◆Espoir◆





それは村と言うにはあまりにも壮麗すぎた。
浅瀬を越えた先にあった村の名はランシール。
大神殿を称えた神官の小さな王国といってもおかしくは無かった。
「エース!!久しぶり!!」
理力の杖を振り回して走りよってくる少女の姿。
「ナロ!!久しぶりだな!!」
手を取り合って再開を喜ぶ姿に、ジェシカは目を細めた。
「こっち俺のパーティ。ジェシカとホーリィと蓮。すっげいい奴」
黒髪を二つに結わえ、そばかすのある柔らかな頬。
丸い瞳は海のそれ。年のころは青年と同じくらいだろう。
「ナロ・ウエンスティル。この村の大神官です」
若い彼女が大神官の地位にいるのは、ランシールがそれだけ実力主義だということ。
年功序列ではなくその力一つでどこまでも高みを目指す。
「おじさんとおばさんも待ってるよ。早く行きなよ」
「あー……親に会うの面倒くせぇ……」
「馬鹿だね!!エースがいなくなってから警護団も討伐隊も大変だったんだから!!」
背中を押されて青年はあきらめた様に歩き出す。
「行く?俺んち……」
「まぁな」
「保護者だからね。あたしたち」
首をこきん、と回して顔を見合わせる。
「それに、あたしたちはともかく、ジェシカはちゃんと紹介したほうが良いわよ」
「だな。大勇者の一人娘食っちまいました、ってな」
げらげらと笑う二人を尻目に青年はため息をついた。
どちらにしろ、帰ってきた限りにはそうしたほうがいいのも確かなこと。
「行きますかー……実家に……」




村の中心に聳え立つ大神殿。
重い足取りでエースは扉の前に立った。
「おい、礼拝してから実家か?」
男の声に首を振る。
「……ちょっと……まさか……」
「そうでーす。ここが俺んちでーす」
扉を開いて足を踏み入れる。そのまま突き進み、二人の神官の前でエースは膝を突いた。
「たっでーまでございますよ。とーちゃん、かーちゃん」
「あらぁ!!お兄ちゃんお帰りなさいっっ!!」
走りよってくるのはおそらく母親。奥でのんびりと構えるは父親だろう。
彼は母に良く似ていると少女は小さく笑った。
「出て行ったきり帰ってこなくて!!でも、あちこちから話は聞こえてたけどね」
短く切られた黒髪と笑窪。
小柄な身体に合わない杖を構えて母親はエースの背中を抱いた。
「あー……ちゃんと生きてる。良かったわ……」
「ニルは?」
「ニルちゃんは……サマンオサ討伐隊に入ったの。今は国境のあたりかしら……」
うな垂れる姿は、同じ国で息子を一人失っているから。
だからといって彼ら二人がランシールを離れてしまえば島に張られた結界は魔物に破られてしまう。
「……俺らも行くよ。サマンオサ。兄貴の仇を討ちたいんだ」
息子の頭をくしゃくしゃと撫でて、男は目を細めた。
そして、ゆっくりと視線を三人のほうに向ける。
「息子が成長したのはあなた方のおかげですね。ようこそランシールへ。司祭長のアストリア・バーツと
 言います。これは妻のシエラ、共にこの村の司祭です」
神官の村の異名を持つランシール。
「息子は腕はいいのですが素行に問題が多いので、何かと迷惑をかけてるとは思いますがよろしくおねがい
 しますね」
丸メガネを指先で押しやって、男は一礼する。
「エース、奥の部屋を客室に。それが終わったら村を案内してさしあげなさい」
「へいへい」
荷物を持ち、二階に上がろうとする少女の姿。
「おや……あなた、もしやオルテガさんのお嬢様ですか?」
「お父さんを知ってるの?」
「ええ。レオ……上の息子と共にサマンオサに向かったはず。その後は分かりませんが」
ギアガに行く途中、サマンオサに寄ったと仮定するならば。
サマンオサに何らかの手がかりがあるはず。
父親の後姿はもうすぐのところまで。
「それと、あなたにこれを」
差し出される古びた魔法書。
そっと受け取ってページをめくる。
「いずれ娘が後を追ってここにくるだろう、と。お預かりしてました。愚息のパーティ
 だっとはなんというご縁でしょう」
穏やかな父母に育てられ、彼は彼として形成された。
「エースがいてくれるから、あたしは安心して戦える。だから、エースのお父さんとお母さんに
 逢ったら、ありがとうって言いたかったの。だって、二人が出会わなかったらエースは産まれて
 ないんだもの」
銀の髪は陽に透けて、まばゆい光を称える。
小さな身体の勇者の後姿は、不思議なほどに大きく見えた。




神殿を中央にして張り巡られた水路と、豊穣なる緑。
外界からの渡航手段は浅瀬に覆われたランシールは皆無に等しい。
島内の人間の手解きが無ければ入ることは不可能に近いのだ。
「あとで船を近場まで動かすか」
「あたし、重労働は嫌よ」
咥え煙草の三人と、果実を齧る少女の姿。
「俺とかーちゃんで引っ張るから問題なし。あの人意外とすごいから」
彼が今まで素性をはっきりとさせなかったのはここにあった。
海賊船に乗り込んだときも、ランシールの出としか言わなかったのだから。
折り紙つきの大神官はいまや賢者として羽ばたこうとしている。
その秘めたる魔法力は計り知れない。
「神殿から一本道、そっから別れる四本道。ランシールでみれる地獄があるぜ?」
視線を女に向けて、青年は二本目に火を点ける。
彼女が何者なのか。それは船に乗り込んだときからの疑問だった。
そしてここ、ランシールこそが彼女の正体を知ることができると踏んだからこその帰郷だったのだから。
「地球の臍って場所。もちろん行くよな?神官だったら一回は行かなきゃなんねーし」
己の鍛錬のために、世界中の神官たちがここランシールで苦行に挑む。
自分自身と向き合うこと、それが地球の臍の修行。
「あたしも行く」
「ちょうど四人だしな、俺も混ざるか」
闇を見つめればいつか小さな光が見えてくる。そう信じてここまで来た。
いつの世も支配者は憂いに焦がれその身を黒に染める。
「明日あたりにでも……」
「今すぐ行きましょ。時間なんてあってないようなもんなんだから」
少なくともランシールにいる限りは魔物と戦う必要は無い。
ここには神官レベルの魔道師が集っているのだから。





「おにいちゃん、丁度良かったわ!!バンパイアの群れが出ちゃって。退治して頂戴」
「やだよ。ナロに頼めばいいだろ」
ばりばりと頭を掻いて、帽子を目深に被る。
「ナロちゃんはさっきゾンビ退治に出かけたわよ。それに、ママもおにいちゃんがどれだけ
 強くなったかみたいもの」
にこにこと笑って母親は胸の前で手を組み。
彼女とて魔物と戦えないわけでは無い。
時間に換算すればよほど父母のどちらかが出たほうが早いだろう。
それでも息子が兄を追ってこの島を飛び出した日から、安否を案じていた。
悟りを開き賢者となり、ここに帰ってきたという事実。
「霹の杖もらったんだ。姐さんの友達に」
「似合ってるわ。エースもレオもニルも自慢の子供よ」
雷の杖を構えて前に進む。
「エース、あたしも手伝う」
「ジェシは結界の外じゃないと戦えねぇだろ?おっさんも。打撃はこっからじゃ通用しねーし」
つまり攻撃できるのは自分とこの女神官だけ。
どちらも素性を隠したままの二人。
「天地の精霊よ。その息吹を我に!!」
始まる呪文の詠唱と渦巻き始める気流。
高々と杖を掲げて一振りする。
「ベギラゴン!!」
爆裂系最高位を誇る呪文を駆使し、魔物を一掃して青年は振り返った。
「かーちゃん、こんなもんでいーか?」
ぱちぱちと手を叩いて母親は満足げに笑った。
「じゃあ、ママはパパとあっちを片付けるわね!!」
男をひきつけれて今度は彼女が前に出る。
女はその両手に剣を、男は理力の杖を。
「あなたっ!!」
「うん、やろうか」
青年のそれとは正反対の歌うような呪文の詠唱。
二人の声が重なり合い、空気の色がゆるり…と変わった。
「イオナズン!!」
「ベギラゴン!!」
魂の欠片さえ残さないで死霊を天に昇らせる。その閃光だけで未練を残していた
影は粉々に砕け散った。
「すごーい……エースのお父さんとお母さんかっこいー」
呆然とする少女に青年は嬉しそうな唇に。
「あったりめ。俺のとーちゃんとかーちゃんだしな」
そう、彼はこの二人の血を引く正当なる神官なのだ。
それを今までひけらかすことも無くしたたかに生きてきた。
あえて神官ではなく彼は魔道師を選び、そして賢者となる。
神官を超えた存在になるための選択だった。
(そうね……とんでもないガキ……甘く見ちゃだめね……)
目的であるサマンオサへの帰国は目前まで来ている。
そして、そこが最後の別れとなるのだから。
「とーちゃん、地球の臍にいくから鍵開けてくれよ」
「けど、お前は……」
「みんなで行くからさ。頼む」
青年は一つの賭けに出た。
ここで両親に真実を明かされればこの計画は失敗する。
「分かった。道は四つ。丁度いい数だ」
真剣なまなざしに、息子の胸中を父は察した。
ゆっくりと休むことを選ばずに、地下神殿を選んだのにはそれなりにわけがあるのだろうと。
「みなさん、こちらへ」




小さな道は孤独への扉。
パーティを離れての行動に、少女は不安げに眉を寄せた。
「ジェシ!!」
少女の手を取ってしっかりと握り締める。
「地球の臍は真実が見えれば帰ってこれる。なんも怖くない」
「本当?」
渡されたのは小さなランタン。中には魔法で作られた灯りが閉じ込められている。
「武器は持ってっても良いのか?」
髪を結いなおし、男は愛用の武具を皮袋から取り出す。
同じように女も理力の杖でニ三度床を突いた。
「ええ。中は魔物であふれてますから。死なないように気をつけてくださいね。死体すら
 残らないことも多いので」
心配無用と先に進む二人と、その瀬を見送る少女。
石壁と階段の先に口をあけて待つ闇。
「大丈夫。あなたは必ず帰ってこれる」
迷いながら誰もが旅を続ける。安住という名の鎖を求めて。
自由の羽と引き換えに、人は不自由という名の幸せを手に入れるのだ。
「エースを大事にしてくれてありがとう。ちょっと不器用だけども、優しい子よ」
遥かに離れた母を思う。
今でも母親は自分と父の帰りを祈り、待ってるのだ。
「とーちゃん、かーちゃん」
少女の指と自分のそれを絡ませて、きゅっと力を入れる。
「俺の恋人。そのうち嫁さんの予定のジェシカ」
「可愛いお嬢さん。お兄ちゃんにぴったりよ。ニルちゃんも喜ぶわ。毎日みたいに
 お姉ちゃんが欲しいってずっと言ってたしね」
待つ者も、旅立つ者もどちらも同じ思いを抱いているのだ。
「あたし、行くね。エース」
「俺は最後に行くから」
小さな背中を見送って、青年は二人のほうに。
「これで良いんだな?」
「ああ。俺はここを出る前にもう洗礼受けてるし。それに……姐さんが何者かこれで分かる」
地球の臍に入れるのは、生涯一度だけ。
二度目は入り口で弾かれてしまう。
「姐さんとおっさんの真実……見させてもらうぜ」




小さな小さな優しい光。
それを人は希望と名付けた。




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