◆恋◆
「アッテムトに行こうと思うの。エスターク様が眠ってるって話だし」
剣を磨きながらピサロが小さく呟いた。
この隠れ里は女王が通う恋人の住まう土地。
「アッテムト……身体には良くなさそうだ」
「しばらく会えないかもしれない」
「じゃあ、鉱山ごと吹き飛ばしましょうか。発掘も楽になるでしょうし」
剣を鞘に納めて首を振る。
銀髪が風に揺れて光を帯びて輝いた。
「ダメ。エスターク様ごと吹き飛ばしちゃうから」
頬に触れる唇に、重なる視線。
細身の体を包み込む漆黒の外套と、少しだけ踵の高いブーツ。
「最近はなんだか不穏な空気も流れてるし」
「勇者と名乗る蛮族ですね?」
「エスターク様を復活させて、さくっとやっちゃえばいいもの。レオの所から近いし、
ちょこちょこ手伝って貰ってるのよ」
「猫の手も借りたくて借りてるわけですね」
「ちょっとだけ行ってくるね。夜には一回戻るから」
約束のキスを交わして、女王はキングレオ城へと消えてしまった。
胸騒ぎの原因を追究するにはこの時間が一番だろう。
天空の守り人が落とした小さな命。
完全に隔離され忘れ去られた山奥の村でその命は育まれていた。
エンドールでの茶番染みた試合から三年。皇女は女王となり、世界を掌握しようと動く。
古の王エスターク以来の魔族の時代の到来だと魔物たちも色めき立っていた。
(ピサロは確かに強い……けれどもまだ甘い……)
ざわめきを噛み砕いて禁書に手を伸ばす。
天空の守り人はおそらく自分のような逸れエルフを見逃すことはないだろう。
それでなくともあらゆる場所から狙われる体なのだから。
(仕掛けをつくりましょう。僕がもしも死んだ時のために)
湧き立つ城内に女王は首を傾げた。
「ピサロ様!!」
魔物たちが一斉に礼を取るのを制して、きょろきょろと目的の男を探す。
「レオはどこだ?」
「はっ!!キングレオ様はアッテムトの方に」
「そうか。ならば私はそちらへ向かおう」
「もうすぐ御帰還予定です。どうぞこちらで」
出された紅茶を口にしながら待てば、空間の歪曲する気配。
珍しく殺気だった男の姿にピサロは席をたった。
「これは女王。我が城に何か?」
「珍しい。半獣姿なんて久々に見た」
手を取って唇を押しあてる。
細い指を舐め上げる舌先が淫靡に動いた。
「どうかしたのか?」
「気に当てられた。あそこには本物のエスターク王が眠ってるぜ」
そのまま軽く引き揚げれば、爪先だけがフロアに触れて。
「一曲どうだい?御姫様」
多少強引なのは元の性質と獣の性が融合したもの。
「俺達が今度はこの世界を作りかえる時代が来たんだ」
「必要のない人間は殲滅する」
赤眼がきらり、と輝く。
「いずれは天空人も狩る。この世界に神などいらない。融和不能な種族はすべて滅ぼす」
「流石は俺らの女王だ。迫害された異種族を守り、今一度俺らの時代を!!」
ふいに指先が、獣耳に触れる。
「興奮すると半獣になるのか?」
「あそこの瘴気は本当に気持ちがいい。生き返る感じだ。でも……お前に近い感じがする、
ピサロ。お前も同じような匂いと瘴気がある」
エスターク王以来といわれる魔力の持主。
魔界の主たるものは代々女がその強さを証明してきた。
ピサロの祖となる遥かなる始祖、ゾーマもまたそうだったように。
「始祖ゾーマ、魔神官ハーゴン、半陰陽のエスーク王……お前が強いのもその流れも
あるのかもな……女は底知れない強さと狂気がある」
指先を絡ませて繋ぐ。
そのまま軽くステップを刻んでぐい、と抱き寄せた。
「お互いにこんな恰好じゃダンスも何もあったもんじゃないな」
「そうか?私はお前はその格好の方が好きだが」
「ああ。ロザリーが出るまではアドン一人殺せばいいと思ってたが……でもないみたいだな」
深淵たる女王と子爵ならばつりあいも悪くはない。
初めから王位継承者だったならばこの男が夫となることもあったのだから。
「まあいいさ。愛人くらいにはなってるだろ?俺だって」
「ああ」
「お前の旦那が不憫だ。一生頭もあがらねぇのもあるが……そとに男囲ってるのを知ってる。
加えてその男の警護だ。余程お前に惚れてなきゃ無理だな」
藍色交じりの黒髪は闇より闇に似て美しい。
銀眼の獣王は女王を守る男の一人だ。
「お前と最初に逢った時はこんな風に化けるなんて思ってもみなかったな」
女王と名前で呼び合う臣下など存在自体が馬鹿げている。
それでも彼はそれを止めず、彼女も咎めない。
「ピサロ様、今宵は我らが城に」
駆け寄ってくるバルザックに困ったように女王は答えた。
「そうしたいのは山々だが、ロザリーに帰還すると伝えてあるんだ。お前達も死にたくはないだろう?」
「じゃああの錬金術師とお前の騎士も呼べばいいさ。ここで晩餐だって悪かないはずだ。
あの島よりは錬金道具だって揃ってるからな」
キングレオ城の地下室もまた、錬金術の研究に使われている。
「まぁ……いずれは俺もある人間を食いちぎるつもりだ。それためのより強い力が欲しい。
お前の抱える錬金術師の腕は確かだ。性格は激悪だがな」
獣王の城には純粋な魔物が多く仕える。
「食いちぎる?」
「エンヴィが何年か前に山奥の村を壊滅させたろ?その天空人の仲間に居るんだ。因縁のあるやつが。
バルザック!!ちょっとあいつら迎えに行って来てくれや!!」
「ピサロ様は此方に!?」
「ロザリーがここに来るならば、私が移動する必要もあるまい。頼めるか?バルザックy」
「はいっ!!すぐに連れてまいりますっ!!」
レオの私室に通され、向かい合って座る。
組み合わせた指の上に顎を乗せて女王は男をじっと見つめた。
「因縁?」
テーブルの上に零れる銀髪。
漆黒の外套は椅子に引っかければ、黒衣に真紅のドレープの妙。
「人間でも錬金術ってのはできんだな。こっから少し進んだところの村に、錬金術師が
居たんだよ」
その錬金術師の名はエドガンという。
石を金に変化させる扱く初級の錬金術を使う男の名は、キングレオ一帯に広がっていた。
彼がこの地を掌握した時、本来の王は幽閉されることとなる。
命を奪わないのは必要な情報を直接に脳内から引き出すのに便利だからという理由だった。
「息子が二人いたんだよ」
獣王に錬金術の結果を報告する際、エドガンは二人の息子を連れてくることが多かった。
兄は見事な踊りを、弟は慣れないながらも魔術を披露する。
双子の兄弟の成長を獣王は少しだけ楽しみにしていた。
「あの男の血を引くだけあってな、どっちもいい魔力を持ってたんだ」
成長を待ったのはいずれ錬金術で魔物に変えるためだった。
素体が強ければ強いほどに合成獣は美しく生まれる。
バルザックを弟子という名目にしてエドガンの所に置いたのも実際のところは二人の監視のため。
そのバルザックも遣い魔を使役して本人はこの城とデスパレスを行き来する忙しさだた。
「ついこの間の出来事だ。その子供たちに会うことができた」
唇から覗く牙。
くい、と詰襟を人差し指で下げればそこに刻まれた醜い傷。
「あの餓鬼ども、この俺を殺そうとしやがった」
鎖骨に下に走るその傷はあえて消さないとレオが唸るように呟いた。
「だから、俺は骨一つ残さないであいつらを殺す。復讐のためにこの城にくるだろうしな」
伸びた手がその傷に触れて。
指先から暖かな光が生まれ彼の体を包み込んだ。
「私でも癒せぬ……本気なんだな」
「ああ」
「だからお前の錬金術師を呼んだ。俺だったらあいつの求める実験体には不足ないだろう?」
「……………………」
恋人の錬金術の腕が確かなことは彼女が一番に知っている。
しかし、その強すぎる力は絶えず彼女を不安のふちに追い込むのだ。
己が己で無くなることを恐れながら。
「イスタールの血は、悪くねぇ」
「引き返せないところに行ったとしても、悔いることは……」
女王の手を取って今度は甘いキスをする。
初恋のようなときめきを絡ませて。
「お前がそこに居るんだ。俺たちだってそこに行かなきゃおかしいだろ?」
夕食を終えた後に、青年は合意のもとに地下室へと向かった。
健康で魔力の高い素体はそれだけでも希少価値だ。
「ピサロ、あまり見ていていいものでもありませんから君は向こうへ」
誰も攻め入ることのできないように扉の前にはピサロナイトが。
「……私も知るべきだろう?私のことを……」
小さな声はまるで自分に言い聞かせるような弱さ。
スタールビーのピアスだけが鮮やかに色付く。
「……わかりました。では、そこから決して動かないでくださいね」
「レオは……」
「深い眠りに。目覚めるころには大きな力を手にしてますよ」
躊躇なくロザリーは青年の四肢を切断していく。
素体としても文句のないそれを薬液の中に浸して、細胞の成長を促した。
首筋に刺された何本もの管が絶えず血液を流動している。
腹部を綺麗に真横に切り裂き、中の腸を取り出していく。
「それは?」
「呪われた宝石です。聞いたことはありませんか?古エルフの守るルビーの話を」
「……夢見るルビー……」
それは覗きこめば一瞬にしてすべての感覚を失ってしまう魔力もを持つ石。
その欠片を内部に埋め込んで再び縫い合わせていく。
糸は光を帯び、縫いあとは一瞬で消えてしまった。
「青毛の美しい獅子になるでしょうね。元々、彼は獅子の系譜でしょう?」
こくん、と頷く。
椅子の上で膝を抱えてただじっとそれを見つめる姿。
「六本の腕はすべてを砕き、あらゆるものを壊す」
次第に肌の色が瑠璃に近くなる。
均整のとれていた身体は獣の毛で覆われ、人系をとどめていることは難しくなってきた。
彼のように元が魔獣の物は、原型になればなるほどにその力を発揮する。
ピサロのように元が人に近い形はその形を捨て去ることで強さを得るように。
薬液の中から腕を引き上げる。
「これを、こうします」
目の前で三つに裂かれる青年の腕。
裂かれたその瞬間に生まれだす新たな存在。
伸びた鉤爪は漆黒の鋭さ。肌など簡単に破れてしまう。
手際よく縫いつけていけばそれはもとからそうだったかのように存在を誇示した。
同じように作り変えた脚に刻まれた呪詛。
そこに立つだけで生まれる瘴気は、神官など呼吸だけで殺せるだろう。
「無から作るわけでもありません。君とはまた別です」
「そう…………」
伸びた髪がくるる、と風に触れた。
「これでレオは死なない?」
「確率は減ります。筋力は約五倍……彼でなければ耐えられない増強になってます」
焼き鏝を手にしてロザリーの唇が歪んだ笑みを浮かべた。
「何を?」
「君の忠臣であることを忘れさせないために」
肩口に刻まれる王家の紋章。
肉の焼ける匂いが室内に充満した。
「あとは少し薬が抜けるのを待ちましょう」
手袋をはずして青年が女の髪をそっと撫でる。
「あなたにとって大事な友人でしょう?僕にできる最高級の合成獣として作りました。
女王の名に傷など付けることはありえません」
「うん」
「少し妬けますけどね。でも、君にとっての友人なら大事にしないわけにもいかない」
手を伸ばして青年の体を抱きしめる。
胸に顔を埋めれば同じように抱きしめてくる細い腕。
「ロザリー、居なくならないで」
「居なくなりませんよ。僕はずっと君と一緒に居るんです。きっと、君の騎士も、彼も」
横たわる獣人から生まれる瘴気がゆっくりと広がる。
それに呼応するようにピサロの唇が震えた。
「ピサロ?」
爛々と輝く赤い瞳と小さな口から覗く牙。
細い体をぼこぼこと走り回る何かに青年は目を見開いた。
「!!」
その肌を打ち破って生まれる幾重もの刃。
禍々しくも美しい魔族の女王は静かに微笑み手を伸ばした。
直接に脳裏へと響く声。
『この手をとれるか?』と。
背の刃は広げた羽根のようで空気を裂くほどに鋭利に輝く。
銀髪は空気を揺らし、あの赤い瞳だけが彼女たることを伝えた。
「馬鹿ですね。そんな簡単なこと」
両手でその体を抱きしめる。
本来ならば切り裂かれるべき肌は無傷のまま、彼は愛しげに恋人に頬を当てた。
「僕はどんな姿の君でも愛せるんです。君が僕をあいしてくれるから。このくらいで僕が
壊れるとでも思ってましたか?」
収束される刃とぐったりとした見慣れた恋人の姿。
「反応しちゃんですね……瘴気が純粋であればあるほどに君は強く禍々しく……綺麗になる……」
抱き上げてちら、と視線を青年に向ける。
何事もなければ時間がくれば自力で目覚めるだろう。
扉を静かに開ければ忠臣が視線を投げてくる。
「ピサロ様?」
「寝ちゃいました。僕も少し……疲れました……」
「煙草、吸うか?」
「いただきます」
それでも髪につく匂いが少しでも心地よいようにと、彼が嗜むのは甘い香りのもの。
キスの苦さは仕方なくともそれ以外はどうにかしたいと考えてのことだった。
「顔に似合わないもの吸ってますね」
「殺すぞ」
「できるならどうぞ」
壁に凭れて男二人、座り込んで。
「レオは大丈夫なのか?」
「おぞましいほどに強いですよ。それよりも……もっと禍々しくて美しい者が誕生しました」
究極の進化を遂げる錬金術の最高峰、それが進化の秘法だった。
「どういうことだ?」
「まだ彼は目覚めませんから、見せましょうか」
皮袋からロザリーは拘束具を取り出す。
魔術封じもできる特別性のそれでピサロの四肢を縛り上げる。
「ピサロ様に何を!!」
「死なないためにですよ」
吸いかけの煙草を指先で潰して。
扉を開けて室内においていた鎖を使い、貼り付けるようにしてロザリーはピサロの動きを
完全に封鎖して小さく笑った。
「ああ、もしかしたら貴方にも変化があるかもしれません」
立ち込める瘴気に青年の指先が震えた。
「なんだ……この感じ……」
「ピサロを御覧なさい」
外套を突き破る、刃で構成された美しい羽根。
陶器のような肌はまるで銀のような光沢と光を生み、小さな口から伸びる鋭利な牙。
肘からは花でも咲くかのように刃と棘が交差して。
掌からは長剣が生まれて武器などなくとも彼女そのものがそれだと告げた。
「純粋な瘴気に反応したんです。ああ……あなたも辛そうですね」
暴れまわりそうな左腕を必死に押さえ、青年はその場に蹲る。
この左腕は彼女のそれを作り変えたもの。
ピサロの瘴気に反応するのは至極当然だった。
「片腕だけですから、そんなに辛くもないでしょう?必要なら鎮痛剤を打ちますし」
「なぜ……お前は……ッ!!」
古エルフといえども魔族の瘴気を耐え抜くのは過酷なことだ。
それなのにロザリーは眉一つ動かさずに呼吸をしている。
「僕は、この中に入ってるんです」
「!?」
「瘴気を吸い込み生命とする、古エルフの秘宝……夢見るルビーが」
古エルフの始祖は精霊ルビスという。
かつて敵対したものの子孫が結ばれてしまったのは因縁か悲劇か。
「だから僕の涙はルビーに変わる。それもとびきり純度の高いものに」
アドンの腕に突き立てられる金色の長針。
その先端から注入される薬液に体が大きく仰け反った。
「ピサロもあなたも元々の素体が人の形ですから、それを捨てればより強くなれる。
彼は元々が獣ですからね。青毛の美しい獅子になりました」
呼吸を整えて主君のほうに視線を向ける。
金属のような肌を持つ異形の美女の姿。
「髪の一筋まで武器になるんです。究極の美しさですよ」
申し訳程度に絡まる黒衣を剥ぎ取れば、無機質の肌が妖しく輝く。
魔封じの拘束具がなければいくら眠っているとはいえ無事ではすまない。
しかし言い換えれば彼女を押さえ込むこのできる最終手段がこのロザリーだった。
「本当に可愛い人だ」
乳房の形や腰の括れはそのままに遂げた見事な変化。
「女の子だからあんまり複雑な変化はきっと嫌なんでしょうね。原型留めない位の
方がもっと強くなるんですけども」
波打つ金属の肌。乳房に掛かる青年の指先。
「いや、ピサロ様だからこそ原型を留めたんだろう。この方はエスターク王以来の
魔力の持ち主……エスターク王の生まれ変わりとも言われるくらいだ」
「ここで進化が止まるわけではありません。もっと……もっと強くなりますよ。あなたもです
ピサロナイト。とても楽しみですね……」
錬金術は生命進化をつかさどる禁術の一つ。
関わる者は狂気をはらむものが多いという。
「お前は人間をどう思うんだ?」
「どうも思いませんよ。ただ邪魔なだけで」
「同じか、俺と」
「鎖の痕が着く前にはずしてあげないと」
闇よりも深い場所にすむ者を目覚めさせてはいけない。
彼はその鍵を持つ男なのだ。
「夜食でも準備してもらいましょうか、目が覚めたらお腹がすいたとかいいそうです」
「そうだな。この辺は果物が美味い」
真夜中過ぎに目覚めれば己の変化に気が付く。
あふれる力に指先を折ればそれだけで充満してくる気力。
「レオ様!!」
駆け寄ってくるバルザックににやり、と笑う。
「俺は強くなったぞ」
「はい!!レオ様の補助は俺が全身全霊でやらせていただきます!!」
しかし、彼は知らない。
青年が仕掛けた最後の爆弾が己の体の中にあるということを。
エルフの呪われた宝石に宿る秘法。
「ピサロはどうした?」
「おやすみになられました」
「そうか。起きてたら悪戯してやろうと思ったんだけどな」
革紐で髪を括り上げて、テラスに出てのんびりと星空を見上げる。
こんな時に隣に彼女が居ればと思う。
「レオ」
隣に並ぶ小さな影。
「ガキは寝てろ」
「ずいぶんな言い方だな」
夜風に揺れる銀髪が奏でる音色。
「レオ」
男の手に触れる小さなそれ。
「どうやったら私を子供と見なくなるのだ?」
「そうだな」
後ろから小さな体を抱きしめる。
「もう少し乳が育ったらだな。揉み甲斐のねぇ……ちっちぇえな」
それでも彼の存在がどれだけ心を軽くしてくれただろう。
女王となった今も彼は何も変わらずに接してくれる。
「錬金術で大きくならないものかと、ロザリーに聞いてみた」
「無理だろ」
「このままのほうが良いと言われた」
「俺はもっとあるほうが好きだけどな。まあ、待てば育つだろ」
くい、と男の髪を引っ張る。
「お前の体は俺だってよく知ってるけどな」
「レオは私の嫌なことはしたことがない」
「あたりまえだろ。好きな相手を攻撃するのは子供の愛情表現だ」
「それ、エンヴィに言って」
「この間、言ったぜ。青筋立てて怒り来るってたな。栄養不足だな、ありゃ。
若いうちにはげるタイプだぜ?」
頭の上に男の顎先が乗って。
夜を裸で飛ぶようにこの恋はただ綺麗でやさしい。
真夜中過ぎの赤い月はどうしてこんなにも甘い色なのだろうか。
「レオ」
「あ?」
「私にドレスは可笑しいか?」
どこか兄と妹のような穏やかな関係を彼は選んだ。
退くことも一つの愛の形だと。
「白は着るな」
「どうして?」
「すぐに赤くなる。お前を奪い合う男どもの血でな。そうなったら洗濯番と仕立て屋が
なくぞ。黒とか青とかにしとけ」
どうしてこれ以上この人が苦しむことを容認できるだろう。
その苦しみを少しでも消せるのならば。
それさえもおこがましい考えなのだとしていても。
「うん」
あと、どれくらい思い続けられるだろう。
この思いが恋だと思えるうちに決断を下した。
「俺はこの世界なんて、そうも興味はねぇよ。お前がこの世界にこだわりがないように」
ただひたすらにこの恋を信じるだけ。
「俺は父王に忠誠を誓った。お前の臣下じゃねぇ」
「レオ」
「何だよ」
「私が死んだら悲しいか?」
「お前が?死ぬわけねぇだろ!!馬鹿かっつーの。俺がこんなになってんのに、お前が死ぬ
わけねぇだろ。おまけにあの塔には物騒な男もいる。そこまでたどりつくにもお前の
忠実な犬っころぶったおさなきゃねーんだぞ」
その瞳にそむかないように、己の信念を貫くだけ。
「分かったらガキはさっさと寝ろっ!!」
「分かったけども、私は子供じゃない」
「まっ平らな乳のガキじゃねぇか」
男の腕にからまる女の細いそれ。
「胸は足りないな、確かに……」
「別に、乳だけが女の価値じゃねぇけどな」
「もう少しだけここに居てもいいか?」
「ガキのお守はよく父王からやらされたからな。お前は本当にはねっかえりでよく、あの
犬っころと騒ぎばっかり起こしやがって。セレンソも頭抱えてたもんだぜ」
「アドンも私も、お前から見れば子供だろうな」
思うだけが愛ではないように、彼の作りだ形も一つの恋だった。
「寒くなってきな。早く寝ろ」
「でも」
「寝れねぇってか?だからガキは……」
長身の男が少しだけ屈んで、女の額にキスをする。
「おやすみのキスはしてやったぜ?お姫様」
奇跡の価値はその魂で決まるという。
「仕方ない、休むか」
「そうしろ」
髪に絡まるのは甘い香り。
彼女は守られているようですべてを守る存在。
この思いは自分の胸だけに隠して、もう少しだけこのまま誤魔化して。
あの日、まだ幼かった赤い瞳に射抜かれたこの胸の痛み。
未だその矢は止むことなく何度も何度もこの胸を撃ち抜く。
きっと、息絶えるの日まで。
「あとはあのいけすかない男をどうしましょうかね」
朝食を取りながらロザリーが呟く。
「思いっきり不細工に作ってやれよ」
「とびきり気持ち悪い感じも良いな」
男三人の見解は同じで、女はため息をつくばかり。
「ピサロ様、お茶のお代わりを……」
「すまない」
「囀りの蜜でよろしいですか?」
「ああ」
バルザックの給仕は女王にのみ。パンをちぎって口に入れる姿。
「バルザック」
「はい」
「錬金術をきわめて、あいつらを少し静かにさせてくれ」
「はいっ」
貴女に似たひとを好きになることはやっぱりできなかった。
貴女の傍にいられるならと愛の形を変えた。
それでも、恋は恋で。
その瞳が憂うことなく過ごせるように。
14:04 2008/11/02