◆シンデレラゲージ◆
「ピサロ様、天空人を捕えてまいりました」
玉座に座るのは幼き女王。クィンテットの音色を引き連れ漆黒の外套に身を包む。
「ここへ」
跪く騎士を今度は隣に従える。
真白の翼を持つ異種族の少女は怯えた瞳で魔族の女王を見上げた。
肌に食い込んだ茨の鎖。
それを見つめる赤い瞳が小さく「美味しそう」と呟いた。
「ゴットサイドの結界を張っているのは何者だ?」
足を組み、細い指の上に乗せた小さな顎。
血濡れた赤い瞳が爛々と輝く。
「誰がお前のような下賤な化け物に」
「答えろ」
「卑しき魔物がぁあああっっ!!」
押さえつけられた細い体と首筋に触れる二本の長剣。
「ピサロ」
緋色の絨毯の上に現われる青年の影。
バルザックを従えたキングレオが形式だと女王に跪く。
「天空人を捕らえたと聞いたんだが……ああ、その最中か」
「ぞろぞろと化け物が群れやがって!!」
「口汚いな。俺はこの城御自慢のクィンテットを楽しみに来たのに」
闇青のマントを結ぶ銀の鎖。肩あてに刻まれたのはイスタールの紋章と、王家のそれ。
この青年の身分の高さをそれが何よりも雄弁に語る。
「奥の部屋で茶でも飲んでいてくれ。あとで、自慢のジャムを持っていく」
「甘いのは大歓迎だ。俺は甘党だからな」
ぴょこぴょこと後ろを歩くバルザックの姿にピサロがふふ、と笑った。
銀色の髪に赤い瞳の女王は、天空の少女に静かに歩み寄った。
「化け物が!!」
高位にいるものは食人衝動がほとんどない。
穢れきった人間を食したところでたかが知れているからだ。
澄み切った遥かなる天空のものはどんな味だろうと、彼女は微笑む。
もがく羽を押さえつける腕が、根元から翼を折り曲げた。
筋組織がひくつき、脈打つ血管と除く真白の骨。
あらぬ方向に折れ曲がった羽が、彼女がもう故郷に帰れないことを証明した。
その傷口に差し込まれる鋭利な刃物。
「ぎゃあああああっっ!!」
「意外と脆いな」
「あああああああっっ!!」
銀髪がふわり、と舞った。
「………………」
狂気を孕む赤い瞳が、硝子のような青い瞳を覗き込む。
「もういい。お前たちの主も結界の主も分かった」
「!!」
指先が少女の顎をすい、と持ち上げた。
ピサロの唇がそっと言葉を紡ぐ。
それが彼女のきいた最後の言葉だった。
ピサロの左手が少女の首を締めあげる。女の細腕からは予想もつかないその圧力。
みしみしと骨の軋む音が耳に響き、眼球がわずかに前に浮き出した。
「ぐぎゃああああああっっ!!」
ぐしゃり。鈍く湿った音とともに崩壊する頸椎。
駆け寄ってくるリリパットたちに、視線を合わせるためにしゃがみ込む。
「ごめんね。お掃除の手間を増やしちゃった」
「ピサロ様、ドレスが汚れてしまいますっ」
「でも、この子とっても美味しそう。今日はみんなで御馳走にしましょうね。空から
落ちてきたとっても美味しい女の子」
まだひくつく死体を見つめるやさしい視線。
自分たちを否定するものには同じように否定するだけと笑う赤い瞳。
「アドン」
「はい」
「調理場に運びましょう。私もジャムを作りたいの」
本来はそんな場所にいくはずの無い女王。
そして、その女王の名を授かった騎士。
「甘くて美味しいの」
「御相伴に与れれば」
女王の隣を歩く青年が担ぐは天空の異物。
「卑しいなんて失礼ね。こんなに丁寧に食べてあげるのに」
笑う唇はほんのりと濡れて、甘やかに美しい。
銀糸が最も映えるようにあつらわれた全てを飲み込む漆黒の外套。
並ぶ騎士は緋色の外套を。
「アドン」
「はい」
「ふふ」
「!!」
ふいに触れた指が絡まりあう。
「昔はよくこうやって手を繋いだ」
「ええ…………」
誰よりも彼女を幸せにしたいと願うのに、それができない。
「今だって、何も変わらないつもりだったのにね……そうも行かないらしい」
調理場の扉を開けば、突然の女王の来訪にベンガルたちが一斉に臣下の礼を取る。
「少しここを貸してもらえない?美味しいものを見つけたの」
ピサロナイトが担ぐ肉の塊に今度はベンガルたちが狂喜した。
「ピサロ様、では我々が」
「少しだけ作りたいものがある。お肉にしたらその続きは頼んだ」
ピサロの周りをうろちょろとする幼体を撫でる指先。
「きれいなおねえちゃん。いい匂いがするよっ」
「そうか。ありがとう」
彼の人が女王だと知らない子供は、純粋に彼女をそう評した。
「もうしわけございませんっ!!」
自分が忘れた澄んだ心を見せられたと、笑うばかり。
調理場を占拠して、ピサロは隣の男を見上げた。
「ナイフ、貸して」
「俺がばらしますよ。ドレスが汚れます」
腹部に刃を突き立てて、器用に慣れた手つきで切り裂いていく。
桃色の内臓に女王は目を輝かせた。
鼻に触れる甘い鉄の匂い。
「心臓を使うんですよね?」
「肝臓よ。心臓はジャムよりもサンドにしてしまった方が美味しいでしょ」
取り出された肝臓を裏ごしして、火に掛ける。
甘酸っぱい野苺、蕩けるような囀りの密、人魚の涙を隠し味に。
青年の手が心臓を握り、中に溜まった血を瓶に移し替える。
「それも少し頂戴」
肉片だけになった心臓と腎臓を塩漬けにして、太腿はそのまま塊に姿を変えた。
「ノワゼットにでもしておきますか?」
「そこまでアドンがやっちゃったら、料理長の仕事が無くなっちゃうわ」
甘くて赤いジャムは、硝子の小瓶に閉じ込められた。
「脳漿とかは……茹でるのかしら?サラダの具にでも……」
「これだけの素材だったら、俺は生で食べたほうが美味しいかと」
「それもそうね。めったに食べれる物でもないし。料理長にお任せしちゃおう」
指先に絡ませた特製のジャムを騎士の唇に近付ける。
「美味しいでしょう?」
「ええ。流石はピサロ様」
「小さい時は一緒にお料理したわね。懐かしい」
そのまま手首をそっと掴んで、その甲にキスをする。
いつだって彼は精いっぱいの気持ちで接してくれるのだ。
「お茶にしましょう。レオも待ちくたびれてるだろうし」
「丸くなって寝てるんじゃないんですかね」
「?」
「ダメ猫、と言われたことですし」
天蓋付きのベッドに腰かけて、一日のことをあれこれと思い出す。
デスパレスはピサロが所有する城の一つだ。
「アードーンー」
「はい、ここに」
「勤務時間は終わりだ。剣はもう外したらどうだ?」
招き寄せて隣に座らせる。
女王の寝室に入ることができるものはほとんど存在はしない。
「やっぱり美味しかったと思わない?あれだったらもっと食べてもいいくらい」
口の中でとろけるような肉質は、地上にはありえないような甘美な味。
脳漿は彼の予想通りに軽く湯通しされた状態で捧げられた。
腸は数日後には立派なソーセージに、肉は生ハムを作るとベンガルの料理長(シェフ)は
女王の讃辞に胸を張って答えた。
「あまり食べると太るといってませんでしたか?」
「大丈夫。うちの料理長は腕がいいもの。余計な脂なんて落としてくれるわ」
こつん、ともたれてくる肩をそっと抱いた。
「天空か……私ももっと力を手にすれば掌握できるのかしら?」
夜を纏う彼女にとっては光を集める忌まわしき場所。
そこに最も近いとされるゴットサイドはピサロにとっては因縁の場所だった。
「翼があればどこまでもいけるのかな……」
上着を握る女王の指先は、剣など持てそうにも無いように見える。
「ピサロ様には、ちゃんとありますよ。翼が」
「進化の秘法はまだ未完成。私の背に羽はない」
ため息をついて、アドンに体を預けて。
「俺たちはピサロ様の羽にはなれませんか?」
額に触れる唇に瞳を閉じる。
髑髏を積み上げた城と骨で作られた玉座。
飾られた王族ではなく、彼女は自ら剣をとる。
「そうだな。私には仲間がいる」
永遠の夜の中で願うことといえば、ささやかなることばかり。
青年の首に腕を回せば、同じように抱きしめてくる。
「アドン」
望むようなキスをくれる彼を、守りたいというのもまた事実だからこそ。
彼女は運命の狭間に揺れる事となる。
「う……わっ!!」
よじ登るようにしてアドンの体を押し倒す。
その上に折り重なるようにして今度は赤い瞳が翠のそれをじっと覗き込んだ。
柔らかな唇がアドンの鼻先にちゅ、と触れた。
「良い匂い……甘い匂い……」
最高位に立つ絶対的な捕食者は、甘いものを好む。
陽の光も神官の祈りも意味を成すことのない本物の強さ。
布越しに重なる心音と寄せられる頬の柔らかさと耳に掛かる吐息。
「私はアドンを幸せにできるかな?」
だから、両手で抱きしめてこの人を守りたい。
「ピサロ様が望むならば」
赤い舌先が青年の首筋をなめあげる。
彼女の背中が痛まないようにそっと体制を入れ替えて今度は先ほどよりも深く甘いキスを。
レースたちのざわめきを剥ぎ取れば、同じように女王の手が騎士の衣服を落としていく。
裸体二つだけを存在させれば、身分など本来は存在しないのかもしれない。
鎖骨に触れる唇。
少し乾いた感触に肌が思わず震えた。
「……あ……」
舌先が確かめるように蠢いて、無骨な指が乳房を掴む。
その先端を挟み込むようにして吸い上げて、口中で軽く歯を当てた。
「ン!!」
ちろちろと舌先が乳首を攻めあげて大きな手が細い腰を撫で上げる。
染み一つ無い上質な肌は掌に吸い付くような感触。
それでも、彼女とて幾多の視線を掻い潜って来たのだ。
「……傷も、ありませんね……」
皇女はその実力で王位を得たといわれるほどに、ピサロは戦線へと赴いた。
かつては体中に刀傷が走り、戦皇女のなに相応しいほどだった。
その傷口に唇が触れるたびに上がったあの声が懐かしいほどに。
彼女を守る剣士は常に傷だらけ。胸に走る傷は逃げないものの証明となる。
「……お前が、いる…から……」
それでも左腕に輝く腕輪が、彼女を縛るものを告げた。
なだらかな腹部に刻まれていく真っ赤な痕。
そのまま脚を開かせてじんわりと濡れ始めた秘所に唇が触れた。
「!!」
舌先が媚肉を辿るようにして蠢く。
そのまま愛液を絡ませて指先が小さな突起を押し上げた。
親指と人差し指で挟み込んで捻り上げれば、ピサロの体がびくんと跳ねる。
「ア!!…ッ……んんっ!!」
顔を埋めて溢れてくるとろりとした体液を啜る淫音。
声を殺そうとして唇を塞いだ手を、左手で抑え込む。
「聞かせて……ください」
右手の中指が根元まで内部に沈んで抉るように動き出す。
次第に増えて行く指に呼応するように火照る肌。
重なるのは日に焼けた精悍な体躯。
「……っは……」
舌先が絡まりあって何度も何度も唇を互いにかみ合う。
どくどくと深部で生まれる疼きは殺戮前の衝動に似ていた。
「……ぁ……ぅ……」
指が動くたびに絡まるように締め付けてくる肉と耳に響く彼女の声。
唇の端から流れる涎に這う舌と掛かる息の熱さ。
治まることを知らない疼きが理性をゆっくりとはがす。
「……っは……ア!!……ッ……」
びくびくともどかしげに揺れる腰と半開きの唇。
痛いほど張りつめた乳房と尖りきった乳首。
「ぅん!!」
ふいに抱きしめられて甘い甘いキスを受ける。
解放された手が男の肌を滑り落ちた。
「……アドン……」
「貴女が遠い気がして……おれの腕の中に居るのに……」
一番傍に居てくれた彼は、きっとその命が尽きるまで離れることはないだろう。
翠の瞳が寂しげに光るようになったのはいつからだったろうか?
「詰まらないことですね……考えても……」
彼女の方から押し当てられた唇。
細い指先が反り勃ったそれに触れた。
「いやいやいや!!それはいいですっっ!!」
「余計なことを考えられないようにすれば……良いだけだろう?」
将来的には彼女の正式な夫となるのは間違いなくアドンだった。
それでも、彼は彼女には絶対的な服従を誓う。
伴侶と鳴り得てもそれが覆ることは生涯ないのだ。
慌てるアドンの体を押し倒して、その上に跨る。
脈打つ陽根に手を添えてゆっくりと腰を下ろしていく。
「ん、ア……ッッ!!」
ぬめる肉襞が太茎を包むようにして飲み込む。
伸びた手が腰を掴んでそのまま一息に貫いた。
「あああああんっっ!!」
腰を振るたびに揺れる乳房と落ちてくる汗。
潤んだ赤眼と震える声が一番暗い感情を刺激する。
ぐちゅぐちゅと肉の絡まる音と充血した媚肉が捲れるようにして飲み込む有様。
女王の痴態を拝めるのはわずかなものしか存在しない。
「……んっ……」
男の左手を取って親指を口に含む。
舌先で爪を確かめてうっとりと舐めあげる姿。
「…ふ、あ……ッ……」
「……ピサロ……さま……」
重なる視線にその体を抱き寄せれば、彼の頭を愛しげに抱きしめてくる。
繋がった箇所がじんじんと潤んでこのまま離れたくないと呟いた。
「ア!!あ、んんっっ!!」
加速する動きにきつく閉じられた瞳。
仰け反った喉元と切なげな声は、無意識から生まれてしまうもの。
「ひゃ……ン!!」
耳朶を噛まれて男の肩口にしがみ付く。
終わることのないこの永遠の夜を共に生きると覚悟を決めたはずだった。
彼女のためならば何もかもを捨ててその盾になると。
影となると誓ったのに、本能が抗う。
「あああんんっっ!!」
崩れ落ちるその星体を抱きしめることしかできない自分に唇を噛んだ。
眠る女王を胸に抱いて、願うのはささやかなことばかり。
すべて彼女が幸福でありますようにとただ思うだけ。
(俺は……あなたを守るために……)
女王の生涯の伴侶として、魔界中が認めるであろうその存在。
それでも、ピサロの真の伴侶は自分ではないという事実。
(幼いころから……ずっと……)
初恋は実ったように見せかけてその果実は奪われた。
春など疎ましいものだと思ってた彼に四季の歓喜を教えた少女。
この小さな体で彼女は走りゆく。
人間を殲滅するべく戦いの中に身を投じて。
断罪も贖罪も変わりはないと理を立て、あの月さえも撃ち落として見せようと。
「……ピサロ……」
銀色の髪を撫でる手。
幼かったその手も今では十分に彼女を守れるようになった。
さわさわと撫でればくすぐったそうに身を捩る。
その赤い瞳が心をとらえて離さないから、胸が苦しい。
「…………呼んだか?」
「は、はいっ!?」
「お前が私を名前で呼ぶなど、久しぶりだ」
思わず体を離して膝をつき頭を下げる。
「馬鹿なことを。お互い裸でどう申し開くというんだ?」
「臣下として無礼極まりないことを!!」
「臣下だけだったらな。お前は私の夫となるものだろう?」
「しかし、俺は……」
「私はお前も幸せにしたい。嬉しいことも楽しいことも、今までだって一緒に過ごしてきた。
我儘で気ままな私と一緒になってもいいなどという稀有な男はお前くらいしかいないぞ?」
くすくすと笑う唇と赤い瞳。
「ふふ」
膝の間に座って彼の手を自分を守るように引き寄せる。
「アドン」
「はい」
「こんな時くらい、名前で呼んでくれてもいいんじゃないの?」
女王ではなく、ピサロとして紡ぐ言葉。
「それは……」
人知れず紡ぐ小さな幸せと引き換えに、彼はすべてを捨てて彼女に従属する。
雲間に覗く月光の影のように女王を守る騎士。
「少し日焼けした?」
「ピサロ様が真っ白なんですよ」
「貧相?レオにもお子様は海でも行ってこいって言われたのよね」
「あのダメ猫……火鉢でもぶつけておきますか」
「やだぁ、痛そう。ふふっ」
長い耳に触れる唇に笑って、抱きしめられるままに瞳を閉じて。
「あー、また落ちてこないかな……」
「よほど気に入ったんですね」
「甘いもの好きだもん」
「俺は……もっと甘いもの知ってますから、十分ですよ」
「え、何?教えて」
耳元で囁く声を理解するとともに耳の先まで真っ赤に染め上げる。
「ばばばばばばばばば馬鹿っ!!大馬鹿っっ!!」
「俺の真実ですよ。今までも、これからも」
耳を塞いでも胸に焼き付いて離れないあの言葉。
「馬鹿馬鹿!!」
握り拳で胸を叩くピサロの肩を抱く。
「痛いですよ」
「馬鹿」
「ええ、馬鹿です。いいんです、俺の主君は貴女だけですから」
眠る前のキスはどこまでも甘い。
それを知る者は他を望むことなど忘れてしまう。
この手にある力を望むままにあの月さえも壊すように。
ロザリーヒルでは恋人が静かに星空を眺めて、早摘みの紅茶を口にしていた。
凶兆は特にみられず、明日の天気は晴れるとホビットたちには伝えたばかり。
暗い、暗い空から聞こえてくる贖罪の雅楽。
「ロザリー」
たん、とブーツを鳴らしてミナレットに降り立つ恋人。
「ピサロ。ちょうどよかった。もうすぐマフィンが焼きあがりますよ」
「本当?じゃあ私もちょうどよかったのかもしれない。ジャムを作ったの」
硝子の瓶に閉じ込められた鮮やかすぎる赤。
「あと、お土産。何かに使えないかしら?私には価値はわからないのだけれども、ロザリーなら
きっとわかると思って……」
王家印の施された宝箱を青年に手渡す。
開けば中に入れられたのは真白の羽と結界紐で厳重に括られた細い腕。
「天空の羽…………どうしたのですか?」
「用が終わったから素材にしただけよ」
「……確かに、いい素材ですね。僕なら使いこなせる……」
ピサロはこの青年に絶大な信頼を寄せていた。
肉塊に近い状態だった彼女を蘇生させた、禁忌を使いこなす呪われた錬金術師。
「骨もあるわ。何か飾りとか作れないかしら?スプーンとか」
「ジャム、は……」
「その子で作ったわ。とっても甘くて美味しい……人間はおいしいと思わないけれども
天空人っていうのは美味しいのね。あまり食べすぎたら太っちゃうから、半分はレオに
あげたわ。とっても喜んでくれたの」
「君が自分で?」
「切ったりするのはアドンがやってくれたの。ドレスが汚れるからって。でも、お砂糖とか
蜜を入れるのは私。ジャムを作るのは好きだし、得意よ」
材料さえ知らなければ他愛もない言葉にすぎない。
しかし、この少女は魔族の女王なのだ。
「ロザリーもきっと気に入ってくれると思うの。とっても美味しくできたのよ」
「……僕は、君があまり血に染まるのは好きじゃないんです……」
「?」
「より一層美しくて、その姿を見たものがみんな君に狂ってしまうから」
そう、彼も人間ではないもの。
ヒトならざる呪われた古エルフの錬金術師なのだ。
人間に狙われることはあっても、決して受けいられることはない。
彼は彼女を完全なる独占の支配下に置くために、人間を利用しようとしているのに過ぎないのだから。
「羽はそうですね。ここのところを砕いて、君の頭痛の薬にしてあげます。それから骨は
錬金術でスプーンにしましょうか。透き通って七色の光に包まれた綺麗なスプーンに
なりますよ。君が持つにふさわしい」
腰まで伸びた銀髪に結ばれた真っ赤なリボン。
「リボンなんて、珍しいですね」
「綺麗でしょ?血液みたいで」
青年の腕に抱きつけば、麻布の上着の香りが優しくて思わず目を閉じる。
この部屋の空気の匂いはいつも幸福感に包まれていて。
「ねぇ、ロザリー……錬金術って肉体も変化できるの?」
真白の羽を毟る指先がはた、と止まった。
「そこそこには」
「あのね、私…………」
少しかがんだロザリーの耳元に、爪先立ちのピサロが囁く。
「…………………………」
「無理かな……?」
それは彼の錬金術ならば造作もないことだった。
肉体を変貌させ、命をも操ることができるのだから。
「いえ、あの駄目猫を殺します。私のピサロへの暴言……許すまじ!!」
「でも、ロザリーもそう思ったりは……」
「僕は君の胸の大きさに不満なんてありません!!それよりもあの駄目猫……ッ!!
生まれてきたことを後悔させてやりますよ!!」
小振りであるが形のよい乳房に、彼は不満など持たなかった。
幼さの残る体躯でも吸い付くような肌は一度触れれば手放せなくなる。
「アドン!!」
「俺もピサロ様の胸に不満はないですよ。しかしレオ……寿命縮めるようなこと
言うのが好きだな……」
「まったくです。胸だけに女性の価値を求めるとは……あのダメ猫!!今すぐに去勢してくれますっ!!」
怒りに戦慄くロザリーの後ろでおろおろとするピサロの肩に手を置いて、アドンが二度ばかり首を振った。
「おれもダメ猫は去勢まで行かなくても、一回ロザリーとやりあった方がいいと思いますよ」
「城が壊れる」
「その時は直しますよ。みんなあなたのことが大好きですからね」
破顔一笑、胸に差し込む暖かさ。
ただ願うはささやかな幸福ばかり。
17:56 2008/09/09