◆妖々跋扈−SPEED FOX−◆






「なななななんで急に私を拉致するんですかぁぁあああっっ!!」
目の前に仁王立ちする陰に、少女はそう泣き叫ぶしかなかった。
無事に入試にも合格しオリエンテーションを兼ねての制服採寸。
泥門高校一年に入学するにはもう少しだけ日にちが残ってはいる。
「足、速いよな?」
低めのハスキーボイス。揺れる金髪。両耳のピアスは二つずつ。
「アメフト部の勧誘」
薄い唇が歪んで笑って、それでいてこの上ないほど優美な笑顔に加わった。
「その足、いかさねぇ手はねぇだろ」
「アメ……フト……?」
「アメリカンフットボールだ。糞チビ」
細い指がくい、と少女の顎先を持ち上げる。
緑色のつり眼はまるで狐のよう。
「名前はなんだ」
「こ……小早川瀬那です……ッ!!うわあああああんっ!!」
小柄な身体に似合わない俊足を持つ少女。
幼さが残る顔つきは少年といっても通じるだろう。
「うし。お前、男子生徒で入学だ」
「ええええええええっっ!!だだだだだって、制服だって!!」
「この俺を誰だと思ってんだ?校長に言うこときかせるくれえ軽いんだよ」
ぱちん!弾けたフーセンガム。
少し苦しいとネクタイを緩める姿でさえも畏怖の対象でしかない。
「俺は蛭魔妖一ってんだ。まあ、偽名だけどな」
「いきなり偽名!?」
へなへなと座り込む。同じように彼も腰を下ろした。
「ん〜?何か不満かぁ?」
「こんなの無茶苦茶です……ッ!!私、女子高生ライフ楽しむ予定だったのに……」
ぽたぽたこぼれる涙が板張りの床に吸い込まれる。
「んなド貧乳でなーにが女子高生ライフだってんだよ」
「一番気にしてるのに!!」
「せめて、最低ライン俺くらいなきゃ……楽しめねぇな……」
「へ……?」
セナの手を取ってヒルマは自分のシャツの上を掴ませた。
掌に感じる弾力と柔らかさ。
「安心しやがれ。俺様も同じことやってんだ。オメーもできる。安心してその足をよこせ」
「ええええええええええっ!!」




入学式の手前、ヒルマは小早川家のリビングに居た。
スーツ姿の彼女はずっと大人びていて、口調もしっかりとしている。
両親もその説得に納得せざるを得なかった。
「制服はこちらのほうで負担させていただきます。進路の際も最大限に希望を考慮いたしますので」
営業用スマイルとは良く言ったものだ。
最終的にはその話術と将来性が物を言った。
ヒルマの戦術に隙など存在しない。
二つ名は悪魔の司令塔なのだから。
「ヒルマさん……私……やっぱり……」
「おっと今度私って言ったらハチの巣にしてやるからな。てめぇは今日から僕って言ってろ!!」
「う……うわぁぁあああんっっ!!」
泣きだすセナをどうするでもなく、冷たい視線が見下ろす。
「オメー、いじめられっこだったろ」
セナの幼馴染でもある姉崎まもりは、ヒルマのクラスメイトでもある。
妹みたいな子が入学してくると耳にはしていたのだ。
「その足で駆けあがって、そいつら見返したくねぇのかよ」
それは何度も見た夢。けれども叶わないと思っていた夢。
「オメーの足ならいけんだよ。俺のライフプランが狂ったことなんざねぇンだ」
闇の中金色の光は何を示すのか。
差し出される手。
この手を取ってしまえば予想してた生活など吹き飛んでしまう。
「強くなりたくねぇか?」
躊躇う小さな手が震えた。
「オメーの未来……俺が変えてやる」
たった一度しかない人生ならば。
重なる二つの手。
「……僕……」
「ああ、いいツラ構えだぜ」
運命の歯車を無理やり組みなおして並ぶ二人の少女。
悪魔の名を背負った戦士の誕生だった。




(はぁ……走るのは楽しいけれども……さらしはくるしいなあ……)
メットを外して首を振れば飛び散る汗。
ほどなくして湯気と殺気を纏ったヒルマも部室へと戻ってきた。
「おつかれさまです」
「おー」
手にしたマシンガンと膨らんだフーセンガム。
「少し慣れたか?」
「……さらしが苦しいのはまだ……」
「苦しむほどねぇだろ、ド貧乳の糞チビが」
にやりと笑ってユニフォームを脱ぎ捨てる。
細身の体についた筋肉は相当トレーニングを積んだのだろう。
十七歳の女子にあるはずの脂肪も柔らかさもそぎ落とした機械的な美しささえあった。
(……なんで私、こんなに胸無いんだろう……)
げんなりとうなだれる。
「ケケケ……トレーニング次第じゃテメーもこうなるぜ?」
スポーツドリンクを浴びるように飲み干す姿。
「お?ヒルマのストリップだぜ」
「うわ、めんどくせーもん見ちまった」
「三兄弟、金出しやがれ」
女子として入学をしたものの、男子制服を着ることが許可されたのはヒルマお得意の
脅迫手帳のなせる技。
だからこそ、チームに女を二人存在させるわけにはいかなかった。
自分のように男をあしらうことなど不可能だろうセナは、男子として入部させる必要があったのだ。
「んじゃ、おさっきに〜」
「とっとと帰りやがれ」
くびれた腰も長い手足も、美しいと思われても性欲の対象にはさせない強さ。
(……三年間、彼氏いない生活なのかな……うう……)
視線の先にはまだヒルマが居る。
何気なく聞いてみたいと思った言葉が口を吐いた。
「ヒルマさんは、彼氏……いますか……?」
「いるぜ」
「やっぱりーーーーーっっ!!うわああああああんっっ!!」
その間に秒もないだろう即答に己との差を感じずにはいられない。
「……………………」
ぽふ、と乗せられる手。
「着替えて帰るぞ。オメーは当分俺と同時行動だ」
「……はぃ……」
夢見ていたのは楽しい日常。
放課後の寄り道、いつかできたらと願った恋人。
現実の自分に広がるのは男子生徒としての生活だった。
並んで歩いてもうつむいてしまう。彼女は彼としては生きず彼女のままで。
ちらり、と視線を向ければまるで見ていたかのように重なった。
「言っとくが、学校でもアメフト部でも、俺を女だと思ってる連中なんかいねぇぞ」
じんわりとにじんだ涙。
「!!」
ぺち。と唇に押しつけられるフーセンガム。
「食え」
言われるままに包装紙から取り出して口の中に。
「……これ、甘くないです……」
「いーんだよ。こいつが甘ぇって思うくらいの女になりやがれ」
「?」
「抱かれるだけのガキじゃなくて、こっちから狩りだせってこったよ。そうすりゃ、半端な
 男なんか掴まなくて済むって言ってんだ」
甘味の一切ないガムはきっとヒルマと同じようなものなのだろう。
放課後も一人でトレーニングを積んでいる姿は何度も見てきた。
「お、電話。誰か貢ぎたいってかぁ?」
鳴りだしたメロディーに歪む唇。
「ん?ああ……んだよ……」
少しだけ嬉しそうな横顔。
短い会話で終わらせて畳まれた真っ赤な携帯電話。
「もしかして、彼氏ですか?」
意地悪でもなんでもなく口を吐いて出た言葉。
その一言に一瞬だけヒルマは耳の先まで赤くした。
「……だったらどうしたってんだよ糞チビ」
でもそれはほんの一瞬でいつもの狐のような猫のような笑みに戻るのだ。
「なんか、ヒルマさんが一番うれしそうな顔したんで……えへへ……」
「俺を笑わせたかったらクリスマスボールだな。そんときゃ笑ってやるよ」
それでも気になってしまうのはまだ恋を知らないから。
彼女は一体どんな顔で携帯の向こう側の相手と過ごしてるのだろう。
「ヒルマさん、聞いても良いですか?」
「ア?」
「彼氏、どんな人なんですか?」
策士の悪魔と飛ばれる女にそんな問いをするのもきっとこのセナという少女だけだろう。
「……糞ジジイ。そんだけ」
「え……?」
「超オッサン」
「……あはは……渋好み……なんですね……」
「テメーはどんなんが良いんだよ?」
立ち止まって同じ高さに視線を移す。
こうして至近距離で見れば同性でも整った顔立ちだと改めて感じさせられた。
「……その、わた……僕よりも背が高くて、頼れて……ちょっとカッコいいかんじで……!?」
ぐしゃぐしゃと乱暴に、それでいて優しく撫でられる髪。
「んじゃ決まりだ。勝ち進めばいくらでもそんな男はいる。まして同性愛乗り越えてやってくるんだ、
 本気でテメーに惚れてる奴だけがテメーの男になる」
アイシールドで素顔を隠してその足でフィールドを疾走していく。
そこに少女の欠片を持ち込む必要はないのだ。
「半端な男は俺が認めねぇ」
「ヒルマさん……」
「帰るぞ。糞チビ」
生活感のまるで無い彼女のそんな言葉は不思議な色合い。
策士の九尾は跋扈してその速度をどこまでも求める。
襲い来るものすべてを跳ねのけあらゆる策を講じるその姿。
「ま、そのド貧乳でもいいってやつなら、最悪ホモでもいーんじゃねぇか?」
「これから成長するんですっ!!うわああああああんっっ!!」
「へいへい。マイナスAカップ真っ平らでゴクローなこった」
「ううう……これから大きくなるんです……」
手にした駒をどこまで鍛え上げるか。
その指先が刻む軌跡は奇跡を絡ませて螺旋を描く。
悪魔は神など信じないとその智謀を光らせて。
(そのうち……彼氏作るもん……)
「殺すぞ」
「はいっ!?」
「テメーの男はその辺に転がってるような糞ゴミじゃ駄目だっつってんだよ」
叶わなくとも夢であっても、いつかはいつかはと願って走って。
「気合入れやがれ、ド貧乳」
目の前の彼女が指し示す道を全力で走りぬけて。
その先にある答えがきっと自分の求めるものだとわかるから。
あの日、この手を取った。
人ごみの中で走り去る影だけで自分を見つけて一人の存在として認めてくれた。
だからこの足を、今はこの人の為に使おう。




「あー……喧嘩はやめましょ……ねー……」
男の襟首を掴んで華麗に決まるヘッドバッド。
「糞ジジイ!!テメーがもっと早く来てりゃこんな大博打張らずに済んだんだ!!」
口元を押さえこんで男は空いた手で猫でも持つようにヒルマを持ち上げた。
巻き込まれるのは嫌だと早々に退出したメンバーも多く、残ったのは栗田とセナ、そしてこの二人。
「勝てたんだから良いだろうが」
「ふざけんな!!糞ジジイ!!」
その言葉に不意に思いだす昔の景色。
確かに武蔵厳と並ぶ時のヒルマはいつもよりも空気が穏やかだった。
「あの……ヒ、ヒルマさん……もしかしてムサシさんって……」
「アァ?そうだぜ!!コイツが俺のオトコだ!!」
「やっぱりぃぃぃいいいいいい!!糞ジジイとか言ってるしいいいいい!!」
武蔵厳、通称ムサシのもう一つのあだ名は猛獣使い。
対等に並べる数少ない存在だった。
「まあ、俺はどう言われても良いんだがな」
「とっとと下ろしやがれ!!糞ジジイ!!」
いつもよりもきつさのそがれた視線。にぃと横に笑う唇。
「あ……喧嘩の邪魔になると悪いんで帰りますね……」
王子様には程遠い男は悪魔の隣に並ぶには相応しいだろう。
その一撃は制球できるような生半可な強さではないのだ。
「ケケケ……もっと早くテメーが帰ってくりゃ良かったんだ……」
始まりの三人がようやく揃って。
これが最強の布陣だと策士は札を切る。
「僕、セナさん送ってくるl
四人は三人に、三人は二人に。
「実際問題どうだ?俺が戻って何か変わるか?」
今度は少しだけ優しく男の胸を掴む。
「変わるんじゃない。変えるんだよ」
暗がりに浮かぶは人と悪魔の境目に立つ女。
気を抜けば幽冥へと導いてしまいそうなその蠱惑。
「分かったらとっとと着替えやがれ糞ジジイ!!汗くせーんだよ!!」
もう一度決まる華麗なヘッドバッド。
「よし、続きはお前の部屋でだ」
「耳掴むな!!糞ジジイ!!」
夕暮れ夕暮れ雉の声。
意地も解ければ柔らかき声。
耳に残るは君の声。
闇に降り立つ黄金の光。
「……あれも女か……」
「ああ。知ってんのは俺とオメーと糞デブだけだけどな」
耳を摘まむ手をそっと離す。
「トップスピードの脚だ。シゴキにも耐えてきた。クリスマスボウル終わらせてからの
 壮大なネタばらしすっけどな。ま、他校にゃ若干ばれてっけども……女に負けたなんて
 言えるような連中じゃねぇし、こっちには脅迫手帳もあるからな…ケケケ……」
「悲惨だな、お前に愛されたり見込まれたりするのは」
「見込みのねぇやつは口説かねぇって知ってんだろ」
彼の掌に飲みこまれる拳。
「だからオメーが欲しかった。オメーのキックに勝てるもんなんてねぇ」
「……そうか。俺もそんなに捨てたもんじゃないんだな。お前にそう言わせるだけ」
重なった視線に耐えきれなくて彼女が目を逸らす。
「ヒルマ」
「……耳掴むって言ってんだろ!!糞ジジイ!!」
雉は追われて鵺が降り。
妖々跋扈として闇に倣わん。







13:20 2010/06/13

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