◆黄金の月◆




「はい、口開けて」
少女の口を開いて、そこから細い管を引き出す。
臓器の半分以上をごっそりと交換されても、彼女はその目を開いた。
平頂山の金桂童子といえば、天界でも知らないものは無い。
それが少女だったと伝わってからは、暇をもてあました神将達がうろつき始めた。
同じように暇をもてあました独角児という男がそれを蹴散らす日々。
「熱は下がったね。ああ、でも……その瞳、もったいないね」
猫のような色合いの眼球は、彼女が人外の者であることを雄弁に語る。
それでも、少女は小さく笑うのだ。
「命があっただけでも、よいとしなければ」
「悟ってるねぇ。若いかと思えば。独ちゃんには丁度いいかもね。あの男も結構な
 若年寄だから」
薬師の一人は如意真仙と名乗った。
彼女が此処に来て数ヶ月。彼女の腹を開いたのもこの男だ。
「なんちゅーか、君たちは年寄りカップルだ」
「あはは。兄様が聞いたらこんな顔して怒りそう」
人差し指で目尻を吊り上げる仕草。
「うわはははっ!!そうそう、あいつそんな顔して怒んだよー。金華ちゃん結構
 見てるねー!!笑いすぎて腹筋やられそ」
『俺が見てないと思って勝手なこというな。目ん玉掘るぞ、てめぇ』
男の声音を真似すれば、如意真仙の笑いは止まらない。
「やだ、笑い上戸」
「いやいや。金華ちゃんが俺を笑かすからよー。まったく」
「真仙さま、ところで兄様は?」
「独ちゃん、朝からどっか行ったねぇ。まぁ、昔みたく派手に女遊びしなくなった
 だけでも全然いいのかもしれないけど」
言ってから男は口を押さえる。
物腰は柔らかだか、腐っても平頂山の主、金角その少女。
悪童の呼び名を持つものなのだ。
「派手、に?」
「いえ、その、ねー。ほら、独ちゃん結構もてるから」
「結構?」
庇えば庇うほどに泥沼に嵌ってしまうのは、この男の性分。
そして、過去は変えようの無い事実。
「て、点滴新しいのもってくるからねっ。金華ちゃん」
そそくさと部屋を出て、廊下で息をつく。
「なにやってんだ?真仙」
篠籠を抱えて、都合よく戻ってきたのは件の男。
右目の眼帯はトレードマーク。
「そのだな、独角児。俺らマブだよね?」
「一応な」
「俺はお前のその言葉を信じるぞ。じゃあな!!」
手を振りながら、濃紺の髪を揺らして立ち去る姿。
首をこきり、と回して男は訝しがる。
(なんなんだ?頭に雑菌でも回ったか?)
扉に手を掛けて、そっと押し開く。
「金華、具合はど……!?」
ひゅん、と頬を掠めて壁に突き刺さ小刀。
銀色に輝くそれは、手入れが行き届いていることを証明する。
「ごめんなさい、兄様。手が滑りました」
「そ、そっか。ならいいんだ」
籠を寝台に乗せて、男は開くように少女に促がす。
「まあ、杏……おいしそう」
「あとちょっとすれば、この窮屈な部屋から出れるからな。金華」
頬に触れる大きな手。
手首に掛かる細い指先。
「兄様」
「ん?」
「昔は随分と派手に遊ばれていたと御伺いしました。それは、私が平頂山を
 継承したころでしょうか?」
その言葉に、血の気が引いていくのがはっきりと分かる。
「兄様の言葉は、一体何人の仙女に仰ったものですか?」
いつもと変わらぬ声音が、逆に怖い。
「そのな、金華……」





それはどれくらい前のことだっただろうか。
妖術で男体変化を解いたその姿を偶然に見てしまった。
腰骨に踊る小さな龍の刺青。
陽を浴びて、鮮やかに靡く金の髪。
水浴びの雫がその身体を飾るように、きらきらと輝く。
(おい待て!!さっきまで男だったろっ!?)
いくらか膨らみには欠けるが、柔らか乳房が二つ。
痩せてはいるが貧相ではないしなやかな身体。
短く切られた金髪が、うなじの線を美しく見せる。
(痩せてっけど……悪ぃ身体じゃねぇな……)
「誰だ!?人の水浴びを覗く大馬鹿は!!」
人差し指がくるり、と円を描く。
(いっ!?)
ざわざわと水が集まり、それはやがて形を成す。
「出てこなければ、撃つ」
水龍は、牙を剥いて彼女を守るようにそこに居る。
「すまねぇ。覗くつもりは無かった」
頭を掻きながら男は少女の前に歩み出た。
「確か……独角児?」
「あたり。んでな……乳くらいしまってくれや」
その言葉に少女は首を傾げた。
「一応、女なんだからよ」
「そう思うなら……向こうに行け!!」
清涼金角の名を持つ少女は、男の心に刻み込まれる。
すれ違う姿が、少年のそれでも。




双子の女は忌み嫌われる。
そのため、金角は男として生きてきたのだ。
妹の銀角よりも数段上の妖力で、身体を男に変化させる。
そのために前線に出ることは滅多なことではない。
暴れまわるのは桜花銀角と決まっている。
金角はその後ろ。
確実の相手の致命傷をつくために静かに待っているのだ。
「なぁ、金華」
少年の後ろを歩きながら、男はその肩に手を伸ばす。
「何か、御用ですか?独師兄」
鉄扇公主の亭主の義兄弟ならば、公主に恩義ある金角にとっては兄弟子にあたる。
「面白い噂が流れてますよ。独角児は男色を好む。清涼金角を狙って、歩き回る……と」
くすくすと笑って、少年は振り返った。
首から下げた水晶の笛。
煌びやかな刺繍の施された前垂れ付きの道服。
かららと笑う小さな靴。
「まぁ半分は当たりだな。俺がお前を狙ってるってのは。まぁケツよりも前のほうが……」
「脳味噌に蛆でも湧きましたか?兄上様」
詰襟と小さな顎。
細い肩を抱いて、その頬に触れたいと思うこの気持ち。
「勿体無ぇだろ。べっぴんさんを逃すなんざ」
「腕の一本でもへし折れば退いてくださいますか?」
「あん?折るんなら、コッチ」
小さな手を取って、己の股間に当てる。
「なっ!?」
「折るんなら、床の中で折ってくれや。金華」
ぱしん。手を払いのけて金角は男を睨む。
「斯様な侮辱を受けるとは思いませんでした」
「侮辱?」
「さようなら。今後は声などかけないで下さいね」
薄い背中は、例え本物の少年であっても手を伸ばしたくなってしまう。
(俺が折りてぇのよ。金色の花をさ……)
見える片目で背中を見送って。
見えないもう一つの目で、その心を覗きたいと願った。





少年の後ろを歩く男の影。
重なる足音に苛立ちが生まれる。
「いいかげんにしてくれませんか!!僕はこれから風呂に入るんです!!」
「いいじゃねぇの。男同士だろ?金角」
その言葉に、金角はぎりりと歯軋りをした。
この男は、自分よりもずっと流れを掴むのに長けているのだ。
「何か、都合悪いことでもあんのか?」
にやにやと浮かべる笑みに、眉を顰める。
「ゆっくりと寛ぎたいので。一人で入りたいと思います」
「背中くらい洗ってやっからよ」
「一体何がしたいんですか!!」
噛み付くような言葉に、男はきょとんとした表情に。
「……お前。本気で俺がなんでお前にくっついてんのかわかんねーのか?」
「そんなに男体変化がおかしいですか?」
「違ぇよ。俺はお前が欲しいんだよ」
「売買の対象物ではありませんので」
「ったくアタマ硬ぇお嬢ちゃんだな」
手首を掴んで抱き寄せる。
「な!?」
重なる唇。背中をぎゅっと抱かれて、逃げることすら叶わない。
押し返そうにも力も体格もあまりに差がありすぎた。
そして、それが分からない金角ではない。
「お前を抱きてぇって言えば……通じるか?」
「通じるけれども……嫌だ!!」
「だったら強行突破しかないよなぁ。恋は盲目って言うし」
「大馬鹿野郎ーーーーーーっっっ!!!!」





どさり、と寝台に倒されて唇を吸われる。
上着を剥ぎ取られて、身体を押さえつけられた。
「嫌だ!!止めろっ!!」
指先が額に触れると、少年の身体を柔らかい光が包み込む。
「……お、成功、成功。俺でも頑張り次第で破邪光だせんだな」
光が消えて現れたのは、柔らかい少女の身体。
乳房に手が掛かって、やんわりと揉み抱く。
その頂にちゅ…と口唇が吸い付いて、口中でそこを嬲った。
「…や……止めろって言ってんだろ!!」
下から顎を殴り飛ばすその拳。
「痛ってぇなぁ……金華……」
両手首を押さえつけて、再度唇が塞がれる。
「こっちだってその髭が痛ぇってんだろ!!」
ざりり、と触れる無精髭。
伸びた爪と、ざんばらの髪。
「どうしてもやりたかったら……身支度くらい整えて来い!!!!」
蹴りだされて、ばたん!と扉が閉まる。
ばりばりと頭を掻いて、男は首を捻った。




彼女の言う身支度というものを整えるために、鏡の前に立つ。
無精髭を綺麗に剃り、ばさばさの髪は幽鬼に切らせた。
一まとめに縛り上げて、ぺたぺたと肌を触ってみる。
(まぁ、あんなんで頬擦りされたら痛ぇよな……うん……)
鏡に写る自分の顔。
醜く抉られて、無残な醜態を晒す右目。
(怖ぇよな……やっぱ、隠しておくか)
眼帯で押さえて、真新しい道衣を着込む。
「独角児様!!忘れ物です!!」
「おう」
花束を受け取って、目指すのは平頂山。
身支度を整えての来訪だ。断られる由縁は無い。





人の気配に、扉の印を解く。
(銀華は、幽明教主の所で宴会のはずなんだけど……紅孩児かな?)
立ち上がるのも面倒だと、大きな笊を取り寄せてその上に座る。
そのまま笊を浮かせて、のろのろと進めた。
「よ、身支度整えてきたぜ?」
「……あきれた御仁だ……」
「花、持ってきた。嫌いか?」
白く、小さなその花に優美さと豪華さは些か足りなくても。
可憐で楚々としたその美しさは、どこか彼女に似通っていた。
「嫌いでは……無い……」
今まで、一度も女としてなど扱われたことは無かった。
この先もずっと男として生きていくと思っていたのだから。
「留守番、寂しいだろ?一人じゃ」
出された老酒に、金角はくすくすと笑う。
「肴くらいなら、準備できる。上がっていってください」
部屋着から覗く細い肩。湯上りの香りがそれを煽る。
細腰は、あの日に見たものが未だに目に焼きついている有様だ。
「妹はあなたの義弟と酒宴に興じております。少しは、加減ができると良いのですが……」
「加減、ねぇ……お前だって酒は嫌いじゃねぇだろ?」
「どうにも、弱くて……一口、二口なら良いのですが……」
その言葉が事実ならば、今宵は誰かがお膳立てしてくれた千載一遇の好機。
「まぁ、そんなに強くないやつだ。味も女好みで甘いしな」
玻璃に注がれた液体は、見目麗しい桜色。
甘い味に、微笑む薄い唇をじっと見つめた。
(強くはねぇのよ。きついだけでさ)
「あなたは?」
「俺は、飲ませんのも好きなのよ。飲むのもだけどな」
「そう。珍しい人」
こくり、こくり。ゆっくりと飲み込まれていく薄紅の酒。
「……あ……やだ……ふらふらしてきた……」
「大丈夫か?極端に弱いんだな。寝床まで運んでやるよ」
額を押さえて、金角は小さく頷く。
(介抱狼にならせてもいますか。でなきゃ一生、触れねぇ)
目を閉じた少女を寝室に運んで、そっと寝台の上に降ろす。
上着の金具をはずせば、小ぶりな乳房が外気に晒される。
「口、開けな」
言われるままにすれば、入り込んでくる舌先。
小さな舌に絡ませて、弄る様に吸われてしまう。
押し返そうとしても、腕に力は入らずに。
されるがまま、受け入れるしか術は無かった。
「……っは……ぁ…」
舌と舌をぬるつく糸が繋いで、それが壊れる前にもう一度口唇が塞がる。
「……やだ!!やめ……ッ…」
首筋を舐められて、びくんと肩が竦んでしまう。
肩口、鎖骨。唇は一つ一つを確かめるように、ゆっくりと下がっていく。
「せっかく女に生まれてきたんだ。一度くらい、抱かれてみろ」
寄せるように乳房を揉んで、その頂にちゅっ…と口付ける。
そのまま口中で舌先がそれを転がすように舐めては吸い上げた。
「あ…っは…ッ……!」
下穿きと下着を一緒に剥ぎ取って、目にしたのはすらりと伸びた脚。
腰に踊る小龍を噛んで、膝に手を掛けてそっと押し開いた。
遠目には、子供染みた体だと思っていた。
しかし、実際にこうして間近で見れば、無駄の無い筋肉で構成された美しい裸体だ。
「綺麗な身体してんな……コレ、以外は」
その中で異彩を放つ刺青にそっと接吻する。
「や!!」
「弱いのか?ココ」
悪戯に歯を当てれば、びくん!と腰が大きく跳ねた。
するり、となで上げるだけで反応する感度の良さ。
「…ぅ……あ……」
じんわりと濡れた裂け目に舌を差し込んで、そのまま上へと舐め上げる。
「あ!!!や、いやッ!!」
「ココも、弱いだろ?」
小さな突起を軽く噛んで、ぶちゅ…と唇を押し当てて。
「やぁ……!!そ…な……ッ!」
指を入り口に忍ばせて、傷付けないように奥へと進める。
その度に、苦しげに寄せられる眉。
(ちっちぇ身体だな……)
細身だけでは言い表せないのがこの少女。
一つ一つの部分全てが小さく作られているのだ。
「……金華……」
舐めるような接吻をすれば、諦めたように頭を抱いてくる細い腕。
そのまま脚を開かせて、腰を抱き寄せた。
「細いだけじゃなくて……ちっちぇな……」
「……?……」
「いや、挿入んのかねぇって思ってな」
戸惑いながら、男のそれに手を添わせる。
そして、それが今から自分を貫くのだと思うと背筋がぞっとした。
「……無理……嫌……」
「寝込むようなことになったら、ちゃんと看護しやっからな」
「きゃ……あ!!」
先端を沈めて、ゆっくりと腰を進めていく。
押し広げられていく感触と、身体を引き裂くような感覚が交じり合って。
悲鳴すら上げることもできずに、だたその背にしがみついた。
「……っは…!!……」
「もうちょっと力抜いてもらえると嬉しいんだけどなぁ……半分までは挿入ってっから」
小さく横に振られる首。
それが彼女にできる精一杯の行動だった。
「ちゃんと濡れてっから、大丈夫だ」
「やぁ……怖い……っ…」
小さな身体を折るようにして、奥まで沈める。
きつく唇を噛んで、悲鳴を殺す姿。
滲んだ血を舐めとって、甘い甘い接吻を重ねた。
「ちっとばっか……動かしても大丈夫か?」
こくん、と頷くを確かめてからゆっくりと腰を前後させる。
体液と血液の匂いは、妖怪の本能を目覚めさせる甘い香り。
「……ひ…ぅ……!!」
ぼろぼろと零れる涙。宥めて、そっと抱きしめる。
窓の外の黄金の月。
蕩けそうな雫がぽたり、とこぼれ落ちた夜だった。




「眼帯くらい、はずしたら良いのでは?」
男の腕の中で、まだみしみしと軋む身体で少女は手を伸ばす。
「いや、グロいんで……」
「外して」
言われて渋々とそれを外す。
抉られた右目は、かつてそこに眼球があったとは思えない傷で塞がれていた。
「……痛かったでしょう?」
「気持ち悪くねぇのか?」
「傷が怖いようでは、平頂山の主は務まりません」
塞がれたそこに、そっと小さな唇が触れる。
独角児の傷跡に接吻したのは、この少女が初めてだった。
「……根性あるな、お前」
額に唇を当てて、抱き寄せて。
見上げてくる金の猫目が酷くやさしい光を帯びる。
「男になんのは止めておけ」
「いえ、それはできません。僕は……」
「俺の前では僕とか言わねぇでおけ。娘々」
「…………はい」
この先の未来など、誰にもわからない。
窓の外の月も、ただ笑うばかり。




「肉とか、大丈夫になったら人魚釣ってきてやるよ」
「美味しそう。兄様の一本釣り、また見たいです」
あの日の月と同じ色の杏に、金角は小さく笑った。
(甘い味も、あの日と同じですね……兄様)
窓に掛かる月が愛しいと思えるまでには、気が遠くなるような時間を必要としたけれど。
今こうして向かい合うことができたのはお互いの努力の賜物。
恋は、恋だけでは持続できないことを知っているから。
「そのな、金華」
「はい」
「兄様っちゅーのはさ……やめねぇか?なんか悪ぃことしてる気になってな」
「では、何と?」
困ったように視線を投げてくる。
「んー、何と、と言われっとな。独角児でいいんだけどよ」
「兄様では、何か不都合でもございますか?」
「嫁に、兄様って呼ばれんのもどうかと思ってな」
照れ隠しに頭を掻いて、独角児は金角を抱き寄せた。
「花嫁に……してくださるのですか?」
「おう。もれなく家付き、薬師つきだぜ。悪かねぇだろ?」
「……はい…っ……」
腕に刺さる針は、まだしばらく取ることはできなくても。
注がれる愛を受けられるなら、それは幸福の味。
重なる唇と、抱きしめあって確かめる温かさ。
「金華ちゃぁ〜ん!お薬の時間だよ〜♪」
徐に開く扉。
「……真仙、俺らマブだよな?」
「い、一応ね」
「だったらよ……二時間くらい入ってくんなよ?」
男の手から紙袋を奪い取って、扉を閉める。
二人分の笑い声と、一人分のため息が扉を隔てて重なった。


今宵の月もあの時と同じ色。
甘い甘い、黄金の月。




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0:43 2005/01/03

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