◆カミヒトエ◆






「困ったな……今月に入って三回目だ……」
 洗濯物を畳みながら雲水はそんなことを呟いた。相変わらず阿含はラグの上に
のっぺりと寝そべりながら雲水の腰に抱きついている。
「どしたの雲子ちゃん。ゴキブリでも出た?」
「いや、下着が今月で三回も盗まれてるんだ」
「あ"?そりゃ許せねぇな。ん……ああ、何かうちの大学(ガッコ)にそういうの
得意なのがいたな……」
「下着泥棒のプロなのか?」
「探偵っつーの?そんな感じ」
 脇腹に頬を擦り寄せればそのままラグの上に押し付けてくる右手。
「連絡してもらえるか?私よりもお前が困るだろうし」




 
 金剛阿含が選んだのは成績も上位者無ければ入学できない最京大学だ。そして彼の
姉である雲水が選んだは炎馬大学。言ってしまえば偏差値が高い学部は極一部になる。
「なんで雲子ちゃんは炎馬選んだかねぇ……俺と一緒でいーじゃん」
「お前と一緒じゃ無い方がいいから炎馬にしたんだよ」
 畳み終えた洗濯物をしまいながら首をこきり、と回す。
「離れた方が良いこともある。それに……一度くらい、お前を一人の選手として倒して
みたいんだ。凡人の私にどこまで叶うかはわからないけれども」
 十八年間、一度も離れることなど無かった。男子校である神龍寺にさえ、姉は入学して
卒業まで在籍し、神龍寺ナーガの正投手を三年間勤め上げた。
 その中で芽生えた小さな感情は自分の力で弟に勝ちたいというもの。
 成績では余裕で入学できた最京大学の推薦を断り、スポーツにも力を入れている炎馬大学
に入学することにしたのだ。
「今年はセナやモン太、陸も入ってきたからな。ラインも水町がいる。それに、こっちにはサンゾーや
ゴクウたちに弥勒と千里。そして山伏先輩と巨深のQBだった小判鮫先輩もいるからな。そっちにやられっぱなしじゃ
無いってことだぞ。お前でさえセナは止められないんだから」
 阿含の鼻先に突きつけられる指先。
「あんな馬鹿ばっかのガッコ」
 雲水が炎馬大に進学することを知った時に真っ先に異を唱えたのが阿含と一休。そして、諸手を上げて歓喜したのは
ゴクウをはじめとする西遊記面子だった。神龍寺ですらトップクラスの成績保持者の雲水が大学でも一緒ならば
高確率で課題の得点が上がることは保障されている。
 加えて一年早く山伏も入学しており半神龍寺ナーガのようなチームが出来るのも見えていた。
 佐々木コータローも加わり攻撃型としては関東でも上位のチームは、さらに一年生を迎えていよいよ最京大を
打ち倒すための剣を構え始めた。
「あ、でも雲子ちゃんとこは難しいもんな。うちとそんなに変わんない」
 国際政治学部に在籍する姉と政治経済学部の弟。考えることの根幹は割と似たようなものなのも双子ならではなのかも
しれない。
「お前を基準にするとワールドワイド過ぎてな……水町や陸なんか普通の弟って感じで良いぞ。鈴音も。
もちろん、セナもな。鈴音なんか最近、お姉ちゃんとかうー姐とか呼んでくるんだ。可愛いよな」
 雲水の実弟はお世辞にも普通とは言い難い。天才であるがそれ以上の暴君だ。
「あんのブス……ッ!!」
「陸やセナもこんなお姉ちゃん欲しかったとか嬉しい事言ってくれるし、水町なんかストレッチの相手までしてくれるんだ」
 びきびきと左腕に浮かぶ血管。
「あんのチビカス二匹……ッ!!でかいカスはストレッチだと……ッ!!今度は首の骨へし折ってやる!!」
「おちつけ。鈴音はブスじゃない。むしろ可愛いぞ。セナも陸もお前よりもずっと良い子だ。水町もな」
 呆れ顔で冷蔵庫を開けて、冷えた牛乳を取りだす。グラスに注いで粉末のコーヒーを混ぜるマドラーの音が
涼しげで心地よい。
「ほら」
 作るのは相変わらず二人分。大学入学を機に独り暮らしをしようと提案したものの、弟は離れることを徹底抗戦で拒み、
結局二つの大学の中間地点に部屋を借りることになったのだ。
 今までの2DKから今度は1LDKに。どうせ寝るのは一緒のなのだからそれならば広い部屋を使いたいとこれまた
阿含の我儘が炸裂した結果の間取りだった。
「可愛いけれども、私の弟は手のかかるお前一人だしな」
 からら。氷が誘う。
「う……雲水は俺のお姉ちゃんだったつの……ッ……」
「はいはい。分かったからお前もそろそろ過度な嫉妬は自重しろ」
「俺だけのお姉ちゃんだっつの……」
「わかったわかった。弟は一人で十分だぞ、私も」
「雲子ちゃんは俺んだああああああっっ!!」
「鬱陶しい!!」
 飛んでくる拳を受け止める左手は流石の神速のインパルス。
 そしてどう考えても能力の無駄遣いである。
「で、そんな鬱陶しい弟の下着なんかどうして三回も盗まれるんだかな」
 カフェオレを左手で掴んで。
「ほえ?」
「盗まれたのはお前の下着だ、阿含」





「で、探してくれるというのは君だったのか、赤羽」
 マンションの入口、オートロックのドアの前で剥れ顔なのは弟の姿。
 なぜか相変わらず赤羽隼人はギターを手にしていた。
「フー……久しぶりだね雲水」
「まあ、そういうことになるな……ああ、それでだな、下着泥棒の件なんだが」
「参考までにその下着をセットで見せてもらえるかい?」
 折りたたみ自転車を二つにして、そのまま担ぎあげる。
「まあ、下着なら部屋にある。茶の一杯くらい淹れるぞ」
 エレベーターの中で渦巻く感情は三者三様。
(とっととこカス赤眼帰らせっぞ……)
(フー……久々に会ったら雲水も随分と綺麗になってるな……)
(面倒だから今日カレーで良いな。どうせだから阿含に作らせよう)
 十二階は物事に理由を付けたがる弟が選び、全部階段で登ればトレーニングにもなるなと
姉は全く違う理由でこの部屋を選んだ。
 お互いに十分すぎるくらいに賑やかな大学に進学してからはこの部屋を訪れる者も多くなった。
高校の時は自分たち以外の一切を排除していた空間が色を変えて柔らかさを増す。
「アイスコーヒーで良かったか?」
「こいつにゃ水でももったいねぇよっ!!」
 言い終わる前に菓子パンが阿含の顔面を直撃する。QBとしての雲水の実力は大学で更に強化された。
「で、これが盗まれた下着の色違いだ」
「フー……これは男ものじゃないのか?」
「ああ。盗まれたのは阿含のだからな。ランドリーに入れてるときにやられたらしい」
 雲水が両手で伸ばして見せたのは阿含のビキニタイプの下着だった。
「私のはネットにタオルと一緒に入れてるから、乾かしてる間にこいつのだけがやられた。
で、これ参考資料とやらで必要なら……」
「いや、必要は無い。最近は男性の下着が盗まれることもあるからな」
「問題はその盗んだ相手が持ち主をしったらショック死するんじゃないかということなんだ」
 そんなことを言う雲水の顔はいたって真面目だ。盗んだ相手が特定されれば阿含が出撃しない理由もないのと
何よりもその下着がうっかり自分が着用してると勘違いされればそれはそれで居た堪れない。
「盗むんなら、そのギターのような物の方が余程良いような気もするんだが」
「愚弟の下着と同じ価値と思われるとはね……フー……」
「いや、価値云々じゃなくてな、赤羽」
 音楽性の面から言っても阿含は御世辞にも赤羽と合うということは無い。しかし、リードブロッカーの赤羽隼人は
ランナーとして出撃するときにプレイヤーの金剛阿含には必要な場合も多い。
 物の価値という観点に置いてしまえば驚異的な天才の隣に常に並んでいた彼女は恐らく自分には無価値をいう判断を出すだろう。
誰だってそうなのだ、金剛阿含よいう存在が全ての限界値を突破している。
「犯人が見つかったら余所から取ってくれと言ってもらえないか?」
「まあ、僕に任せてもらえれば犯人は検挙してみせるよ」
「……まあ、正直どうでもいいんだがな」




 胸にあるのは一抹の不安。赤羽隼人と同じチームだった佐々木コータローは今は自分のチームメイトだ。
 考えるよりも行動だと携帯を取り出したときだった。
「……っと。ヒルマ?」
 画面に現れる文字を確かめてボタンを押す。
「よー!!糞坊主元気だよな?」
「まぁな。で、何の用だ?」
「聞きたくもねぇんだが……糞ドレッドの下着って紫のビキニか?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「糞ジジイの下着が盗まれて代わりにビキニが引っかかってた」
 最京大のQBとか既知の間柄だ。容赦なく阿含に向かって実弾を発砲できるのは悪魔の策士と呼ばれる
ヒルマだけだろう。できればそのまま撃ち殺してくれても構わないと雲水は溜息をこぼした。
「ああ、じゃあそのまま捨ててくれ」
「もう捨てた。ケケケケケケ……随分と素敵な趣味なこって」
「あいつの身の回りの物は一切買ったことがないけどな」
 疑問なのはある意味男の塊のような連中の下着が盗まれているということだ。通常だったら
女性物を盗むのが通例だろう。
「あれか?雲子ちゃんの無かったから俺の取ったって感じィ?」
 後ろから抱きつく手を剥がす。それでもなおぴったりと身体をくっつけて阿含は雲の肩に顎をのせた。
「だったら絶対にぶっ殺す」
「お前の下着で興奮できるような変態もレアものだけどな」




 それにしても気分は良い物ではない。自分の下着が盗まれた方がまだましだと考えたのは雲水とヒルマだ。
まだ自分の下着で良かったと考えたのは阿含とムサシになる。
「そこで、提案なんだが。フー……」
 掻き鳴らされるギター。
「一々鳴らすな糞赤眼」
「雲子ちゃん俺もう飽きちゃったぁ」
 武蔵工務店の事務室でのミーティングは何とも奇妙なメンバーだった。
「そういえば……炎馬にはコータローがいるんだったな」
 出されたアイスコーヒーに口を付けながら雲水が頷く。
「どっかのもじゃもじゃみたいに破壊力だけじゃなく全部コントロールされてるキックだからな。今年の炎馬なら
最京にだって負けない。セナも陸もモン太も水町もいる」
 その個性的な面子を率いるのが神龍寺をまとめ上げていた雲水なのだ。
「ケケケケケ。どっかの荒れ球キッカーよりもよっぽど使えそうだな、コータロー」
 言葉ではそういうものの、お互いのパートナーが一番だという確信があるからの言葉だ。
 武蔵厳はその破壊力のあるキックに関してはもう何も言うことは無い。
 金剛阿含も天才の名に相応しい才能と身体能力の持ち主だ。
「フー……二人とも、そんな男に飽きたら僕が面倒みよう」
 ヒルマの蹴りと阿含の手刀が同時に赤羽の頭上で炸裂した。
「だれが糞ジジイに飽きたっつってんだよ!!」
「雲子ちゃんは俺のだっつーの!!」
 もう否定するのも面倒だと二杯目のアイスコーヒーに口を付けながら雲水はのんびりと持参した小説に目を落とす。
まだ途中に図面を広げながらムサシも同じ構えだ。
「ムサシ氏と阿含氏をそのランドリーの所に下着姿で置いておけば、犯人もあぶり出されるんじゃないかと思うんだが」
 その一言に雲水は飲んでいたコーヒーを豪快に吹き出し、阿含は床に頭から落下した。
「ちょっと待て!!それじゃ糞ドレッドはともかく糞ジジイまで変態扱いされるじゃねぇか!!」
「男性の下着を盗む時点で変態だと思うけどもな、フー……」
「阿含が変態だってところは否定しないんだな雲水……」
「事実を端的に述べられてしまえばな。実際に阿含を餌にして釣れるならそれでいいだろうし」
 ぎゃあぎゃあと掴みあうヒルマと阿含はまるで猫のようらしい。
 それにしては一方には鉤尻尾がありもう一方は恐らく猫ならば猫又だろう。
 猫又を式神にするのが良く似合うような坊主頭の少女は被ってきたニット帽を指先で摘まむ。
「どうしてだろうな。リードブロックの魔術師と悪魔の策士と百年に一度の天才がいるにも関わらず、
こんな残念な状態になっているのは…」
 しみじみと自分が凡才で良かったという表情の雲水に、十分お前もその中に染まってるとは流石のムサシも言えなかった。
その残念な天才の面倒を見ている時点でどう考えても普通ではないのだ。
「あれだ。糞ジジイと糞ドレッドでとっ捕まえるぞ。糞赤眼は準備しろ」
 一番面倒なことを巻き起こす人物と一番面倒な扱いの二人が手を組み、あまつさえも餌は阿含だ。
 血の雨が降らなければいいがとため息を吐いたのは二人。
 まったくもって迷惑な集団である。




 どうにもはしゃぐ集団に対して、冷静に考えなければならないことも多い。ついでだとコータローを
呼びだして事の詳細を伝えれば首を横にかしげる始末。
「セナが言ってたんだけどよ、王城の進のパンツも盗られたって。あれじゃね?LBマニアとかが
パンツ盗んでんじゃないのか?にしてもスマートじゃねぇよな」
 忘れがちだが阿含もラインバッカーだ。
「マニアにしか需要が無いと思わんか、コータロー」
 飲み終えた缶コーヒーを爪先で蹴り飛ばせば綺麗なラインでゴミ箱に。途中に阿含の後頭部を直撃
したのも十分計算の範囲内だ。
「悪魔二人と赤羽だろ?スマートに終んねぇ気がすんだよな。あ……んー?もしかして、うー?」
 確かに盗まれたのはLBというポイント。だが、着眼点を変えてみれば奇妙な共通点もあったのだ。
「なあ、もしかしてさ……変わった女と付き合ってるってのじゃね?」
 武蔵厳の恋人は悪魔の策士、蛭魔。金剛阿含は双子の姉である雲水。そして進清十郎は小早川瀬那争奪戦の
まっただなかに居る。
「……私も変わった女か?」
「俺からみりゃ阿含とくっついてる時点で十分可笑しいぜ」
 頭では理解していても面と向かって言われれば少し胸は痛む。同じ遺伝子を持つ弟の隣に居ることを決めたのは
自分なのに。それでも大分昔よりはその痞えは薄らいだ。
「で、その三人の興味を引くためにあえて男物のパンツを盗んだ、スマートだろ?」
「誰が狙いなんだろうな」
 頭の後ろで腕を組んで三人が一斉に眉を寄せた。
 ヒルマに手を出して無事な保証は無い。下手をすれば一生奴隷としての人生が待っている。そのヒルマを上手に
扱うことができるのもムサシくらいなのだ。
「ヒルマじゃねぇな……」
 金剛阿含の双子の姉は一見すれば穏やかだが素手でコンクリートブロックを突き破る拳を持つ。なによりも関東最凶と
言われる実弟を素手で殴り、対等の殴り合いをするのだ。加えて出身校の神龍寺は一般教養に武術が入っている。
「……雲水に手ぇだしたらイコール阿含からフルボッコ確定。これもねぇな」
 消去法で残った一人。小早川瀬那は人間の限界値のスピードを持つが、一般常識で付きえある人物だ。ヒルマや雲水のように
死と隣り合わせになる危険性は極めて薄い。
「ってことはセナか!!」
 ぽん、とコータローが拳で掌を打った。
 しかし、知らぬが仏とは言ったものだ。小早川瀬那を取り巻く恋愛模様は他とは一線を隔している。
 高身長とパワーを併せ持ち留学中の筧駿。俊足の貴公子の異名を持つ甲斐谷陸。鉄壁のトライデントタックルを持つ進清十郎。
決して折れることも倒れることもない大和猛。全てが日本代表メンバーだ。
 加えて高校時代はヒルマの加護を受け、大学に入った現在は何かあれば雲水が駆け付ける。
 この二人が動くとなればその後ろに居る男も当然ながら動くことになるのだ。
「…………詰んだな。セナに手ぇだそうと思う時点で死んでる」
 コータローの言葉に二人が頷いた。次の目標はそれをどうやってこの三人に伝えるかだ。
 すでに銃やトラップを並べ始めたヒルマと左手をぱきぱきと鳴らす阿含。そして赤羽に至ってはギター演奏を始める始末だ。
「こっちも詰んでるな……」
 空になったグラスが三つ。どうなるやらとそわそわする月。
 蝙蝠が跋扈する夜に悪魔が三人含み笑うばかり。





 コインランドリーは三組の家の中間地点よりは若干金剛家に近い。ランドリーバスケットなど
負荷にはならないと雲水はロードワークも兼ねて走って行ってしまうのだ。
「あれだ。今度の土曜は乾燥洗濯機買いに行くぞ」
「必要無いだろ」
「次は雲子ちゃんのパンツ盗られるかもしんねーじゃん。そしたら俺泣くよ?泣いちゃうよ?しらねー男が
雲子ちゃんのパンツ被ってるとか考えるだけで相手殺したくなるもん」
 噛み合っているのもいないのも一緒くたの双子を尻目にヒルマは丹念に入口に地雷を埋め始めた。
「ああああああ阿含さんもぬぬぬぬ盗まれたんですか?」
「あ"!?」
「ひぃぃぃいいいいいい!!」
 当事者の一人としてやってきた進の後ろに思わず隠れる。
「……小早川を泣かせるとは、本気で行くぞ金剛阿含!!」
「テメェは何回も雲子ちゃんにタックルかましてっからな!!殺すぞ!!」
 無駄に能力高い男の無駄な争いもしっかりと無視してついでにギターを掻き鳴らしまくってる赤羽をも
無視してヒルマと雲水は地雷を埋めつつ各々の武器を構えた。
「それ、モデルガンなのか?」
「実弾入ってんぜ」
 炸裂する弾丸が進と阿含の足元に打ち込まれる。着弾寸前に避けきったのは流石としか言えない。
「ごちゃごちゃくっちゃべってねぇでてめえらは中入ってろ。で、糞坊主の武器は良いのか?」
「ああ。素手で充分だろ」
「こっちはこっちで怖いぃぃぃいいいいいい!!」
 どうにもならないとセナはコータローの隣に座りこむ。
 ある意味鉄壁のLBに最強キッカーが二人、そしてQBは揃ってキラーパスを得意としている。
 乾燥機の中でごろごろと回転する洗濯物を外から全員で見つめる。
「雲子ちゃん、ちゅーしてぇ」
「死ね」
「あーん……そんな雲子ちゃんも好きっ」
「ヒルマ、こいつから殺ってくれ」
 関東で最も喧嘩を売りたくない集団に囲まれたコインランドリー。
「ん?あれじゃねぇの?」
 金髪で小太りな男が徐にランドリーのドアを開けた。廻っているのは雲水が洗濯物をいれた
その一か所だけだ。男の手が中から下着を取りだしたところで一斉になだれ込む。
「動くな糞デブ野郎!!」
「あ"ぁ?金髪のカス豚かぁ?」
「変態には容赦できねぇもんでな」
「悪・即・斬!!」
 喉元に銃口を突き付けられ震える男には見覚えがあった。
「んー……室サトシ!?」
「ヒヒヒヒヒヒルマ!?」
「テメェか!?糞ジジイのパンツ盗みやがったのは!!」
「たたたたた高く売れるんだよ!!特にその三人のは!!」
 何処の世界にもマニアックな存在はいるらしい。しかしどう考えても通常の神経をしていたら
この三人の下着などを盗めるものではない。
「……フー、正直に言った方が良いと思うよ、豚クン」
「誰が豚だ!!」
「じゃあ、変態ということになるな」
「坊主頭の女に変態呼ばわりされる意味はねぇよ!!」
 その瞬間に室の背中に阿含の蹴りが炸裂した。
「俺のオネエチャンのどこが変態だゴラ!!」
「ああ、むしろ変態はお前だ」
「ううううう雲水さん!!あああああ阿含さん!!こんなところで喧嘩はやめてくださいいいいいっっ!!」
 間近で見る金剛姉弟の本気の喧嘩は知らないものが見れば殺し合いにしか見えない。
 何しろ雲水は本気で阿含を殺しにかかるのだから。
「で、誰に売ったんだ?糞デブ野郎」
 ガトリングを構えた悪魔が笑った。
「言えるか馬鹿!!」
「ほう。俺のヒルマに馬鹿だと……?」
 嫉妬を自重しない男、武蔵厳が同じように室を見下ろした。
「ヒ、ヒルマさんもムサシさんも落ちついてーーーーーー!!」
「お、喧嘩?面白そうだな!!」
「コータローさんもはしゃがないでーーーー!!」
 今度はセナがその三人を止めるために間に入る。
「……………………………ところで豚クン、誰に売ってたんだい?」
 アリアの一小節を弾き終えた指先。逃げることを許さないその視線。
「あそこの集団よりは、話を聞けると思うんだけれどもどうかな?」
「ジャ……ジャリプロのおっさんだよ!!写真だか何だかにして売るって言ってたんだ!!」
 帝黒の小泉花梨を筆頭に、ジャリプロの社長は女子QBの写真を売りさばいていた。
 そして今度は同じように世界大会で注目された選手を売り出そうと考えたのだ。
 できればQBと対になるように。
 爆走のランニングバック小早川セナのペアに選ばれたのが進清十郎だったのだ。
「なるほどね。ヒルマにはムサシ。雲水には阿含。セナ君には進……これで謎は全部解けた
けれども……あそこで殺し合ってるのとはしゃいでるのはどうするつもりかな?」
 どちらも止めるにはそれなりの強さがなければ止まらない。
 しかも片方は本気の殺し合いでもう一方は実弾発射。どちらも近寄りたいものではないのだ。
「止めてあげても良いけれども、条件がある」
「な、なんだよ!!」
「ヒルマと雲水の下着、盗ってきてもらおうか?」
「お前も変態かーーーーっっ!!」
 ギターを抱え直して赤羽隼人が立ち上がった。
「まさか。僕は下着よりも中身の方が好きだからね」
 リードブロックの魔術師は華麗に双子を仲裁し、ヒルマを抑え込む。
「犯人はジャリプロの社長だよ、ヒルマ」
「あんのエロジジイ!!実弾で撃ち抜いてやる!!」







「フー……随分酷い顔だな、金剛阿含」
 腫れた頬とテーピング。紫色の痣と引っ掻き傷。
「あの後本気で雲子ちゃんに殺されかけたからな。まったく愛情表現が過激過ぎて困るぜ」
 なんでも前向きに受け止めるのも一種の才能だろう。
「ところで金剛阿含」
「あ"?」
「ちゃんと解決してやったんだ。報酬をいただこうか」
「あ"ア!?」
「雲水を一晩借りれればそれでいい」
「……ぶっ殺す!!」




 そして後日、桜庭が雁屋のケーキをもってあちこち走り回ったのはまた別のお話。






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