◆高校二年生は十七歳です◆
「あ"ー……風呂サイコー……」
「お前だけはな。まったくこんな面倒な頭してるからだ。この際剃れ」
わしゃわしゃとダメージケア用のシャンプーで細かな泡を作って丁寧にもみ込んでいく。
ドレッドヘアの手入れは普段ならば女の一人の店に行くのだが合宿中はそうもいかない。
サロン専売品のトリートメントを持ち込むのはチームでも彼だけだろう。
「えー、だって雲子ちゃんが洗ってくれるって思ったから来たんだぜ?でなきゃこんなダルイ合宿
なんざこねーよ。野郎ばっかだしさあ」
「お湯掛けるぞ」
シャワーの熱さと肌に触れる指先に目を閉じる。
「んじゃ次、俺がやったげる」
ボディスポンジを引っ掴んでバスジェルを絞り出す。夏に良く似合う柑橘の香りは薩摩蜜柑を模していた。
「背中だけで良いぞ。あとそんなに強く擦らなくても良い」
彼にとっての軽い力でも彼女や他の人間にとってはそうではないこともある。
天才はその強さゆえに一人になりがちだ。
「んー、わぁってる。この匂い好きっ」
全身を包む泡と温まって染まった肩口。肌の柔らかさは普段表に触れることのない証明。
細い筋肉が構成する腕が生み出す剛速球は並のレシーバーの指など弾いてしまう。
「雲子ちゃんまた痩せた?」
薄い背中にぴったりと重なる胸板。
「いや……そんなことも無いと思うが……」
首筋に軽く触れる唇。そのまま吸いつこうとするのを押しやればじゃれつくように抱きついてくる。
「引き締まってンのは良いけどさ、筋肉落ちたら駄目じゃね?基礎トレは俺がベッドの中で鍛えてやるよ」
「メニュー変えるかな……」
「おい無視すんなって」
耳に頬に降るキスと乳房を掴む指先。
剥がそうとすれば嫌だと強く抱きしめられた。
「なー、ヤろうぜ、雲子ちゃん。俺、欲求不満で死にそ」
「じゃあ死ね」
「やぁだぁ。俺もっと雲水とセックスしてぇもん」
「死ね」
「お前残して死ぬわけねぇだろ、馬鹿雲子が」
いつだって不意打ちにかけられる言葉に込められた真実。この手を振りほどくことができなくなる呪文。
「好き。愛してる。誰にも渡さない」
「……逆上せる前に出たいんだ」
「駄目。離れないで。俺から逃げるなんて絶対に認めねぇ」
宴会場で胡坐をかいて円になれば転がる酒の缶は増えるばかり。
「あれだ、誰のチンコが一番でかいか比べてみようぜ」
缶チューハイを手にした斉天正行ことゴクウが全員を見回した。
屈強な体躯からそうでない華奢なものまでよりどりみどり状態のアメフト部。
「「「おーーーー!!!!」」」
酔いの勢いは普段は戒律的な生活をしているい人間のタガを簡単に外してしまう。
それでなくともアメフト部の厳しさは尋常ではない。
しかし、合宿ともなれば練習の厳しさよりも宴会の楽しさを享受できる。
「んじゃ手始めに西蔵、脱げ」
指名されたのは新入部員の一年生、西蔵だった。
他の部員たちはやんややんやと騒ぎ立てて脱ぐ以外の選択肢が出てこない。
それでも人前で晒すには勇気のいるパーツ。
「いいいいいい嫌ですっ!!そんなぁ!!」
「黙れメガネ」
「そうだ、一年なんだから脱げよ」
こんな時に決まって助け舟を出してくれるチーム自慢の投手はまだ浴室に籠ったまま。
面倒な髪を持つ弟の洗髪を手伝ってくると言って消えて行ってしまった。
「弥勒、押さえろー!!」
「了解」
後ろから弥勒が西蔵を羽交い絞めにする。男子高校生が酔えば大抵は下ネタに尽きる。
「うわーーー!!助けてーーー!!雲水さーーーんッ!!」
まるで子供のように悲鳴を上げてもそれすらも笑いの種になって。
「お前、助けて雲水って!!」
「あー、確かにうちの部で助けるったら雲水の役目だわな!!」
面倒見の良い二年生の投手は一年生部員からも好かれていた。
別名『神龍寺ナーガのお姉ちゃん』とまで言われるほどに。
もちろん、そんなあだ名が実弟の阿含に伝われば命の保証はないので大っぴらに口にすることはない。
基礎トレーニングや場合によっては課題や追試の面倒まで見てくれるのは理想の姉だろう。
「うわーーーーーんっ!!」
ゴクウの手が下着に掛かった瞬間に開く襖。
「何をやってるんだ、みんな」
浴衣姿に湯気を絡ませた雲水の姿に一同の動きが止まった。
ターバンよろしく頭に巻かれたタオルに普段ならば『インド人かよ!』の突っ込みの一つでも
入ることろなのだが今回は事情が違う。
浴衣の下にTシャツは来ているものの、普段ぎっちぎちに巻かれたさらしが無い。
よって、通常ならば隠された身体の線がはっきりくっきりと分かってしまうのだ。
「おい、弥勒、雲水のカップ」
「んー……D80だな。俺の目に間違いは無い」
絶妙のコントロールで飛んでくるグレープフルーツの絵が描かれた缶。
避ける間もなくそれは二連打で弥勒とゴクウを直撃した。
「能力を無駄に使うな。お前らは阿含か」
泣きながら駆けよって来る西蔵を背中に匿う。
「お、阿含は?」
「まだドライヤーと戦ってる。洗うまでは手伝えてもそっちは自分でやったほうがいいだろ」
よく考えれば、この状況に女子が一人は危険だ。
しかしそれは通常の女子ならばの話である。
何せ、チームを纏めるこの投手は軽く山伏を片手投げをし、さらにはあの弟を殴り飛ばす。
下手な行動をとれば死亡フラグを乱立することになるのだ。
「雲水さぁん……」
「どうした?西蔵」
「せ、先輩たちがぁ〜〜」
溜息一つ、転がる缶たちに視線を向けた。
「山伏先輩、こういうのをどうにかするのは先輩の役目じゃないんですか?」
「や、酒の席で固いことはな、雲水」
初日からこれでは先が思いやられると二度ばかり頭を振って。
一つ一つを拾い上げてゴミ箱へと投げ込んでいく。
狂いの無いコントロールは流石は神龍寺ナーガの正投手だ。
「で、何をやってたんですか?」
「ん、誰のチンコが一番でかいを比べようってことでな」
「……好きですね、それ……去年もやりませんでしたか?」
一年時の合宿の時には雲水は早々と就寝するのを選んでしまった。そして実質二週間
続くはずだった合宿を弟は姉を抱えたまま華麗に脱走したのだ。
「自分も男だったら参加させられてたんでしょうね」
珍しくけらけらと笑う唇。
「雲水クンも飲みましょうよ。お酒は楽しく飲まなくっちゃ」
ほろ酔いのサンゾーこと釜田玄奘が雲水の手に缶を持たせる。
メンバー全員人が雲水がアルコールには弱いことは知っていた。大会での祝賀会でも
一番最初に真っ赤になってふらつき、それを狙っていた阿含が毎回連れだすのだ。
「あ、でもビールはちょっと……」
「じゃあ、ピーチ味のチューハイならいい?あたしたち乙女組は甘いの飲みましょ」
坊主頭の少女と剃髪の少女めいた少年が肩を並べる。
余程サンゾーの方が少女めいていて仕草も女のそれだ。
「乙女って、どっちも乙女ってもんじゃねぇ!!」
「うっせぇ!!俺も雲水も乙女だっつの!!」
珍しく男全開のサンゾーに一年生が怯えた。
ゲラゲラと笑いだしその間に入って来たのはムードメイカーのゴクウ。
「一休お前、全然飲んでねぇじゃんか」
「そうそう。我らがコーナーバック細川一休様が飲まないっておかしいねぇ」
畳みかけるように弥勒が一休の両手にビールを握らせる。
「いやっ!!ちょ……ま……待って!!鬼待って!!」
無理やり口を開かせたのは芽力千里。清水弥勒と共に通称眼力コンビと呼ばれている。
「はい!!飲んで飲んで飲んで!!」
「ぎゃあああああああっっ!!」
一気にビールを注がれて飲みこまされる。
「はいはいはい!!もっと飲んで飲んでぇ!!」
そんな大宴会など興味もないといまだ脱衣所から出ないのは金剛阿含。
鏡を見ながらあれこれと思いを巡らせる。
指先に微かに感じるざらつき。
(やっぱ髭剃っとくか……雲子ちゃん髭好きじゃねぇもんなぁ……あとはタイミング良く
連れだして抜け出してちょーっと星とか綺麗だったら久々の野外プレイも悪くねぇな。
よし、決定!!今日は外で星を見ながら合体コースッ!!)
へらへらと笑ってのんびりと髭を剃りだす。
トレードマークのドレッドは頭頂部で結ばれても、そのボリュームは変わらない。
(さってと……どの香水付けちゃおっかな……蓮の匂いで洗ったから合せちまうか……)
世の中、どんな状況でも自分が良ければ良いという人間は何処にでもいる。
もれなく阿含もその人種の一人だ。
(やっぱ野外だったら上に乗っけちゃおうかなっ。あ"ーー……道着下にしきゃ良いか。
こんなときしか役立たねぇだろうしな)
左手の人差し指が顎先を確かめる。
(うし。剃り残しもねぇな)
自宅の洗面所には男性用化粧品も揃っている彼に死角は無い。
天才は方向を間違えるとものすごくダメになるという良い見本でもあった。
(待ってろよ雲子ちゃぁん……明日の練習なんか休んじゃくらいに腰立たなくして
やっからならぁ……ククク……)
こんなにもジャージが邪悪に着こなせるのも天才様のなせる業か。
擦りガラスの向こう側、月だけが苦笑いを浮かべていた。
「んじゃ改めましてチンコ勝負!!ミーロークーッ!!脱げーー!!」
ゴクウの拳が突き上げられる。
「脱ーーーーげーーーー!!」
各々の手がアルコールを握ったまま突き上げられた。
無論、その中にはすっかりと酔いのまわった雲水も混ざっている。
「男の生きざま見やがれーーーーっ!!」
勢いよく浴衣を剥ぎ取り下着を脱ぎ捨てる。
「おおおおおおおーーーーーっ!!」
「どうだーーーーッ!!」
半勃ちだったのも相まって大喝采と雄叫びの嵐。
「んじゃ次、不動ーーー!!」
「うあぁぁああいい……雲水さん俺を受け入れてくださーいっ!!」
ぼんやりと酔った雲水は小首を傾げるだけ。
「雲水クン、動じないのね」
同じくほろ酔いのサンゾーはすでに携帯を握りしめ撮影タイムだ。
「見慣れてるからなっ」
その一言で場の空気が一瞬で変わった。
雲水が見慣れているという相手は恐らくトップクラスの凶悪で最悪な天才を指す。
確実に使いこまれているというのは置いたとしても、比較対象にするには悪すぎた。
普段ならばそこまで頭も廻るのだろうが、アルコールの力は恐ろしい。人の思考回路を
簡単に狂わせて麻痺させてしまうのだ。
「おらっしゃーーー!!雲水に判定してもらってぇ〜〜〜〜〜第一回!!チキチキ神龍寺
ナーガチンコレェェェェェェエエエスゥウウウウ!!」
「おらっしゃーーーー!!」
「ちょっと待て……誰がそんな判定人するって言っ……」
言い終える前に一休が勢いよく雲水に抱きついた。
「飲みましょうっ!!もう、飲んで俺と合体しましょう!!俺、雲水さんと合体したいっす!!」
阿含が聞いたら確実に即死である、細川一休。
ついでだと胸の谷間に顔を埋める。この場に最悪の天才がいたらおそらく原形を留めてはいないだろう。
「一休待て!!落ちつけ!!」
雲水の背後から伸びる腕。
「ゴ……ゴクウ!!」
そのまま羽交い絞めてサゴジョーがチューハイ片手ににじり寄った。
「まあ飲めや、雲水ッ!!」
「おらっしゃーーーーーーー!!!!!」
くったりとした雲水の肩を抱く。
吐き出される息も甘く、紅潮した素肌。
すっかりと酔わされた自慢のクォータバックは普段の沈着冷静さが消えて年相応の少女に戻っている。
しかも天敵を通り越した絶対捕食者の阿含はまだこの場には来ていない。
これが千載一遇のチャンスなのは誰が見てもわかりやすい。
(うううううう雲水さんっ!!このままちゅーしてもいいっすか……良いっすね!!)
今生の喜びとばかりに柔らかな谷間に顔を埋める。鼻を擽る柑橘の香りに混ざる蓮の匂い。
(鬼やばい……鬼良い匂い……ッ!!雲水さん!!)
抱き起こしてまじまじと見つめれば艶やかで甘そうな唇。
(キ……キスさせていただきますっ!!)
唇が触れそうになった瞬間に後頭部を強く引っ張られる。
「なんで邪魔するんすか!!ゴクウさんっ!!」
今にも噛みつきそうな一休を押しのけてゴクウが雲水の頬をぺたぺたと打つ。
「くぉら!!雲水は今からジャッジするんだよぅ!!ほら起きろ雲水!!起きねえと阿含が
公開セックスショーするってはりきってっぞ」
「んあ……それは激しくお断りだ起きるぅ……」
目を擦りながら身体を起こす。
「んー……なんだあ?」
「へっへっへ……阿含と比べてどうかだけ言ってけ雲水ぃぃ!!」
酔った勢いとばかりにゴクウの両手が布地越しに雲水の両乳房を掴んだ。
「コラぁ!!阿含みたいなことするんじゃないっ!!」
いつもよりは随分と弱い一撃がゴクウの頭上に降った。
「痛ってぇなあ、お姉ちゃん何すんだよォ」
だから今度はわざと阿含の口調を真似てみる。
「人が嫌がることしちゃらめだっていっつもいってるだろー、もう」
「あ"――、ごめんごめんっ」
「わかったらいーけろなぁ……もう……」
ゴクウの頭を撫でる優しい指先の動き。
「あーもうあの弟がどんだけ甘やかされるか見えるってんだぜーー!!」
すでに泥酔状態の一年生連中の下着を一気に剥がしていく。
「雲水!!判定ヨロシク!!」
腕組みをしながら順に視線を向けていく。
「これから成長するんじゃないか?今はそうじゃなくたってなぁ」
遠まわしに小さいですねと丁寧に言われてしまえば、泥酔していた方が幸せである。
「ほいじゃま次ッ!!」
勢い付いた弥勒とゴクウが同時に山伏に貫手を決めた。
「わわわ……何をするっ!!」
「うおりゃあ!!」
いかにもなくたびれた星柄のトランクスを勢い良く下げて、さながら出産のように
二人が山伏の脚を広げた。
「雲水!!」
「んー……先輩、大きさよりもやさしさのほうがぁ、大事だと思いますからぁ」
時に正直者の破壊力は酷いということを見せつける。その場で涙ぐむ山伏はさっくりと無視して
三人が下着の端に手を掛けた。
「んじゃ次俺らっ!!」
眼力コンビとゴクウが「どうだ!!」仁王立ちで雲水とサンゾーの前に立った。
ついでに言えば違うところも若干勃っていたりもした。
「あー……ピンク色で可愛いな。なっ、サンゾー」
真剣な顔でシャッターを切るサンゾーはすでに携帯では無く一眼レフのデジカメを装備していた。
世の中、稀有なコレクターはいるものなのだ。
「そうね!!可愛いわよね!!」
未使用で可愛いなどと言われても嬉しいものではない。
半泣きで三人は下着だけを穿きなおして一休を押さえつけた。
「うぉら!!オメーが唯一の魔王に対する対抗馬だ!!」
「ぎゃーーー!!鬼やばいっす!!雲水さーーーん!!」
「あ゛?何しかもお前勃ってんだよ!!さては雲水の匂いで勃ったな一休!!」
そのままの勢いでなぜかハート柄のトランクスを一思いに下げた。
「……………………………」
シャワー室で何度か見たことはあった弥勒やゴクウたちでも息を飲む。
戦闘態勢の細川一休は立派を通り越して半ば凶器のようなものを持っていたのだ。
「う……雲水ッ!!ジャッジ!!」
「ぎゃーーー!!雲水さんから見られたらもっと鬼ヤバいっすーーー!!」
雲水の手が一休の膝に掛かる。
「んー…………」
むき出しの腹筋に掛かる息がますます膨張を促した。
(ヤバイヤバイヤバイ!!マジヤバイ!!鬼ヤバい!!だって雲水さんの息掛かってる!!)
至近距離でじーっと見つめてくる視線。ともすればそのまま唇が触れそうな位置。
「一休ぅ、相手が始めてだったらすっごい優しくしてやんないと、生涯恨まれるからなっ」
まるで教育番組のお姉さんのように振られる指。
全員一致で「それはあんたが弟に対しておもってることですね、わかります」の視線に
なったのは言うまでもない。
「こうなったら全員見せやがれーーー!!雲水判定だーーー!!」
「うおおおおおおおおお!!」
さてもとにもかくにも。平和という単語が一番似合わない男は相変わらずへらへらと
笑いががら幸せな空想に浸りつつ宴会場へと向かう。
(さぁって、そろそろ雲子ちゃん連れだしてぇ。しっぽりじっとりとぉ)
襖を開ければ全裸半裸の屍累々。
「な……なんだこのきったねぇカスの山は……」
その輪の中心でにこにことしている雲水とシャッターを切り続けるサンゾーの姿。
「雲子ちゃんなにやってんの?」
「あ、阿含らー」
立ちあがってよろよろと阿含の方へと向かう。足元に転がった缶はもう数えることを
止めた方が良いレベルの量だ。
「阿含ーーー」
「はぁい♪どしたのかなぁ?」
迫られればどうしてもにやけてしまう。
「えいっ!!」
その僅かな隙に雲水は勢いよく阿含のジャージのズボンを足元まで下げた。
「…………へ?」
「あ、やっぱり阿含がいちばんおおきぃなぁ、あはははははは」
ぱしゃ!シャッター音で我に返る。神速のインパルスも発動しないような速さを
時に雲水は発揮するのだ。
無言でジャージを引き上げてにこにこと笑う雲水に顔を近付けた。
「雲子ちゃん、もう寝よ?」
「やらぁ」
呂律の廻らなくなった姉は大層凶悪で可愛い。人目など気にせずにこの場で押し倒して問答無用で
挿入したい欲求を笑顔で飲み込む。
「な、お願いだかんさぁ……お姉ちゃんもう寝よ?ほら、もう一時だぜ?」
「もうそんな時間らのか?」
「うん。俺も一緒に寝っからさぁ、もう寝よ?お姉ちゃん」
「わかった。寝るぅ」
普段ならば絶対に見れない甘え方の応酬に酔いが一気に冷めていく。
雲水を膝抱きにしたまま、鬼神がゆっくりと振りかえった。
「オメーら後で全員ぶっ殺す」
そのどすの利いた声は心臓を直に握りつぶす。
「阿含?」
「なんでもねぇよ、はい、おやすみぃ。おやすみのちゅーしてやっからな、お姉ちゃん」
再度、阿含が振り向いた。
「明日から練習、俺も混ざるからな……覚悟しとけよ」
首に絡まる腕と耳元で囁く内緒の声。
「ん?どした?雲水」
僅かに見える足首の白さがゆっくりと闇に溶けていく。
板張りの床が小さく上げた悲鳴を飲み込みながら。
翌日、二日酔いも特になく目を覚ませば辺りには死体の山。
「阿含、昨日なんかあったのか?」
手早に着替えて弟の方に目をやれば肩をすくめる仕草。
「さぁね。俺が風呂からあがったら死んでた。雲子ちゃんだけは運んできたけど」
「みんな飲み過ぎか……取りあえず朝食の時間だ」
「だな。んじゃいきまっしょ」
合宿中は日課のロードワークがない。代わりにストレッチと軽い散歩程度だ。
「朝風呂行こうぜ」
「食事の後でいいか?」
「うんっ」
そしてサンゾーのフィルムは後日高値がついたらしい。
22:56 2010/09/13