◆有明の月と八重桜◆






元来に月見とは清酒に満月を落とし、それを飲みほして魔を払うことを指すという。
差し詰め自分たちならば逆さにして魔を飲み込んだというところかと彼女の唇が笑った。
花は桜というように栄華は一瞬であっても其の花弁が人を惹きつけないことは無く。
格子の外に見える古代桜は八重の花。堕ちるその姿さえはまるで人のようだと彼は笑った。






「雲子ちゃん、何やってんの?」
桐箱の中に鎮座するのは朱塗の小さな盃。金であしらわれた小さな龍が踊る。
「春先に花見をした時にお前とこれで酒を飲んだなと思いだしてた」
「あー……それ、あれだ。ジジイが俺に一年の時にくれたやつだ。春大会で逆転したから」
「監督から奪い取ったの間違いだろ?現金か金目の物を強請ったのは知ってる」
仙洞田寿人は、古物収集の趣味を持つ。目利きの人間が見ればそれ相応の価値のあるものがほとんどだ。
実年齢もさることながらその経歴も不明な点も含めて阿含にとっては格好の獲物。
実力主義を良しとする監督と天才の組み合わせ。
「ジジイのところの蔵漁って、これが目についただけなんだけど」
触るとひんやりとした感触の盃は焼き物にしては鮮やかすぎる朱色。
物の価値は分からない自分でもそれなりの金額にはなるだろうと溜息が零れた。
「一年の時か……そんなにまだ昔じゃないのにな」
馳せる思いは銘々に様々。それは光る雲の糸の如く絡みあう。
其の蜘蛛の糸を焼き払うのは狐火。
消えてしまう前に手繰り寄せなければ赤い糸は燃えてしまう。





「小学校ではタッチフットの投手を。中学ではアメフトのQBをやってました」
新入生の入部説明会で彼女はそう言い放った。
通常、女子が入学することも入部することもない神龍寺のアメフト部。
レギュラーメンバーは実力だけでのし上がるしかないという過酷な状況だ。
「タッチフットはともかく、女子でアメフトは珍しいな」
「体力作りに適してると聞きましたので。なにしろ……あの弟が相手です。それなりに鍛えなければ
 打ち負かされてしまいます」
天才を冠した金剛阿含の実姉は、小さく頭を下げた。
その隣に座りこんだ弟は金色の前髪を弄ってなにやら思案顔だ。
「まあ、いい。どれくらい実力があるかは入部テストで見させてもらう。次」
欠伸を噛み殺す阿含の腕を軽く打つ。
「あ?何?俺ぇ?」
「そうだ。お前の番だ、阿含」
山吹と芥子を絡ませた道着よりも鮮やかな金髪。
立ちあがって彼はいやらしく唇の左端を上げた笑った。
「金剛阿含。アメフトはやったことねぇけどできる。ルールは完璧。能力値は俺のおねーちゃん見てから
 判断してぇ。ヤリてぇポジションはねぇけども、おねーちゃんの練習相手は俺ぇ。そういうこっと」
ぺたん、と座り込んで今度はにこにこと相反する笑みを隣の姉に向ける。
「ちゃんとデキたっしょ?」
「どうだかな」
金剛阿含の正式なデータは手元には存在しない。非公式として姉の雲水と同じように投手としての動きが何例か入っているだけ。
それだけでも驚異的な数値と反射速度は天才に相応しいものだった。
他の部の入部テストよりもはるかに厳しい神龍寺ナーガのそれは、志望者の心を簡単に折ってしまう。
基礎能力と基本体力の結果は二人とも上級生たちの予想を越えていた。
一人は人間の限界値に存在する天賦の才。
もう一人はその天才を羽ばたかせるためにあらゆる能力を引き上げてきた別の形の天才。
「これは、どうしたらいいもんですか?監督……」
「阿含は特待生、入部を断る理由はない」
「しかし、雲水のほうは……」
「腕が確かならば女子(おなご)でも何の問題もなかろう。雲水にはわしが話を付ける」
いわくつきの金剛姉弟の入部はナーガをゆっくりと変えていくこととなる。
「あとは……もう一人、特待生の細川一休。バック走でこの速さはまずないですね」
「今年の一年は他の面子も入れて良いのが揃っておる。おぬしらもその席を奪われぬようにすることじゃな」





入部してからと言っても阿含が練習に出ることは無く、必要な連絡事項は全て雲水に押しつけられていた。
「阿含はまったく練習に来ないな」
鉄球を掌で転がしながら雲水が小さく頭を下げる。
「すいません、山伏先輩……家では言ってるんですけども……」
まったく正反対のような双子の姿。練習には参加せずとも阿含は気が向けば練習は覗くのだ。
見るだけでもその動きを全て自分の物に取り込める事の出来る能力。
その記憶と筋肉への伝令は彼を暴君へと仕立ててしまったものでもあった。
「そういえば監督が呼んでいたな」
「俺をですか?」
「ん、雲水を呼んで来いとわしも言われてな。しかし……女子が俺というのもな……うーむ……」
「神龍寺(ここ)への入学条件です。男子同様の動作と特別扱いは無いというのが。では、行ってきますね」
緑の中を抜けていけば座禅をするための礼堂が仙洞田が通常居る空間になる。
「監督、雲水です」
深々と一礼して板張りの床に足を付けて。夏場でも少しひんやりとしたその空間。
一番奥に座禅を組みながら仙洞田は静かに目を閉じていた。
「おぬし、ここでも投手をやらぬか?」
「……投手、ですか?」
「うむ」
「先輩たちを差し置いて、入ったばかりの自分がですか?」
金剛雲水の数値は女子という枠を取り払って見た方がよりその特異さを知ることができた。
並みの男子以上の筋力と判断力。ミスの少ない投球と制球は投手としてはもっとも必要とされるものだ。
「阿含ではなく、ですか?」
「阿含は投手だけをさせようとは思わん。あれは両面で使うのが良かろう。おぬしら二人の動きは見させてもらった」
最高値まで能力を引き上げた雲水の隣に並ぶのはセーブした状態の阿含。
完全なる動きの同調は同じ遺伝子を持つものが成すことのできる技。
「練習など、阿含には不要じゃろ」
この矍鑠たる老人は的確に相手の能力を見抜いていた。
「おぬしの覚悟を聞こうと思うてな」
空気が張り詰める。
「弟の不始末は全て引き受けるつもりです。自分が神龍寺に入学したのもそれが目的ですので。
 監督や先輩たちが危惧なさってるであろう不手際も起こらない身体です」
「…………辛い道になるぞ、おぬし……女を捨てるのか?」
「神龍寺は男子校です。本来は入れるものはありません。本よりもこの身は人の道に外れております」
あからさまな禁忌に触れないのは恐らく最後の優しさ。
「おぬしの考えは間違いではない……だがのう……」
「あれと二人産まれ落ちてしまったことがきっと……過ちの始まりでしょう……」
上級生ですら阿含の暴力的なカウンターを止めることは出来ない。
存在するものを全て自分に吸収できるその才能は絶対に欲しい力の一つだ。
「御心配をおかけしてしまって……」
良い終わる前に開く扉。
「あ"ーーー、やっと見っけた。雲子ちゃーん、探したんだぜぇ?ってジジイも居んのかよ」
金髪にサングラス学年きっての問題児は頭脳も語るに及ばない。
授業など出なくとも知識などは文字を眺めるだけで吸収できるのだ。
「腹減ったぁ……今日の晩御飯なぁに?」
「…………お前、監督にジジイって……」
「んじゃ妖怪ジジイ?」
「阿含!!」
どっかりと雲水の隣に座りこむ。
「おい、ジジイ。俺の雲水になんか余計なこと言ってんのか?」
外されたサングラス。
「こいつに命令できんのは俺だけなんだよ」
言葉は刀になりその身体を静かに裂く。張り詰めた神経も絡まり合った情念も。
「…………だ…………誰が誰に命令する権利があるって言うんだこの馬鹿!!」
力いっぱい殴りつける拳。
「だーーーー!!痛ってぇな!!」
恐らくは一つの器に入ってしまえば、この自我は崩壊していただろう。
横顔に落ちる夕暮れと影は二人の表情を同じように溶かしていく。
「うぬらは……二つに別れたからこそ」
仙洞田の声を阿含が遮った。
「ちげーよ、ジジイ。俺と雲水は最初っから二人なんだよ。腹ん中からずっと一緒の運命の恋人ってやつだ」
左手と右手。男と女。動と静。天才と凡人。全てを別つ二つの身体。
「だから監督をジジイ呼ばわりするな、馬鹿!!」
鬼神の力を持つ弟と鬼神の心を飲み込んだ姉。
葉桜の下に掛かる思いは恐らく二人とも同じ。
「監督、すいません……ほら、阿含!!お前も謝らないか!!」
「へいへい。悪かったなジジイ。試合はちゃーんとしてやかっらゴミみてぇな上の連中躾とけよ」





公式試合に出たことの無い阿含のデータは他のチームには伝わってはいない。
仙洞田は徹底して金剛姉弟の存在を隠し、一年生部員という位置づけを守り通す。
「阿含」
飛んでくるボールを左が受け止めた。二人の投手、そしてこの二人にしか出来ない陣形。
一ミリも狂わない双子ゆえの同調に見えるのは彼の心の奥を知らない幸福な者。
僅かなずれさえも二人を違えると嫉妬に狂う彼と、彼の動きを阻害する者はそれが自分であっても許せない彼女。
呼吸も視線も鼓動もすべて重ね合わせて。
「俺と雲水。あと一休……あ"ーー……あとはそこの西遊記、カマ、眼力二匹」
紅白戦の組み合わせを作るのは暴力的な天才。一年生はまだ入って一カ月にも満たないメンバーばかりだ。
「相手はテメーら全員で良いぜ」
くしゃ、金髪を掻き上げていつものようにへらへらと笑う唇。
「おい、カスども……テメーらも俺の邪魔しやがったら殺すぞ」
びりびりと空気が震えて全員が口籠る。静寂を破ったのは同じ遺伝子を持つ彼の姉の声。
「お前もさっさとヘルメットを付けろ。先輩たちを待たせるわけにはいかない」
「…………なんか用事あったっけ?雲子ちゃん」
「お前が勝手に紅白戦なんか組まなかったら病院に行く予定だったんだ」
ばちん。金具を留める指先。
「んじゃ、ちゃっちゃと片づけましょ。俺と雲子ちゃんのドラゴンフライで」
二人で観戦した試合で見たその不思議な陣形は、名前も相まって彼のお気に入りの一つになった。
投手が二人敵の全てを攪乱して縦横無尽に走るボールの美しさ。
伝達の難しい他人同士よりも自分たちならばもっと上手に走り、操ることができる。
それはなぜか二人同時に思いついたことだった。
「一休。テメーはインターセプト決めろ。サル、カマ、雲水のサポート回れ。あと……」
スパイクがグラウンドを踏む音。僅かに飛ぶ砂。
「指揮は俺が執る」
「雲水……クン……」
「阿含が動きやすいようにすれば勝てない試合なんてない。誰が相手でもだ」
誰よりも近い距離で天才を見てきた人間のみが取れる冷酷までに正確な指令。
「相手は先輩たちだが……」
「誰だろーと邪魔だったらぶっ潰して行くのがアメフトってんだろ?カスども」
まぎれもない同じ個所から同じく生まれた双子。
「その通りだ。阿含が正しい」
その隣に立つ彼女もまた心に鬼を住まわせる。時折覗かせる影が幽鬼めいて。
左右に並び絡み合う指先。
「行くぞ」
「ああ」
砂が静かに風に舞った。





満身創痍の中一人だけ息も乱れない姿。
「雲子ちゃん、ダイジョーブ?」
差し出された左手を取って立ち上がる。喧嘩慣れしている阿含にとってアメフトは感覚が掴みやすいらしい。
無尽蔵の体力と反射神経、そして完全なる殺意。
対峙して初めて味わう絶対なる恐怖。
「ああ」
ヘルメットを外して息を吸い込む。
「阿含?」
不満げに眉を寄せて、彼の指先が唇に触れた。
「切れてる。誰だ……あ゛?」
ばきん。左手が音を上げる。その視線の先にはおびえた上級生たちの姿。
「誰でもない。私の不注意だ」
「…………………………」
「こんなの怪我に入らない。お前に殴られた方が余程痛い」
右手の親指が血を拭う。
「テメーか?仏野。それとも……それとも……」
それは度を越した執着ではなく嫉妬だった。彼女のすべてを支配できるのは自分だけだという証明。
「だから誰でもないって言ってるだろう、馬鹿。して言うならお前だ、阿含」
左肩をぐっと掴んで自分の方を振り向かせる。
「お前と接触しただろ。あの時にちょっと掠った程度だ。これでもお前よりも肌が柔らかいもんでな。ちょっとのことで傷がつく」
「……………………」
つい、と伸びた左手が頬に触れた。
ちゅ、と傷に唇が触れて舌が滲んだ血液を舐め取っていく。
「鬱陶しい」
「あ゛?せっかく愛情たーっぷりにしてンのに。それとも違うとこにたーっぷり注がれてぇ感じィ?」
ねっとりと絡まる視線と唇をなぞる舌先。
「何そんなに怒ってンの?可愛い顔してんだからさぁ」
ヘルメットを掴んだままの右手がそのまま弟の後頭部を直撃する。
「痛っで!!頭割れんじゃんか!!」
「割れたら少しはまともになるかもしれないな」
金剛阿含を制御することはたった一人を除いて不可能だという事実。その一人ですらその事を自覚はしていない。
神龍寺ナーガの一年軍勢は見事に上級生を散らした。
渦巻く焔を持つ少年を中心として。
それから間もない春季関東大会で二人はその名を知らしめることとなる。
双子の脅威なるプレイヤーとして。





この部屋を選らんだのは窓が面白かったから、と彼が笑う。
格子に捕らわれる月の美しさは式を問わずに愛でられるもの。
「なあ、ちょっと見してみろって。俺がぶつかって切れたってんだったら……」
フローリングの床に座りこんで、鬱血した口端を指でなぞる。
「ったくよぉ……あんなカス庇う必要……」
言いかけて閉じる唇。これ以上言ったならば彼女は恐らくしばらく自分と言葉を交わすことは無いだろう。
これが雲水の最大の譲歩なのだ。自分の身体を守り切れなかったことへの叱責代わりの。
「なあ」
左手が頬に触れた。
「俺ってどこに配置されんだろうな」
「……確実性を取るならレシーバーだろうな。どこに投げてもお前なら全部見えるし。でも、守備にもいたらパワープレイも
 できるし……意外性ならQBだな」
少しでも自分の存在が彼女の中で比重を占めるように。それが縛りつけるだけの愛情でも。
手を離してしまえば運命の糸なんて簡単に切れてしまうほどの脆さだから。
「ヤダ。雲子ちゃんが投げるのは取るけど他のやつの何かイラネ」
「じゃあ、WR。阿含なら全方位いける」
「んじゃそれ」
誰よりも傍に居たいから強くなろうと思った。そうすればもう悲しい顔をさせることもないだろうと。
大事なものを手に入れた瞬間に、今度は失う恐怖を知ってしまった。
読めてしまうからこそ感じてしまうその未確定の恐怖を振り払うための力。
この小指に結ばれているという運命の糸がどうか隣の彼女でありますようにと願う。
「綺麗な月だな。この窓に映ると不思議な感じだ」
赤い赤い月は人を狂わせる。彼女に初めて触れた日もこんな月の夜だった。
柔らかな肉と肌は飽きることなど無く、そのまま噛みちぎって飲み込んでしまいたいと思ったほどで。
人を喰うという行為が禁じられるのはなぜだろう?と思う。
取り込んで一つになれるその悦楽は何もにも代えられないだろうと容易に想像できるのに。
ましてやそれが最愛の相手ならば殊更だ。
「ああ、何か苺みてーのな」
「……意外な事を言うな……どの女から聞いたが分からないが……」
「俺も忘れた。一々ナンパした女全部覚えてたら脳細胞腐る」
隣に居る君が笑う。
あの頃の笑顔とはと違うけれども自分の方をちゃんと向いて。
月を待ちながら古の人は恋人を思った。寝ずの夜、御簾を開けてくれる人を。
『あの月を待っていたらこんな時間になってしまいました』
同じように彼女がこっちを向いてくれるように。どうかどうか、自分を選んでくれますように。
「そういえば……一度、本家のほうに行って来いって母さんから連絡があった」
「あ"?お袋から?」
「うん。京都の方のあれだろうから……どこかで部活の休みをもらうか夏休みになるだろうけども。
 最後に行ったのは小学校だったかな……」
「幼稚園の終わりだろ。あれか?ババアが死にそうなのか?」
「ババアって……まあ、そうだけども……久々に帰ってもいいかなあって」
思い起こすのは幼いころの彼女の姿。手を引かれた着物姿。
柔らかな藤色の着物は幼心にも残っていて淡い恋の思い出に変わる。
「そーいや、あっちの風習こっちでもやってたもんなあ……なんだっけ、十三参り?」
振り袖姿の彼女と並んで着馴れない羽織袴。
『まるで結婚式だ』と呟けば『そうだね』と肯定してくれた。
虚空地蔵菩薩に備えるのは半紙に認めた己の由とする一文字。
迷うことなく彼は『雲』と書き彼女は『含』と認めた。
行きは良い酔い帰りは怖い。狭い狭い石段を振り返らないで鳥居を目指して。
手を繋いで半歩分だけ、慣れない草履と戦う彼女を引き連れて進んだ。
そんな通過儀礼の行為も、自分には叶う事の無い未来を少しだけ見れたような感覚。
たったひとりがほしいのに、たったひとりがてにはいらない。
「そう、それ。金髪で袴だったから宮司様が驚いてて」
「あのハゲ俺の顔ガン見してたもんな。おっさんに見つめられても嬉しくもなんともねぇっつの」
「似合ってたけどな。袴。次に見れるのは成人式か」
四年後の未来はどうなっているのだろう?
願わくば同じように隣に居てほしい。
月に掛かる雲に手を伸ばすような恋は、焦がれるような殺戮にも似ていて衝動が止まらない。
止まらないのならば止められないならば止めなければいいと答えを導いた。





眠る彼女の頬に落ちるのは明け方近くの有明の月明かり。
(二十三夜講とかめんどくせぇの覚えたっけな……)
有明月は明け方のそれで、寝ずの夜を過ごして見上げた時に美しいとされた。
肩に散った赤い痣。昔よりも伸びた手脚。
「……どうした……?」
視線で目が覚めたとゆっくりと身体を起こす。
「月見してた」
「……ん……見るほどの月……」
「寝てろ。明日ばてっぞ」
抱き寄せてそのまま仰向けに倒れ込む。聞こえてくる寝息と有明の月。
「俺ねぇ……結構一途よ?いくらでも待っちゃうよ?おねーちゃん」
形の良い頭を抱いて。
「坊主だって別にいいのよ?雲水には変わんねぇんだから」
あなたがこの場所に来てくれるまで、あの月を見つめて。
「こっち見てくれて、俺の事選ぶようにいくらでもしかけるし、絶対ぇに諦めねぇ」
心音の優しさも肌の軟かさも其の暖かさも、ほかのだれにも渡すことなどできない。
「なあ……雲水。覚悟しとけよ?俺、生涯の伴侶決めちゃってんだから」
月が沈む前に。
あの月が有明月の名のうちに。





「器ってのは使ってこそ価値がでるんじゃねぇの?」
時計の針は止められない。秒針を折っても月が欠けるように進んでしまう。
「まあ、正しい考えだ。飾っておくだけでは寂しい」
「んじゃ呑もうぜ。ジジイん蔵から抜いてきたのあっしよ」
「な……ッ!?監督が秘蔵の一本が消えたって言ってたけどあれお前か!?」
悪びれることなど無い。この世界は自分の為に存在している。
だから彼女もその一つになってしまえば、そうなってしまえば。
きっと、自分も彼女も苦しくはなくなるのだ。
「いいじゃん、寝待ち月でも有明月でもいいから、映して呑もうぜ」
肩に手を置いてちゅ、と唇を重ねる。
「酒だって腐らせるよりか呑んだほうがいいんだよ。呑んで酔うためのもんだろ?」
舌先が唇をなぞった。
「……そうだけども……」
「あの妖怪ジジイの秘蔵ってんだ、相当美味ぇんだろうし。だったらやっぱ雲子ちゃんと呑みてぇわけよ」
「……バレたら大目玉だな」
しまいかけていた器を取り出す。
「じゃあ、なにか酒の肴でも作るか」
「おー、品行方正なお姉ちゃんが盗んだ酒呑むっていってやがるぜ」
「主犯はお前だ」
「たった今から共犯だぜ?」
振り返った視線が笑った。
「そうだな」




あの月を待つように、あの月に名前があるうちに。
沈む前にこの場所で君と逢いたい。




13:15 2010/08/19

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