◆5秒前◆




それは試合のあとの事だった。
反省会と称してセナはヒルマに個人的な呼びだしを受けてロッカールームに残っていた。
こうすることで他を遮断して安全に着替えができるという事情と厄介な身体。
いつものようにヘルメットとショルダーパットを外していく。
汗を吸いこんだジャージを脱いでさらしを解く。
バッグの中には換えのさらしを入れておくことにもだいぶ慣れてきた。
「ケケケ、ド貧乳」
同じように半裸のヒルマは誰が見ても立派な体躯だ。
普段は生白い肌が試合後の熱さを抱えたまま火照ったように薄桃に染まっている。
「これから成長するんです……」
ぎゅ、と真っ赤な晒しを絞ればうっすらと赤の混じった汗が床に滴り落ちた。
色落ちさせるだけの運動量の証明に、ヒルマはまだいつものように笑った。
「きっと、胸の大きさに惑わされない人が居るんですっ!!」
「どーだか。ド貧乳」
首にかけられたふかふかのタオル。
流し込むブラックコーヒーが身体を冷やしていく。
「ほれ、お子様にはコーラ」
投げつけられて受け取ってプルタブを引く。
「おいしーー!!冷たい物ってやっぱりいいですねぇ……」
「ケケケ……だろ……?」
高揚する一戦を終えての休息。
そろそろシャツでも着ようかと思った瞬間だった。
「……!?……」
徐に開くドアと呆然とする長身の男の姿。
「……か……筧……ッ!?」
「かかかかかかかかかか筧さんっ!?」
固まったままのヒルマとあわてて腕で胸を隠すセナの姿。
筧駿が人生で最も死を感じた瞬間だった。





「……ぅ……」
ぼんやりとした視界に飛び込んでくる二人の顔。
一文字に結ばれた唇が片方だけ厭らしく笑い、ヒルマは躊躇なく銃口を筧の額に突き付けた。
「グッドモ〜ニ〜ン……糞ツリ目。お目覚めの御機嫌はいかがだァ?」
この事態を予想しなかったわけではなかった。
泥門名物、見たら地獄行きのヒルマのストリップだけならば覚悟はしていた。
しかし、先刻まで激戦を繰り広げてきたアイシールドまでが女子だとは微塵も思わなかったのだ。
予想できる方がおかしいだろう。
「最悪だな……」
「分かってんだろうなァ?テメー……喋ったら全身の骨に風穴開けて樹海に捨ててやるぜ!!」
がちゃん。と引鉄を引く指先。
すっかり着替えた二人は試合前のような姿だ。
「その……クリスマスボウルまで黙っててもらえれば……」
思えば、試合中にホールドで落としたときに感じた柔らかさ。
まだ発達途中の筋肉だと思い疑問にはしなかった。
しかし、それが女子特有の柔らかさに似ていなかったと言えば嘘になる。
「……ふぅん……クリスマスボウルまでね……」
ぱちん。弾けるフーセンガム。
筧の視線に耐えきれないとセナはヒルマの背後に隠れてしまう。
「まあ、泥門名物ヒルマのストリップは予想してたけどな」
もう一枚を口に放り込む。
きつすぎるミントは攻撃を静かに表した。
「アイシールドが女の子ねぇ……バレたらどうなるか……」
「俺を脅す気か?筧」
ヒルマが個人を名前で呼ぶ時は勝負時のみ。
即死を決められるだろう銃口と笑う二つの唇。
「余計なことしてみろよ。テメーのアレなアレを全部ばらまく」
「俺に脅迫は効かないぞ、ヒルマ」
眼前に突き付けられる一枚の写真。
「これ、なぁ〜んだぁ……ケケケ……」
「!!」
それは、恐らく彼の人生で最も闇に葬りたい写真の一枚だろう。
全裸に剥かれた揚句比較対象の為におかれた煙草とライター。
そしてこの上ないさわやかな笑顔の悪魔との記念撮影。
「うわぁぁああああああああっっ!!」
「モザイク処理なしで巨深にばらまくぞ。データはもう俺のパソコンの中に転送した」
余りの悲劇にセナが顔を覗かせた。
(ヒルマさん、ものすごい楽しそうに写真撮ってたよね……)
相手が異性だと分かれば、どこかしら感情も変わってしまうもので。
じっと見れば長い睫毛だとか感じてしまう。
そういう領域から見ればこのヒルマも十分に美女にはいるのだ。
凶悪という一点がその感情を木端微塵にするだけで。
「わ、わかった……せめて携帯の番号を交換するくらいは……良い試合できたし……」
「ああ、良いぜ。その代わり、オメーの番号は俺も貰うがな。ケケケ」





皮一枚で繋がった彼女との関係。
あれだけ必死に食らいついてくる姿と何よりも芯のある瞳は同世代の女子には存在しない。
ぼんやりと天井を見つめながら思いかえせば悪いことをしてしまったのかもしれない。
(見えたか見えないかだったら……見たけどさ……)
対照的な二つの身体はどちらも魅力的だった。
悪魔と呼ばれる策士の無防備な姿を見れるものは何人存在するだろう。
(……メールとかしてみたら、返事くるかな?)
タイトルも絵文字も顔文字もない一行だけのメール。
たった一言『身体は痛くない?』と送った。
少しだけ時間をおいて震える携帯。
『ありがとうございます。少し痛いですけども、これくらい治します』
少しだけ長い文章は彼女なりに気を使っているのだろう。
偽物だと言った自分に震える足で大地を蹴って挑んできた少女。
男ですら竦むだろうその長身に立ち向かう小さな小さな悪魔の使途。
その身体はまるで魔術師が箒で空を駆るように自分の脇を駆け抜けていった。
(面白いけどね。ああいうのは。どこまで勝ち上がれるんだろうな……)
それから筧は時間を見つけてはセナにメールを送りだす。
相変わらずタイトルも絵文字も顔文字もない、短いメール。
丁寧に帰ってくる返事に少しだけ綻ぶ唇。
練習で扱かれ過ぎた日はメールが返ってこないこともしばしばだ。
(ヒルマの特訓は甘くないだろうからな)
耳の裏で鳴り響くチャイム。
教科書を鞄に詰め込んでいつものようにロッカールームに向かう。
「!!」
震える携帯を取り出せば自分が見たことのないような内容。
新しいストラップ、先輩たちが厳しいけども優しい、部活は苦しいけど楽しい、走り過ぎて足が痛い。
デビルバッツのメンバーと映った一枚の画像。
どうやら遠方に進学した友人へと送るはずだったものだろう。
(……なんだ、ちゃんと女の子なんじゃないか……)
飛び交う絵文字と顔文字、『元気?』と入ったタイトル。
そこから垣間見える等身大の少女の姿。
アイシールドでも一人のアメフト選手でもなく、小早川瀬那という少女。
「………………………」
だから、わざと意地悪をしてみたくて返信をした。
『メール間違えて送ってるよ』
ほどなくして帰る返事。さらにすぐに返信する。
『できれば、俺もそういうメール、欲しいな』
この時間ならば彼女も同じように今から練習なのだろう。
返事はやはり返ってこない。
どうしてなのか少しだけ胸に引っかかる何か。
時間切れだと携帯を鞄に乱暴に詰め込んで、ユニフォームに袖を通した。





「おつかれさまでーす」
「待て。糞チビ」
「ひぃぃぃいいいいいいいっっ!!」
「糞ツリ目から、メール着てんだろ」
壁に凭れてマシンガンを肘置きにして、いつものようにヒルマはフーセンガムを膨らませた。
「なんで知ってるんですか?」
「電波拾うくれぇわけねぇんだぜ、ケケケ」
筧駿が小早川瀬那に送ったメールは、全てヒルマの携帯の一つが拾っていた。
「ま、さっさと彼氏作りたいってんだったら面白味はねぇ男だな」
「そそそそんな!!か、筧さんとはそんな会話全くないですっ!!」
「オメーがそうでも糞ツリ目がどう思ってかだな」
ぺしん。と投げつけられる無糖のフーセンガム。
「自分で考えろ。プライベートに口出しはしねぇよ」
恐怖だけではなく、どこかこの女(ひと)のようになりたいと思わせる存在。
それがヒルマという女だった。
「とっとと帰って休みやがれ、ド貧乳」
「ううう……これから成長するんですってばぁ……」
とぼとぼと部室を出ていく後ろ姿を見送って、携帯を開く。
呼びだしたのは先刻までの話の中心人物の名前だ。
(ん……セナからかな……?)
帰り道、携帯を拾い上げてボタンを押す。
そこに出たのは最も受け取りたくないだろう人物の名前だった。
送信者に浮かぶ蛭魔妖一の文字。
本文はたった一言『余計なことをしたらブッ殺す』のみ。
監視の目など無い方がおかしいのだ、あの悪魔の前では。
忌々しいとポケットに突っ込んで少しだけ早足で歩きだす。
夕暮れは赤く赤く、まるで彼女のユニフォーム。
青空と海は似て非なるもので同じ青でも色合いがまるで違う。
(まあ……秘密を知ってるってのはいいかもしれないよね……)
同じように少し痛む脚。眺める空に小さな流れ星。
彼女も同じ星を見ていればいいと小さく呟いた。






ちかちかと光る携帯を慌てて開く。
汗をシャワーで落として少し遅めの夕食を終えて戻る自分の部屋。
(……ふふ……わかりやすい子だ……)
タイトルには『後ろ』着いてきた画像は妙に楽しげに笑うヒルマの横顔。
悪魔の司令官はこんな顔でも笑うのだ。
恐らくデビルバッツのメンバーも同じように笑っているのだろう。
参考書を開く手を止めて携帯のキーを押していく。
何回かのやり取りが妙に楽しくて、痛む足などどこかに忘れてしまう。
『おやすみ。ちゃんと休むんだよ』と入れて携帯を閉じる。
もう一度だけちかちかと光るイルミネーション。
『おやすみなさい。筧さんも脚、大事にしてくださいね』
星のマークの絵文字を添えて、おやすみなさいのメッセージ。
不意に耳まで赤くなるのを自分でもはっきりと感じる。
その日から少しずつメールの内容は変わり始める。
『今、何してる?』『どんな音楽が好き?』『ヒルマにいじめられてない?』
断片的な返事から見える残像がゆっくりと形になっていく。
気持ちを量る天秤が左右に揺れて感情を転がして。
(……今日は何が着てるかな……)
メールに添付された画像。
ヒルマと二人並んで、相変わらず困ったように笑うセナの姿。
(……ヒルマ邪魔だな……)
思わず送ってしまった『ヒルマ無しのがいいな』の一言。
直後に飛び込んできたメールを確かめもせずに開く。
『殺すぞ』
逃げ切ることなど恐らく不可能。だからこそ悪魔と呼ばれる女。
こちらからの送信には一切返事など来ない。
(……あ、今度はセナから……)
繰り返されるメールは少しだけ距離を縮めてくれる。
参考書とアメフト以外のもう一つの色。
恐らくデビルバッツの誰かが撮ったであろう、ガムを膨らませて失敗した顔。
間違えて消してしまわないように鍵をかけた。





『おはよう』から始まって『おやすみ』で終わるメールのやり取り。
筧駿は予想以上にまめな男だとヒルマがけたけたと笑う。
(練習休みの日なんて、ないものか……泥門も……)
巨深も練習を休むことなどほとんどない。
恐らく毎日テーピングして布団に倒れこむのだろう。
彼女が向かうべき相手は遥かな高みに居る男なのだから。
どうにかして何か口実でも見つけて一度、きちんと話をしてみたい。
定型文に少し付け加えて『チケットが余ってる。映画でもどう?』と。
駄目で元々、会えなくてもメールで少しは姿は見える。
『午後からなら空いてますよ』
僅かな時間でも、少しでも隣に並べるのならば。
聞いてみたいことと自分の感情の行方を知りたいと願うならば。
少し離れた場所を待ち合わせに指定して携帯を閉じた。




練習帰りの制服姿は、始めてみるものでもないのに。
柄にもなく少し早く来てしまった居た自分に驚く。
「すいません、遅くなってしまって」
「いや。そんなに待ってないよ」
ドラマティックもファンタスティックもないけれども、アイシールドを外した彼女が居る。
改めて並べばやはり小さいと思うように、見上げてくる視線が少し怯えがちだ。
「無駄にでかいからね。俺は」
「うらやましいです……少し分けてほしいなぁ……ううう……」
しかし、その小さな身体にそぐわない鍛えられた足だからこそトップスピードでの疾走が可能になる。
コンプレックスを最大に生かしたのがアイシールドというランニングバックだった。
「女の子は小さい方が可愛いと思うけどね」
「本当ですかッ!?……でも、小さいにもほどがあるって言われますよ……ド貧乳とか言われるし……」
「ヒルマ?」
「……はい……」
まるで雨天の曇り空。人間触れられたくないものが一つや二つはあるもの。
(確かに無かった。それは事実だった)
どうすればいいものかと考えるよりも先に、セナの頭に触れる手。
「いいんじゃないかな……胸とかが全部じゃないと思うし……」
「……これから成長期にはいるんですッ!!」
きっと、いつも二人でそんなやり取りをしてるのだろう。
ヒルマは相変わらず意地悪な笑みを浮かべてセナは顔を真っ赤にして。
試合が終わればそこで解散の関係では無いことの証明。
気まずい空気を払拭するにはどうしたらいのだろう?
「んじゃ、行きますか」
自分の腕を少しだけ前に出せば、普通の女子ならばぎこちなくも絡ませてくるだろう。
「……同性愛者に思われますよ?」
そう、セナが着用しているのは列記とした男子生徒の制服なのだ。
しかしここで引き下がれば自分の気持ちに白黒は付かない。
「じゃあ、手を繋ごう」
「同じことですっ!!筧さんだけじゃなくて僕までそう思われるんですよッ!!」
「大丈夫。アメリカじゃ良くある話だよ」
「ここは日本ですよーーっっ!!」







(ケケケ……糞ツリ目……ッ!!予想したままの馬鹿だぜ!!)
建築現場の鉄骨に座り込んでシャツをはためかせながらヒルマは笑いを噛み殺しきれない。
気の毒なもんだと呟いて男がその隣に座り込んだ。
ヘッドホンを外して鞄に無造作に詰め込む。
「お前……何をやってんだか……」
「糞チビの携帯のGPS拾って筧の携帯クラックしただけよ。ケケケ……しっかしいい眺めだ」
金髪を風が掻き上げて青天の空に不穏な笑み。
「そういや、今日はもうじき雨が降るって知ってっか?糞ジジイ」
手が伸びて彼の頭を包むタオルを解き去る。
「テメーの仕事ももうじき終わりってこった」
「丁度晩飯の頃か」
「そういうこった。俺はギリギリまでここで奴らの動きを探る」
「脅迫手帳のネタにはもう十分だろう」
やれやれとため息が一つ。
「……俺の大事な脚を折るような男なら、ここで息の根を止める。わかってんだろ?
 アイシールドは未完成だ。まだ男はいらねぇよ」
肌に張り付いたシャツが身体の線をあらわにして。
透ける肌は隣の男と対を成す。
「うっかりヤラれそうになったら、こいつの出番だ」
新型の改造済みロケットランチャーを軽々と担ぎあげスコープを覗きこむ。
まったくもって厄介な女に惚れたもんだと男は二度ばかり首を振った。





「ヒ……ヒルマさんの次くらいに怖かった……ッ……」
心底疲れたと言う顔でベンチに座り込む。
「確かに、ヒルマに似たような感じだったな……」
チェーンソーなのか散弾銃なのかは大差は無いという事だ。
「でも……ヒルマが一番怖いんだ」
その言葉に肯定も否定も無い表情で、セナは筧を見上げた。
少しだけ邪魔をする逆光は唇を僅かに消して、届くか届かないかの声で。
「ヒルマさんは優しいです」
そう、確かに呟いた。
「でも……セナに男でいろとか無茶も言うだろ?」
「無茶で済むようならばまだヒルマさんの中では優しいです。そろそろ僕もモン太も死を覚悟して
 きました。本当に、今日まで良くみんな生き残ってこれたって十文字君たちも言ってます……」
あの試合、誰ひとりが欠けても泥門は勝つことは無かっただろう。
コンプレックスを抱いた集団をまとめ上げる司令塔。
そして気がつく小さな出来事。
「俺も、セナと同じ一年だよ?」
チームメイトの十文字は『君』で自分は『さん』付けなのだ。
「なんていうか……筧さんは先生って感じでさん付けじゃないと……進さんとか桜庭さんも
 そうだし。水町君も筧さんのことはそう言いませんか?」
「あいつは君付け?」
思わず掴んだ手首。その細さに愕然とする。
この小さな手がボールを掴み闘争心の塊となって全てを無視しての特攻をかけるのだ。
「じゃあ、筧君」
「うん…………」
「その……痛いな……なんて……」
もしも、彼女がアイシールドではなかったら。もしも、彼女が彼女として入学していたら。
もしも、彼女の脚がヒルマにみつからなかったら。もしも……彼女が同じ学校だったなら。
全てがヒルマの姦計の上に作られたこその運命に歯軋りをする。
どうしたとしてもそれが事実だ。
「明日も練習?」
メールと同じようなことしか聞けないような人間じゃなかったはずなのに。
「次の休みっていつかな?」
もっと違うことが聞きたいはずなのに。
思い悩んでもまだ自分は十六歳の子供なのだと痛感する。
大人びたのは身体だけだとせせら笑う声は耳の奥。
そうじゃないのに。飲み込んだ言葉が感情の行方。
認めてしまえばこの思いは実るのだろうか?
少女の背後には悪魔の姿。その果実を齧れば逆らうことはできないように。
「セナ!!」
本気で掴まれた肩が痛い。
「はははははははははぃぃぃいいいいっっ!!」
涙目青ざめ震える膝。
「そ……そんなに怯えなくても……」
「ごごごごごごごめんなさいぃぃいいいっっ!!習慣で……」
気弱な彼女がフィールドではまるで魔法でも掛けられたかのように変貌する。
あの瞳に撃ち落とされたのは自分なのだ。
「好きだッ!!」
「は……はぃぃぃいいいいいいいッッ!!」
今度は彼の表情に影が落ちて視線を隠してしまう。
初めてされた告白は夢のようなものとは程遠く、しかも相手は先日の対戦相手。
「ななななななんでなのかまったくわわわかりませんっ!!」
涙目の顔と裏側に潜む求道者の瞳。
彼の大きな手が頬を包み込み、動きさえも封じてしまう。
「かかかかかか筧さんっっ!?」
「さんじゃなくていいっ!!」
額が僅かにぶつかって、唇が重なる五秒前。
(ええええええええええっ!?)
急転直下の大暴走。司令官はここにはいない。
「だだだだだだ駄目です!!」
バンプすれすれのガードが出てしまうのは仕方のないこと。
「わわわわわ私初めてなんです!!無理無理無理!!」
「ああ……ファーストキス……だったらなおさらいただく!!」
「ひぃぃいいいいいいっっ!!ヒルマさぁぁぁああああんっっ!!」
押さえつけられ絶体絶命。
瞳をきつく閉じたのは五秒前。
無糖ガムがパチンと弾けて、ヒルマは男の肩を抱いていた。
「糞ジジイ。この位置のまま俺を落とさねぇ自信はあるか?」
無言でヒルマの腰を抱きなおせば担ぎなおされるロケットランチャー。
(物騒なもんだ。もう慣れたが……)
スコープに映るのは獲物の顔。
「5・4・3・2・1……」
照準がコンマも狂わずに重なる。
「早漏は死ねッ!!」
次々に発射される遊撃弾が華麗に弾道を描いていく。
そしてそれは確実に相手を直撃していた。
「よし、死体回収にいくぞ。糞ジジイ」
爆風で吹き飛ぶであろう己の身体を支えさせるために恋人さえもきっちりと利用する。
それがヒルマという女だった。
「ん?どうした糞ジジイ」
「ってぇ……鉄骨に頭いったぞ……」
「お前らしくないミスだな、ムサシ」
ランチャーを抱えながら猫が舐めるようなキス。
「いくだろ。死体回収」
「わかったわかった……わかったからどけ」
ランチャーの直撃を受けた彼はどうにか彼女をかばおうとした。
それは狙ったわけではなく単純に守ろうとした本能だった。
その形が押し倒すようにして組み敷くようになってしまったのも不可抗力だと言うことにした。
「か……筧さん……ッ!!落ち着いてっ!!試合中は冷静じゃないですかっ!!」
「今はフィールド外だっ!!」
「ひぃぃいいいいっ!!」
ブロックしようとする手を押さえつけて重なる視線。
ゆっくりと近付く唇。
「あ……」
「セナ、余所見しないで」
「いえ……余所見した方が絶対にいいですよっ!!」
後頭部に感じる冷たい感触。
「あらぁ偶然ねぇ……この早漏野郎」
悪魔は夕刻に舞い降りる。華麗に美しく淫靡に残酷に。
「だれが早漏だッ!!」
再び突き付けられる銃口。
「嫌がる相手押し倒して無理やりキスしようってのは早漏以外のナニモンでもねえよな?
 それともあれか?オメーもベッドの中で60ヤードマグナム決められんのか?ド早漏糞ツリ目が」
「おい、ヒルマ……」
「それとも、この写真……モザイクなしで巨深全体にばら撒かれてぇのか糞ツリ目」
突き付けられた写真。
「うわああああああああっっ!!」
「大事なものはいつも持ち歩けって言われてんだよねぇ……ん?何かもしかして、俺、
 大事な写真他にどっか落としてきた予感?」
その隙にセナの腕を掴んで背後に匿う。
「探しに行った方がいいような気がするけどねぇ……俺、どこに落としたか覚えてねぇし……」
無糖ガムが膨らんで唇の動きを隠してしまう。
「……ぐっ……」
「グッバァ〜〜〜イ♪早漏の糞ツリ目」
走り出した影が消えるのを見届ける。
「糞チビ!!簡単に信用すんなっつてんだろ!!」
「うあわわああああああああんっっ!!ヒルマさあああぁぁぁんっっ!!」
泣きじゃくるのは本気で恐怖を感じたのだろう。
「…………今度から気をつけろよ……」
「怖かったぁぁああああああっっ!!うわぁぁああんっっ!!」
まるで保護者のようなヒルマの姿に男が笑いだす。
「お前、良い母親になれるぞ」
「殺すぞ糞ジジイ。現場戻れや」
「わかったわかった。晩飯はカレーにしてくれおっかさん」
「とっとと帰れ糞ジジイ!!」
残弾全てを撃ち込んでも男は全て交わしてしまう。
「……帰るぞ、セナ」
「……はい……」
夕暮れ伸びた影二つ。
電車に揺られて心までゆらゆら。
「ヒルマさん」
「あ?」
「ファーストキスって、どんな感じだったんですか?」
人気のない電車に二人だけ。
ちゅ、と彼女の唇が触れた。
「こんな感じだぜ」
「ひぃぃいいいいっ!!今のが初めてだったのにぃぃぃいいいっっ!!」
「あ?あれマジだったのか!?」
「うわああぁぁあんっっ!!ヒルマさんの馬鹿ぁぁああっっ!!」
ぐしぐしと頭を撫でる。
「悪かったっつてんだろ……あ……」
「へ……」
「写真、水町の机の中だわ。イヤー俺も歳とったなァ、モーロクしたもんだぜ」
「か……筧さん可哀想ですよ……それ……」
「うちの選手に手ぇだそうなんざ百万年早いってんだ。オメーに手を付ける時には俺に
 上納金一千万だぜ」
まだまだ手を繋ぐことができなくとも。
甘いキスは遠くとも。
胸のふくらみは足りなくとも。
「さて、オメーは練習量追加だ糞チビ」
「ひぃぃいいいいっっ!!」





メールはやっぱり同じようなもので。どうにかして新たな約束を取り付けたいと四苦八苦。
それでもようやく『さん』が『君』に変わってきて。
(よし……次は駿と呼ばせてみるッ!!)
妨害障害まだまだ山盛り。
悪魔が来たりて笛を吹く。






19:09 2010/06/15







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