◆半歩分だけ、少し遠くに◆
海賊たちの隠れ里にパーティは身を寄せていた。
風のうわさでここにオーヴの一つがあると聞いたからだ。
女勇者ジェシカは海賊の頭領と意気投合。
しかも、この頭領、女伊だてらに海の猛者たちをまと纏め上げる手腕を持つ。
短く切られた金髪は、まるで少年のよう。
翠の瞳に白い肌。海賊には見えないその容姿。
「あんたおもしろーい!」
「あんたもね!」
「あたし、グレッド。よろしくね、ジェシカ」
酒壺をそのまま酌み交わし、二人は大声で笑いあっていた。
それを横目で煙草をふかすのは魔法使いのエース。
先程グレッドから受け取ったここいらでは見かけない高級品の煙を吸い込んで満足げに笑う。
「いまどきの海賊は美人が多いよな」
細身の筋肉質。弁髪の武道家。名前は蓮(レン)。ジェシカのパーティの戦闘隊長。
東の果てを飛び出して、酒場で管を巻いてるところをジェシカに捕まった。
「あ、そのカードあたり。あたしの勝ちね」
ストレートフラッシュを決めて不適に笑う美女。
耳元と唇は真紅の色合い。
博打好きな僧侶ホーリィ。自らを「堕落僧侶」と称するが、 腕は確かな回復役。
それぞれが際立ったパーティ。それがジェシカを中心としたこの面子である。
「姉ちゃん、強いな」
「まぁね。カードは頭使えば勝てるから」
年代物のワインを流し込んでホーリィは次の手を読む。
肩の辺りで切りそろえられた金髪。
深く蒼い海の瞳。
僧衣に身を包み穏やかに笑う姿は、慈悲の象徴そのものだが、一皮向けば 本性はこちら。
祈りの言葉よりも、カードの読みのほうがしっくり来ると本人は笑う。
鉄の槍を振りかざし、風の呪文でモンスターを薙ぎ倒す。
愛用のシガレットケース。護身用の聖なるナイフ。
初めてその本性を知ったとき、レンはしばらく立ち直れなかったほどだ。
顔も身体も極上品だが、中身はこれが極悪そのものだとレンは呟く。
「ホーリィ。調子はどうだ?」
「あたしに勝てるやつが居ると思う?」
目の前に積まれた金貨は少なく見積もっても三万ゴールドはあろう。
レンはたいしたもんだと笑った。
仮にも海賊から金銭を巻き上げるその手腕。
肝心の勇者は同年代の少女同士、恋に化粧に話を咲かせていて止める気配など微塵も無い。
「よっしゃ!!今日のあたしにはルビス様がついてるっ!!」
豪快に今度は麦酒を流し込んでホーリィは相手を見定めるように唇を舐めた。
(かわいそうにな……ケツの毛までむしられっぞ……)
しらんぷりを決め込んで、レンはうらうらとカウンターに向かっていった。
酒場が静かになったのはその数分後だった。
海で魔物に襲われた海賊の死体が運ばれてきたからだ。
必死に応戦したが力尽きた海の男。
仲間の死に海賊たちは哀悼の意を表した。
「………」
その凄惨さにジェシカは目を瞑る。
それに気付いたエースがジェシカの手をそっと握った。
煙草の火を消して、ホーリィが前に歩み出る。
カッと目を見開いたまま事切れた海賊の瞼に指を置き、静かに目を閉じさせる。
「姉ちゃん……」
「あたし、これでもカミサマってのに仕える身だからさ」
ホーリィは静かに祈りこの言葉を紡いで行く。
それは歌うような、それでいて、語りかけるような、独特の詠唱だった。
彼女は厳密には僧侶ではなく、神官だ。
博打でしくじったところを酒場で勇者に声をかけられたのだ。
『コインで決めるわ。裏ならあたし、表ならあんたの勝ちよ』
そして、彼女は旅に出ることとなったのだから。
「この御霊を、暖かき日の光の元に……」
その声にほぅっとため息が上がるほど。
先刻までカード賭博に興じていた姿は微塵もなかった。
「ありがとうよ。きっとこいつも今頃海の女神のところで酒盛りしてるだろう……良い奴だった。私の大事な仲間だ。
さぁ!野郎共!!!送り酒だ!!!派手にやろうぜ!!!!」
おお!と歓声が上がり、活気が戻る。
ホーリィも静かにカード場へと戻って行った。
「姉ちゃん、ちょっとは手ぇ抜いてくれよ!!」
「ほらほら、さっさと出しなさいよ〜〜〜」
騒々しいことは、幸せの証。
あちこちで花咲く声に、ホーリィは上機嫌で笑っていた。
波の音は耳の奥に。
潮風は肌に。
恋しさは―――――胸の奥に。
「おい」
「何よ」
てくてくとレンが歩いてくる。
「お前、あんなこともできんだな。ちょっと見直した」
「失礼ね、筋肉馬鹿。あたしは神に仕える身なのよ。これでも」
真っ赤な口紅がトレードマーク。気の強そうな栗色の少しつりあがった瞳。
好きなものとは酒と煙草とギャンブル。
気分屋で武器の扱いもそこそこ出来る。
ホーリィは僧侶としては異色な女だった。
「なぁ、お前今度の誕生日で幾つよ」
レンは煙草に火をつけながらホーリィの横に立つ。
「レディに年聞くあたり筋肉馬鹿ね」
その吸いさしを奪い、ホーリィは口にする。
「ったくこの女は」
「二十七よ。年増で悪かったわね」
「俺なんか三十だぜ」
「男は三十路からって言うじゃない。あたしなんか終わってるわ……お子様二人は あたしが寝てる間になんかあったみたいだし」
「俺も寝てる間にエースにやられたって感じ」
二人にとってエースとジェシカは弟、妹のようなものだった。
その成長が嬉しくもあり、少し寂しくもある。
「なぁ」
「何よ」
「俺、人恋しいのよ」
「……あんたのは人肌恋しいでしょ」
頬を突く指。ピンクに染められた綺麗な爪。
「分かってんなら」
「いいわよ」
ホーリィの髪を風が撫で上げる。
「あたしも人恋しいことがあるから……」
与えられた部屋の中、二つの影が重なり合う。
「…んっう……」
何度か口付けを交わしながらレンはホーリィの僧衣を脱がせていった。
隠されていた豊満な乳房に目が釘付けになる。
その頂を舐め上げる。
「…あんっ……」
僧侶ではなく、まるで娼婦。
柔らかな身体は、男の本能を一瞬で呼び覚ます媚薬。
「僧侶の身体じゃねぇよな……」
「…嫌な男ね……」
三つ編みの紐を解くと、ホーリィの周りに漆黒のカーテンが降りる。
「解いたほうがいい男よ、あんた」
首筋に触れる唇。
舐めるように吸い上げれば、ほんのりと裂く赤い花。
浮いた鎖骨から、なだらかな曲線をたどって両手で乳房を掴む。
「あん……」
ちゅぷ…と先端を吸い上げて、円を描くように揉み抱く。
零れそうな乳房と、その柔らかさ。
女特有の甘い匂いは聖職者の名を彼女から剥ぎ取るには十分な代物だった。
「あ!んぅ……!!」
かりり、と噛まれてびくんと揺れる細い肩。
男は女の身体を弄り、嬲る。
唇が離れるときにちゅっと音がして、糸を引く。
女も慣れた手つきで男の身体を弄った。
無骨な指が女の内部をかき回し、応えるように女は嬌声を上げる。
とろりとした体液がレンの指に絡みつき、『早くおいで』と誘ってきた。
「あああんっ!!!」
下腹部全体に圧迫感が押し寄せる。
忘れた頃にいつもこの男は求めてくるのだ。
汗ばんだ肌と男の匂いが心地良い。
一瞬だけでも『孤独』を忘れさせてくれるもの。
戒律も、何もかもを忘れさせてくれる小さな魔法。
「や…ぅ…!……い…ぁ…」
男の首にしがみついて、その腰に脚を絡めて。
「…ホーリィ……」
その乳房に顔を埋めて。
今だけ、一人じゃないと感じあえればいい。
「あっ…!!あんっ!!!」
奥まで突かれたかと思えば、浅い所で注入を繰り返す。
男は女を知っている。
そしてまた、女も男を熟知していた。
どうすればお互いがいいのかは分かりすぎていたのだ。
「あああああっ!!!!」
ぎゅっと締め付けられる感覚に男は女の胎に熱を注ぎ込む。
ぐったりと重なりあう体は一組の雄と雌だった。
室内に煙草の明かりが灯る。
「なぁ、俺が死んだときもさっきみたいなことしてくれよ」
「何よ急に」
同じように煙草を咥えてホーリィはレンの頬をつねる。
「って〜な。何すんだよ凶暴女」
「や〜よ。祈り言葉なんてあげないからね」
「何でだよ」
「……あたしが死んだとき、ちゃんとやってよね」
その声はさっきまでとは違うトーンだった。
時折彼女は酷く遠くにいるように思える。
その瞳は何を見て、何を憂うのだろう?
十字架は祈るためのものではなく、彼女を縛り付ける呪いの玩具。
「あたしが死んだら……誰の目にも付かないところに埋めて。時々思い出してくれるだけで 十分だから……」
「な、何言ってんだよ」
「しってる?バラモスに殺されれば…蘇生は出来ないのよ」
明日には、この命は無いのかもしれない。
足りないオーヴは後一つ。
幻に歌われる銀の宝玉だけ。
ネクロゴンドの山中深くに眠る、気高き血を引くものだけが手にすることが出来るといわれる厄介物。
「花も何もいらないから」
「ホーリィ……」
「命日には煙草もってきてくれりゃ十分だから」
彼女は少し悲しそうに笑った。
その顔は、なぜか昔聖書で見た聖女の顔に似ている気がした。
「……ぜってー嫌だね」
「何よ、意地悪」
「お前は絶対死なない。俺も死なない。もちろんあいつらも。バラモス倒してアリアハン戻って馬鹿騒ぎして……
綺麗なねーちゃんはべらせんのが俺の目標なんだよ」
「……そうね。あたしもまだまだやりたいことあるしね」
「だから、んなこと考えんなよ」
ホーリィは笑いながら目を閉じる。
「ありがと」
「なんか言ったか?」
「筋肉馬鹿って言ったのよ」
少し薄い唇が悪態をつく。
「可愛くねぇ女だな」
「あんたに愛想まいても仕方ないでしょ」
少しだけ後ろ向きの思考の女と、果てなく前を向く男の思想。
絡み合って笑い合える。何よりも大事な仲間。
「あたしね、本名はミルフィっていうのよ」
「意外だな。ま、俺も似たようなもんだけど」
国を飛び出すときに師匠が授けた名が『蓮』だと、男は笑った。
「昔は飛龍って呼ばれてた」
「そのうち、あんたの国にも行けるかもね……」
キスは、煙草の味がした。
ほんの少しだけ甘い味。
「だぁれが死ぬもんですか。あたしだって、可愛いドレス着て教会で素敵な人と結婚するんだから」
「素敵な人ねぇ……」
ざりりと無精髭を撫でながらレンは少し目を閉じる。
(素敵までは行かずとも、俺だってイイ男だと思うけどねぇ……)
重なる胸。
「優男も、好きよ」
「ふぅん……」
細い背中を抱いて、肌の感触を確かめ合う。
「野性味のある男も」
「色白の女は、好きだぜ?」
「黒い髪の男もね」
笑った顔は、ガーベラの様でくるくると輝く。
互いに「好き」というまでは、もう少しだけ時間が必要。
「明日も、巻き上げちゃおうかな……」
「レッドオーヴ貰うんだろ?まぁ、三日後にいい酒入るらしいからそれ飲んでから出発だな」
言葉に出来ない代わりに。
小指だけ、繋いで眠った。
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23:12 2004/04/09