◆Espoir―episode3―◆





火山に囲まれし亡者の国。踏み入れる代価にはその命。
灯火翳して進んでみても、足を掬われ進めない。
目に見えるものは真実ではなく、その花のような一片の想いだけが光へと導く。




「荷物持ったか?ガキども」
男の声に二人が頷く。エースが手にしたのは霹の杖。神官のみが持つことを許された
真実の光を称えた一品だ。
「サマンオサは虚構の王国。気をつけていくのよ」
「分かってる。レオ兄とニル連れて帰って来るからよ」
送り出す息子の背が、どれほど頼もしいと思えただろう。
この封印された島から出ることの適わない自分たちと違って、純白の翼を持つ青年。
「おばさま!!必ずみんなで戻ってきますね!!」
「奥方、息子も娘も、俺の女もガキどもも任せてくれや」
埃塗れの祠の中、光を飲み込み渦と化す空気の海。
身を投じれば瞬時にいずこかへと連れ去ってくれるルビスの残した遺産。
それが『旅の扉』と呼ばれるものだった。
「ここに飛び込むの?」
エースの手をぎゅっと握り、ジェシカはじっと青年を見上げた。
「そう。兄貴たちもこっからサマンオサに行ったはずだから」
神官の島から亡霊の国に通じる扉。なんとも不可解で皮肉な関係と言うべきか。
「待ってるってのもありだぜ?お前ら」
男の声に少女はぶんぶんと首を振る。
「嫌!!ホーリィとエースのお兄ちゃんと妹、連れてくるの!!」
「誰が逃げるかってんだ。俺だってやるときゃやるんだよ」
光が導く亡者の国。
逃げることなく三人はその渦に飲み込まれていった。





「お母様……酷い有様ね……」
城下町を歩きながら女は顔を顰めた。
いたるところに転がる死体と、漂う腐敗集。
デスフラッターが肉片を食い漁り、半分蕩けた目玉がごろり…転がり落ちる。
「ああ……国王が変わっちまったからね」
「代替したのではなくて?」
「あたしの右目はオーヴの欠片が入ってんだ。あれは間違いなくバケモンさ」
老婆は足元に転がる髑髏を蹴って、天を仰いだ。
かつてこの国は緑と水を称え、最も美しいと称された。
人々は活気にあふれ賢君と呼ばれる国王が統治するサマンオサは信仰も厚く、
神官や僧侶が数多く滞在していた。
それが数年前の火山の噴火と共に、外界と切り離されてからすべてが変わってしまった。
王家に小言一つでも呟けばその日の夕刻には首を跳ねられる。
神に祈ることさえも禁じられ、神官たちは軒並み虐殺された。
「ありがとう、お母様。もう大丈夫」
「あたしもあんたと一緒に戦うつもりさ」
その言葉に女は「いいえ、これ以上誰も失いたくないの」と。
失った自分の半身を取り戻すために、彼女はここに帰ってきたのだ。
「可哀想な子だ……あんた一人で何もかも背負い込んで……」
骨ばって皺だらけの優しい手が女の背を抱く。
涙が見えないようにそっと肩口に顔を埋めた。
「さよなら……お母様……」
「馬鹿いうんじゃないよ……親より早く死ぬ娘があるかい……」
擦れた声も何もかも、優しすぎて手放せなくなる。
それでも、退くことはもう出来ない。
「もってお行き。あたしたち海賊にしか持つことを許されなかったものさ」
美しい銀の細工の施された一本の杖。中央には限りなく澄んだ輝石。
それを囲むように細かな爪と荒波と静寂を模したレリーフ。
「細波の杖さ。お前もあたしの船に乗ってたんだ。持つ資格はあるさね」
もう一度会うために、約束はするもの。
だからこそ人は、希望を失わないのだから。




「……ん……お兄ちゃん……」
耳元に届く懐かしい声に、エースは目を開けた。
「……ニル!!ニルッ!!」
「お兄ちゃんっ!!良かった!!生きてたーーーーっっ!!」
双眸に涙を溜めて、少女は三人をじっと見詰めた。
黒髪と闇色の瞳は、一族の証のように彼女にも受け継がれている。
汚れたローブと煤だらけの頬がこの国の有様を知らせてくれた。
「……っと、ジェシ!!おっさん!!」
少女の体を揺さぶって抱き起こす。
暗闇の中でもぼんやりと光を浴びる銀の髪の美しさ。
「エース……?ここ……」
「多分、サマンオサの領域だ。どっか打ってないか?大丈夫か?」
男の言葉に小さく頷いて、ジェシカはゆっくりと起き上がった。
「ジェシ、妹のニルレヴァーナ。おっさん、手は出すなよ」
欠伸をかみ殺して男は辺りを見回す。本能が感じる不穏な空気がここが亡霊の国だと告げた。
「お前の妹か……お袋さんに似て別嬪じゃねぇか」
「は、はじめまして。ニルレヴァーナです。え……っと……」
戸惑う少女に青年が呟く。これが自分の仲間だと。
「蓮さんとジェシカさん。ジェシカさんのお父様は多分、レオナルド兄様と一緒です」
エースの兄、レオナルドとオルテガはサマンオサへと渡った。
もしかしたら、ここでようやく逢えるのかもしれない。
欠片を拾い上げながら少女はここまで来た。
「お父さん……逢えると良いな……」
感傷に浸る暇がないことは、この体に刻まれた傷が教えてくれる。
痛みはそれだけで自分がまだ生きていることを証明してくるのだから。
「国王は魔物です。満月の晩にはその姿を現します、レオ兄様が言ってました」
「満月ったって……あと何日あるってんだよ。それまでに姐さんが特攻かけねぇって
 保障なんかねぇし……むしろ……」
覚悟を片手に、女は祖国へと帰った。
ましてあの神官が黙って待つような性格ではないことは、誰よりも自分たちが知っている。
「今晩にでも夜襲掛けるな、あの女は」
「うん。ホーリィは短期決戦が好きだからね」
ティアラを直しながら、ジェシカはマントについた誇りを払った。
「じゃ、急がなきゃ。ホーリィ一人じゃきっと大変だもん」
「だな。行くか」
「はいよ。ニル、お前はランシールに戻れ。んでこの旅の扉をあっちから閉じるんだ」
このままにしておけば、魔物たちが大挙して押し寄せてくるのは時間の問題。
まだ移動呪文の使えない少女を安全な故郷へ送ることが先決だと彼は判断を下した。
「でも……エース兄様……っ……」
「兄貴連れてすぐ帰るって、かーちゃんに言っとけ」
このときに見た三人の笑顔を、少女は生涯忘れることはなかった。
それは覚悟を共にした者達だけに許されるものだったから。





少女が女を信じるように、青年も兄の生存を信じていた。
ランシールでも五指に入るほどの力を持った男がそう簡単に死ぬはずがない。
自分にとって憧れだった男――――――――。
「バケモンが国王って……簡単には入れねぇってことだよな……」
まだ陽が傾くまでには時間がある。女神官がまだ動くとは思えない時刻だ。
「手がかりはなんだかんだあるはずだ。上、見てみな」
空に浮かぶガレオン船とこちらに視線を投げてくる老婆
「乗りな!!運んでやるよ!!」
三人で顔を見合わせる。
運は自分たちに向いているらしい。
ルビスの笑みも同じように。
「行くか」
「だな。早いとこ片付けよーぜ」
「お父さん、まだいるかなぁ」
さらさらと降り出した穏やかな雨。まるで死者への弔いのような暖かさ。




それぞれの思いを乗せて船は行く。
この亡霊たちの国を。





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