたかのように。
光が消えて現れたのは一匹の霊獣。
四不象に似ているようで、似ていない霊獣だった。
その手が伸びて武吉を拾い上げる。
「四不象……?」
『ああ、お前にしちゃあ上出来じゃねぇか、武吉』
低く、沈むような声。
『太公望の奴、まだ生きてやがるぜ……俺と一緒に復活の玉の光を受けたからな。まだ瓦礫の中だ……たたき起こしてきてやれよ』
その声に武吉の顔がぱっと綻ぶ。
「うんっ!!」
たん!と駆け出して生きているといわれる瓦礫の山を掻き分ける。
「お師匠さま!!!今、お助けしますっっ!!!」
はた、と趙公明の動きが止まる。
確かにこの眼で飛ぶ魂魄を見たはずだった。
その太公望が生きていると、武吉は言うのだ。
「太公望君が生きている?あははははは!!!君は本当に僕を楽しませてくれる!!!!」
同じように、太公望が眠る場所に向かおうとする。
『待て、行かせねぇぜ』
変形した四不象が趙公明の前にふわんと立つ。
「面白い。行け!!金蛟剪!!!!」
じゃきん!と音を立てて生まれる数匹の龍。
太公望とかつての自分を討ち取ったはずのそれら。
四不象は身動ぎもせずに正面から迎え撃った。
「!!!!」
ぺろりと頭から龍を飲み込み、満足気に笑う瞳。
戦闘形態の四不象は相手の宝貝のエネルギーをを吸収して、防御する。
『あとは太公望がやるだろうよ、趙公明』
「………なめないで貰いたいね」
「僕も居るぞ、趙公明」
三尖刀を手にしたヨウゼン。
同様に白鶴童子と元始天尊。
「君たちが、勝てるとでも?」
地鳴りと共に、ゆっくりと趙公明の姿が歪んでいく。
身体を取り囲む蔓。大地に根を張り、全てを吸収するかのように。
「やはりこう来たか……趙公明……」
「この姿は元始天尊くんと道行くんと再戦する時までとっておきたかったが、こうなったら仕方が無い」
妖怪仙人は原型の時に真価を発揮する。
男の原型、それは巨大な森だった。
次々に生まれる種は一瞬で芽吹き、恐ろしいほどの速度で育っていく。
それを背後に武吉は必死で瓦礫を掘り続けていた。
「あ……お師匠様ぁ……」
膝を抱え、虚ろな瞳。
それは初めてみる彼女の姿だった。
「お師匠様、返事をしてくださいよ!!お師匠様ぁ!!」
何度揺さぶっても、彼女の瞳は曇ったまま。
自分を捕らえてはくれない。
(凄い熱だ……このままじゃお師匠様が……)
震える身体。
「!!!」
広がった森は蔓を生み、それは彼女を一瞬で奥地へと攫ってしまった。
抵抗もせずに、ただ奪われる。
手を伸ばしても、その手を受け取ってはくれなかった。
「お師匠様ーーーーーっっ!!!!」




「何て非常識で巨大な森……いや、花か。趙公明らしいけれども」
愚痴をこぼしながら、ヨウゼンは三尖刀を構える。
「!!」
身体に絡まる蔦をなぎ払うのは黄天化の姿。
得意の変化で次々に彼は趙公明の種を、華を、蔓を消していく。
『やるじゃねぇか、ヨウゼン』
「丁度良かった、四不象足場が欲しかったんだ」
すこしだけ切れた息。
それでも、彼も彼女と同様に一歩も引こうとはしない。
「相手が植物ならば、その根を狙えば良い。哮天犬でとどめをさしてやる」
「ダメです!!!ヨウゼンさん!!!」
「武吉君!?」
「この森のどこかに、お師匠様が居るんです!!!」



引くも引かぬもどちらも窮地。
彼女はこの森のどこかに幽閉されている。
それは望んだことか、望まぬことか。
どちらも知るのは彼女一人。



                
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