◆運命のルーレット廻して◆
青年の手が拾い上げる檸檬。
少しだけ古びたそれをやけに酸味を帯びていた。
「ピサロは居るか?」
宮殿の回廊で使い魔を捕まえて、男が声高に叫ぶ。
漆黒の髪に焼けた土色の瞳。
「ピサロ様はロザリーヒルにおいででございます!!」
ミニデーモンは扉の前から動こうとせず、きっと男を睨み付ける。
王位継承者としての立場など知らないとばかりにピサロは世界を飛び回った。
デスパレスに居を構えてはいるものの、そこに姿があることは少ない。
「そこにいるのではないのか?」
「ピサロ様はいらっしゃいませんっ!!」
デスパレスに住む侍従たちはほとんどが望んで移動してきたものばかり。
変わり者の皇女は様々な者から愛されている。
「リトルデビー、もういいぞ。着替えは終わった」
「居るではないか」
「だったらなんですか!!ピサロ様はお着替えで忙しいですっ!!」
キーキーとうるさいミニデーモンの襟首をつかむ。
「油で茹でてやろうか?小悪魔が」
「お前のそういうところが私は好きじゃないんだがな、エンヴィ」
騎士を従えて皇女は眠たげにあくびをかみ殺す。
まだ半分夢の中だと銀色の髪に踊る癖が証明する。
「何の用だ」
「未来の妻に会いに来ただけだが何が悪い」
「アドン。生ごみと一緒に捨てておいてくれ。私はロザリーヒルに行く」
「御意」
ため息をつきながら見上げる空は柔らかな雲に覆われている。
少しばかり薄暗い方が落ち着けると女はつぶやいた。
「あ。ピサロさまだー」
「ただいま。ロザリーは?」
「地下室だよ。なんだか忙しいみたいだよ。わーい、ピサロさまだー」
スライムがちょこん、と肩に乗りぷるぷると揺れる。
魔続特有の長耳に光るスタールビーの破片。
「ロザリー?」
そっと扉を開けば、そこにあるのは目を伏せたくなるような光景だった。
旅の途中で力尽きた者を軸として錬金術の素体とする。
どれも仮初の生命を得たのだろう。
人から人ならざる者に変わる過程で苦悶の顔で息絶えていた。
何本もの腕、灰色の肌。
先割れの魚の尻尾と鱗に覆われた全身。
素が人間だったと誰が思うだろうか?
「おかえり、ピサロ」
「ただいま。これは?」
「失敗作ですよ。食べても美味しくないですね」
「食べないもの。こんなの」
転がり落ちた左腕を拾いあげてぱきん、と折る。
口にして咀嚼して眉を潜めた。
「パサパサしてる」
「だから美味しくないと」
視線を移せば転がるのは全て左腕ばかり。
事実に気付けば、傷痕が痛みだす。
「君の腕に代わり等ありえませんでした。君は唯一の完全なものですから」
抱き寄せて、キスをしようと近付く唇が止まる。
「?」
「この恰好はいまひとつですね。生臭い」
言い終わる前に薄い唇が青年のそれに触れた。
「ロザリー、大好き」
まるで自分自身に言い聞かせるような声。
「僕も、君を愛してますよ」
左右の瞳が違う色で彼女を見つめる。
爪先立ちで抱き着けば、背中と腰を抱いてくれる腕。
古エルフは闇に惑う物を捕らえる種族。
それが王族でも惑うならば同じことだ。
「愛しくて食べちゃいたいですね。ふふ」
秘密の地下室は罠が一杯で、逃げ通すには難しい。
外套を結ぶ金具を外していく指先。
塔の中は彼の空間だ。
「今日は薄着ですね」
「少し暑かったから」
黒衣の下に纏った純白。
レースに飾られた胸元、伸びた手足が眩しい。
瞳の色を除けばエルフの娘にさえ見える
「綺麗な脚ですね」
「おかしい?」
「似合ってます。ずっと暑かったらこんなに可愛い姿が見れるんですね」
椅子にちょこん、と座って長い銀髪をかきあげる。
「夏も近いのね……」
二人だけでいるときの言葉は、普通の少女と同じで魔族の皇女などとは見えないだろう。
正当な王位継承者として畏怖されるのがピサロの存在なのだ。
「ロザリーって、右目が少し翠掛かってるのね」
夏の少し手前の季節に映える早春賦の翠。
「昔の名残です」
少女の手をぎゅっと握る。
「錬成に失敗しました。だから……あなたは完璧にします」
「どうしてそんなに怖い顔をするの?ロザリー」
ブーツの踵が石畳を打った。
「とっても綺麗なのに」
「綺麗?こんな失策の結末が?」
異質な瞳は涙を宝石に変えてしまう。
そして、彼はそれ以後ずっと人間に命を狙われることになるのだ。
「うん。綺麗で見つめられるとドキドキするわ」
罠に掛かったのは果たしてどちらだったのか。
張り巡らせた糸に絡まる蝶の羽根。
怯えないように纏った闇の優しさ。
「僕を……愛してくれますか?」
望は一つだけ。
「ずっと、僕を愛してくれますか?」
飲み込まれても構わない。
「愛してるわ、ロザリー」
ただ二人で朽ち果てることだけなのだから。
震える指先が伸びて、少女を掻き抱く。
肩口に顔を埋めて鳴咽を噛み殺して。
「もっと、僕を呼んでください……何度も何度も」
「どうしたの?ロザリー」
「僕は君を愛してます。お願いだから……君も僕を愛して下さい……」
「ずっと一緒に居ようね、ロザリー」
不穏な空気に気付いたのはホビットだっただろうか。
ロザリーヒルに訪れた黒い陰。
(ここがロザリーヒル……こんな場所にピサロは愛人を匿っているのか?)
黒赤の眼が小塔を見上げた。
入口はあれども侵入を許さないその造り。
「ここにピサロが来ているな?」
「来てるよ。ロザリーと一緒だよ、ピサロ様なら」
「連れてこい」
「やだよ。おいらたちはピサロ様の言うことしかきかないよーだ」
ロザリーヒルに住まうもの皆に愛される皇女。
その存在自体が希望に似ているのだろう。
「生意気なホビットが!!」
エビルプリーストの剣をひょいとかわしてホビットは軽やかに逃げる。
恋人達を引き裂く行為は許さないとばかりに。
ピサロがこの地を護るように、皆が二人を護る関係が築かれているのだから。
素足に触れた唇。
床には脱ぎ散らかした二人分の衣服。
「……あ……ん……」
膝を折って身体を滑り込ませて視線を絡ませる。
上向きの乳房に刻まれた噛痕。
舌先が尖った乳首を舐めあげて嬲る様に唇がそこを包み込んだ。
軽く吸い上げて歯を起てればそのたびに甘えたような嬌声が零れる。
物音一つ漏れることのない秘密の地下室。
「前よりもずっと……柔らかく……」
耳を舐められて肩が竦む。
耳朶を噛まれて零れた甘い吐息。
上擦った声が直に鼓膜を犯して本能を刺激した。
指先で摘みあげられた乳首が涎でぬらぬらと濡れて輝く。
じんわりと濡れ出した秘所を焦らすように、指先が裂け目を掠るように上下する。
「んぅ……ッ!……っは……」
もどかしげに膝が震えるのを視線が貫く。
力の抜けた脚が閉じようとしても意志を無視して。
視姦された秘部からとろとろと愛液が零れる。
身体の下に敷かれた外套を濡らして裏地の赤を一層濃くした。
つぷ……指先が入り込み押し広げる様に前後に動く。
「……や……ロザリー……っ……」
首筋に触れた唇。
体内で渦巻く熱が行場を求めて暴れ始める。
「やだぁ……」
やんわりとした刺激が絶え間無く与えられて、くちゃくちゃと淫音を室内に響かせた。
根本まで指を飲み込んで動きを逃がさないように絡み付く肉襞。
べとべとになった指を引き抜いて赤い瞳の前で、ゆっくりと広げる。
ぬるり……ぬらぬらと輝く半透明の糸が人差し指と中指を繋いだ。
「……触っただけでも濡れちゃいましたね……」
見せ付けるように舌が体液を舐めとる。
「……んっ……」
何度も繰り返すキスにうっとりとピサロは瞳を閉じた。
「……ロザリー……」
舌が絡まりあっては離れる。
「挿入て欲しい?」
小さく頷いて真っ赤に染まる頬。
細い指が反り勃ったそれに触れてやんわりと扱きだす。
「おねだりの仕方は、教えたでしょう?」
こくん、と頷いて小さな舌が亀頭に触れる。
雁首を丹念に舐め回して横から薄い唇が太茎を挟み込む。
そのまま上下して今度は裏筋を舐め嬲る。
脈に沿うように舌が這い回り鈴口をちろちろと狙いだす。
先端を口腔一杯に包んで何度も甘く吸い上げて。
「……どうして欲しいんです?ピサロ」
舌先が離れて銀糸と亀頭を淫靡に繋いだ。
怖ず怖ずと脚を開いてぬるぬるになった靡肉を、形の良い指先が押し広げる。
ぴくぴくとひくつく桃色の肉襞が挿入を今かと待ち望んだ。
「……ここに……挿入れて……っ……」
耳の先まで真っ赤に染めて、恥ずかしさにぎゅっと眼を閉じる。
睫毛を飾る涙さえも、劣情を刺激するには十分過ぎた。
「挿入るだけで良いですか?」
囁いて、意地悪く吹き掛けられる吐息。
唇に指を宛てれば、両手が手首を掴む。
従順に奉仕するように唇が包み込む。
「甘えても……ダメですよ……」
「……っふ……ぅ……」
潤んだ瞳が見上げて視線が絡まった。
「……ぐちゃぐちゃに動かして……イカせて……っ……」
「ちゃんと覚えてましたね」
額にちゅ、と接吻して小さな膝に手を掛ける。
ゆっくりと開いて膣口に先端を当てた。
ぢゅるっ……ぬるついた壁が肉棒の侵入を受け入れて行く。
「ああんっ!!」
根本までずっぷりと咥えこんで膣内がびくびくと震える。
力強く突き上げられ、肉襞を擦りあげる度に腰に絡み付く細い脚。
ぢゅくぢゅぷと漏れる音と体液が二人を繋ぎ合わせる。
「ひゃ……ン!……やだァ!!……」
最奥まで何度も何度も肉棒が貫く。
互いの体液が絡まりあって激しさを増して。
「ひ、ゥ……ア!や、んんっ!!」
溢れた愛液が太腿を濡らす。
汗と涙でぐちゃぐちゃの顔。
「!!」
唇を塞いで視線を重ねた。
「可愛いですね、本当に……だから……」
亜麻色の瞳が優しく歪む。
「……もっと鳴かせて狂わせたくなる……」
ますます激しくなる動きに、獣染みた喘ぎだけが室内に響く。
きつく抱きしめ合って、胸板と乳房が隙間無くぴったりと重なった。
腰を抱える様にしてより深く奥まで絡ませる
「……っは……ロザリー……!!……ロザリー……」
譫言の様に繰り返す名前。
「ひ、ア!!」
青年の指が尖りきったクリトリスを捏ねくり回す。
摘みあげて捻り、何度も何度も。
「きゃぅ……ン!!」
「そんなに気持ち良いですか?僕をきつく締め付けるくらい」
「っい……ああんっっ!!」
びくびくと痙攣する身体。
「ああああアッッ!!」
迎えた絶頂に視界が真っ白に閃光する。
投げ出された手足が無抵抗を静かに告げた。
「!!」
「イッたばかりで動かされると、余計にイイでしょう?」
この上ないほどの微笑みは、まだまだ終わらないことを伝えてくる。
「……僕を今度はイカせてください……ピサロ……」
少女が何度許しを請いても、彼が満足するまでは決して解放されることはない。
子宮を彼の体液が満たしてもなお。
「ああんっっ!!」
ただその背中にしがみついて、キスを繰り返す。
解るのは互いの存在にだけになるまで何度でも繰り返すように。
ぐったりとした恋人を外套で包んで、優しく抱きしめる。
「一杯しちゃいましたね」
「……………………」
「おや?ご機嫌斜めですか?満足して貰えなかった……」
言い終わる前に唇が動いた。
「ひりひりする……」
「いっぱいしましたからね」
「あちこち痛い……」
「久々に床でしちゃいましたからね」
「……腰……起たない……」
「ちょっと飛ばし過ぎましたかね……謝ります」
「……………………」
「ピサロ?」
「でも……ロザリーが好き……」
愛しくて愛しくて、夜も眠れない。
誰にも渡さないと決めた永遠の恋人。
真っ赤な瞳に浮かんだ涙をそっと拭う。
「……ピサロ……」
腕の中で生まれる小さな寝息。
衣服を直して、恋人を抱きながら扉を開けた。
「……お勤めご苦労様です」
「……ピサロ様はおやすみになられたのか?」
「ええ。なのでベッドに運ぼうかと」
「塔の外に、エビルプリーストが居る。ピサロ様の術が弱まったら入り込むつもりだ」
ロザリーの唇がゆっくりと歪んだ笑みを浮かべる。
「迎え撃つだけです」
「助勢してやるよ」
「ありがたい。助かります」
疲れきった顔で眠る恋人。
額に汗で張り付いた前髪を指先が優しく払う。
螺旋階段を登り行く二つの影。
最上階の扉を開いて、少女を真新しいシーツの上に静かに横たえた。
上掛けを直して、寝心地が良いようにと甘い香を焚き詰めるのは彼女の騎士。
「来ましたね」
「ああ」
黒髪を靡かせた青年が勢いよく扉を開けた。
王家の紋章の刻まれた肩当てと長剣。
深紅では無いものの赤を帯びた瞳。
容姿端麗とはまさしく彼のことをいうのだろう。
「貴様がロザリーか」
「しっ……ピサロが起きちゃいますよ」
指先を唇に当てて、わざとらしく片目を閉じる。
「しかも、ぼんくら騎士まで一緒か」
言い終わる前にアドンの居合抜きが終わった。
ぱららと零れる黒い前髪。
「ぼんくらでも、皇女の娘婿には指名されるんでね」
現父王にピサロの婿にと指定されたのは外ならないアドンなのだ。
「ピサロ様はお休み中だ。帰れ」
「俺がわざわざ来てやったんだ。連れて帰るぞ」
「ここは僕の家です。勝手な行為は許しません」
法衣姿の青年が、賢者の杖を構えた。
「貴族だかなんだか知りませんが……」
宝玉の先端から生まれる霧。
「ここでの勝手は許しませんよ」
古エルフ魔法を得意とする半面、力で押されれば粉砕されてしまう。
同じように、この最強の魔剣士は一切の魔法が使えない。
しかし、この二人がタッグを組む限りピサロに準じる力を持つもので無ければ打ち崩すことは不可能だ。
「手っ取り早く」
「死んでいただきます」
剣先を交えようとした瞬間に響く少女ののんびりとした声。
「んー……寝ちゃったのか私……ロザリー?」
恋人の声に青年が振り返る。
「うるさかったですね、ピサロ」
「ううん。喉渇いちゃった」
額に降るキスに、幸福そうに閉じる赤い瞳。
「お茶を煎れますね。お菓子もありますし」
「ありがとう」
上掛けから覗く細い脚。
人前で肌を露出することなど滅多にないピサロのそんな姿にエビルプリーストの憎悪が燃え上がる。
「エンヴィ……居たのか?」
あらわな乳房を飾る小さな乳首に息を飲む。
「ピサロさま、御召し物を」
アドンの差し出した衣服を受け取って、青年の目の前で着替え始める。
見られても恥じる身体ではないとばかりに。
均整の取れた体躯と括れた細腰。なだらかな双丘が織り成す形のいい小さめの尻。
上向きの乳房は大きさは少し足りないかも知れないが形のよさがそれを補う。
何よりも陽射しなど浴びたことのないような透き通る肌が視線を奪った。
「後ろ、結んでくれ」
「はい」
首の後ろの飾り紐に指が行かないと、アドンがそれを補助する。
「髪飾り」
「はい」
豊かな銀髪を手慣れた動作で結びあげてスタールビーの飾りを添えた。
「大変に麗しく思います」
「来るとき暑かったんだ。夏も近い」
「御髪が……」
ぱら、とこぼれる前髪に、男の手が触れた。
「お茶が入りましたよ、ピサロ」
「ありがとう」
椅子に座ってカップを受け取る。
ハーブティーにお気に入りの蜜を入れて、銀のスプーンで丁寧に掻き交ぜる。
「あなたはストレートでしたね」
「ああ」
「あなたもどうぞ。ピサロの客人ならもてなしますので」
四人分の茶とスコーン。
「アドンはいらないのか?」
蜜の入った小瓶。
「俺の分はピサロさまが使ってください」
「エンヴィも折角だから飲んでいけ。ホビットたちのお手製だぞ」
「……………………」
デスパレスでは、こんな表情は見せたことがない。
ごく普通の少女の笑顔。
畏怖され崇められる皇女ではなく、ただのピサロとしてそこに居る。
「何の用だ?エンヴィ」
「おまえの囲う愛人を見に来た」
眉間に皺を寄せてカップに口を付けて飲み干す。
「ロザリーは錬金術師だ」
「愛人で十分だ。エルフ風情が」
「愛人にすらなれないんですからね」
「ぐっ……!!」
飛び散る視線と火花。
ロザリーを甘く見て良い目に遭わないのを嫌というほど知っている青年は、二度ばかり頭を振った。
「婿に指名されることもない、不毛で通じることのない超片思いですね」
突然の名指しにアドンが視線を投げる。
(俺をまきこむな、ロザリー……)
男達の思惑など知らない振りをして、皇女は二個目のスコーンに手を付ける。
のんびりとニ杯目を煎れて満足げにため息が零れるほど。
「その減らず口から錬成してあげますよ」
「自ら寿命を縮めるかエルフよ」
「駄目猫よりも頭が悪い……僕の錬金術でも駄目かもしれませんね」
エビルプリーストが立ち上がった瞬間に床に落下するティーカップ。
同時にピサロの手が動き、彼の眼球の寸前にフォークが突き付けられた。
「お気に入りのカップだ」
「僕が直しますよ、ピサロ。お貴族様は錬金術がお嫌いみたいですしね」
「この……エルフの分際がっっ!!」
囚われたのは果たしてどちらか。
どちらも蜘蛛には違わない。
「とにかく、デスパレスに帰るぞ」
ピサロの手を掴んで無理矢理連れ出そうとする。
振りほどいて少女はロザリーとアドンの後ろに姿をかくしてしまった。
「デスパレスは私の城だ。帰るも帰らぬも私の自由だ」
エビルプリーストの瞳の色に、ロザリーが首を傾げた。
「王家筋の血ですか?それにしても、随分と……」
ピサロも始めから王位継承者だったわけではない。
皇女としては第一位にいたが上には二人の兄が存在していた。
幼い頃から帝王学は修めてはいたものの、王位からは離れた位置にいたのだ。
しかし成長した彼女は、エスターク王以来と言われる魔力を帯び始める。
瞳の紅は日増しに鮮やかになり、銀髪と対を成した。
「もしやあなた……ピサロに負けましたね?」
王位継承者を決める御前試合。
並み居る猛者たちの中に少女は静かに佇んでいた。
まだ幼さの残る横顔。
「おまえも出るのか?」
自分の腰ほどの背丈の少女。大剣を抱いて瞳を静かに閉じている。
「父上に言われた」
「ふん……怪我をしたくないなら逃げることだな」
青年の声など聞こえないとばかりに遠くを見つめる。
「ピサロ!!ここに居たのか」
「アドン」
「あっちに行こう」
少女の手を引く少年の姿。
その姿からするに魔剣士だろう。
(子供まで出て来るとはな……)
相次ぐ戦乱で二人の兄は散っていった。
この試合のほんの数日前にピサロは第一位の継承者になったばかり。
しかし、その力は誰にも引けをとならい。
「アドン、待ってるの疲れた」
「でも、父王様がピサロにも出ろって……」
「お父様はいつも突然。私、湖の向こうに遊びに行きたかったのに」
頬を膨らませる姿に、剣士が笑う。
「終わったら俺と行こう、ピサロ」
「本当!?」
「うん。一緒に行こう」
そして二人は次々に勝ち進んでいく。
王家筋のエビルプリーストも。
ピサロもアドンも剣だけで勝ち進んでいた。
迎えた試合は皇女ピサロとエビルプリースト。
沸き上がる歓声が期待の大きさを感じさせる。
「この間の子供か」
「……………………」
閉じたままの双眸。銀色の睫毛。
「怪我をしたくなかったら下がるんだな」
「それはおまえの方だろう?」
凛とした声。
試合開始と同時にエビルプリーストの火炎魔法が炸裂した。
ピサロの身体が一瞬にして火だるまになり、あたりにどよめきが起こる。
「!?」
まるで菓子でも食べるように、彼女は炎を飲み込んでしまう。
次々に襲い来る魔術も剣で切り裂いて。
「この程度か?」
ゆっくりと開く瞳に宿る鮮やか過ぎる赤。
「皇女……デスピサロ……」
「死ね」
剣に宿る魔力な大きさは無尽蔵で、一振りするだけで呪文など必要なしと生まれる稲妻。
自分よりも劣る男に用はない。
そして件の決勝戦でピサロとアドンの一騎打ちとなったのだ。
壮絶な撃ち合いを制したのは純粋な剣士であるアドン。
封印していた魔法を使うことを、ピサロは余儀なくされ辛くも勝利する。
そしてこの試合が二人の名を響かせる事となったのだ。
初の女王誕生、それもエスターク王以来と言われる魔力の持ち主。
エビルプリーストがピサロに求婚を始めたのもこの日からだった。
「しかもコテンパンに負かしたんだ」
「君は強いですからね」
「アドンにも勝てない」
「彼も強いですからね。君に認められるほど」
銀髪を愛しげに撫でて視線を絡ませる。
「貴様も強くはないだろうが」
「ロザリーは強いよ」
少女の言葉に、青年が目を見開く。
エルフは剣を持つ種族ではない。
そして余程でない限り、皇女は強さを認めないのは周知の事実だ。
「そんなことありませんよ」
剣と魔法だけが強さではない。
ロザリーには底知れぬ狂気があることを二人は知っていた。
「エンヴィ」
「……………………」
「晩餐会の時には一曲踊ろう」
ピサロなりの優しさを断るには、エビルプリーストは彼女に惚れすぎていた。
「今日のところは引き取ろう。しかし、城を空けすぎるのは感心せん。お前を部下達が待っている事も忘れるな」
皆が、主を待って職務を忠実にこなしている。
「たまにまともな事も言うんですね」
「色欲の固まりだけど……」
だからこそ、騎士はますます皇女から離れなくなる。
「ああいう男は好きじゃない」
どれだけ強さがあっても、まだ不安定な部分も多い。
皇女故の世間知らずなこともある。
「じゃあ、僕と彼と一緒に居ましょうね」
「……うん……」
「お茶を煎れ直しますね、ピサロ。ああ……マフィンでも焼きましょう。君の好きな」
小さな厨房に消えていく後ろ姿を見送る。
ピサロを中心として、ロザリーとアドンは奇妙な関係を築いていた。
皇女を護る騎士と錬金術師。
布陣としても強固なものであるのは明白だ。
「ピサロ様?」
「私は……王として相応しいのか?」
「他がなんと言おうと……」
翠の瞳が真っ直ぐに見つめる。
「俺の主君はあなただけです」
皇女とその侍従となったあの日から、ずっと彼女を守り続けてきた。
「ありがとう、アドン」
幼なじみを脱ぎ捨てて恋人になることも選ばずに、ただひたすらに忠誠を誓う。
「今日は城に帰るよ」
「俺が言うのもおかしいですが……今夜はロザリーヒルにお泊りください。今のあなたには……あいつが必要です」
彼女が唯一、依存できる存在。
それがこの小塔に囲われる青年なのだ。
「あなたもですよ、ピサロナイト」
ピサロの名を刻んだ大剣を携えた忠実なる騎士。
「僕たち二人が必要なんですよ」
三人分の紅茶と焼きたてのマフィン。
「今夜は三人で楽しみましょうね。ふふ」
「相伴にはあずかるほうだ」
「勝手に決めるな!!」
囚われたのは誰だろう?
恋人たちは夜を翔ぶ。
23:12 2008/05/10