◆星降る樹海◆





「なんだろ、この空間。不思議」
操舵席に着いた少女は浮かぶ文字列を捕まえて画面に叩き込む。
封神台を巨大な船に見立てて彼女はその最深部に腰を据えた。
着なれた道衣ではなく、能力制御のための拘束着。
白と青銀を基調としたそれは少女の可憐さを引き立てる。
新円に身体を浮かべればどこか羊水に似ていて。
それでいてべたつくことも濡れることもない不可解な感触に普賢は首を傾げた。
「違和感はないか?」
恋人の声に顔を上げる。
「無いよ。とりあえず亜空間に一時固定はできたからしばらくは良いんじゃないかな」
伸ばされた手を取って抜け出す。
教主の力を使って作り上げたその空間には封神台以外の存在が感じられない。
「完全なる闇って言うのもおかしいんだけど……」
爪先まで付け出してはぁ、と息を吐く。
「しばらくは満月の夜しか存在しない空間になる」
それは妖怪たちの力を増幅させ、人の傷を癒すための空間。
浮かぶ深淵の赤い月は仙気を高める呪法の一つだ。
「……んー……」
「腹、重いか?」
「まだそうでもないけど、違和感は強いなぁ」
筒型の上着と緩やかな帯。その端が宙に浮かび先には無数の連歌玉。
「この服も動きにくいけど、操縦するには仕方無いのかな。交替できるのが救いだけど」
そのまま抱き上げて歩きだす。
少しだけ柔らかさのました身体は母体としての機能を発揮し始めている。
「みんなが今よりも少しだけ幸せになれればいい。それだけだね」
「そうだな……俺はお前と今よりもちょっとだけ幸せになれればそれでいいよ」






久しぶりに外に出るのも悪くないような天気はそれだけで心を躍らせてくれる。
もう自分が軍師として座する必要もないと、少女は気晴らしに街へと向かった。
「師叔、どこに行きましょうか?」
復興途中とは言え元々は王都、その姿はやはり美しい。
それでもまだ路地裏に転がる死体と誰かの白い骨。
傷はそう簡単には癒えるものではないということだった。
「おぬしもしばらく骨休めでもするがよい。わしはこの国の蔵書を漁る」
「蔵書?」
「わしは仙界文禄でしか知らぬことが多すぎる。この国の文官たちが残した膨大な
 記録をみすみす眠らせるのは勿体無いことだ」
古本屋を巡っては書物を読み漁る。
彼女が知りたいのは自分自身のことに他ならない。
「あの日、本当は何が起きていたのか……それを知りたいのだ……」
扇子を取り出してぱらり、と広げる。
口元を隠し、兎耳の頭布はふわりと揺れて。
ちらり、と見上げてくる視線がゆっくりと妖かしめいて輝く。
「わしの目的は唯一つ。妲己を討つことだ」
大戦争の中彼女の心支えた感情の一つは紛れもない憎しみだった。
その業火が燃えるほどに美しくなる皮肉さ。
「しかし、今やこの世界に妲己の気配は感じられません」
「違う世界に居ると考えれば楽だろう?あれは本物の策士、そう易々と首を刎ねれるとは
 思わぬよ。それなりの強さがなければたどり着くことも出来ぬだろうな」
銀色の扇はきらら…と煌めいて新しい光を生み出す。
憂う瞳が見つめる世界はどんな色をしているのだろうか?
「書庫に戻るかな。おぬしは少し街中で遊ぶがいい」
珍しく霊獣も付けずに歩く少女の姿。
この世界にもう自分達は必要ないのだとその小さな背中が告げた。




埃だらけの部屋で本を閉じて、咳き込む小さな姿。
「人間の書いたものがそこまで面白いとは思えませんが」
百日草を携えた男がふいに姿を見せた。
差し込む明かりも傾いた夕暮れ。
織りなす影が二人分の小さな密室は書庫と言う名。
「そうだな。備に処刑方法が描かれたものばかりだ」
「人は人に対しても優しさを持ちえないことがありますからね。新しい王はどうなるのでしょうか?」
この先は人間が自力で世界を作らなければならない。
それがどんな結末であれ彼女はもう触れることはしないのだ。
「発は……良い王になれるだろうか……」
あの人と同じ姿をしたあの人の血を継ぐあの人ではない男の存在。
「わかりません」
柔らかな燈色の光は黒髪に混ざって闇をそっと連れてくる。
「あなたはこの世界にとどまることの許されない存在です。無論、私も」
「…………………」
「あなたの本当の目的は?」
風が静かにざわめく。
切り取った影絵のように壁に映る二つの存在。
「この手で妲己を殺すことだ」
その小さな手に百日草を握らせる。
燃えるような赤と胸騒ぎの紫の混同した花びら。
その花の意味は高貴な心、そして別れた友への思い。
「暇つぶしに殷王家の墓標に花を置いてきましたよ」
「ほう……」
「黒百合ですが」
「ひどい男だな」
触れあった掌、重なる唇。
乾いた音を立ててそっと離れる。
「いずれここを発つ。妲己の居る場所が掴めそうだ」
少女の肩を掴んで彼はまっすぐに視線を重ねた。
「それが最後の戦いですね」
静かに頷く姿。
何も知らなかった少女は別れを繰り返して十分に強くなった。
一人でも歩けるように。
「まだもう少しだけおやすみなさい。傷を十分にいやして英気を養って……そして、旅立つのです」
道化師と言われた彼も世界をずっと見つめてきた。
だからこそこの戦いの終焉のを見つめるために彼女の隣に立ったのだから。





月夜には妖精も妖怪も誘われ、安定しきっていないこの国は一種異形の街と化す。
それを取り仕切るための仙人たちの数もだいぶ減ってしまった。
「わしはおぬしが心配で仕方無い。まあ……周りには恵まれておるから良いとしても……」
寝台に腰かけて脚を伸ばす。
欠けた爪と湯浴みの肌の香り。
「随分ばっさりと切ったんだな」
雫が黒髪から零れて夜着に落ちる。
「もともとはこんなものだ。伸ばす必要もなくなったからな」
少年に近かった身体は随分としなやかになった。
仄かに香る女の部分が傷口に見え隠れするように。
「んー……まあ、俺は短い方が好きだけどよ……」
男の胸板に触れる唇。
舌先がゆっくりと下がって勃ち上がった肉棒に触れる。
指先が幹に掛かり亀頭を包むように唇が蠢く。
形を確かめるように舌が動いて雁首を舐め上げた。
「硬くなっておる」
「その方が好きだろ?」
浮き出た脈に唇を当てて、そのまま横から挟み込む。
零れてくる吐息とぴちゃぴちゃと唾液の絡まる音が耳に響く。
「!!」
「続けてろよ」
後ろから入り込んでくる指が内側をぐちゅぐちゅと掻き回す。
じんわりと濡れだした膣内と震える細腰。
「……っふ…!…ァ……」
にちゅにちゅと絡まる音。
震える唇で肉棒を銜え込んで飲み込むように上下させる。
口腔を支配する太さと硬さに感じる眩暈と恍惚。
「ん!!ぅんっ!!」
指先が引き抜かれて黒髪を鷲掴みにして視線を重ねた。
噛みつくような接吻と獣染みた呼吸を分け合う。
「自分で広げて挿入れてみろよ」
「そんなに焦るな。もう少し遊ばせろ」
「……お前、変わったな……その方が好みだぜ」
後ろから抱き締めるようにすれば、反り勃った肉棒が膣口を擦り上げる。
膝を軽く閉じてその先端を少女の指先が悪戯気に撫であげた。
「あ、ヤダ……っ……」
耳朶を噛んで噴きかかる息に肩が震えた。
腕に残される噛み痕と乳房を掴む指先。
「前よりも成長してんな」
少しだけ腰をずらして肉棒に陰唇を擦りつける。
ぬるぬるとした愛液が絡まって淫猥な音を上げた。
「胸弄られんの好きだよな」
きゅ、と乳首を抓まれてびくんと震える肢体。
濡れた音を立てて何度も何度も繰り返させる接吻。
離れたくないと舌先が絡まって糸で繋がる。
「ん、ア!!…ふ……ぁ…!!……」
ひくつく肉芽を擦りあげられて上がる嬌声。
親指が執拗に押し上げるたびにとろとろと愛液がこぼれ出す。
腿を濡らして敷布と小さな尻を湿らせるほどの量に男が笑った。
「感じやすいってのは良いよな。楽しんだもん勝ちだし……だからって俺で遊ぶな!!」
亀頭をまるで人形にでもするかのように弄る指先。
「嫌?」
珍しくそんなことを言う恋人に胸が高鳴った。
「つーかそろそろ挿入れてぇ……ダメかよ?」
男の腰に跨ってゆっくりと腰を下ろしていく。
「……あ……んんっ!!……」
押し広げて侵入してくる感触に体が震えた。
隙間なく埋め込まれてそれだけ快感を得られるように。
じんじんと熱い内部が妙に愛しい。
染まった頬と困ったような笑顔に、男の手が頬に触れた。
「んな可愛い顔すんなよ。苛められねぇだろ……」
火照った肌も浮かんだ汗も傷跡も愛しい。
「……っは…まだちょっと足りねぇけど……感度は問題ねぇし……」
下から伸びた手が張りつめた乳房を揉み抱く。
「んー……ッ!!……」
鼻にかかる様な甘い声。
ぐちゅぐちゃと腰を擦り合わせる音が益々感情を煽ってしまう。
「……発……」
男の頭を掻き抱いて瞳を閉じて唇を重ねた。
乳房が胸板に重なって一つになる心音に安心しても。
本当に望んでいたのはもっと違ったことだったと今更ながらに思い知らされる。
それでもこの恋に後悔などありはしなかった。
「なんじゃ……子供みたいな顔じゃのう……」
「俺は年上好み」
鼻先にちゅ、と唇が触れた。
腰に手がかかって下から何度も何度も突き上げていく。
その度にびくびくと震える細いからだと揺れる乳房。
「?」
一度引き抜いて少女を組み敷く。
片足を担ぐようにして挿入して最奥まで一息に突き入れた。
「あ……っは……」
みっしりと埋め込まれて敷布をきつく握る指先。
「や、あ、アアっ!!んぅ……」
「すっげ……中、ぬるついてて……」
「……っや……ァん!……そこ……ヤ……」
ぬらぬらと出入りする肉棒が充血した花弁を刺激する。
不意に重なった視線がそこに注がれ、見合わせた顔が真っ赤になった。
「……なんつーか……改めて見ると結構な……」
「……阿呆が……」
「すんません……」
「んじゃ、再開っと」
一層激しくなる腰の動きに声さえも上がらなくなる。
ただ獣染みた喘ぎと唇から零れる涎。
全身を走る熱と快感に神経がソコだけに集中したような錯覚。
何度目かの絶頂の後に吐き出された体液を指先で掬って、ぼんやりとこの世界のようだと呟いた。





「まだ中に挿入ってるような気がする……」
「おー、嬉しいこと言ってくれんじゃねぇの」
汗にまみれた身体が敷布の上に伏せられる。
閉じた恋の瞳は闇よりも黒い優しさ。
「そういえば、昔な……道徳を熊のようだと言ったら普賢が大笑いしておってな。
 そう考えればおぬしも熊ではないにしても、犬くらいにはなるな、と」
「そりゃ、目の前に餌出されたら食わずにゃいられねぇどよ」
もうじきここを離れて違う世界へと旅立つ。
本当のことは告げずに去ることを彼女は選んだ。
せめて思い出の中だけでは綺麗に存在していたい。
この胸に抱いた生涯の禍根と憎しみは見せたくないと。
「なんだか、嫌な色の月だな」
蝙蝠の姿が影となって月を齧る。
胸騒ぎに思わず男の背を抱けば同じように抱いてくる腕。
(あのときと同じ……この感じは……)
忘れない八十有余年前のあの夜の出来事。
(お前だけは絶対に私の手で殺す)
そっと髪を撫でてくる手に、何も知らない顔で頬を寄せた。
作り笑いも誰にも見抜けないように上手になった。
安住の地を捨てて目指すのは廃獄、恋路の都。
「どうした?」
「何も……おぬしが愛しいとおもっただけじゃ……」
「ふぅん……何が狙いだよ。何か欲しいもんあんだろ?」
滅多に睦言は言わない少女にそんなことを吹きかける。
「ならば、殷王家の史書室の鍵をわしにくれ」
「んなもんで良いのか?もっと……」
言葉を塞ぐ唇。
「後は、おぬしが居れば他にはいらぬ」
「……了解……」





騙し合い応酬は同じ女同士。
目指す監獄の名は夢に見た楽園。




16:55 2009/01/14

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