◆Espoir―episode4―◆




船は進み行く、星の海を越えて。
命という名の光を携えながら。




「さて、どこから話せばいいのかね」
老女は悪戯気に片目を閉じて笑う。
深い皺の刻まれた手は、彼女の戦歴を静かに物語った。
「あの女は一体何者なんだ?」
青年の言葉に、老婆は小さなため息を浮かべた。
「あれは、サマンオサに愛された哀れな女さ。双子の兄もいたんだが……革命の日に
 処刑台に送られちまった。残ったあの子を逃がすために、王家の神官たちは命がけで
 あれを外の世界へと放り出したんだ。今まで、王宮生活しか知らなかったあの子をね」
自分たちが知っている彼女とはまったく違う一面。
王宮仕えの神官として、ホーリィはその生を受けた。
双子の兄とともに、サマンオサ発展のためにまさにその生涯を捧げんとさえしていた。





事の始まりはあの黒い雨の降った日のこと。
突如として王は神官たちの処刑を命じ始めたのだ。
まだ幼いとはいえ、双子神官は実力はすでに認められていた。
若年にして蘇生呪文を使いこなせるのは、その力の片鱗以外何物でもなかったのだから。
「お兄様!!」
「ミルフィ!!ここは僕が!!早く逃げるんだ!!」
襲い来るトロルの群れを少年はたった一人で食い止める。
「ミルフィさま!!早くこちらへ!!」
「兄様!!」
この手を離せばもう二度とあえないことは誰よりも自分たちが知っていた。
それでも、そうしなければここで二人とも朽ちてしまう。
「いいかい、ミルフィ。お前はちゃんと生き延びて……この世界をすくうんだ。きっと、
 世界のどこかに救うべきものが生まれる。もしかしたら、これから生まれてくるのかもしれない。
 それでもきっと……君が正しい光を持っていれば、巡り合えるから」
「お兄様…………っ」
零れ落ちる涙をそっと払う指先。
「僕たちもきっといつか……どこかで会える……だから、早く行くんだ」
その翌日のことだった。
見せしめのためにと少年の首が晒されたのは。
その日から少女は名前を変え、生きる道を選んだ。
兄の言葉を抱いて、世界を救う命を捜すたびへと。





「じゃあ、ホーリィはお兄さんの敵討ちでサマンオサに帰ってきたの?」
少女の問いに、老婆は静かに首を振った。
「いいや、お前たちに出会えたから……あれは死に場所に帰ってきたのさ。
 この命は本来はあのときに朽ちていたってね……」
老婆の元に運ばれる小さな宝箱。
それを少女にあけるように静かに促す。
「これは?」
「サマンオサの国王はバケモンさ。その真実を暴き出す唯一つのもの」
古びた呪符に指先が触れて、光が放たれる。
「綺麗…………」
銀細工の施された一枚の美しい鏡。
「太陽神ラーが残したといわれる遺産さ。こいつがあればあいつの正体が暴ける」
その鏡面に老婆の姿が映し出される。
光の波がその身体を包み、収束とともに現れた一人の女。
伸びた耳と緑の瞳。精霊族特有のその姿に一同は息を飲んだ。
「さぁ、行くとするか。われらエルフもあんたちの味方さ!!」
「まてよばーさん!!あんた一体何者なんだよ!!」
「精霊族と人間の間にたつもんさ。同じ位置にいるのがジパンクの子供」
浮かぶのは遥かな友の姿。
今もおそらく世界のために祈る。
「さぁ、乗り込むよ。先に娘はもう行ってるさ」
船を進めながら、静かにサマンオサ上空へと差し掛かる。
「あたしらもずっと待っていたのさ、この世界を救う者を」





何もかもが知らないうちに形を変えてしまっていた。
あの日と何一つ換わらないように見える呪われた王宮に入り込み、女は階段を駆け上がる。
「誰だっ!!」
「どきなさい!!」
端正な顔立ちの青年に、一瞬だけ女は足を止めた。
(どこかで見た顔……でも、だれ……?)
疲れは浮かんでいるものの、青年の瞳から光は失われてはいない。
「一人でいってはいけません。命を無駄にするだけです」
「…………どいて…………みんなが待ってる…………」
扉を開けば底にあるのは死出の旅路。
この漆喰の剥げた壁よりも、黴臭い室内よりも、床に積もった枯れて腐食した蔦葉よりも。
ずっと生臭く色の無い世界だろう。
「この先には死霊の騎士たちが終結してます。私もこの先を目指すもの……行くのならば
 私も同行しましょう」
差し出される手に、重なる姿。
(この感じ……どこかで……)
「私はレオナルド・アーク・バーツ。討伐対としてランシールから来ました」
「……!!……もしかして、エースの……」
その言葉に青年はにこり、と笑う。
「弟をご存知で。それは何よりです。時間が有りませんからね」
黒髪に鷲目の青年は、おそらく彼が育てばこうなるであろうという具現のようにさえ思えた。
落ち着きと知性、そして的確な判断能力。
「エースもちゃんと生きてるみたいでほっとしました。では、行きましょう」
レオナルドの掌から光が生まれ、渦となり扉を吹き飛ばす。
同時に、一斉に襲い来る死霊の騎士たちを女は漣の杖で打ち砕くようにして前へと進みだす。
隼の剣で魔物たちをなぎ倒しながら、青年と女は謁見の間へとひたすら向かう。
そこに座する王の首。それが目的なのだから。
(この男(ひと)……強い……ただの神官じゃないわ……)
通常、神官は剣は持たない。筋力を魔法力に変えるのが所謂呪術系のものたちなのだ。
戦士、剣士、武闘家などはその逆で、魔法力を捨てる代わりに能力を特化させやすい。
神官としては女は突出しているほうだろう。
しかし、この青年のように総合力でみれば足りないものも目立つ。
(でも……今は行かなきゃ。早く…………)





城の至る所から上がる白煙と炎に、男は煙草を投げ捨てた。
「派手にやらかしてくれてんねぇ……さすがは博打神官様だ」
黄金の爪を手にし、男は不敵に笑うだけ。
向かうところ敵なしのこの一行、相手がたとえ国王でもそれは変わらない。
「誰かと一緒なのかな。ホーリィ一人じゃここまで派手にはできないとおもうよ」
剣を磨いて、少女は刀身に自分を映し出す。
(お父さんかな……だったら良いな……)
船を王室の窓際に向けて、女はその航路を定める。
「兄貴かもしれない。兄貴、半端じゃなく強ぇから」
霹の杖を手に、小さく笑う。人差し指で眼鏡を押し上げて眼下の光景を見据える。
「エース、目、痛むの?」
「いや、大丈夫。見えにくいだけだからさ」
ちゅ、と小さなキスを交わして少女はティアラを直す。
「さぁ行っておいで子供たち!!存分に暴れておいで!!」



目指すは死の迷宮。
王という名の皮を被った化け物の座する場所。





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