◆プチシンデレラ◆




「もう……歩くのやだぁ……」
砂の上にぺたんと座りこんで、少女はふるふると頭を振った。
黒髪に巻きつけられたさまざまな飾りが踊り、毛髪に直に巻きついた宝石と布地の美しさ。
「ノール、わがままは言わないんじゃなかったのか?」
「だって、ハルはいいよね!!歩かなくてもいいんだもんっ!!」
泣き出せば手をつけられない主に、青年は首を振った。
黒藍の髪を一本に縛り、青年はノールの頭に手を置いた。
「んで、どうすりゃいいんだ?お姫様」
ほんのりと銀の光を放つ肌と、少女の柔らかな黄色。
「もう歩きたくない。どっかで甘くて美味しいもの食べたい。今日はもう機械退治は嫌」
一つ一つ指を折って、ノールはうふふと笑った。






護神像は強い願いを持つものに引き寄せられる。
たとえそれがどんな願いであったとしても、だ。
「お願い事を聞いてくれるんでしょう?妹の機械病を治して!!」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら少女は青年にそう懇願した。
「その願いを叶えるのは俺じゃない。赤い血をもつ神だけだ」
「じゃあ、神様に逢わせて」
妹のミールは両足が機械病に冒されて、九の村の外に出ることは出来ない。
一度で良い、妹に外の世界を見せてやりたい。
その思いだけでノールは村を飛び出したのだ。
噂に聞いた外の世界は凄惨なありさま。辿り着いた十二の村は壊滅状態だった。
夥しい黒い血と悲鳴のような機械の声。
両手で耳を塞いだところに彼の声が響いた。
それが護神像ハルワタートとの出会い。
防人ノールの誕生だった。
小さな身体で自分を飼って、機械に立ち向かう姿はさながら騎士のよう。
水の護神像は絶えずノールを護り、少女もハルワタートに絶対の信頼を置いている。
しかし、それが高じて人が居ない場所では我侭放題。
元来世話好きのハルワタートの性格も相まって、ノールの要求は日増しにエスカレートしていく。
嫌味も込めて『お姫様』と称しても、彼女はまったく気にも留めない有様だ。
それでもそのお姫様を不思議にいやだとは思わない。
面倒だと思うことはあっても、ノール本人に嫌悪感はまったく無かった。






「ここいらに村はなさそうだから、どっか寝れそうなとこ探して……」
「えー……だって寒いの嫌ぁ……」
わしわしと頭を撫でて、こつん、と額をくっつける。
「くっついて寝てやらから。我慢できるだろ?」
「またエッチするの?」
小首を傾げるノールに、青年はがっくりと肩を落とした。
「それじゃ俺が年がら年中お前とエッチしてるみたいな言い方じゃねぇか……ノールさん」
どこか透明感のある闇に紫を混ぜた瞳。
「毎回毎回、気持ちいい〜、あぁんって大騒ぎするのもどこのお姫様だったかねぇ……」
「ハルの馬鹿!!」
ぽかぽかと胸板を叩く小さな手。
「あんだけでかい声出せればある意味世界レベルだよな、うん」
手をとって、そっと抱き起こす。
「それよりも風邪引かれると困っから、まずは寝床探すぞ。ノール」
唇と唇。目と目、指先と指先。
人間と護神像に何の違いがあるのだろう?
「ハル」
「んー?」
「ううん。やっぱり後にする。暗くなる前にどっか見つけなきゃ」
赤い血の神様が与えてくれた護神像。
彼は彼女のために全てを差し出す。
ある意味究極の献身愛。
二人で探す夢の楽園、お姫様の求める甘い希望のために今日も歩く。
厄介な恋人でも、惚れてしまえば痘痕も笑窪。
どちらが先かは忘れてしまった。
それでも離れずにこうしていられるのは、互いのことを思うからこそ。
砂の世界の恋は、水などなくても熟れた果実を作ってしまうらしい。
「ハル、手ぇ繋ごう」
絡まる指先が、冷え始める。
「冷たくなってんな」
「ハルの手も、冷たいよ」
「んー……俺はいいんだ。俺はどんなに寒くても死なないけど、ノールは死ぬだろ?」
護神像にとっての防人は代わりがきくから。
そう思うと胸が痛くなる。
何千年も彼は防人たちを取り込んで過ごしてきた。
自分の最後も彼に飲み込まれるのだから。
「ハル」
「んー?」
「ノールね、ハルに食べられても良いんだよ」
丸ごと飲み込まれるその日を夢見ながら君を駆って天を舞えるこの幸せ。
骨の欠片も残さずに同化できるのは防人だけに許されること。
君の細胞の一つ一つに染み込んで永遠に消えない何かになろう。
「ハルとずっと一緒に居られるなら、ノールはそれでいいの」
「……髪の毛一本残さないで、全部貰うから。ほかの誰にも渡さない」
あとどれだけの時間を過ごせるかの保証なんてないけれども。
「ハル、大好き」
出来るだけ優しくありたいと願う心。
あの古い光りの星のように揺らめいて砂の中に沈み行く。
「ハルは、ノールのこと好き?」
見上げてくる大きな瞳は、どの星よりも優しい光り。
「好きだよ」
「ウソツキ」
「ひでぇ言い方。俺が嘘ついたことなんかあるかよ」
額に触れる口唇も、冷たくなる時間。
「ハルの唇……冷たぁい……」
「風邪引かせるわけにもいかねぇしな」
足に絡まる砂を払って、駆け出す。
夜が優しい手で自分たちを包む前に暖かな場所を探さなければその腕で潰されてしまう。
残酷な時計の針が刻む甘い甘い夜。
楽しむためにはそれ相応の厳しさを乗り越えなければならない。
「ちゃんと掴ってろよ」
抱きかかえて砂丘を急降下。
昇りかけの月を背後に青年は少女を包むように抱いた。




ガラクタの山を片付ける青年の姿をノールはじっと見つめる。
「ハル、おなか空いた?」
「先に食ってろー。もうちょっとでベッドできっから」
ふるふると横に触れる小さな首。
「待ってる。一緒に食べる」
髪飾りを解いて、ゆっくりと櫛を入れる。
腕から覗く薔薇の刺青と小さな傷跡。
「護神像(おれ)は腹へらねぇから、ノールが好きなときに食っていいんだぞ」
二人で居るなら、二人で同じものを食べたい。
一つのクッキーでも分け合えば、それだけでディナーに早変わり。
「ハルと一緒がいいの。ハルはノールと一緒じゃ嫌?」
「分かった、分かった。今、テーブルと椅子も作るから」
「いらないよ。ここで十分だもん。ノールはね、ハルが居てくれればそれでいいの」
肩口の覗く上着では身体が冷えるからと、青年は自分のそれを少女に掛ける。
かばんの中には少しだけ大き目の毛布と何個かのキャンディー。
髪飾りとお気に入りの櫛。そして、妹の立体写真。
床に座り込んで、ぱきん…と二つに割る。
その大きいほうを少女は青年に差し出した。
「ノールがそっち食べて。俺は小さいほうで十分」
「ハルに食べて欲しいの。だって、ノールのことを守ってくれるから」
「……サンキュ。貰っとく」
今までの防人にこんな少女は居なかった。
二千年近く様々な人間を見てきたが、その中でもノールは特殊なほうだ。
「ハル、ノールはね、美味しいお菓子とミールとハルが居てくれればそれで幸せだよ」
どんなキャンディーよりも甘いキス。
恋は一人では出来ないから。
「俺よりも好きなやつができたら、そいつとキスしたっていいんだぜ」
「…………………」
「ノール?」
ぽろぽろとこぼれる涙。
「ノールは、ハルじゃなきゃやだ……ハルはこの先も防人が出てくるけど、ノールには
 ハルしかいないもん……」
「あのな、ノール」
少女の頭に手を置いて、青年は膝を付き合わせる。
「俺だってお前の代わりがいるなんて思ったことねぇぞ」
「本当に?」
茨の上を裸足で踊る。
滲んだ血が描く鮮やかな薔薇の文様。
その小さな足に呪われた赤い靴。
「お前がこれから先、すっげー綺麗になっても俺はずっとこのままなんだ」
君が繰り返し大人になっても、取り残されたままの自分。
この手を離れて誰かに手引かれる日だっていつか来るかもしれない。
それでも自分は彼女から離れることはできないのだ。
「おばあちゃんになっても、ノールのこと可愛いって言ってくれる?」
「可愛いばーちゃんになってたらな」
「それまでずーっと一緒にいようね、ハル」
赤い靴を脱ぎ捨てて、君の足に似合うような硝子の靴を。
十二時の鐘が鳴っても解けない魔法をかけよう。
星降る夜を待って二人で願いを。




一枚の毛布に包まって、肩を寄せ合う。
柔らかな頬が触れるたびに、どきんとしてしまう。
「ハル……」
「んー……どした?」
「寝れないの、眠れるようにキスして」
伏せられた長い睫。
唇をはさむようにしてそっと重ね合わせる。
ちゅ…と音を立てて離れては触れ合う。
「ハルのキスは魔法でもあるのかなぁ……あったかくて気持ちいーの……」
静かに手が伸びて、青年の頬に掛かる。
こつん、と額が触れ合って二人で瞳を閉じた。
ただそれだけで生まれる甘い空間。
鉄錆の匂いも願えば魅惑の香に変わる。
「そっか?」
「うん」
肩を抱き寄せて、一つの夢を二人で見られるのなら。
明日、君が僕のことを忘れてしまっても構わない。
僕は君の事は絶対に忘れない。
この細胞の一つ一つに、君の名前を刻み込むから。
「風邪引くから、もうちょっとこっちおいで」
「ぎゅーってしてくれないの?」
見上げられれば自然に背中を抱いて、唇を重ねるように。
「ハル、大好き」
この砂の世界で、暖かな君と出会えたこと。
それはきっと神様がくれた奇跡。
本当は神様なんてものが居ないことも知っている。
偶像でも、君が祈るならばその願いを叶えたいだけ。
「あったかーい」
「わかったから、首にしがみ付くなっ!!苦し……」
心音も血の流れも感じあえるのに。
何が自分たちを違えるの?
感情も傷みも涙も知っているのに。
「ハル、大好き」
「……………………」
「ハルは、ノールのこと好き?」
「……好きだよ」
寒さを理由にして抱きしめあっても、きっと神様は許してくれる。
ただ二人で居たい、それだけ。
神様なんて本当はいないのかもしれない。
「ハル、ずっと一緒にいてね。ノールがおばあちゃんになっても一緒に居てね」
彼女が老いて行くのを、自分は髪一本変わらない姿で見つめなければいけない。
最後を看取ることもできず、待っているのは完全なる融合。
「お前は俺が選んだんだ。だから、お前がどんな風になったって俺は一緒に居るよ」
「うん…………」
不安げにしがみついてくる小さな身体を抱きしめて。
君が悪夢にうなされない様に優しいキスを。
小さなお姫様はその侍従と恋に落ちた。
どれだけ時代が変わっても人は誰かを愛してしまう。
君が寂しがって涙をこぼさないように。
そのためならばこの腕など千切れても構わないから。





明日も、明後日も、それから先の数え切れない日々を二人で越えていく。
ゆっくりゆっくり、一歩ずつ。
「ハル、明日はどこまで行くの?」
「ノールの行きたいところまで」
まだ輝く向こうの世界までは飛べないけれども。
二人であせらずに歩けばいいだけのこと。
「ノール」
「なぁに?」
少女を後ろから抱きしめて、青年は窓の外を指した。
「……雪……」
砂の世界に降る白い優しさは、恋人たちへの天からの贈り物。
「外行きたいなぁ……」
「風邪引くから駄目。ノールはすぐ熱だすからな。後から『ハル、頭痛くて死にそう』とか
 言ったって何もしてやんねーぞ」
潤んだ瞳がじっと見上げてくれば、決心も鈍ってしまう。
ぎゅっと腕を抱かれて、膨らみかけた柔らかな胸は鼓動を早める小さな爆弾。
「…………窓、ちょっと開けるくらいならいいぞ」
「わーい!!ありがと、ハル」
どれだけ喧嘩をしても、君を思わずには居られない。
硝子の靴を叩き割って二人でどこまでも逃げてしまえればいい。
それが誰かの手のひらの上でも、君とならきっと。
そこがうわさに聞く天国と言うものだろうから。
神様は君と僕に命を与えてしまった。
出逢わせてしまった。
それを悔いることなども無く、出逢わなかった日々を考えることもできない。
「風邪引くから、あとは明日な」
「……うん……」
重なる口唇の甘さも優しさも柔らかさも。
二千年目に君が教えてくれた。
幸せになれるように、できるだけ穏やかに過ごせるように。
君を護り、この砂の世界で二人で生きていこう。
逸れない様に、離れないように。
しっかりと手を繋いで。



今日も、明日も、明後日も。
手を繋いでどこまでも行こう。



 

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0:56 2005/12/29




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