◆カンタータ第147番−心と口と行いと生きざまもて−◆





「やっぱり思い出しても美人だよねぇ、ピサロ」
武術大会で対戦した件の美女を思い出しては、アリーナはため息をつくばかり。
途中棄権で消え去ったときに生まれた銀の光は星のよう。
残り香が甘く思い出を一層彩る。
まだ彼女の本当の姿など知らない少年は淡い恋にほんのりと夢中。
思い出はいつも綺麗なように。







鏡に写るその姿。少女は銀色の髪を摘んでは首を傾げた。
「どうして私の髪は兄様たちと違うの?」
肩の少し下までの長さの銀髪に櫛を入れながら女は笑う。
「ピサロ様は、きっとエスターク様の様になるんでしょう。古のエスターク王も銀髪だったと言いますからね」
黒髪の美しい侍従は、皇女の家庭教師。
「さ、午後からは御勉強ですよ。エスターク様のようになるために」
「はぁい……」
第三位の王位継承者はまだ幼い姫君。
真紅の瞳に曇りはない。
「姫様とは言え、ピサロ様は正統な王族。きちんとした学習は必要ですよ」
手を引かれて長い回廊を進み行く。
正妃は皇女を産み落とした後に、静かに崩御した。
育つにつれて面影は現れ、父王は皇女を懐剣として溺愛する。
「大魔道は、エスタークって人にあったことあるの?」
見たところ三十も半ばの美女は、階位を大魔道と言う。
魔導師の最高位に座する彼女は名を捨てて、皇子たちの家庭教師に甘んじた。
戦場ではその力を遺憾無く発揮し、現王の右腕とも言われる能力。
正妃の子供達の教育を一身に任されるほど、その信頼は厚い。
「エスターク様は私よりも遥かな御方。ピサロはその血が強いのでしょうね」
藍色混じりの優しい瞳。
「今日は歴史を学びましょうか。エスターク様も含めて」
「うん」






同じ様に手を引かれる少年は、腕に長剣を抱く。
父親であろう男の後ろに従い、慣れない動作で礼を取った。
「倅です、魔王様」
「なんとも凛々しいな。我が娘の婿にどうだ?」
笑いながら少年ね頭を撫でる無骨な手。
緊張した面持ちと、ぴんとした背筋。
「名は何と申す?」
「ア、アドン・クレスタですっ!!」
「善き名だな。アドン」
コナンベリーでの戦いで、アドンの父はその地位を不動のものとした人物。
側近の息子は家柄も娘婿に不足はないと魔王は考えた。
王位を継ぐには離れすぎた地位。
「ピサロをここに」
侍従に手を繋がれた少女が姿を見せる。
「お父様、どうかなされましたか?」
鈴を転がしたような細い声。
まばゆい銀髪が引き付ける。
「おまえの婿殿だ」
「婿?」
言葉の意味がわからないと少女は訝しげな顔に。
振り向いたその姿に少年は息を飲んだ。
「まあいい。新しい友達だ。喧嘩しないで仲良くするんだぞ」
「はぁい」
城の中からは滅多な事では出れないピサロに友人と言えるものは殆ど居なかった。
歳の近い友人ができればと、父親としての考え。
娘に世界を告げられる者を、と。
「私ピサロ。あなたは?」
「俺……アドン。よろしく」
差し出された左手を受け取る、細く真白の美しい手。
光など浴びたことの無いようなきめ細やかな肌の感触。
(俺のお嫁さんになるのかなぁ……この子)
ピサロは正真正銘の皇女。受け入れる側もそれなりの家柄でなければならない。
伴侶となるものもそれ相応を求められる。
「アドン、あっちに行こう」
「あ、うん」
少年の手を引いて、移動呪文を唱えて消えてしまう。
お転婆では済まない娘に、魔王は笑うばかり。





中庭に作られた噴水の縁に座ってにこりとピサロが笑った。
「ピサロはあんまり外に出たことないの?」
「うん。本読んだりしてる」
同世代の子供は城内には存在せず、歳の離れた兄達が彼女の相手をしてきた。
皇女は遠目に見られるだけの立場。
赤い瞳がどこか寂しそうなのは、そんな日々が続いたからかも知れなかった。
「じゃあ、俺と一緒に外に行こうよ」
今まで、誰ひとりとして彼女に掛けたことのない言葉。
「大丈夫、俺がいるから」
差し延べられた手は、外界への導き。
もしかしたらその手を取ったときに二人の運命は決まってしまったのかもしれない。
「連れていって」
「うん」
彼は後に彼女に忠誠を誓い、その人生を全て捧げる事となる。
騎士となり、離れることなく影の様に寄り添いながら。
「俺、父さんにピサロを家に呼んで良いって聞いてみる」
「本当!?」
「うん。俺、嘘つかないよ」
赤茶の髪に翠の瞳。やんちゃは否めないが、育てば精悍な騎士になるだろう。
清々しい光を称えた双眸とまだ幼い両手。
出会ったあの日に遡り、運命を手繰った。






皇女は身の丈ほどの剣を持ち、向かうものはどんな物でも斬り砕く。
あの日以来、アドンは城内に来る事が多くなった。
ピサロも単独では無いならと外出許可を得るようになる。
「ピサローーーっ」
大木づちの群れに混じって皇女も木鎚を勢いよく振り回していた。
「アドン」
「遊びに来たよ」
木鎚を下ろしてピサロが駆け寄る。
わらわらと少女を魔物たちが囲み、彼女の回りには誰かしらが何時もいた。
「木鎚借りてたの」
「重くない?」
「ううん」
見た目こそ幼いものの、彼女は列記とした皇女だ。
その血も相俟って魔力は誰にも引けをとらない。
その証拠が双眸の紅。
日増しに強くなり今や真紅となった。
瞳の赤は王位継承者の証となる。
「ピサロの眼、綺麗だね」
硝子の様に透き通る赤。
「兄様達より赤いの」
「綺麗だからいいんじゃないのかな」
悪戯好きの皇女は、幼い剣士と魔界を飛び回る。
スカイドラゴンを駆ってどこまでも自由に。
増えていく知識と魔力。剣妓も鮮やかに皇女であることが不憫だと言われる程だ。
「この間、ここ切ったの」
額にある小さな傷を指す。
「レッドドラゴンの群れを、私一人でやっつけたの」
「言えば俺も来たのに」
「ピサロ一人でもできるよっていいたかったの」
認められたいのは彼女も同じで、皇女と言う立場に縛られて来た。
「怒られなかった?」
「ちょっと。でも平気」
黒のドレス、ひらひらと飾られたレースは真紅。
細い手首を守るように幾重にも縁取り、目を引く大きさの黒真珠が輝いた。
(本物のお姫様だよな……可愛いなぁ……)
幼い恋はどこまでも甘くて純粋だから美しい。
「アドン」
姫を護る騎士になろうと芽生える感情。
この少女を生涯守り支えていきたい。
「ピサロ、行こう」
「うん」
小さな騎士は更に小さな姫を護る。
彼の運命は彼自身が選んだもの。
「美味しいケーキ作ったの。食べてくれる?」
「うん」
「あとね、色んな本見つけたの。一緒に見て」
深窓の令嬢を粧う姫は、この世界を掌握する力を持つ。
「何時も一緒に居てね、アドン」
「何時も一緒に居るよ、ピサロ」
絡ませた小指の約束。
こな命を睹して護りたいものが奏でる旋律。
「本当?」
「嘘なんてつかないよ。俺、ピサロの事が好きだから」
君の隣で生涯をすごそうと朧気に思った幼い日。
あの日のことをいまでもはっきりと思い出せるように。







その報せが入ったとき、父王は静かに目を伏せた。
第一皇太子だったセレンソが戦死したと。
ピサロのすぐ上の兄は病弱で戦術に長ける方では無い。
何よりも王位継承の印である赤眼ではないのだ。
「兄様……」
これで今までの様にピサロは嫁ぐことを前提とした位置から王位継承者としての立場へと移動する事となる。
組み合わせ指先と一筋の涙。
「……人間はどうして、私達をいじめるの?」
真っ赤な瞳が女を見上げる。
人は、遺物を受け入れることは無い。
人間同士でも殺し合うように。
「どうして兄様を殺したの?」
「……ピサロ様……」
「神様ってなぁに?大魔道」
彼女は知る、この皇女こそ真の王位を継ぐものだと。
エスターク以来の魔族の時代を告げる鐘の音。
葬列に手向けた花は、彼女と同じ燃えるような赤。
「強くなれば、皆を守れるの?お友達も、居なくならない?」
「……ええ、貴女は次の王。我らのただ一つの神になるのです」
「私、強くなる。そしたらアドンと一緒に居られる」






覚悟を知る者は凜として、己を貫く者は雄々しく美しい。
今まで皇女に甘んじていた少女は一躍注目されはじめた。
これまでも皇女は何人か存在はしてきたが、名家に嫁ぐ道が殆どだった。
しかし、この少女は女王たる資格を持つのだ。
その真紅の双眸と共に。
「ピサロ」
ドレスの裾を面倒臭そうに引きずる姿。
「アドン」
「大変みたいだな……俺に何かできればいいんだけど」
同じような背丈だった彼は、随分と逞しくなった。
次世代の魔剣士として、その名が広く知られるように。
「じゃあ……」
すい、と伸びる左手。
「私の一番傍に居て」
「ずっと前から約束してるだろ?俺、ピサロと一緒に居るって」
「うん」
並み居る魔族の名家はこぞって子息を皇女の婿にと言い寄ってくる。
赤眼の皇女は並の男等その気迫で寄せ付けない。
そして父王は予てより考えていた娘婿に、側近の子息であるアドンを指名したのだ。
愛娘が納得する最大の相手として。
王家と候爵家との間で交わされる密約は、まだ幼い二人には告げないまま。
甘い恋を育ませて、後に女王を護る騎士となれば良いと定めた様に。
「もうすぐ誕生日だね」
「……うん」
浮かない顔の皇女に、少年は首を傾げる。
魔界中が彼女の聖誕祭に酔い、祝福するのに当の本人は沈んだ表情のままだ。
「何か嫌なことでもあったの?」
「ううん……アドン、一緒に来て」
少年の手を引いて皇女は離れの宝物庫へと向かう。
慣れないヒールを脱ぎ捨てれば、少年がそれを拾って。
埃の臭いが充満する内部は、天窓からの小さな木漏れ日だけが姿を浮かばせる。
「こんなとこにどうしたの?」
「私、そんなに子供っぽい?」
事実、まだ幼さの香る姫は子供なのだ。
舞踏会でもドレスを踏みそうになることも多々あるように。
「レオにお子様は帰れって言われたの」
キングレオの異名を持つ青年は、皇女を誘い皮肉を言う。
少しでも自分の事を愛するようにと。
「子供じゃないとおもうけど……」
胸も背中もまだまだ足りない。
泣きそうな瞳が「認めて」と見つめた。
少年の手を取って、皇女は自分の左胸に当てた。
布越し、掌に感じる暖かさに息を飲む。
「もっと強くなって、俺……ピサロを護る。魔界で一番の剣士になる」
女王を護る騎士としての運命を彼は選んだ。
「誰にも負けなくなって、ピサロを嫁さんにする!!」
幼い頃の約束、結ばれた小指。
小さな顔を包む少年の両手。
掠めるようなキスに、目を閉じることさえ忘れてしまう。
「小さいときにした約束、覚えてる?」
息が掛かる程の距離。
「忘れたことなんて、一度も無い」
今度はためらわないで、彼女をきつく抱きしめる。
キスは覚悟があるほどに甘くて優しい。
まだ何にも縛られないのならば、夜を飛び越えていくように。
君を連れ去って飛んで逝きたいのに。
「何があっても絶対に離れない」
少年と少女を脱ぎ捨てて恋人同士になるための儀式。
けれども、彼と彼女はまだまだ幼くて。
運命に気づく事など出来るはずがなかった。
「私も、アドンと一緒に居られるように強くなる」
重ね合わせた二つの手。
望みはただ一つ。
そして叶うことのないたった一つの願い。
「もう一回、キスしてくれる?」
「うん」




思う人を持つ私は幸せで、何度も私は彼女をきつく抱きしめることでしょう。
彼女はこの心を絶えず至福で包んでくれるのです。
病める時も健やかなる時も、私には彼女がいるのです。
私は彼女を愛し、この心はいつもいつの日も貴女への愛で溢れ燃え上がる。
―― Herz und Mund und Tat und Leben ―――





23:56 2008/05/17




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