◆Espoir―episode5―◆





聞こえる歌声はセイレーンのそれだったのかのもしれない。
死出の旅を彩る魔性の歌声。
耳をどれだけ塞いでも離れることのないその音色。




「サマンオサ国王!!アンブルク八世!!」
ドアを蹴り上げて女は声高に叫んだ。
「その首、頂戴する!!」
初老の男は二人の姿を見て声を殺して笑う。
「死にぞこないの鼠が二匹か」
二人をぐるりと取り囲む死霊の騎士たち。魂なき戦士たちはおそらくかつてこの城を
守っていたものたちであろう。
鎧に刻まれたサマンオサの紋章が、今は悲しく光るだけ。
「数々の国政の乱れ、暴挙ゆるすま……ホーリィさん!?」
「逝ねや!!化け物!!」
漣の杖を振りかざし、勢いよく撃ち付ける。
元から人間ではないとにらんでいた彼女にとって躊躇などかけらも無かった。
この国を滅ぼさんとするものは、はるか昔から分かっていたのだから。
「下がって!!こいつはアタシが殺る!!」
渦巻く風の刃が国王を包み込む。四方八方からの攻撃で普通の人間ならば一撃で死ぬ。
それでも男は腕が千切れても首から深緑の体液を流しながらも身動ぎもしない。
「人間じゃない……っ」
「分かりきったことよ。こいつは……アタシの兄を殺した!!」
ただの神官ではここまで辿り着く事もできなかっただろう。
彼女は復讐という一心だけで強さをも手に入れてしまった。
それが彼女をより不幸にしてしまったのだ。
力があるからこそ、立ち向かってしまうように。




爆風と硝煙を掻い潜り、三人は玉座を目指す。
「ジェシ!!」
恋人の声に少女はラーの鏡を取り出す。
すべての真実を映すこの鏡があれば、どんなに精巧な変化も暴くことができるのだ。
「行くぞ、おめぇら!!」
武具を装着した男が扉を蹴り上げる。
「ホーリィ!!」
「姐さん!!」
爆炎をまともに受けて満身創痍の神官と魔道師の背中。
「兄貴!!」
駆け出してローブを掴む。
「エース……元気そうでよかった……」
「んな流暢なこといってらんねーだろ!!後は俺がなんとかするから!!」
その言葉に青年は首を振った。
「いいえ。私も戦います……君たちだけでは勝てません」
肩で息をする女を抱きとめて男は声を殺した。
焼け爛れた法衣と疲労に満ちた表情。今まで見たことのない女の姿がそこにあった。
「よぉ……無事みてぇだな……」
「なんとかね……一服させてもらえればすぐに戦えるわよ……」
少女が高々と掲げた鏡から迸る眩い光。それは正しく太陽を写し取ったもの。
その光と霧が止み、姿を現したのは醜いボストロールだった。
「もう一勝負……行くわよ、あんたたち!!」
女の杖から生まれる幾つもの竜巻。それはまるで風の防護壁のように一行を包む。
二人の魔道師の呪文の詠唱が重なり空気がその姿を変えた。
「唸れ雷鳴よ!!ベギラゴン!!」
「大地の精霊よ!!呪われし者に鉄槌を!!イオナズン!!」
絡まりあう熱風と稲妻がボストロールの左腕を切落とす。
「ジェシカ、俺が足止めしてやっからお前が狙え」
「あたしが?」
「ああ。あの化け物は特殊だ。お前の持ってる草薙の剣でしか斬れねぇだろ」
それは異国の親友がくれた大切な剣。
鞘から取り出し光を仰ぐ。
「うん、がんばる!!」
銀の髪を揺らす少女に剣など似つかわしくは無い。
それでも世界に選ばれてしまった少女は立ち止まることなく前にだけ進んでいく。
「化け物、こっちだぜ?」
巨大棍棒をかわしながら男は魔物の腹を切り裂いていく。
石畳に飛び散る体液は腐敗臭が酷く少女は眉を潜めた。
震える足を叱咤して前を見据える。
「ジェシ」
マントを翻して、恋人に掛かる瓦礫を振り払う。
そして触れるだけのキスを瞬きするよりも短く交わした。
「まだ怖いか?」
「ううん、もう大丈夫」
視線ひとつで彼女が何を思うか、指先が触れるだけで彼が何を感じるか。
この旅の中で二人で知ることができた。
「破っ!!」
周りを取り囲む魔物を一掃するのは女神官。
彼女ほど頼りになる神官はこの先も出会えないだろう。
辮髪を揺らして宙を舞う男。信頼厚い戦いの要だ。
絶えず盾となりまた自分を支え守る魔道師。
「やぁぁぁあああああっっ!!!」
剣を振り下ろし首を叩くように切りつける。そしてそのまま横に一気に引き抜いた。
吹き上げる体液とこぼれ出した内臓が床を腐らせて行く。
よろよろと後退る魔物の咆哮がサマンオサに響き渡った。
「!!」
「お初にお目にかかる。私はバラモス……お前たちのいうところの魔王……か」
ボストロールを光が包み込む。その中で魔物は少女に姿を変えた。
「実験途中で失敗に巻き込まれたとは恥ずかしいばかり」
「あ、あなたがバラモス!?」
透けるような肌と切りそろえられた濃紺の髪。
「我が妻となるはずだった大蛇も、お前たちに切落とされた。私は待つ、お前たちを」
空気さえも凍りつくようなその威圧感。
流麗たる姿の彼がこの世界を崩壊させる張本人だという。
「勇者よ、その名を」
「……ジェシカ……」
青年は少女の前に跪き、その手に小さなキスをした。
「再び見えることを楽しみしているぞ、ジェシカ」
拒むことすらできない恐怖。
バラモスの姿が消えるとともに少女はその場に座り込んでしまった。




国王失脚は瞬く間に国中に広まりサマンオサは復興への道をたどり始める。
「スティラ・ミルフィーヌ大神官。この国にとどまりわれらを導いてくれぬか?」
生き残った神官たちをまとめるに女はそれだけの器を持っていた。
傷だらけの仲間たちの療養もかねて、一向はしばらくこの国にとどまることを選んだ最中だった。
誰かが残らなければ支えの無い国は崩壊してしまう。
復興には礎が必要なのはわかりきっていた。
「……アタシ、ホーリィって名前なのよ。仲間と魔王バラモスを倒しに行かなきゃいけないの」
「レオナルドさまも何とか仰ってください」
頬に派手な傷を作った青年は、うんうんと笑うだけ。
「私も弟と途中までですが旅に出なければいけないんですよ。困りましたね」
「あら、どちらまで?」
「エジンベアです。そこからぐるりとグリンラッドまで」
女の隣に立って青年は空を仰いだ。
「弟の面倒を見てもらったようで……性格に難はありますが腕は良い」
「エースが自慢の兄貴だっていつもいってたわ」
三人はまだ安静にとベッドの上。
「しばらく旅に混ぜてもらおうかと思って」
「心強い限りね」
後に青年はその名を歴史に残すこととなる。
「本音を言えばあなたのそばにもう少し居たいからですよ、ホーリィさん」
どんな運命が待っていても、もううらむことはしない。
今日の空の色を忘れる日などきっと無いから。





サマンオサにはランシールから神官たちが復興の援助に来ることとなった。
エジンベアに向かう途中、ついでにランシールへ。
息子二人に無事な姿に母は涙をこぼし、父は穏やかに笑う。
「そうだ、ジェシカさん。これを」
「?」
「オルテガさまからです。おそらくオルテガ様はネグロゴンドへ向かわれたかと」
レオナルドが少女に渡したのは美しい首飾り。
ロッドを開けばそこに刻まれた名はオリビア。
「これをオリビア岬に届けてほしい、と。女同士でなければ呪いは解けぬ、と」
「ってなれば、先に岬に行ったほうがいいよな、兄貴」




この旅路の終わりには何が待っているのだろう。
願わくばそれが箱の底に残った最後のひとつ。
希望というものでありますように。





               BACK










テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル