◆過去との決別◆





「これが次の寄り代じゃ」
黒髪の美しい東の国の女王は赤子を抱きあげた。
竜の衛子の美しく小さな島国は名をジパングという。
ほかの諸王国ではみることのできない大鳥居をはじめとした独自の文化を持つことで知られる島国。
統治する卑弥呼はその強さもあり人間魔族問わずに求婚される存在だった。
二つの色の目を持つ赤子は恐らく人と魔族の間の子だろう。
皮肉にもこの溶岩洞に捨てられた赤子を拾ったのは龍神卑弥呼その人だった。
「しかしな、姉上よ……それまでは姉上が育てるのだぞ?第一、こんな子供を姉上
 が育てられるとは私は思えないが……」
天空に住まうもう一人の竜人は腕組みをしてため息を吐いた。
サンサーラと呼ばれる卑弥呼の双子の妹君。
「子育てとな、やったことはないからまあ面白そうだ」
誇り高き女王の娘として再びの命。
その名をイヨとして少女は腕に抱かれた。





「バラモスとやらがしつこくてな。あんな気持ち悪い男と一緒になるなど考えもせんわ」
朱塗の椅子に座り、赤子を腕に抱いて女王はにこにこと笑う。
神殿は常に人が払われ空間を歪ませてやってくる妹くらいしか入れるものはいなかった。
二十代も半ばに見える女王は遥かなる時間を生きてきた歴史そのもの。
伸びた黒髪が絹で織られた師服に艶やかだ。
「ほれ、よく笑うようになったぞ」
真っ赤な唇がそんなことを言う。
赤子は安心しきって卑弥呼の腕でぐっすりと眠っていた。
「まずは神事、そのあとは召喚儀式、色々と教えて立派に育てて……だろ?だからバラモスなどど
 一緒になる時間など無いのだ。妾は忙しい」
姉のそんな姿に妹は大笑い。
女王として数々の霊力ある身体を借身形成で乗り換えてきたものの言葉には思えない身体。
「イヨはな、妾と同じ眼なのだ。いうなればお前の姪だ。お前ももっと大事にせぬか」
同じ竜として生まれた双子の姉妹。
姉は日の出を守り妹は日の入りを守る。
姉は山を護り妹は海を護る。
「歩き始めたら楽しみですね、姉上」
「ふふふ。本当に可愛い子。妾の子じゃぞ!!」
夜泣きをしても、ぐずってもそれすら初めての経験だと女王は奮闘しながらの生活。
神殿も新しい巫女の誕生に活気付きジパングには光があふれていた。
竜神の力は東の国一帯を統一し、バラモスの配下には下らないと精霊たちも集結する。
幼い巫女を抱いて竜神は前線で指揮を執る。
この母の姿を見て育て、と。
「姉上、ネグロゴンドの瘴気が酷いことになってます」
「そうか。妾は今、イヨと積木で遊ぶので忙しいのだ」
「まあ、それも大事ですが……私が出撃して一掃してこようかと」
十文字の槍を手にした戦女神は麗しく美しい。
巻きつけたコバルトブルーのリボン。
「ふむ……お前が出なければならないほどの事態か……」
口元を七色の扇で隠し、卑弥呼は左右違う色の瞳で笑う。
「いえ。面倒なことになるのならば私が出たほうが早いかと」
「ほほほ……偵察ならば丁度いい集団がおる。まずはそちらをだな。ほほほ」
女王は滅多なことでジパングを離れることはない。
焔の精霊たちはこの国を護り竜神を立て祭る。
天空に住む妹姫はその眼として世界を監視していた。
「そうだ。イヨがな……最近に妾と同じものを食うようになったのだ。嬉しいのう……」
眼を細めて笑う姿は恐れられる伝説の龍蛇の神には程遠い。
八つの首を持ちあらゆるものを食らう伝説の生き物。
さわさわと赤子の髪を撫でる手。
優しい母親がそこには存在していた。






幼いながらも神事を執り行う巫女に、人々は期待を寄せた。
七つになったイヨはジパングだけではなく周辺の神官や司祭を含めても高等魔術者だった。
「母上、どちらに?」
「お前にもこれを見せておこうかと思ってな」
緋色の袴に白の巫女装束。
羽織られた七色の衣に縫いつけられた美しい龍の鱗たち。
手を引かれて辿りついたのはジパングの中枢にある溶岩洞だった。
「今日はいつもよりも空気が澄んでます」
「化け物を食らったからな。ほほほ」
住みついている魔物たちもイヨの姿を見れば静かに道を譲る。
それは龍神の娘だからではなく、己よりも強い物への礼儀だった。
「あ、足怪我してる」
イヨの指先が幹部触れれば傷はたちどころに消えてしまう。
「ほほほ。優しいこだねぇ」
小さな手をつないでくれる母が、人間であろうとなかろうと関係はなかった。
自分を育て愛し、いつくしんでくれるという事実だけが真実。
黒絹の髪が美しくて幼心にため息を覚えた。
「イヨや」
女王が手をかざせば時空がゆっくりと歪む。
その隙間に手を入れて引き出したのは美しい細工のされた宝玉だった。
二匹の竜が球を護るようにして絡みつき、深い紫から七色に変わる不思議な色。
「母上、なんだか怖いです…っ!!」
ぎゅう、と裾を握る愛娘に卑弥呼は優しく告げる。
「これはジパングの宝……龍の心臓じゃ。妾の次はお前が護るのじゃ」
「龍の心臓……?」
「そうじゃ。そなたは竜神の娘……これはイヨのものじゃ」
恐る恐る手で触れれば宝玉はまるで生きているかのように暖かい。
「そなたを主と認めたようじゃな、ほほほ」
「母上……あったかいですっ!!」
「ほほほ……ハレとケだのう……ほんに……」





時に卑弥呼は龍蛇となり魔物を食らった。
ジパングに八岐大蛇ありと言われるのはこれが由縁だった。
「姉上!!」
「どうしたのだ?藪から棒に」
のんびりと娘と二人で食事を進めていた女王は首を傾げた。
「バラモスの軍勢が海域一帯に!!」
「…………………」
「私が行きます。姉上は……」
「いや、妾も行こうぞ。イヨ、剣を持て。弓もじゃ」
どれだけの強さをもってしても実戦経験の低さは巫女として致命傷だった。
「我が娘の初陣じゃ。ジパングの龍の軍勢と巫女の力……存分に見せてやろうぞ」
片目が赤く輝き女は静かに笑った。
びきびきと空気に振動が走り卑弥呼の肌に浮かぶおびただしい鱗。
銀色に変わった肌と唇から覗く鋭利な牙。
「ゆくぞ、我が子よ」
「はい」





少女の手から放たれる矢は魔力で生み出される。
サンサーラの槍がシルバーデビルたちを次々に撃ち落としていく。
女王は僅かに太刀を上げたかと思えば瞬時に魔物が消えてしまう。
腰に携えた草薙の剣は迷いを断ち切る幽明の太刀。
刀身全てを見せる必要もないと卑弥呼は扇を一振り。
「サンサーラ。奇妙な生き物が来るぞ」
「はい、姉上」
金色の肌に浮かぶ美しい鱗。
白眼の消えた瞳でも二人はまぶしく美しかった。
「イヨや、ここいらの化けものを全て撃ち抜けるな?」
凛と輝く銀の矢は確実に少女の体力と気力を削っていく。
額に浮き出た汗を拳で拭ってイヨは深く頷いた。
「はい!!母上ッ!!」
龍の軍勢にジパングの民は空を見上げる。
われらの女王も巫女もこんなに強い。
それは誇りでもあり希望でもあった。





黒髪麗しく風に揺れて涙を隠す。
「お嬢さん、思い悩んでどうしたんだい?」
猫目の優男がにぃ、と笑った。
背中には大振りのサーベル。腰には闇市で覗いたことのある銃。
大盗賊カンダタはイヨと同じようにバラモス城を見据えた。
魔法結界の張られた場内に入るには不死鳥ラーミアの羽ばたきで生まれる光の粉が必要だ。
虹色の光が既に降り注ぎジェシカたちは場内へと入りこんだことだろう。
「あの中に行きます。カンダタ様も?」
「残念なことに俺はこいつに雇われてるもんでね。いくしかないらしい」
親指でくい、と指されたのは物腰柔らかそうな青年。
「レオナルド様……」
「ええ。私が一日、三ゴールドで雇用してるんです。破格の手当てですよね」
その言葉に少女がくすくすと笑った。
「じゃあ、私がさらに三ゴールドお支払いいたしますわ」
「随分と高額だな、お嬢さん」
くしゃ、とカンダタの手が少女の髪をかきあげた。
形のいい額が風に触れて幼さを強調する。
「おい。レオ……あの結界ぶち破るにゃどうすんだ?」
赤茶の髪が光に透けていよいよ血のような真紅に変わりゆく。
「カンダタ様。私の母が誰なのかお忘れではありませんか?」
首の後ろで結ばれた豊かな黒髪に触れるナイフ。
髻ごと切り落とせばまるで古の巫女のようなその姿。
「私は竜神卑弥呼の娘。この髪と竜の血を以てあの結界を解いてみせます!!」




魔王の城は壮麗で澄んだ空気。
手入れの行き届いた庭には薔薇が咲き誇り、噴水は水を称える。
ただ一つ、人間の気配がしないという一点だけがこの城の主が魔族だと語る。
「趣味のいい男ね」
銜え煙草に火を点ける姿は三人。
「まったくだな。薔薇臭くてたまんねぇ…けっけっけ……」
きつく編まれた黒髪が隆々とした腕に触れた。
(こういうの切って、ここでカッコイイこと言うと良いんだよなぁ…でも、切ったらなんか
 呪われそうじゃね?だとちょっとなー……)
にやり、と唇が横に笑った。
三者三様心模様。
空色の瞳の少女が天を仰いだ。
「あー……上で空気が渦巻いてるー……何か起こるときってこうなるんだよねぇ……」
そっと少女の肩を青年が抱き寄せた。
「起きるんじゃない。俺らが起こすんだ」
「そうよ。これが最後の戦い」
「負けるわけにゃあいかねぇな」
一斉に煙草を弾き飛ばせば合図のように八方からぐるりと飛んでくる人形。
眼球もぎょろりと動き、手には槍まで備えられている。
自由な球体関節はつなぎ目がなければ人間のような動き。
人形の軍隊はその愛らしさとは裏腹の獰猛さ。
「!?」
ぐらり、と壁面を飾る石像達が動き出す。
手にした石棍棒は一撃で大理石の床を打ち砕く威力だ。
「げっ!?人形全部かよ!!」
火炎魔法で焼き切られた亜麻色の髪が焦げた臭いをあたりにまき散らす。
どろりと流れ出る体液はまさしくそれが生体人形である証しだった。
「可愛いでしょう?みんなバラモス様の御加護を受けてるのよ」
空中に浮かぶ少女の姿。
サマンオサでボストロールに姿を変えていたその少女。
「綺麗なお庭、可愛いお花。ここがあなたたちのお墓よ」
「…………胸糞悪ぃな…………」
がきん!と棍棒を鉤爪で防いで男が吐き捨てた。
「死んだころにまた来てあげる」
真っ赤なドレスを翻し、少女の姿は消えてしまう。
血生臭さの中に残る甘い香水。
「あの人形……ハラワタから引き裂いてやる……」
あの日、命だけを守って母国から逃げ出した。
復讐だけがこの心を支えて道を進ませた。
それでも、今はともに歩む仲間がいる。
「……物騒なことはいうもんじゃねぇ。女の言葉じゃねぇな」
「ケジメよ。アタシが越えなきゃいけない壁」
「あぁ」
それぞれが胸に抱く思い。この旅路の終わりにのみ待つ答え。
「姐さーん!!ぶっ放すからおっさんもそこどいてくれー!!」
青年の両拳に宿る青白い焔と煌めく氷花。
相反する二つを一度に受ければ万物を破壊することが可能だ。
しかし、この世界にその高等魔法を使える者は何人いるだろう。
それが人間とするならば片手で足りることとなる。
「ウオラァァァァッッ!!」
放った反動で飛ばされるエースを受け止めたのは銀髪の少女。
降り注ぐ石片を大剣で薙ぎ払う姿さえも凛々しくなった。
強さは力だけではなく、きっと絆もあるのだろう。
「サンキュ」
格好良い男になりたいと呟いた青年は、己の弱さを受け入れ悟りを開いた。
死が理解できないと念じていた男は生命の美しさを知った。
自分以外の他者を拒絶していた女は光りを感じるようになった。
そして……己の存在意義を求める少女は強くなった。
「行くよ!!」
エースの生み出す竜巻を足場にジェシカが石像の首を次々に切り落としていく。
それでも不死身の人形部隊は数に終わりが無い。
「これが最後だ!!バラモスの首取るぞ!!」




世界はいまだ混沌としたまま。
真実は誰もわからない。



11:25 2010/02/04



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