◆声◆



 PM11:35




 無機質な画面の中で繰り返される有機物の絡まり。
 音声をオフにした状態で、いつものように彼女は椅子に膝座りしながらそれを見つめていた。
(こんなもんの何が面白いんだか)
 手早にキーを操って画面を終了させる。そのままDVDを取り出してケースの中に戻した。
 木曜日の夜はたいてい暇つぶしを見つけるのが面倒な事になることが多い。
 雑誌も読み飽きて冷蔵庫にはカフェオレとカットフルーツ。
 だからといってコンビニまで何かを買いに行く気力もない。
ベッドの上に身体を投げ出して携帯に手を伸ばす。
「んー……」
 ちかちかと光るライトと画面にはメールマーク。
(まめな男だねぇ……)
 隣のクラスの老け顔の少年は荒れ球ではあるもののキックの力は一流だった。
 たった三人のチームでもどこにも負けないという自信。
(……ま、こんなもんかな……)
 文章の最後に付け加えた『もう寝る』の一言。あと何時間かすれば学校でまた顔を合わせるのにと。
 一日も欠かすことなく送られてくるメールは彼の性格を表していた。
 枕を抱きしめて眠りにつくはずだったのに、ふとしたことに気がつく。
 いつの間にか枕の数が増えているのだ。
(くわぁ……もう何かよ、当たり前みてぇに枕は二つってかぁ?まだキスしかしてねぇっつの)
 無論、そう簡単にヒルマの牙城が崩せるはずもない。
 ふわふわの金髪が冷たい枕に触れて白と静かに溶けあうように散っていく。
 充電コードを銜えたままの黒い携帯。
(……ったく……このホテルは気が利きすぎるってんだよ……)




 PM11:43




「おー。返事ちゃんと来たな」
 同じように自室のベッドの上に寝転んで携帯に目をやる。
 ひょんなことから隣クラスの悪魔とキスをして、時々そう言うことをする間柄になった。
 正確にはなったつもりでいる。
 木曜と金曜は家業の手伝いを優先している彼は部活には不参加だ。
 そのためにQBでもあるヒルマが定期連絡を入れることになっている。
 どうせなら他にも色々と話したいと気がつけば毎日メールを入れあうようになっていた。
 勢いでキスはしたものの学校では相変わらずの素っ気なさ。
(あれか?俺じゃダメもんなのか?)
 抱きしめて眠る夜はすごしてもその先に進むには度胸とタイミング。
 悪魔の唇は思ったよりもずっと柔らかくて、キスするたびにどきっとしてしまう。
「あー、今日のメールはもう終わりか」
 もうじき日付も変わってしまう。枕元に置いた携帯に乗せた手。
 もう少し、と思うところでいつもヒルマのメールは途切れしまう。悪魔の策士は無意識に手を伸ばすように。
(しょうがねぇ……寝るか)
 おやすみのキスは明日の夜までお預けで。土曜日は一緒に過ごせる予定だ。
 急ぎの仕事で無ければ大工のバイトは基本的に土日は休業となっている。
 たまに顔出すヒルマを『次期棟梁の嫁』という扱いにしてしまう両親公認の外泊。
 抱きしめあって眠るだけで満足できるのはいつまでなのだろうとぼんやり考えながら瞳を閉じた。




 AM8:25





「よー糞デブ。朝から何食ってんだ?」
 朝食代わりのゼリーパックを握るのは細身の悪魔。両耳のピアスがきらきらと輝く。
「あ、ヒルマ。おはよー」
「ほれ」
フォーメーションを書きこんだ紙とコンビニのパン。
「食いながらだったら覚えやすいだろ?」
 悪魔と呼ばれる彼女でもごく少数の人間の前では穏やかになる。
「ちょっと糞ジジイにも渡してくらぁ」
 窓から廊下にそのまま飛んで歩けばそれだけでも人が避けてしまう。今やこの学校内でヒルマに逆らえる者はほとんどいない。
 職員の弱点さえも全て握りあらゆる方面への監視を緩めることのない策士。
「たぁーけぇーくぅーらぁーげぇーんー」
 窓枠に肘を突いて口笛交じり。悪魔の姿に教室が騒然とする。
「何だ?」
 彼女の目的はこの教室に居る男、ただ一人だけ。
「これ。覚えとけ」
 べち。顔面に押しつけられる紙。しかしそれは栗田に渡したものとは別のメモもクリップで留まっていた。
 赤い蝙蝠をワイヤーが形作ったメモクリップは何ともヒルマらしい。
「んじゃ、あっとでぇ〜♪」
「なんだその気持ち悪い語尾は……」
「流行ってるらしいぞ」
息 が掛かるくらいに近い距離。ここが教室じゃなかったらと思うのはまだ二人が十四歳だから。
「まあ、いいか。後でな」
 ヒルマの姿が消えるとともに動き始める空気。
「武蔵!!お前ヒルマに脅されてるのか!?」
「武蔵君!!悪魔に何かされたの!?」
 次々に飛んでくる声にムサシは首を傾げた。脅された覚えも無ければ何かをされた覚えもない。
「いや……別になんも」
 取引無しでヒルマと渡り合える人間はほぼいない。しかし、武蔵厳はその数少ない人物だ。
「お前らが思うほど悪い奴じゃないし、可愛いところもあるぞ」
「えええええええええーーーーっ!!あの悪魔のどこがッ!!」
 怒号を打ち消すチャイム。隣のクラスの悪魔は全校生徒に恐れられる存在らしい。





 PM3:37






 掃除も終えて部活をするもの帰宅する者に別れる。
 ムサシは後者に分類されそのまま家業手伝いのほうに向かう算段だ。
「武蔵君」
「ん?」
 クラスの女子に呼びとめられる。鞄も担ぎなおしてそろそろ現場に向かいたいところなのに。
「悪魔と付き合ってるって……本当……?」
 下からじっとりとした視線で見上げてくるののを見るのは気持ちのいいものではない。
 ましてや相手がヒルマに対して悪い感情抱いているのがあからさますぎる。
「んー……そうなんのかな……まあ、どうとってもいいんじゃないか?」
 ばりばりと頭を掻いて話を逸らしたかった。
 この年代の女子の興味はもっぱら恋愛事ばかりで面倒で厄介なもの。
 だったらまだヒルマ独自のレート計算や株式論を聞いてる方が面白さが彼にはあるのだ。
「武蔵君騙されてるよ!!だってあいつはひどい奴なんだよ!!」
 胸に刺さる言葉は『騙されている』ではなく『酷いヤツ』のほうだった。
「そう酷い奴でも無いぞ、んじゃ俺帰るから」
 まだ知らないことの多過ぎる隣のクラスの悪魔のようだと言われる彼女は、いつも一人。
 悪魔は夜、ゆっくりと人間に戻る様に。
(まあ、酷いところもあるけども……言うほど悪い奴でも無いんだよな……)
 スニーカーを履いて走り出す。十四歳の午後、夏の手前の暑さが眩しい。




 PM5:48





 荷物をショルダーバッグに詰め込んでベルトを止める。大工仕事で掻いた汗はシャワーで流した。
 靴紐を結びなおして携帯を見れば六時の少し前。
「んじゃ行ってきます」
「妖ちゃんに遊びに来てって伝えておいてね」
「へいへい。気が向いたら来ると思うけど……まあ、あのままの気まぐれさだから」
 ふらりと現場にやってきては進行をチェックしてタイムロスを削る計画書を作りだす。
 最も効率よく作業を進めて完成を早めてクオリティを高める計算方式は中二の少女が割り出すものとはかけ離れていた。
「厳」
「んー?」
「妖の奴、連れてこいや」
「あいつの気が向けば来ると思う。てか、お袋と同じこと言うなよ親父も」
「図面見せろっつわれてんだ。テメーから来いって言っとけ」
 もしかしたら彼よりも両親のほうが彼女の方を大事にしているのかもしれない。
 一人息子は逞しく育ってはいるものの、出来れば娘も欲しいところ。
 不意に連れてきた息子の友人は金髪に学ランの珍しい少女。
「分かった。言っとくよ」
 それでもきちんとした礼儀の取り方を見るに悪い娘ではないらしい。
 金曜の夜ごとに外泊をする息子を見ても何か問題が起こっているというわけではないようだ。
 もっとも、問題が起こったならばそれこそ高校など進学させずに嫁に来いと言って終わりのような家でもあるのだが。




 PM6:00



 事前に入れた連絡でドアのロックは外されていた。
 この時間帯はヒルマはイブニングバトルに参戦中でパソコンの前から動かない。
 いつものように椅子に膝座りをしてじっと画面の数字のアップダウンを見つめながらぶつぶつと何事かを呟くだけ。
「ヒルマ」
「おー」
 振り返ることもなく一点を凝視したまま。
「!!」
 ぱちぱちとボタンを押して、漸くムサシのほうを振り返ってにっか、と笑った。
「ケケケケケ。メガバンクの株大当たり♪」
 ぺち。頬に触れる缶コーヒーはミルクと砂糖入ったもの。備え付けの珈琲には触れたことも無い。
「そりゃよかった。俺にゃまったく分かんねーけど」
「今度教えてやるよ。始めっと意外とハマるぜ?」
「もういいのか?」
「糞ジジイも来たし、今日の分は稼いだし。あと……飽きたから今日はいい」
 特にこの部屋に来て何をするでもなく、ただ一緒に過ごすだけ。
 いまだにヒルマの考えていることは分からないことが多過ぎるのも事実だ。
 取りとめのない話とゆっくりと流れていく時間が心地よくて、離れたくないという気持ちに絡まってしまう。
 ビジネスホテルの一室に住まう悪魔は普通の少女だった。
「ヒルマ、そのDVDなんだ?」
 無造作にテーブルの上に置かれたプラスチックのケース。
「あー、オメー好きそう」
「?」
 取り出してパソコンに飲みこませる。機動音とともに立ち上がるプレーヤー。
 程なくして始まった映像にムサシが固まる。
「無修正のAV。ってかDVD?」
 ポテトチップを齧りながらヒルマは眉一つ動かさない。カリカリと小気味いい音だけが響く。
「ななななななんでんなものがっ!?」
「NFLダウンロードしたはずが違ってた。折角だし見たんだけども、んなに面白いもんでもねぇし……」
 作り物の男女のセックスなどくだらない芸人以下だと呟く。
「でも、オメーだったらこーいうの好きなんじゃね?」
「好きじゃねぇよ!!」
「嫌いなのか?」
「いや……嫌いってか嫌いじゃねぇえども……じゃなくて、ヒルマ」
 中身を食いつくされた袋が丸まってゴミ箱の中に飛び込む。QBのコントロール力を無駄に活かした瞬間だ。
「酒切れそうだ。糞ジジイが一緒だと減りも早いしな」
 首に回った手とちゅ、と触れる柔らかな唇。
「……オメー唇荒れてんな……買い物行くぞ」
 いつものように手を引かれて指を絡ませただけなのに、いつもと何かが違う。
 アスファルトが放つ熱は数時間前のものなのに、まるで今生まれたような感覚。
 湿った空気と乾いた空に輝く小さな星。
 学校の授業など受けなくともヒルマはその先までももう知っているだろう。
 光年という尺度を充てたとしてもその記憶の何番目に触れることができるのだろうか?
「どうした?糞ジジイ」
 立ち止まって見上げた空はいつもと同じようで違って見えた。その視線の先を同じように彼女も追う。
 あの星はもうとっくにその命を終えて残像だけを光として送り込んでいるのかもしれない。
「星?」
 夏の空にはさまざまな物語。君と二人で紐解いて見上げてみたいだけ。
「流星は来てないんだっけな……星とか好きなのか?」
「やー……どっちかってとお前の方が好きだな」
「は?」
「言って無かったなと思って。俺、お前が好きだって」
 絡ませた指先だけがやけに熱い。気のせいだと首を振る。
「お前とこうしてたりメールしたり……キスしたりするのが楽しかったり嬉しかったりするんだ」
 他人から行為など寄せられたことなど無い。人の感情は利用するための材料。
 茶化せない言葉の重みに俯く横顔。
「……何で……ンな事言うんだよ……」
「言って無かったろ?だから」
 言葉は残酷で甘くて優しい。たった一言がすべての価値観も計算も狂わせてしまう。
 間抜けな告白だ、と付け加えて反対側に落とされる視線。
「……買い物行くんだろ?」
「…………ん」
 曖昧だった愛情の境界線を見つけてしまった。



 PM 6:51




「あれか?なんか良い匂いとかする方が好きか?」
 面倒だと少し離れたコンビニまで歩いてリップクリームを眺める姿。
 少しだけ前屈み、黒いシャツに同じ色の七分丈のパンツが腰の細さを強調してしまう。
「なんでもいいけどな。使ったことねぇし」
「あー、ヤダヤダ。これだから無頓着な男はよ」
 それはただの言葉の遊び。ヒルマにとっては何の意図もしない行為。
「んじゃ、無頓着じゃねぇ男になるわ。お前が嫌だってんなら」
「……え、あ……バ……馬ッ鹿じゃねぇの!?」
 ずかずかと飲料水のコーナーまで大股で歩いて籠の中に手当たり次第にビールを投げ入れていく。
 むくれ顔と少し尖らせた唇がまだ彼女が幼いことを彼に告げた。
「ヒルマ」
「なんだよっ」
「お前、これ嫌いじゃなかったか?」
 度数の低い発泡酒では酔えないと水の代わりにはするものの、酒としてはヒルマは扱わない。
 ラベルの確認もできないような動揺にムサシが笑った。
「ヒルマ」
「なんだってんだよっ」
 差し出された左手。唇と同じようにごつごつとした男の手。
「手、繋ごうぜ」
 どうして今までは簡単にこの手を取ることができたのだろう。ほんの少し前の自分たちとは全く違う。
 自分の手から籠を取り上げて隣に並ぶ姿。
「……………………」
 繋いだ手がやけに熱いのはきっと季節のせい。指先がやけにもどかしいのはきっと彼のせい。
 むくれ顔、頬が赤くてその耳の先までも同じ色で。
 汗で肩口に張り付いたシャツ。
 悪魔はどうしようもなく可愛いと思わせる。うっかりすれば隠れていた尻尾までが星を撒き散らしそう。
「親父とお袋が、来いって言ってた」
「オメーのとーちゃんとかーちゃん、暇人だな……」
 指先が熱くて息が詰まりそう。喉の奥で留まった言葉がゆっくりと締め上げるように。
「なあ」
「ん?」
 肩が並ぶような二人でも、少しだけ彼が高く彼女が小さい。
 言いたいことの半分以下も言えないなんて日が来るなんて知らないほうがよかったのかもしれない。
「……なんでもね」
 繋いだ手が触れた肩が同じように呟くのを必死に殺した夏の夜。
 覚めない夢は苛立ち混じりで誰かを信じるにはまだ時間が少し必要だった。





 PM 7:34



 減っていく缶ビールとこの気持ちの行方を柄にもなく占ってみる。
「オメー、物好きだって言われてっだろ」
 酔うことなどほとんどないヒルマがそんなことを呟いた。
 椅子に膝座りすれば細い脚が目立ってしまう。シャワーも浴びていつもだったらじゃれついている時間だ。
「物好き?」
「武蔵厳を騙してる悪魔ってのは俺の事だろ?」
 無意識にピアスに触れる指。いつもよりも距離が遠い。
「聞いてたのか?」
「そのくらい知ってる」
 投げ捨てた缶がゴミ箱に綺麗に入る。
「なぁ」
「んー?」
「ヤろうぜ。俺、お前だったら別に良いし」
「ハァ!?ちょっと待てお前そんなに簡単に言うな!!」
 いつもどおりに飛び付く様にして隣に座ったはずだった。
「うわ……ッ!!」
「げっ!?」
 ムサシを押し倒す形での着地と肌蹴るガウン。
「…………本気か?」
「あ?」
 伸びた手が薄い背中を抱きしめた。
「止める自信ねぇぞ?」
「……女、抱いたことあんのかよ?」
 その言葉に視線が重なった。
「一度もねぇよ。今からお前で実践するとこだ」


 
 PM 8:27




「……ぁ、う……」
 薄明りの下に組み敷いた肌は予想以上に白く艶めかしい。夢中になって吸い付けば従順に
刻まれる赤い痣。数は次第に増えてその存在を主張し始める。
「ア、っ…」
 短い呼吸と確かめるように滑る指先。
(柔らかけぇもんだな……女の肌って……)
 膨らんだ胸も括れた腰も悪魔からは随分とかけ離れている。なめらかな肌は今まで他人に
触れられることを拒否してきた美しささえもあった。
 手の中に収まる丸みのある乳房の弾力。両手で寄せればゆっくりと思うように形を変えていく。
「……んだよ……っ……」
「柔らかけぇと思った」
 舌先が先端を舐めあげればびく、と肩が竦む。そのまま軽く噛んで吸い上げればぎゅっと閉じられる瞳。
 小さな動き一つにも身体が震えて声が零れる。
(何でだよ……こんな安っぽいAV女みてぇな声上げてんだよ……)
 皮膚の表面から浸透しはじめる熱はゆっくりと身体の中心を熱くしていく。
 くらくらとする眩暈を飲み込むようなキスを繰り返す。
「……っは……」
 ねっとりと舌先が絡まって離れる。今までよりもずっと痺れるような淫猥なキス。
(どうも……女の身体ってのは勝手が違うな……)
 膝に手を掛けて小さな臍にキスを一つ。
 そのまま指先を滑らせて入り口に少しだけ侵入させる。
「!!」
 唇がじんわりと濡れたそこに触れて上下していく。その度に生まれる疼きと早まる鼓動。
「ヤ……っだ……ア!……」
 ひくつくクリトリスをべろりと舐めれば逃げるように腰が跳ねた。
 細い肢体を押さえつけて入念にそこを攻め上げていく。
「…っふ、あ……ン!!……」
 鼻に掛かる甘い声。誘発されるように指先は膣壁を押し広げて。
 動かすたびに寄せられる眉と曇った水音。
(そっか……こういうのを愛しいって言うんだな……)
 少し尖った耳に噛みつけば胸を力なく押し返す細い腕。この腕があらゆる伝令を正確に
あのボールに伝えて自分に告げるのだ。
「ヒルマ」
 胸板と乳房が重なって、甘い甘いキスをした。
「良いか?」
「……聞くな!!糞ジジイ!!」
 そのままヒルマの手を取って反り勃ったそれに押し当てる。
「……ちょ……ちょっと待て!!」
 流石は走れるQBともいわんばかりの速さでヒルマが後退りした。まるで逆毛立った
猫のようだとぼんやりと思ってしまうほど。
「ンなもの入るか!!このボケ糞ジジイ!!」
「酷ぇ言い草だなおい」
「マジで無理!!入るわけねぇって!!」
「いや、大丈夫だろ。多分」
 ぶんぶんと横に振られる首は今にも取れてしまいそうだ。
「つーか、ここまで来て今更っつーのも……それに……」
 右手を押さえ込んでもう一度組み敷きなおす。
「止めねぇっていっただろ?最初に」
 いずれなくすものならこいつが良いと互いに思った。
 その気持ちに嘘は無い。
「……わぁった……とっととヤれ!!」
「お前……もうちっと可愛く言えねぇのかよ」
 喚く唇を何度か塞いでもう一度身体を滑り込ませる。今度は抵抗することもなく預けられる
もう一つの暖かさ。
 先端が押し当てられて身体が竦む。きつく閉じた眼と耳まで赤く染めて。
「ぃ……ぅ……」
 受け入れたことの無い箇所にゆっくりと押し開かれる苦痛を噛み殺す。
 悪魔の名に連ねた小さなプライド。
「うー……って……」
 ぎちぎちに緊張した柔らかな身体に重なる日焼けした立派な体躯。
 こんなにも簡単に組み敷かれるような存在なのだと感じた小さな絶望。
 ぽろ。零れた涙。
「……きついか?悪ぃ……つってもまだ半分っきゃ挿入って……」
「……違ぇよ……」
 どれだけ強がっても勝てない力。
「?」
 額に触れた唇の優しさ。
「……ムサシ?」
 子供にでもするように何度も何度も優しく髪を撫でてくる武骨な手。その暖かさにうっとりと
瞳を閉じてしまうほど。
 頬に触れた右手。
「もうちっとだけ我慢してくれ」
 細い腕を自分の背中に回させる。傷はどれだけあっても受け入れるつもりだった。
 目尻の涙を舐め取って一息に繋ぎとめるために細い腰を抱き寄せる。
「―――――――――ッ!!」
 ぎり。噛みしめた奥歯と軋む腰骨。最奥まで繋がれた鈍い痛みと生まれる吐き気。
 浮き出た汗と真っ赤になる世界。
「……あ…っく……」
「おい……大丈夫か?」
 心配そうに見つめてくる彼の顔に、どうしたらいいか分からない。
「……んなわけねぇだろ!!とっとと終わらせろ糞ジジイ!!」
 精一杯の強がりとプライドで吐いた悪態。きっとそんなもの見透かされているのに。
 それでもこの小さな気骨だけは守りたくて仕方なかった。
「……ん、ッ……」
 みしみしと痛む身体。無意識に縋った広い背中。
(……こんなもん……マジで良くなるのなんて来んのかよ……)
 耳に頬に掛かる息が熱くて酷く甘い。同じように彼も感じるのだろうか?
 痛いのは軋む腰骨よりも胸の奥。
 喧嘩腰の初体験とは何とも自分らしいと自嘲を噛み殺した。
 突き上げられるたびに感じる痛みとぼんやりとした熱さ。
「……平気……か……?」
 きっと今、自分は泣きそうな顔をしているに違いない。できるのは得意のはったりを通すことだけ。
「……っに決まってんだろ……ッ……」
 べろ。頬を舐める舌先に目を閉じる。
「嘘吐くな、馬鹿野郎……なんで俺にまでこんな時に嘘吐くんだよ、妖……」
 全部見透かされてこの心まで覗かれてしまったらそれこそ離れられなくなるのに。
 でも、全部知ってほしいから彼を誘ったのかもしれない。
「……っ痛ぇよ……マジ無理……ッ……」
 落ちる汗が乳房の上で弾けた。
「もうちっとだけ……付き合ってくれ……ッ……」
 繰り返される注入に何度も息が詰まってしまう。上がる声は自分の声じゃないような錯覚さえ
感じてただ必死になって抱きつくしかできない。
 じんじんと痛むのは確かに繋がってるからこそ。
「……ムサ、シ……」
 彼の頭を抱いて唇を寄せる。
 同じように自分を抱いてくる彼の体温が酷く心地よくて落ちる涙。
「……妖、好き、だ……ッ……」
 ぎゅっと抱きついて同じように耳元で悲鳴交じりに『好き』と返す。
 この身体を今抱いているのが彼でよかった。
 考えていたよりもずっと滑稽で甘い初めての夜。
「…き、好き。俺も……ッ……」
 誰かを信じても良いと思えたのは初めてだった。
 きっとここから、変わって行った。



 PM 10:55




「痛ってぇ……ってか気持ち悪ぃ……」
 からからになった喉と汗と体液でべたつく身体。自由が利かないと伸びた手を取ってムサシが唇を押しあてた。
 随分とむさくるしい王子様だと笑った薄い唇をふさぐ。
「冷蔵庫ん中にカフェオレ冷えてる。缶のヤツ一個っきゃねぇけど……」
「一本ありゃ充分だろ」
 寝てろ、とくしゃ。と金髪を撫でる大きな手。
 こんな無防備な顔を晒すのも自分の前だけなのだと思うとどうにもにやけてしまう。
「ほら」
 抱き起こしてプルを引いた状態で手渡せば待っていたと飛びつく様は猫そのものだ。
「んー……んー……」
「どうした?」
「甘ぇ……気持ち悪……」
 急速に染みた糖分が引きおこす軽いめまいと吐き気。
「ちっと待ってろ」
 今まで飲んだことないブラックコーヒーを二人分。備え付けのカップに作って。
「あ……これ飲める……美味ぇ……」
「俺もブラックは得意じゃねぇんだけど飲めるな」
「あれか?大人になったってやつか?脱童貞おめでとう武蔵厳」
 精一杯の皮肉と目一杯の笑顔。
 隣のクラスの悪魔はやっぱり可愛いのだ。
「やっぱ、ちょっとは血、出んだな……」
 シーツにこぼれた体液に混ざった破瓜の血。白い肌を汚してまだ僅かにこびり付く。
「糞ジジイ、風呂準備しろ」
「へいへい」
 ばりばりと頭を掻いて浴室へと向かう姿。ドアがしまる音を聞いてから枕を抱きしめる。
(あー……本当にヤっちまったんだな……でも……悪くねぇって思うのは何でなんだよ……
べっつに気持ち良いわけでもねェし痛ぇし……つーか……なんなんだあの人類の規格外のでかさはよ……
マジで死ぬっつーの……糞ジジイじゃなきゃ実弾でぶち抜いてるっつーの……)
 それでもどうしても彼のこと好きだと気づいてしまうから恋は苦しい。
「ヒルマ?」
「……………………」
 飛んでくる枕を受け止めて手招きする。
「立てねぇよ、馬鹿」
 室内に漂うコーヒーの香りと彼の声が柔らかく低く心地よい。
 くたくたの身体とからからの喉に染みわたったのは互いの愛情だった。



 PM 11:37



 代えのシーツを乱暴に敷いて二人で裸の身体を投げ出す。
「ホテルのいいところは明日にゃ綺麗な部屋になってるって事だ」
 腕の中でそんなことを呟くのはやっぱり悪魔所以足る笑顔だ。
 ざり。頬に感じるざらつき。
「ついでに言えば個人情報もある程度は守られる」
「お前の住処にゃ丁度いいってことか?」
「欠点は風呂が狭い。ま、設計からマンション買うけどよ。それまでは此処だろうし」
 すりすりと身体を寄せてくるのは金色の猫。鍵尻尾を揺らして喉を鳴らす。
「住む所無ぇなら、うちに来いって親父たちも言ってるぞ」
「んー……良い。住むところくらい自分で見つける……」
「……気が変わったらいつでも嫁に来いっても言ってた」
「んー……嫁……嫁ェ!?」
 思わず上がった素っ頓狂な声が裏返るほどの動揺。耳の先まで真っ赤にして、かちゃかちゃと
ピアスが嬌声を上げた。
「だだだだだだだだ誰が誰の嫁だってこのウスラボケ糞ジジイ!!」
「お前が俺のだろうな。いずれは来るだろ?」
「ばばばばば馬鹿言ってんじぇねぇッ!!」
 枕の下に隠していた銃を取り出す。
「待て!!落ちつけ!!高校卒業するまでは待つって!!」
「そういう問題じゃねぇえええええっっ!!」
 発砲しそうな手を抑えこんで宥め賺して抱きしめて。
(結構可愛いんだよな……スタイルも良いし……言うと喚き散らすから言わねぇけど……)
 腕の中では暴れることなく身体を預けてくれるのに。
「なあ、妖」
「あ?」
「結婚しよう」
「はぁ!?」
 ぎゅっと抱きしめて逃がさないとばかりに。
「高校卒業したら」
「落ちつけ、武蔵厳。俺もお前もまだ中二だ。その言葉は保留もしくは中二病の戯言にさせろ」
 鼻先に突きつけられる細い指。
 自分たちはまだ十四歳だ。
「俺が十八禁解けても覚えてたら考えてやるよ」
 その声が嘘など無いままに届いてくれるのなら。
「妖」
「あ?」
「好きだ」
「知ってるよ、バーカ」
 同じように答えたい。
「お前俺のこと好きじゃねぇのかよ……」
 鼻先に噛みついて。
「好きに決まってんだろ、糞馬鹿ジジイ」
 隣のクラスの悪魔は恋人になった。相変わらず素直じゃなく天邪鬼で口も悪いけれども。
 それでも笑う顔は悪魔ではなく同い年の少女だから。







 22:50 2010/09/21




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