◆Doll trial and beelzebub's drama◆
いつも咳き込んで少し暗い所に居るのが好きだった。
陽に当たることなど好ましいと思ったことがない。
「そんなことをしてたらね、いつのまにか私の髪は真っ黒になってしまったんだ」
人形たちに囲まれて玉座に座るのはたおやかな青年。
色取り取りの花々に囲まれて幸せそのものだと笑みを浮かべる。
「ふしぎだねぇ、昔は銀色だったんだ」
魂のない器だけの人形は答えることを知らない。
彼にとっては自分の話し相手がいれば世界などたいして執着はなかった。
「リト、ここに来るお客さんも私と同じ髪の色なんだ」
「ならば闇色に美しく染めるのですか?」
「そのつもりだよ。人間は本当に面白いからね。でも……君の身体がだいぶ痛んできてる。
私はあの子の身体を君に上げたいんだ」
弦楽を奏でる人形の合奏団。
玩具箱のような可愛らしさと底知れない恐怖。
バラモスは純粋であるが故の悪の存在だ。
アレフガルドは別の世界。この世界には存在しない。
何もしならないままに人は怯え憎しみを重ねていく。
「私の軍隊はどこよりも可愛いからね。だからあの方も私をここに遣わしたのだろうし」
少女人形たちは不死の軍団。
バラモスの命がある限り何度でも蘇る。
人形たちを指揮するのは意志を持つ自立人形の少女。
バラモスの側近としていまや魔物たちさえもその配下に置くほどの魔力を帯びた。
「ああ、脚が痛んでる。交換しよう」
「……はい……」
間接球を外して新しい脚を嵌め込む。
ドロワーズのフリルもドレープもヘッドドレスも、鑑賞人形として申し分ない。
赤と緑のオッドアイ、栗金の波打つ髪。
結ばれた真っ赤なリボンを揺らして少女は窓際に向かった。
「バラモス様、向こうの方に変な色が見えます」
「変な色?」
少女を小脇に抱いて青年は視線を移した。
七色の光は氷の国の神殿から放たれているらしい。
そこに眠るのは不死鳥と謳われる伝説の生命。
「ああ、鶏がね……あれも元々はアレフガルドのものなのに……」
「私も、行ってみたいです。そんな夜だけの素敵な国……」
指を組み合わせてうっとりとする少女の髪をそっと撫でる手。
「そうだね。全部終わったらアレフガルドに戻ろう」
「はいっ」
氷の国は繰り返される戦乱でも不可侵とされてきた場所だった。
あらゆる船を遠ざけ盗賊すらも踏み込まない聖域。
守るのはランシールの神官たちであり、隙はまったくない。
「何用でしょうか?」
「ここはラーミアの神殿。すべてに侵されることのない空間」
双子の精霊は雷神の系譜を手にして言葉を紡ぐ。
隔離された別空間は地上にあって別の次元にあるようにさえ思える光景だった。
卵を守る祭壇は水晶で象られ指先が空を掴むだけで生まれる光。
その光は球体となりまるで眼球のように開きだす。
一斉におそいくる弾丸を剣で全て薙ぎ払い少女は遥かなる天上を見上げた。
「そのラーミアを蘇らせたいんだ。バラモスの城に行くために」
光りだすオーヴがそれぞれの祭壇へと飛び散って行く。
降り注ぐ光は七色から一つだけ欠けた星屑に似ていた。
幻想的なその光景は終焉への序曲。
二人の精霊はそっと前へと進む。
「あなた方は出て行ってください」
「ここはもうすぐ崩壊します」
大地震かと思うほどに揺れ出す神殿。
たまらず少女は恋人の腕にしがみついた。
「早くみんなで行かなきゃ!!」
「そうだぜ!!早く脱出しよう!!」
精霊たちはその羽で卵を挟んで差向いの位置に飛んでいく。
崩壊し始めた神殿は容赦なく瓦礫を叩きつけ始めた。
「私たちはラーミアの守人」
「私たちの命を持って最後の封印を解くのです」
大義の前には絶えず犠牲が存在する。
それは彼女に永遠について回る咎にも似ていた。
押しつぶされそうなその思いを分け合える相手がいるならばそれがきっと幸福となり。
押しつぶされた者は闇に落ちていくのだろう。
「選ばれし者よ、悲しむ必要はありません」
「私たちはラーミアとともに存在するのです」
手を伸ばしても指先さえも触れられない。
叫ぶ彼女を押さえつけてこの場所から逃げることだけができることで。
勇者の名の下に縛られる日々は終わらず。
全てが赤に溶けていく光景は残酷さを乗り越えたものだった。
幾重もの輪を描きながら光が炸裂していく。
その中から生まれたのはたおやかな翼を持つ不死鳥。
その光は世界中から確認できるほどの鮮やかさだった。
無論、魔王も女王も。
「これがラーミア……」
神官が呆然と見上げれば浮かない表情の少女と対になる。
目の前での誰かの死はこれほどまでに胸が痛くなるのだ。
「ジェシカ、人の死は辛いもの。私も辛い」
黒髪の少女が彼女の手を取る。
「だから、もう……私たちのような思いをさせないために」
この瞳に映るものすべてが正しいとは限らない。
犠牲のない平和などありはしない。
解っていても現実は残酷で過酷に少女を打ちのめす。
這いあがることもできないような淵に追い込み自ら命を絶つように。
見上げた空に輝く凍てついた銀瑠璃の星。
そこに見出すのは絶望ではなく希望ならば。
それはきっと彼女が勇者として認められることになるのだろう。
望んでそうなるものではないように、英雄とは過去になってしまった人を未来の人が
しのぶための呼称なのだから。
「行こう。女王……マスタードラゴンの城に」
雲は晴れ行き、臨むは月夜。
傾くは光の影さして蝶が誘うは死出の旅路。
不死鳥の背に乗って目指すは異空間にも近い女王の聖域。
「マスタードラゴン?どういうことよ」
不死鳥の背の上、神官は首を傾げた。
切り晒しの金髪が風に靡き形の良い額が晒される。
「母上は元々竜神。その姉上に当たられる御方」
凍てつく星の煌めき、燃え上がるは滅びの旋律。
亡くした楽園の夢を紡ぐように魔王は自分だけの箱庭を作り出す。
邪魔な駒は必要はない。
完全に作られた瀟洒な人形だけが彼のすべて。
「見えてきたわ。直接女王に聞いた方が早いわね」
それぞれが武器を手にして頷く。
夢は覚めてこその夢、終わらない苦しみを終わらせ蔦目の目覚めは死。
濃霧の中で見たのは果たして殺人人形だろうか。
瀕死の女王を守るのは異種族たるホビットたち。
「叔母様に御目通りを」
一礼する少女の黒髪が風に揺れた。
「こちらへ」
靴音が響く大理石の回廊に刻まれた戦火の数々。
この城は歴史を刻みなおも呼吸しているのだ。
「!!」
玉座に座る主は血の気の失せた顔。
痩せこけた腕はまるで骨にそのまま皮が張り付いているかのようだった。
豪奢なドレスがもの悲しさを一層引き立てる。
それでも彼女の威厳は微塵も損なわれない。
本物の血の成せる確かな竜の力。
「遅かったねぇ……門番として待ちくたびれたよ」
長剣を手にして女王の傍らに立つ懐かしい姿。
「お母様!!」
「時間がない。おいで、お嬢ちゃん」
瞳を閉じ、物言わぬ彫像のような女王の姿。
長い黒髪が真っ赤な絨毯に触れて一層際立ち美しい。
少し窪んだ瞳は彼女の命が消えかけていることを示した。
「お前が選ばれたものか?」
直接脳裏に響く鋭い声。
「我はマスタードラゴン。竜の始祖たるもの……この様を見ればわかるだろうか……
この命はじきに消える……」
世界樹の魔力もバラモスの瘴気の前には力を成さなかった。
呼吸するだけで削らされる生命。
古き者は道を譲り新しい光を導く。
「最後の力で私は私の役目を果たす。お前たちは……この世界を……」
空を掴むように動いた指先が少女に触れた。
骨ばりつめ割れ、かつての美麗さはすっかり失われたその手。
それでも今まさに死にゆかんとするのになんという力強さ。
「これがあれば魔王の結界でも迷わずに行ける……その道は私が開いてやる……」
「叔母様!!」
倒れそうな身体を支える巫女の手を借りて女王は左手を前に突き出した。
生まれる光の塊は六角形の水晶に変わり少女の手の中に静かに舞い落ちる。
太刀を抜き一振りすれば生まれる星屑の閃光。
「はあああああああああっっっ!!」
背に生えた竜の翼と響く咆哮。
真っ直ぐに伸びた光が照らすのは魔王の城。
「行け。この道もそう長くは持たない……」
ごほごほと咳き込み唇端から滴り落ちる血液。
白い肌を無残に染めていくのに、それすらも美しい。
美醜一体となった竜神のその神々しさ。
ぼこぼこと生まれてくる赤い光はまるで偽物の太陽にも見えた。
「世界の夜明け……今一度あの場所に……」
「……あたし……がんばるよ!!女王様も待ってて!!」
巻き起こる小さな風。
産まれる伊吹。
しっかりと女の細い手を握る。
「もう誰も泣かないようにがんばる!!」
「いけ……勇者よ……その仲間たちと……」
不死鳥の背に乗り込みその光を進み行く。
巫女は竜神の傍を離れようとはせずにその姿を見送った。
「良いのか?行かなくて……」
「私……母上を送ることができませんでした……せめて叔母様は……」
少女の両肩を掴む手。
「優しい子だね……私はもう死ぬものだ……お前は仲間と進むがいい……」
「叔母様!!」
「この体にある卵を……この世界を守る竜神を産み……」
だんだんと弱くなっていく力。
竜神を飲み込むような光が生まれ包み込んでいく。
閃光の中に見たのはかつて神と呼ばれた女たちの姿。
「母上……叔母様……」
振り返るその顔の美しさと優しさ。
「母上!!」
手を伸ばしても届かない。
うたかたの夢を飲み込んだ卵はまだ目覚めない。
「バラモスの結界が消えたら……この卵をあの世界に持って行っておくれ……」
「あの世界?」
「アレフガルド……人と精霊の住む幻の世界さ……」
17:42 2009/05/05