◆アネモネ◆








「雲水ッ!!」
 勢い良く開かれたドアと飛び込んできた人物の外見と気迫に医者が小さく悲鳴を上げた。
「バイクに当てられたって!!」
「ああ、当てられた。かすり傷程度と打ち身だけどな」
「当てたやつはどこだ!!」
「さあ」
 右手に巻き付けられた包帯の白さ。手の甲を強く打ったのと中指が少しぐらついているということで
しっかりと固定はされているものの雲水本人は受け身と普段からの打たれ強さで軽傷ですんだのだ。
 神龍寺の武術はこんなところでも役に立ったらしい。
 もっとも、喧嘩相手が阿含という時点で強度は一気に上がるのだが。
「……無事で……よかった……」
 その場に座り込むドレッドヘアの少年はそっと右手に手を伸ばした。
 触れた瞬間に僅かに動く。
「……ゴラ……医者の癖に抜いてんじゃねぇよ……それともテメーが治療必要な状態に
されてぇのか?あア?」
「ひぃっ!!すすすすすいませんっっ!!」
 恐らくは研修医なのだろう。震える手で包帯を解いて腫れた甲に軟膏を丹念に塗って行く。
「おい」
「は、はいっ!!」
「雲水に当てた馬鹿はどこだ」
 鬼神と化した阿含に迫られて逃げられる人間はいない。言われるままに反対側の扉を指示せば
迷わずに突っ込んでいく。
「……外科とか予約してた方が良いと思うんだが……阿含(あれ)は暴れると相手が重症になる」
 その言葉通り軽傷は書きかえられて『バイク横転による』重症に変わった。






 利き手が使えないというのは予想以上に不便なものでペンを持つのも痛みが走る。
 当然の如く部活動は参加できないので基礎体力を上げるトレーニングに絞られた。
 マシーンに足を掛けながら回転させ、フォーメーションを確認するためにノートに目を通す。
「雲水さーん、結構掛かりそうっすか?」
「脱臼だから固定させてしまえばすぐに練習に混ざれるとは思うんだ」
 レシーバーとしても雲水がいなければ練習にもならないと一休も同じようにトレーニングの為に
ジムへとやってきたのだ。そもそも、投手抜きにして練習にもならないもので。
「雲子ちゃーん」
「ああ、丁度良い所に来た。阿含、一休の相手を頼めないか?お前も投手なわけだし」
「ヤダ」
 隣に座りこんで缶コーヒーに口を付ける。コンビニ袋から取り出したラテにストローを指して雲水に手渡す。
「しっかし、雲水さんがバイクに跳ねられたって聞いた時は俺、心臓止まるかと思いましたよ」
 真っ先に病院に駆け付けたのは実弟の阿含、その次が部活を集団放棄してきたチームメイトだった。
 一休たちが止めなければ雲水と接触事故を起こした不幸なライダーは『事故死』扱いになっていただろう。
 もっとも、止める振りをしながら何発か全員拳や蹴りは入れているのだが。
「折れてねぇだけ良かったってしとけ」
「そうだな。自分で運転して事故った事はないが、巻き込まれると言うのはよくわかった」
 五月生まれの二人は二輪の免許を所持している。
 一年生の春大会での優勝で取り付けた公約だった。
「阿含さんも雲水さんも教習所一発組ですもんね。俺、雲水さんの後ろなら乗りたいっす」
 それでも所持するバイクは阿含の一台だけ。
 酔って乗り捨ててくれば雲水が後ろに阿含を乗せて持ち帰るための免許でもある。
「俺は雲子ちゃんに乗ってるから別に……ガッ!!」
 左手が投げつけたミニアレイが直撃した。






 雲水が自分の前から消えることなど考えもしなかった。ありきたりな別れなど許容できるわけもなく
離れる理由など粉砕してしまえばいいだけのことだったから。
 だからこそ男子校に姉は入学し、アメフト部に於いては投手を務める。
 自分たちは離れることなど無いとどこかで思っていた。
 こうも簡単に彼女の命は消えてしまう可能性だってあるのだ。
「どうした?いつもよりも険しい顔だぞ」
 左手でカップを持って、肘を突く彼の前に差し出す。自分の分はもう一度取り直して向かいに座る姿。
 右手に巻かれた包帯の存在感。
「阿含?」
 生まれた時も一緒ならば死ぬときも同じように重なりたい。
「……俺、死ぬなら雲子ちゃんの上で腹上死キメてぇ……」
「一人で死んでくれ」
「あ、雲子ちゃんが俺の上で腰振ってるなら下でもイイ」
「今すぐ死んでくれ」
 手を伸ばしても届かない場所に勝手に行ってしまわないように。
「あ"ーもう思い出してもムカつく」
 執着の薄い彼女は望めばきっと簡単に命さえも手放してしまうだろう。
 それが最良の選択だと判断を下すのならば。
「生きてるんだからいいんだろ?それに試合までには治る予定だ」
 利き手の負傷というせいか、阿含はここ数日は夜遊びもせずに帰って来る。授業には
碌に参加はしないものの家事はある程度負担もしてくれていた。
 本来ならば全部片付ける方が良いのだろうが、何かしら仕事を残しておいた方が雲水が
落ちつくというのを理解しきっているから、最低限にとどめる。
「よくねぇよ。俺の雲水に疵なんざ付けていいのは俺だけなんだよ」
 絶対なる支配者はどうあってもこの運命の輪を離すつもりなど無いらしい。
 一つの魂が二つに別れて器を分けてしまった。
 分断された事により彼には溢れる才能が与えられた。
 欲しい物は全て手に入り望むことは全て叶う。
 ただ一つ、同じ遺伝子を持つ彼女以外は。
「お前のトンデモ論もここに極まれりだな。確かに私に一番傷を付けるのはお前だが」
 ただ一人彼に引導を渡すことが出来るのもまさしく彼女一人。
 互いに依存しあうことは大概が崩壊につながるにも関わらず自我を持ったふりをし続けられる
精神的な強さは傷つけあいながら身に付けた。
「脱臼って、投手にすりゃ致命傷だろうが、この雲子が。バイクくらい片手で止めろっつの」
 不可能だとわかっていてもこの思いをどこかに吐きだしたい。
 彼女が悪態を吐かない分余計にそう感じてしまう。
「……無茶を言うな。片手でなんか止められるわけ無いだろ?」
 不可能だと思ってしまえばそこで全てが終わってしまう。
「俺できんもん」
 曲げ伸ばしが不自由な右手に走る鈍い痛み。
「何隠してんだよ。吐きだせよ」
 言葉はいつも飲み込んで本当の気持ちは胎の奥に溜めこまれていく。それは時間を掛けて
ゆっくりと黒さを増していき、ついには彼女の肌に浮き出てくる。
 息が掛かる距離で留まった顔。
 奥底までのぞき込まれるようなその視線に感じる寒気。
「言えよ。飲み込むな」
 






 昔から比べられることが当然で、劣っていた姉は其の影として存在するようなものだった。
 しかしながら諦めることなどできないと絶えず心に鬼火を灯していた。
 愛されるべき存在と忌まれるべき存在。表面上の品行方正さは時として歪んだ正義感に形を変える。
「阿含ったらまた遅いのかしらね。何か聞いてない?」
 制服をハンガーにかけて部屋着に。伸びた脚の眩しい十四歳の少女。
「知らないけど?」
「もう三日も帰ってきてないわ」
「そう。大変だね」
 割り当てられた部屋で宿題を片付けて、読みかけの本に目を落とす。
 降りだした雨が穿つ音と灰色の空間。
(どっかで死んでなきゃいいけどね)
 通学路で見た猫の死体はその金色の毛並みが印象的だった。命は簡単に壊れて消えてしまう。
あの強靭な天才の弟も人間には変わらないのだ。
 夕食を終えて部屋に戻れば点滅する携帯電話。開けば着信履歴には弟の名前。
 リダイヤルで繋げば程なくして聞こえる声。
『はぁい?雲子ちゃんお元気ぃ?』
「何の用だ?」
『えー?三日も俺に会えなくてさみしくない?身体疼かねぇ?』
「用が無いなら切るからな」
 ぷつり、と切れる電波。二人を繋ぐ電子音。
 もう一度震えだす機体。
「何だ?用はないんだろ?」
『来てくれねェの?』
「?」
『探しに。心配じゃねぇの?俺が帰って無くて』
 雨は少しだけ強さを増してきた。真夜中過ぎには豪雨に変わるだろう。
 遠くで聞こえる雷鳴に零れた溜息。
「全然。勝手にすればいいだろ。じゃあな」
 面倒だと電源を切ってベッドの上に身体と一緒に投げ出す。どうせいつもの気まぐれだと
言葉を飲み込むだけ飲みこんで目を閉じた。
 この部屋には自分だけでは無い匂いが存在する。
 その主は今夜もどこかの女の部屋で偽物の愛を語るのだろう。
(構うもんか……阿含だって好き勝手やってるんだ……私だって勝手にする……)






「だから来ねぇっつっただろ?」
 唇の端にこびりついた血液と鬱血の激しい腹部。それでもその瞳は光を失うことなく
不敵に笑うばかり。
 じんじんと痺れるような其の痛みを飲み込んで笑えばぐしゃり、と腹を踏まれる。
「あの阿含を足蹴に出来るって最高だな!!」
 恨まれる事は多過ぎて、今自分を殴りつける相手が誰かのかもおぼろげだ。
 余計なことに脳細胞を使うよりも彼女の声を刻みこんだ方が細胞も喜ぶというのが彼の
持論であり、曲がらないものでもある。
「―――――――――――ッ!!」
 左肘の内側を踏みつけられて走る激痛。
「痛った……!!」
 一瞬だけ走ったその痛みに思わず声が上がる。浮き出た汗を拳で拭って時計を見れば
十二時二分。真夜中過ぎの秒針と病身。
 言いようの無い感情と動悸。上がる息。
(……阿含……?)
 昔にも何度かあった。片方が怪我をすればもう片方が痛いと泣きだす。発熱などは顕著な
もので熱に弱い雲水が倒れれば決まって阿含も赤い顔していたのだ。
(……でも、どうやって……父さんたちは寝てるし起こすわけにもいかないし……)
 そっと階段を下りて家を抜け出す。
 手にしたのは携帯電話だけ。
「………………………」
 アドレスの一番上に刻まれた名前。
「阿含?」
『…………用ねぇんだろ?だったら……』
「ある。何処に居る」
『ひ・み・つ。良い子はもうオネンネの時間だぜ?』
 遠くから聞こえる車の音、雑踏の声。あらゆるパターンを考え出して最速で目的を探し出す。
その間にも左腕の紫の痣はゆっくりと広がって行くのだ。
『バイバーイ、お・や・す・み』
 乱雑に切られるまでに掛かった時間は十二秒。
(何人いるかな……)
 工事現場から引き抜いた細い鉄棒。これ一つあるだけでも大分違うはずと握り直す。
(多分……あのビルの裏……)
 灰色の空が落とす銀色の雨。
 その雨に赤が流れ落ちてしまう前にと走り出した。





 埃と黴の臭いに眉を寄せる。錆びた扉は少し押すだけで簡単に開いてしまった。
 じっと闇の中央を見つめれば浮かんでくる影。
 自分が囲まれていることなど想定内だ。
「阿含を迎えに来ました。どこですか?」
 姉は弟よりは幾分か人の話をまだ聞く姿勢はある。金剛阿含の双子というだけで雲水自身
厄介な相手に何度も絡まれてきているのだ。
「答えてもらえないなら、勝手に探させてもらまいます」
 一歩踏み込む。その瞬間に飛んでくる蹴りをかわしてそのまま足払いを掛けて。
 次々に襲いかかって来るその拳も蹴りも弟の一撃よりは随分と軽いのだ。
「!!」
 首に走る痛み。鈍器特有のそれも慣れてしまった。
 どうにかして最初の集団を沈めて階段を登っていく。
 ちりちりと痺れたままの左腕が導く場所。
 目深に被ったニット帽とパーカーに飛び散った赤黒い液体。
(ここだな……)
 近づくほどに痛みは増して。
 ドアに手を掛けてゆっくりと押し開く。
「おー?大好きなオネエチャンがお迎えに来てくれたぜぇ?阿含」
 見せつけるように顎先を蹴り上げる男の姿。
 その双眸に阿含の姿が飛び込んだ瞬間に痛みは弾けた。
「……あごん……」
 ぐったりとしながらゆっくりと上がる顔。
「……用ねぇなら来るなっつったろこの雲子が……」
 背中に隠してきた鉄棒を右手が力強く握り、傍らの青年を容赦なく打ちつけた。
 室内に響く殴打音と悲鳴。
「お前が阿含をこうしたのか?」
 何度も何度も振り下ろされる鉄棒と壁に飛び散る血液。
 雲水は眉一つ動かさずにただただ渾身の力で急所を的確に打ち続ける。
「このアマぁっ!!」
「それともお前か?私の弟にこんな怪我をさせたのは」
 その先端が肝臓の真上を強く突いた。
 どれだけの人数が雲水を囲んでも彼女はただ笑うだけ。
「ああ、そうか。簡単だ。全部やればいいんだ。そうだろ?阿含」
 振り返るその顔はいつものあの笑み。
 その手に握られた武器だけが異物にして真実。
「私は阿含と違って凡人だから分からないことが多過ぎるんだ」
 笑いながら男たちを打ちつけていくその姿は狂っているなどで済ませられるものではなく。
 どれだけ許しを請おうが彼女の眼に映る真実は一つだけ。
 その理性の蓋は外れやすいのではない。最初から蓋など紙一枚なのだ。
「みんな死ねばいい!!」
 骨の軋む音。呻き声。終わらない笑い声。壁に浮かぶ細い影。
 そこに居るのは確かに自分の最愛の双子の姿。
「雲水!!止めろ!!」
 くるり。振り返る頬に咲いた血の花。それはまるでアネモネやリコリス。
 燃える赤は体内をめぐるその体液の色。
「なんで?」
 狂気を溜めこみそれは凶気となって彼女を人から悪鬼に変えてしまう。
「カスもクズも生きてる価値ないんだろ?」
 それは彼が常に彼女の前で放っていた言葉。
「!!」
 右腕が男の顔を掴んで勢いよく壁に叩きつけた。歯の砕ける音と鉄分の匂い。
 からん。投げ出された鉄棒だけが無機質な音を放った。
「阿含」
 頬に触れた右手。
「今、解くから」
 痣だらけ。埃まみれ。優しい声。
「痛かっただろ?こんなに……」
 底知れぬ深い闇に飲まれないように。目の前の甘い死神に取り込まれないように。
 その腕が自分の身体をそっと抱いた。
「……ぜんっぜん痛くねぇっつの……こんなの……」
 かすむ視界、ただ彼女だけが映ってそれだけ真実。
 抱きしめあったこの身体だけが全て。





「溜めこむな。痛ぇんだろ?俺だって痛ぇんだから」
 僅かに腫れた右手首。
「……鎮痛剤貰ってきてる」
「俺が言いてぇのはそうじゃねぇんだよ。痛ぇかどうかだっつーの」
 左右が組み合わさる様に己の身体に起きる異変。中学に上がるまでは頻繁に熱を出していた
雲水と加減の無いけがをしてきた阿含。
 喧嘩などしない姉の身体に浮かぶ痣の原因を知った時は驚愕よりも仄かな喜びがあった。
 痛みも共有して何かも一つになれるのかもしれない、と。
「…………痛い」
「最初っからそう言えよ、だからお前は雲子なんだよ」
 痛みを口にしたり認識してしまえば消えてしまう。恐らくは二人の間にしか存在しない
防衛信号なのだろう。この小さな痛みがちりちりと心をも浸食する。
「効くわけねぇだろ。クスリ慣れしてんだからよ」
 熱を帯びた間接。
「痛ぇなら口に出して言え。てめーはなんでも溜めこむから駄目なんだ。それとも俺の他に
お前が痛いっつえば助けてくれるような男でもいるのかよ」
「居るわけ無いだろ」
 穏やかな闇色の瞳。その奥に沈む暗い焔。
 雲水が雲水で無くなる瞬間の境界線は曖昧すぎて阿含ですら見極めるのは困難だ。
 あの狂気を吸い込んだ幽冥の存在は一度目にしたら忘れることなどできない。
「阿含?」
 彼女と向かう会う時にはきまってサングラスは外していた。
 遮断する必要も意味もないからだ。
 隠してもその視線は一番核となる部分を視てしまう。
 望む望まぬには係らず。







 湯船にじっくりと浸かって暖められた肌の柔らかさ。汗を拭きとって湿布を貼りつける。
テープで固定してからガーゼを巻きつければ随分と仰々しいと自嘲気味に笑う。
「あ"ー……そんくれぇで丁度いい。それ以上やると血ぃ溜まんぞ」
 缶ビール片手に隣にどっかりと座りこむ姿。
「飲め」
「飲みかけを寄越すな」
「一本飲んだら潰れちゃうでしょう?オネエチャンはおこちゃまだから」
 言われるままに口を付ける。苦みなどはもう慣れたものでアルコール分さえなければ
嫌いでは無い味だ。
「…………酒じゃないのか、コレ……」
「すぐ潰れられちゃ面白味ねぇからな。今流行りのノンアルコールってやつ?」
 彼は彼なりに彼女を大事にしようとはするのだ。ただ加減が出来ないだけで。
「うん、これなら飲める」
 笑う横顔。
「少し飲めるようになった方が良いんだろうな。楽しそうだし」
「……飲めねぇほうがいいんだろ。吐くは倒れるわ殴るわ。最悪な絡み方すんだしよ」
 其の胎の中宿すこと無き命のように育て上げられた情念と怨念の深さ。
 指先に小さな穴をぷつり、と開ければとろとろと流れ出るだろう。
「そんなに酷いか?」
「酷ぇな」
 二本目はアルコール度数のプリントされた缶。
 苦もなく飲めるようになるのはいつになるのだろう。
「雲水」
 ちゅ、と触れる唇と流れ込むぬるいビール。
「これくらいで丁度だ、雲子ちゃんにゃ」
「……私が何で飲めないか分かった。いや、思い出した」
「あ?」
「お前がそれをするからだ。ワインも日本酒もテキーラも焼酎もウヰスキーも!!そんな
ぬるい状態で飲まされたら美味いなんて思うわけが無い」
 言い終える前に押さえつけられて追加が注ぎ込まれる。
 利き腕では無い左での抵抗など児戯以下だ。
「……っは……」
「おー?ちょっと酔ってきた感じイ?」
「煩い!!もう寝る!!」
「あ"ー、だなあ。寝るよなあ。俺も寝るわ」
 包み込むような抱擁と耳に触れた唇。
「……病人を労わる気持ちはないのか?」
「死なねぇ程度だろ?俺、お前が入院しても夜ヤりにいく自信あるぜ」




 二人分の体重を支えるにはシングルベッドは不便なものなのかもしれない。
 それでもその分余計に密着できる方を選んでしまえば大きさはこれが良いということになる。
「ん、あ……」
 首筋を噛まれてきゅ、と目を閉じる。普段よりも少しだけ押さえ込む力が弱い。
 痛めたのは手であってもそれを補うために肩や他の個所にも負担がかかっていることを
知っていなければ出来ない行為。
「……あ、ごん……」
「黙ってろ。痛ぇんだろ?」
 かり。鎖骨を噛まれて肩が竦む。浮き出た汗を舐め取る舌先がぬるぬると動く。
 左手が乳房にやんわりと掛かってその先端に小さなキス。
 そのまま口中に含んで吸い上げれば左手がそっと押しやろうと頭に触れた。
「痛いの忘れさせてやっから黙ってされてろ。クスリきかねぇって自覚あんだろ?」
 脇腹を滑る掌。乳房の上に刻まれていく痕が増えて。
 消える間もなくまた次のキスマークが生まれるような関係。
「…ぅん……ッ……」
 窪んだ臍を舌先がなぞった。
 十六歳の女子の身体としては引き締まった部類で筋肉質だ。昔から日焼けすることも無く
薄白い肌はちょっと力を入れただけでも傷ができてしまう。
 どれだけ鍛え上げても天才の前では紙と同じ脆さ。
(……腹筋割れそうなのな……)
 膝に手を掛けてそのまま押し開く。柔らかな内腿に吸いついて唇をじんわりと濡れだした
入口に押し当てた。
 ぢゅ、と吸い上げればそれだけで上がる嬌声。
 腰を抱く様にして顔を埋めてそのままひくつくクリトリスを啄ばむようにして嬲る。
 くちゅくちゅと舌先が舐める度に上がる喘ぎ。
「あ、ヤ!!」
 指先が入口を押し広げてぬるり、と舌先が入り込んだ。
「ひゃ……ぅ!……」
「あーあ……エロい声出しちゃって」
 ぐちゅぐりゅとかき回す指先の動きに、もどかしげに腰が揺れた。
「ココ、気持ちイイってしってんだもんねぇ、雲子ちゃんは」
 根元まで沈めた二本の指が繰り返す注入。
「あ、ア!!や……っだ……」
「全然嫌じゃねぇだろ?」
 指を引き抜いて見せつけるようにして雲水の目の前でゆっくりと開く。
 絡まった半透明の体液が糸のように人差し指を中指を繋いだ。
「こんなになってンんのに?」
「……阿含……」
「ん?」
「死ね!!」
 躊躇なく腹部に入った蹴り一撃。
「痛っで!!てめー本気でいったろ!!」
「当たり前だ!!」
 耳の先まで真っ赤に染めて目尻には涙。本人にしてみれば軽い冗談でも雲水にしてみれば羞恥の極み。
 ぎゅ、と枕を抱いて睨み返してくる。
「待て待て待て。お互いにこんな状態で中断とか冗談じゃねぇぜ」
「指一本でも触れたら」
「殺すってか?俺を?」
 ああそれならば本望。
「死んでやる」
「馬鹿言うな雲子が。絶ッッ対ぇ認めねえ。続けんぞ」
 枕を叩き落として姉の身体を組み敷く。腕力で勝てないことなど分かりきってるのだ。
 出来ることは無意味な抵抗だけ。
「んな怒んなよー、軽い冗談だろ?」
 覆いかぶさればドレッドが今度は柔らかな闇に変わる。二人しか存在できない小さな空間。
「ヤりなおそ?」
 唇を挟むようなキスを繰り返して。
 入り込んでくる舌に同じように絡ませて左手で背中を抱いた。
(あー……だったな……右使えねぇから気ぃたってんだよな……)
 右肩にそっと顔を埋める。愛しいから触れたいだけだと伝えたいのに。
 思いは伝えたら壊れてしまいそう。
「阿含?」
「好き」
「………………………」
「俺の事、好き?」
「…………好きだよ」
 頬に降るキスと先端が膣口に触れるのは同時だった。
「ン、あ!!」
 ぎちぎちと肉壁を押し広げながら挿入される感覚に覚える眩暈。
 亀頭が子宮口を捕えてもっと奥に行きたいと抉る様に押しつけられる腰。
「ほら、背中に手ぇ回して」
 力無く投げだされた右手と真っ白な包帯。
 小刻みな吐息と潤んだ目。その奥に見える仄暗いあの焔。
 他の女には存在しないその色が狂わせる。
「ん、ぅ!!」
 張り詰めた乳房の上に落ちる汗。それだけでも身体が熱くなる。
 最初に抱かれた夏の日よりも随分とこの身体は快楽に貪欲になった。
 突き上げられるたびに「もっと」と思う間もなく反応してしまうほどに。
 ぬらぬらと体液を絡ませたペニスが隙間無く打ちこまれてその度に息が詰まる。
「あ、ごん」
 ぼんやりとした視界。ただ、ペンダントのチェーンだけが星のように綺麗で。
「…っは、あ……ッ!!…」
 折られた膝とぐちゅぐちゅと絡まる音。
 混ざり合った互いの体液がシーツに沈んでいく。
「…ひゃ、ん!……」
 胸を掠めるドレッドと弾けた汗。
「ね、雲水」
 唇の端からとろり。と零れた涎。
「おれのことすき?」
 一番奥まで繋がってもこの身体は一つには成れない。
 胸板と乳房が重なってきつく抱きあっても二つのまま。
「すき」
 もう一度きつく腰を抱き寄せる。
「!!」
 繋がった所がじんじんと熱く痺れて僅か動きにさえ肉襞が逃がさない、と絡みつく。
(やっべ……マジきつ……)
 はぁ。零れたのはため息とも吐息とも言い切れないもの。
 投げ出された右手を取って指先を舐めあげる。
(……っきしょ……)
 包帯を歯先ではがして痣に噛みつく。
「痛ッ……」
「この身体に傷付けていいのは俺だけなんだよ……ッ!!」
 指先が唇がこの身体に於いて触れない場所など無い。
「雲水も俺の事いっぱい触って」
 同じように全部差し出しても首を横に振られてしまう。
「ア!!」
 ぎち。一層奥まで貫かれてひゅう、と喉が鳴いた。半開きの唇と瞬きを忘れた瞳。
 もがく様に伸ばされた両手が彼の背中を抱いた。
 重なる心音と呼吸。
「…阿含…っ!!……あ、ア……ッ…」
 こめかみに、耳に、頬に。甘噛するようなキスの雨。
「好き……愛してる、うん、すい……」
 心優しき獣の告白はいつも闇に消えてしまう。でもどうか、どうか、思いが伝わりますように、と。
「……ん、あ!!っああ!!」
 先に絶頂を迎えた彼女の胎内に吐き出されるどろりとした精液。
 びくびくと震えたままの身体を抱いて触れるだけのキスをした。
「……っは……」
 日に焼けた肌と鍛えられた肉体。
 一滴残らずに注ぎ込みたいと逃げようとした腰をしっかりと抱く。
「そういやさ、人間だけなのな……妊娠抑制って」
 野生動物は優秀な遺伝子を残すために受精するまで生殖行為を繰り返す。
 人間性は別として彼の遺伝子は残すべき種に相応しいだろう。
「孕むまでやろっか、雲子ちゃんっ」
「……出来ないって知ってるだろ……」
「邪魔なクスリ、捨てちまおうぜ。最高じゃんか、俺とお前の遺伝子組み合わせるって」
 もっとも純粋な状態での受胎と考えればその通りだろう。
 しかし自分たちはその通りに双子であり姉弟なのだ。
「嫌だ」
「そしたらもう、雲水どこにも行かないだろ?ずっと俺だけのもんだ」
 中学卒業を期に離れた学校に進学する予定だった姉の進路を無理やりに変えた。
 全寮制の女子高を選びあまつさえも関西という離れた場所。
 力ずくで運命を変えてこの腕の中だけが彼女の世界だと錯覚させる。
「どけ。重い」
「あ"?ヤるだけヤったらもういいってか、うわー、動物的即物的。でも俺そんな雲子ちゃん
大好きよ。あーもう、好きすぎてやばいっつーの」
 仕方ないと身体を離して引き抜く。ごぽ、と零れた残滓。
「雲水」
 うつ伏せになった姉の上に覆いかぶさる。
「……これ、綺麗だよな」
 浅黒い肌に光る銀色の鎖。
 プレートもトップも無い、シンプルなプラチナ。
「え、あ……おう」
「お前も黙ってれば綺麗だよな」
 ちゅ、胸元に唇が触れた。それは丁度心臓の真上。
「雲子ちゃんのがキレーでカワイイ」
「お前が好きなのは髪の長い女だろ?」
 それは昔の彼女の姿。
「初恋がそうだったんだよ。キレーな、なっがい髪しててさあ」
「ふぅん」
「あ"?可愛くねぇな。おめーだよ、この雲子が。他に惚れる女いねぇっつの」
「……………………………」
 右手の小さな痛み。
「痛いの消えたろ?」
 そうなのだ。あの鈍くひねるような痛みは引いている。
「明日コレ買いに行くぞ」
 左手の親指がチェーンをくい、と持ちあげた。
 いつもの不敵な笑みと不機嫌そうな唇の形。
 それがやけに愛しくて面白くて。
 身体を少しだけ起こして吸いつくように唇を寄せた。
「!!」
「どうした?呆けた顔して」
「あ"ー……もう一回ヤりてぇ……雲子ちゃんがんなことすっから勃った」
「はァ?お前その程度で勃つなんて」
「ヤダぁ、雲子ちゃんったらそんな言葉クチにしちゃってぇ」
「男子校に居ると普通に慣れるけどな。目の前で脱がれてもお前ので見慣れてるし」
 抱きついてくる身体を受け止めて。
「そんなに怖い顔すると、幸せが逃げるらしいぞ?」
「お前が居りゃそれでいいんだよ。眉間に皺寄せて説教かます女でもな」
 預けられる体重も体温も心地よい。
 吹く風が少し寒いこの季節のせいにして温め合うには丁度いい。
 そうすれば少しだけこの良心の呵責から逃げられる。
「そういえば、お前って体温高いよな」
 まだずっと幼かったころ、寒いとぐずる彼女の布団にもぐりこんだ。二段ベッドを与えられても
結局のところ弟は姉の布団に入ってしまうのだ。
 体温の高い阿含にしがみつく幼い雲水。
 今もそこは変わらないまま。
「あったかくて……気持ちいいんだ……」
 手のひらが触れる場所の全てが温まるようなその幸福な錯覚。
「お前体温低いもんな」
「そうか?」
「冷たくてきもちーんだよ」
 あのころとは大分変ってしまったけれども、抱きしめあって眠ることに変わりはないように。
「だから丁度いいんだよ。理想形なの、俺たち。需要と供給が成り立つ運命の恋人」
 君のことを思えば胸が熱くなることも。
「寝言は寝て言うから寝言だったな。じゃあ寝る」
 だからこそこの思いは告げてはいけない。
「おいコラ待てや雲子!!」
 どうかどうか。この思いが伝わりませんように。
「おやすみ阿含。お前も早く寝ろ。できれば向こうで寝てくれ、狭い」
 背を向けて振り切れるますように。
「こうやってりゃ狭くねぇだろうが」
 視線は絡ませない様に目は閉じたままで。
 飾られたアネモネの花が薄闇に揺れた。
「雲子ちゃん、あの花、何?」
 腕の中で穏やかな心音と温かさが答えた。
「アネモネ。花言葉は儚い恋、薄れゆく希望」
「よっしゃ、明日ゴミ箱だ」
「貰ったんだ。枯れるまでは挿しておけ」
 どうかどうか、本当の言葉は伝わりませんように。
『君を愛す』『あなたを信じて待つ』そんな言葉は隠してしまえればいい。
 この思いは重ねてはいけないものなのだから。
「んな縁起でもねぇ花なんかゴミ箱で十分だったつの」
 強く抱いてくるこの腕がいつか誰かのものになったとしても、笑っていられるように。
 今だけすべてが夢だと眠りについてしまおう。
「おやすみ、阿含」
 何もかも寒さのせいにしてしまえるこの季節を愛せる様に。
(……隠し事はもっと上手にしろよ……俺がなんでお前から離れるって決め付けンだよ……)
 望むのならばこの腕もこの胸も。
「おやすみ、雲水」
 君だけの為にあるとどれだけ告げても受け入れられないこの思いを。
 あの花の色に似せて闇に溶かせるのならば。
 裏返した花弁の本当の思いを二人で共有できるように。
 どうか、どうか。
 あなたが迷いなく笑ってくれますように。







13:26 2010/10/21

 

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