◆華霞◆






ただ強くあり、人の世を儚み、人の中に埋もれることを選べば。
その強さなど塵芥に等しく力など無価値に変わるように。
強き者も猛き者も生命という位置においては同じことならば。
花霞、霧雨、無縁たる因縁をたどるばかりのこの歴史よと。





四巡した風景に切り取られ、彼は差し向かいの女を見つめた。
月光はいよいよ狂おしく女は益々禍々しい。
「不思議な部屋だな。あちこち歪んでんのに気持ち悪ぃとかねぇよ」
朱色の盃に注がれた清酒は器を紅に変えていく。
黒髪の青年はにぃ、と笑った。
「んで、何で俺と話を?普賢の方がよっぽど物分かり良いだろうが」
ゆっくりと二つの乳房が消えていく。
何の違和感も無く消えた膨らみと少しだけ凛々しさを増した双眸。
「まぁ、男同士の話でも良いかと思ってね」
「さっきまで女だったのにな」
「君が望むのはこっちの私だ」
語る言葉も意味を成さず存在だけですべてを生み出せる幻覚に近いもの。
それが肉体を得たならばこの青年に変わる。
「で、君の望む答えをいえば良いのかな?」
二色の蝶が乱舞するこの空間は、広くもあり狭い。
黄昏も終焉も全てが点として存在してそれを線につなげるように。
「答えか……別に今となっちゃそれもどうでもいいことだな」
逆さまのこの空間は零れた酒は球体となって砕け散る。
盃を振っても波一つ怒らない。
「俺は普賢がやりたいってことを見てるだけだし。俺の願いはもういい」
「その普賢真人は太公望の望む世界を目指している」
それはたった一つの願いのための行為。
大義の下に敷かれた大量虐殺。
「封神計画なんて綺麗な言葉に隠された殺劫」
「…………………」
老君の指先が光をうみ、円を描く。
その中に浮かび上がる目まぐるしい風景。
人間はいつしか着るものも何もかもが変わって行く。
血液は赤からやがて黒に変わり、女の放つ弓がこちらへ飛んできた。
「!!」
ぐい、と老君の手がその矢を掴む。
これは本来この世界はある筈も無くあってはならないもの。
「何千年も未来の物。おかしい話だ」
一瞬にして砕け散った矢は砂に還った。
この世界は幾重にも重なりあって構成されているはずなのに。
たった一人にして唯一の支配者が頂点に君臨する。
幼い彼女はたった一人、積木で今日も城を作り上げて。
閉じめては壊して何度も何度も繰り返す。
「たった一人のお遊びにもう付き合いたいとは思わない」
老君の手から離れた盃が空間の一部を切り裂いた。
その隙間に覗く螺旋と淀んだ色彩が楽園の都、蓬莱だという。
「人の形をした人ではないもの。人あって人の形のないもの」
その言葉はゆっくりと意識の中に溶け込んでいく。
古い古い記憶を読み起こすように。






逆立ちながら左手だけで体を支える。
「器用なものだな」
「お前もこれくらいできっだろ、太公望」
左が今度は人差し指一本に変わってそのまま体を起こす。
頬に触れる緑色の風は空気まで清々しく変えてくれた。
「また小難しいもの読んでんだろ?」
拳で額の汗を拭って、彼は友人の開く書簡に目を移した。
「みながおぬしや天化の様なものではないのだぞ」
「普賢なら今、焼き菓子作ってるぞ」
すれ違わざる運命を無理やりに纏め上げた。
今思えばどこも見つめずに一点を射抜くような瞳の彼女は、不可解な存在だった。
生きているのにその生命力の希薄さ。
生者は転じて死者となり、死者はまた神としてその存在を変えるという。
思えば彼女の周りだけは空気が違っていた。
その違和感を消すためにもしかしたら恋人は存在したのかもしれない。
何もかも意味をなし、無意味なことなど一つも無い。
精神体として君臨する絶対なる存在。
「望ちゃん、はい。お茶どうぞ」
「あー!!師叔ここに居たさ!!」
それは僅かばかり前の出来事のはずなのに、随分と昔に思えた。
もしかたら忘れることさえもすべて仕組まれていたのだろうか?
それは瞬きをする間の出来事。
それは永久にも続くかのような時間。
それは須臾と永劫の狭間の事件。
そして反乱は静かに幕を開けた。





僅かに消えていた意識を取り戻せば盃に落ちる桜が一枚。
「君の欲しい答えはあったかい?」
この波紋のように小さな疑問だった。
それを疑問だと思わないほどの謎をちりばめ、気付かれないように。
世界はその仕組みを変えその手の及ばない空間を作り上げた。
それが死者の住まう国、冥府というところ。
「彼の世は賑やかで美しい。壊れたものに興味がない彼女の盲点だ」
飲み干して視線を落とせば。
「そうか……そういうことか……」
「これで君も力を得た。世界は恐いねぇ、女なんて敵に回しちゃいけない」
「まったくだ」
盃を突き合わせる。
「禍を持つものがジョカなどとは、因果なものだ」
「それだけ若造りで老君なんて名乗るあんたも良い勝負だろう」
桜は一瞬で紅葉に変わり、その一枚が彼の頬を打った。
「元は私も宵闇小町さ」
「そりゃ、最初から達観はしてねぇだろうけども」
勝ちも無く負けも無く勝負など必要がないということ。
それは本当に強いものだけに許される言葉。
ぬ、と伸びた細い手が彼の首を一瞬で締めあげた。
「死んでいるのに、死んでない。だから苦しいだろ?」
それは老君が唱える理と同じこと。
手が離れどうにか呼吸を整える。
「創造主はいつも孤独さ。だから理想を追い求める」
語るだけ無駄な言葉だからと老君は意志を伝えただけ。
「綺麗な雪だねぇ……これだから彼の世は居心地がいい」
舞い散る雪は物語の終わりにも似ていた。
もうすぐ、この世界の始まりのを終わりが来ることを告げるように。





強い力は時として全ての存在を無に帰す。
満月を背負ったのは二人の男。
「珍しい客人だ」
栗色の髪を夜風が撫で上げ、そっと影を落とす。
「不甲斐ない天才。あまりうれしくない二つ名ですね」
「何とでも言えば良い」
唇の笑みと反して彼の視線はいつも定まらない。
真に強いものはやはり笑むことが多いのだ。
「あなたは天才ではない」
「ええ。才などないですからね。未だに道士のままです」
雷公鞭が真横に伸び、稲妻がまるで花でも咲くかのように絡まり始めた。
生まれだす威圧感と生体衝撃波の渦。
互いの霊獣を足場にして構えられる双方の武器。
「いざ、勝負!!」
人の形は一瞬で半妖態に変わり一撃が重くなる。
空気を裂く三尖刀はそのものが妖気を帯び、月をも斬り裂けそうな勢いだ。
生まれる刃を鞭の先で打ち砕き宙を舞う姿。
風は互いの動きを封じるように竜巻の如く巻き起こる。
「仙界大戦でもあなたはただの高見の見学だった!!今更僕たちの歴史になんて関与させない!!」
その言葉に申公豹の唇が歪んだ笑みを浮かべた。
壊れた人形が糸でも切れたかのような邪悪な微笑。
「私が誰かに命令れるなんてあり得ませんよ。私は私、ただそれだけです」
武器など飾りでしかないと蹴り上げる脚。
「あなたのようにただ悲しむだけでは疲れるんですよ」
「黙れ!!」
道化師はいまや賢者になった。
その強さは彼の弛まぬ努力の上に成されたもの。
「天才に未来は見えますか?明日は見えますか?」
「煩い!!」
「あなたのことが、彼女のことが、全てのことが、世界のことが」
重なり合った視線、歪む世界。
螺旋の炎が胸を撃ち抜く。
「そこまでにしろ」
思い瞼を開いたのは黒髪の少女。
放たれたのは嘗て封神傍と呼ばれた書簡だった。
数多の魂と言霊を飲み込んだそれはいまや一種の妖と化す。
男の手首を頑丈に絡め取る。
「下らん争いを人の寝所の上でするな。おかげでゆっくり寝ることも出来ぬ」
霊獣に腰かけ、脚を組む姿。
「ヨウゼン、おぬしは帰って少し落ち着くがいい」
「しかし!!」
「それとも、この場で粉砕されたいか?」
普段の彼女からは感じることもできないようなその静かな殺気と妖気。
「……わかりました。明朝、お話は聞きましょう」
彼の姿が消えたのを確かめて戒めを解く。
打神鞭を構えて彼女は彼を見据えた。
黒に灯るのは赤ではなく、銀瑠璃の光。
「今度はおぬしの胸を射抜いてやろうか?」
「……その気配、普賢真人の能力を取り込んでますね?」
「まだ未完成だ。しかし……相討ちくらいには持ち込めるぞ」
誰の味方でもなく誰の敵でもない。
それは勝ちも無く負けも無いと説く彼の師と同じ存在だった。
生と死のはざまにたち、彼女は全てを知ろうとして全てを捨てた。
「妲己を討つにはまだ足りぬ」
語ることは無駄に終わり。
「素晴らしい。そんなあなたになら殺されても良いですね」
悲しむことなど必要ない。
「くだらんな」
全てを飲み込んで黒から白に変わる。
対等にさえならなかった彼女といまは背中合わせで叩かせる喜び。
「風邪をひきますよ。帰ってもう休みなさい」
「誰のせいでこんな面倒なことになったんだか」
「埋め合わせはいずれしますよ」
小さくなっていく背中を見送って月を仰ぐ。
まだ赤いままの手首に残った痺れ。
(随分と人間離れしてきましたね……)
そっとさすれば唇が綻ぶ。
「黒点虎、出かけますよ」
「こんな夜中にどこに行くのさ」
「彼の世です」






16:47 2009/03/24

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