◆Honeyberryと甘い月―大嫌い?それとも大好き?―◆
ノアニールに立ち寄ったはいいが、話の通りに眠りの村。
「本当に起きないねー」
立ったまま眠る青年の頬を指で突いて、ジェシカは目を丸くした。
(目ん玉、落ちそうですよー。お嬢さん)
レンはなにやら道具屋の前で怪しい動き。
「何やってンのよ」
くわえ煙草のホーリィが、その手元を覗き込む。
「んぁ?貰えるモンは貰っとく主義なんでねぇ」
皮袋の中には溢れんばかりの満月草。酒に入れれば万病に効く薬となる。
東の果てのジパング特有の文化だ。
「ふーん。あ、アタシもこれ貰っとこ」
(窃盗じゃねーか!!あんたら!!アンタ仮にも僧侶だろ!!)
此処に来る途中、何度かキラービーの大群に襲われてきた。
山間部の魔物は一筋縄ではいかないことが多い。
「さて、んじゃ行きますか。エルフの里とやらに」
追いはぎ上等。世界を救うにはそれなりに遊ばなければ苦しいと男は笑う。
(はぁ……俺、とんでもないパーティにはいっちまったなぁ……)
目深に帽子を被って、魔法使いは外套を翻す。
「エース、早く行こう?」
風に揺れる銀の髪。二つに結わえて、道を示す。
(悪いことばっかじゃないんだけね。まぁ、追々慣れて行きましょうっと)
妖精たちが身を潜めて暮らすのは森の奥。
女王が統治するそこは、小さな国家といっても過言ではなかった。
伸びた耳と、透ける美しい一対の羽。
妖精族は本来温厚な種族。
魔物が暴れだすまではのんびりと生活を営んできた。
「人間に用など無い!!」
取り付く島も与えぬ勢いで一喝するのは妖精族の長。
伸びた髪を一つに纏め上げ、腰には長剣を携える。
「そんなにどなると、皺増えるぜ」
青年は頭を掻きながら女にそんな言葉を投げた。
「姐さんも気ぃつけた方がいいぜ。小皺って、大変なんだろ?」
「殺してもいい?このガキ」
「お前、一応神官だろーがよ。殺るのは構わねぇけど、夏場の死体はすぐに腐るからよ」
エルフの里の付近には腐った死体が集まってくる。
人間ならざる者の匂いが、彼らを呼び寄せるのか。
その命の光は、魔物にとっても高級食材。
「ね、あなたがここの女王様?」
「そうだ」
「夜になっちゃうから、あたしたちここに泊まってもいい?」
ジェシカに怖い物など無い。
「ダメって言っても泊まるけど?」
僧侶は、槍の先を女王に突きつけた。取引は、パーティの中で彼女が最も実績がある。
「夢見るルビー、それと一緒に同封されてた手紙……欲しくない?」
「……人間の分際で……っ……」
ぎりぎりと、歯軋りをして女王は女を睨む。
「そうよ、崇高でもない人間よ。それの何が悪いの?」
心だけは、誰にも汚される事は無い。
だからこそ人間は、限り無い希望を抱いてどこまでも高みを目指す。
「あんたたちだって、激しい勘違いでノアニールを眠りの村にしたじゃない。
魔物達に食い散らかされた死体なんて見れたものじゃなかったわね……
エルフのわがままで村一つを消す……あたしたちは『たかが』人間だから……」
伸びた髪が、風に靡く。
「あたしたちは誰の配下にもつかない」
「姐さんの口は悪ぃけど、間違っちゃいねぇよ。俺だって、誰かの命令に従うなんざ御免だ」
煙管を銜えた魔道士は、辺りを静かに見回す。
「まぁ、たかが人間の俺らにできるのは熊退治くらいだけどな」
「あたしも熊退治するよーーー」
親子のような武闘家と勇者が拳を突き合わせた。
「このあたりの熊を退治できるものか!!」
金切り声など聞こえないと、二人はゆっくりと来た路を戻って行く。
それを追いかける影もまた二つ。
数時間後、四人は夥しい熊の山を作り出した。
砂でそれを作るかのようにして、その頂はまだ止まる事を知らない。
「焼いて食うか」
「おっさん、俺さー熊もう飽きたわ」
休憩中とばかりに煙草に火を点けるのは男二人。
女二人は持参したクッキーを口にしながら地図を広げている。
「お父さん、イシスにはもういないかもね。このまま回ってポルトガに行った可能性が
高いわ。ここは商業都市だから、船も買えるかもしれないし」
「そっか……お父さん、どこにいるんだろ……」
ぺたん、と座りこんで項垂れる姿。
銀の髪がふわふわと風に泳いだ。
「ここに、お父さん来なかった?女王さん」
「…………………」
「オルテガっていうの。あたし、お父さんを探してるの」
逢いたいと願えば願うほどその影は遠くに行ってしまう。
「お父さんと一緒にバラモスを倒して、家に帰るの。お母さんのところに」
「……その男なら今頃砂の国だろうよ」
「ありがとう。出来ればノアニールの人たちを元に戻してあげて」
宝石と目覚めの粉を引き換えて、手紙を奪うようにして女王は読んだ。
切々と書かれた娘の心。
もっと自由に生きたい、その文字に涙があふれる。
「お行き!!人間など……人間など……っ……」
手紙を握り締めて涙をこぼす姿を、彼女は生涯忘れなかった。
それはまだはるか遠い未来にはなるが彼女が彼女たる者となったとき。
全ての命に等しく幸福を、と願ったのだから。
日没間際に村へと滑り込みでたどり着く。
少女が目覚めの粉を広げようとするのを、男が止めた。
「どーせなら、一晩ぐらい豪勢に行こうや」
ノアニールは酒とハムが名産品。野宿の連続の身体に染み込む美酒と美味。
「でも……」
ちらり、と隣の女僧侶を見。上げる。
「神様だって許してくれるわよ。楽しく飲みましょう、ジェシカ」
倉庫に眠る特上の生ハムとワイン。
メインには豪傑熊の肉を豪快に焼いたもの。
茹でた小芋と青菜は軽く塩で味をつけて。ちぎった生野菜には拝借したフルーツビネガーを。
「いっただきま〜〜〜っす!!」
次々に消えていく食料と果実酒。
星がいっぱいのこの夜に騒げるだけ騒ごう。
「おっさんたちもさっさと寝たし……あっちのほう行ってみねぇか?」
酔いつぶれた二人に、宿屋から持ってきて毛布を掛ける。
指先を絡ませて、森の手前まで二人で向かった。
ノアニールの森は眠りの森。エルフたちが魔法を掛けてしまう。
「エース、お星様きれいだね」
「そーだな。ここんとこまともに星空なんか見てなかったし」
切り倒された古木に腰掛けて見上げるこの空。
アリアハンを旅立ってからどれくらいの時間が流れただろう。
「明日にはここを出て、ぐるっとまわってポルトガめざすか?知り合いがいっからさ」
彼もまた、ルイーダの店に着くまで様々な冒険をしてきた。
「エースって、どうやってアリアハンに来たの?」
暗闇に燻る紫の煙。
「んー……そうだなー……船とか乗り継いで……」
ぼんやりとあの頃のことを思い出す。そんなに遠い昔でもないはずなのにどこか懐かしい。
「気づいたらいたんだよな。あの店に」
魔物から船を守るために、海賊たちは神官や魔導師を船に雇うことが多い。
剣だけでは防ぎきれない急襲も彼らが居れば何とかなるからだ。
帽子を目深く被り、黒衣に身を包んだ青年。
年のころは二十歳前後。まだまだ幼さの残る顔立ちだ。
先端に赤い宝石を護する杖を抱いて、甲板をゆらりと歩く。
「な、この船どこまで行くんだ?」
「アリアハンだな。そのまえにポルトガ寄って燃料をしいれねぇとな!!」
「お、あそこって 肉とか美味いんだよな。確か」
商船でも海賊船でも、雇われれば守る。
三度の食事と目的地までの移動。それと、いくらかの報酬。
拘束期間が長ければ長いほどその代価は大きくなる。
エースもこの商船に乗り込んで三ヶ月が過ぎていた。
「にーちゃん、若ぇのにいい腕してんねぇ」
「親父もお袋も兄貴もみんな魔導師とか神官だからさ」
ランシールは魔導師、神官ならば知らないものは居ない大聖堂のある聖なる島。
どこにも属さずに独立を貫き、一つの国家と同じ扱いを受けている。
住人の殆どが神官と魔導師。特殊な結界に守られ魔物はおろか、旅人が入り込むことも困難。
そこから来た彼は気さくに笑って煙管を咥える。
「アリアハンかー……行ったことねぇな。行ってみるかな」
その言葉に、中年の船員が頷いた。
「アリアハンに行くんなら、御頭に話を聞いたほうがいい。あの大勇者オルテガのなじみだぜ?」
この船を取り仕切るのは隻眼の海賊。
エースの腕に目をつけてこの船へと招き入れた。
「じーさんとオルテガ様が?」
「オルテガの親父さんも世界中を飛び回った魔導師でな。御頭はオルテガがこんなちっちぇころから
見てるから子供みたいなもんだってよ」
大海賊と勇者の組み合わせは、男ならば誰だって胸を熱くするだろう。
何しろこの船の主は三大海賊の一人なのだから。
オルテガには一人娘が居てどうやら剣と魔法の修行を積んでいるらしい。
どちらかと言えば魔法よりも剣。
銀色の髪を揺らしてアリアハン中を走り回る。
(んじゃ俺と組めば最強じゃねぇの。俺ってば大魔導師になる男だし)
まだ彼は知らない。この先に出会うたくさんの仲間と奇跡を起こすことを。
自分が世界を救う勇者とともに戦うことになるということなど。
そして彼はアリアハン大陸へ行くことを決意したのだ。
「ポルトガにはさ、船で知り合ったやつが住んでて。サブリナっていう刀鍛冶なんだ」
真っ赤に萌えるような髪を縛り上げ、左腕一本に刺青の入った女。
剣そのものに命の息吹を、主と一体になるための魂を。
「女の人?」
「そ、熊みたいな女でさ。すっげぇ強ぇんだ」
「……………………」
自分の知らない彼の昔の横顔。手を伸ばしても届かない。
「軍隊蟹を素手で割る女はそうそういねぇよな」
(あたしも素手で割れるもん……)
彼よりも重いものを持って剣を振るう。勇ましいと言われるたびにまだ膨らみ足りない胸が痛む。
「あたしも可愛い女の子になりたいなぁ」
「あ?お前可愛いよ。冗談抜きに」
さらりとそんなことを言われて、ジェシカは目を丸くした。
「俺さ、お前に逢うためにアリアハンに来たんだ」
広がる満天の星空。その空と同じように優しい闇色の瞳。
「だから酒場で俺から声かけたんだ。俺と組まないか?って」
奥の椅子に座っていた青年は帽子を取って彼女の前に。
左手を差し出して照れくさそうに笑ったあの日。
「豪傑熊素手で締め上げても、軍隊蟹拳一発で叩き割ってもさ」
ゆっくりと近づいてくる唇。
「俺はお前が好きだよ」
銀色の髪を揺らしてこの世界中を飛び回る君の。
一番近くで君を見つめていたい。
思い切り笑って、泣いて。大声で歌いながら進もう。
大嫌いも大好きもどっちも愛がなければいえない言葉なのだから。
「もっと強くなって、世界一の魔導師になって」
君がもっと頼って安心できるように。
「偉大な女勇者を守るんだ」
まだまだ道は果てしなく遠く、伝説は始まりにしか過ぎないけれども。
この日のキスを忘れる日は生涯無かった。
ロマリアから西へ。ポルトガは巨大な港を抱えて繁栄を極めていた。
「ここで船を買うわよ」
「でも、そんなにお金ないよ?」
少女の言葉に女は片目を閉じて笑った。
「あたしに任せなさい。このホーリィさまが居るんだから船くらいちょろいわよ」
半分嫌がるレンを引きずりながら女は賭博場へと消えていった。
「んじゃ、サブリナんとこ行ってみるか?」
「あ、うん……」
少し気後れしながらも手を引かれて彼女の家を目指す。
突き当たりの廉が造りの家から聞こえてくる鍛冶打ちの音。
「サブリナいるかぁ?」
「あら!!エースじゃないの!!ずいぶんおっきくなったわね!!」
がっしりとした体系に左腕の刺青。中年の女がにこにこと出迎える。
名刀を数々生み出した伝説の鍛冶屋はポルトガ王室の顧問としてこの地に腰を据えた。
「可愛いこまで連れ来て。ガキじゃなくなったわね」
「んでさ、こいつの手にあった剣が欲しいんだ。この先もっと厳しくなるし」
どれどれとサブリナはジェシカの手を触る。
指の一本一本、関節の一つまで余すことなく丹念に。
「すぐにはできないね。少なくとも……一月は掛かる」
「そんなにかよ」
「馬鹿言ってんじゃないよ。それでも最速さ」
女はふふ、と目を細めた。
「あんた、オルテガの娘だろ?同じ手をしてる」
「お父さんを知ってるの?」
「あいつにも頼まれてね、剣を作ったことがあるのさ」
世界中に散らばる父の欠片を拾い集めて少女は勇者へと変わっていく。
「そうだね、それまではこれを使いな」
渡されたのは腕を包み込むような武具。先は鋭く尖り近距離戦を得意とする彼女に
あつらえたかのような一品だった。
「この先は死霊たちが巣食ってる。それがあれば怖がることなんか無いさ」
ゾンビキラーと言われるそれを腕にして、ジェシカは試しに空を斬ってみた。
斬りつけた瞬間に生まれる鮮やかな光。
「オルテガ用に作ったからでかいだろ?直すくらいはすぐにできるから」
「すげーな……それ……」
「その辺に盾とかも転がってるから好きにもって行きな。どれもこのあたしが作ったもんだから」
山になった金貨を見ながら男はため息をついた。
彼女の今夜の獲物は観光で来た富豪の優男。
女相手ならばと下心を抱いて掛かったが最後、上着の一枚までも奪い取られるこの有様。
「あたし海賊船に乗ってからね、博打で負けることはないのよ」
「イカサマ賭博だろうが」
「勝てばいいのよ。これだって実力よ」
この金貨で船を帰ると真っ赤な唇がささやく。
しかし、本体だけを手に入れても積み込む物を買うにはまだ些か心許無い。
それなりの準備をしなければ海の女神の怒りに触れる。
「姐さん、姐さん」
女の裾を引く男。
「カ……カンダタっ!!」
「俺と勝負しやせんか?」
カンダタが示した金貨のが加われば当面の資金に困ることは無い。
「何で勝負よ」
「カードでどうですか?この中から一枚引いて数がでかいほうが勝ち。簡単でしょう?」
鼻先をこすりながら猫目の青年は人懐こく笑った。
「んじゃ、俺がその勝負乗るか」
「面白い。俺が勝ったら姐さん俺の一団にもらわぁな」
椅子に座って差し向かい。カードの山にお互いに手をかける。
そして一枚を引き抜いた。
「クラブの十。悪くない数字さぁね」
金の猫目が妖しく笑う。優男風情ではあるものの、シャンパーニを居として名を馳せる大盗賊。
盗めぬものは無いと豪語するカンダタの前で男はカードを翻した。
「ハートの女王。俺の勝ちだな」
「!?」
巧妙に盛られたカードの山に仕掛けた罠。男は意図も簡単に潜り抜けてしまった。
「んじゃ、置いてってもらおうかな」
「残念。ま、すぐにまた逢えるけどね。姐さん」
薔薇を一本握らせて、頬に小さなキス。
「三日以内にここを出てくだせぇ。大嵐が来てる」
「ちょ……カンダタ!?」
人ごみの中に消えていく姿。あっという間に見えなくなった。
「よく、勝てたわね」
「あぁ?あー……いかさましたからな」
欠伸をかみ殺してレンはカードを真っ二つにする。
中から覗く小さな鉄の破片。僅かな重みの差で彼はそれを選んだのだ。
イカサマにはイカサマで。どれも一皮向けば傷のありすぎる身体。
「ま、俺も海賊船に居たからな。博打の一つくれぇわかってらぁな」
「なーんだ、心配して損しちゃった」
「ガキどもにたかられる前に美味いもんでも食おうぜ」
港町は出店も盛ん。手をつないで軒先を覗く。
「な、これいいよな」
「素敵な腕輪ねー。この青い石がすごく綺麗」
金貨の入った小袋を取り出してエースはそれを二つと店主に告げた。
「こっちが俺で、こっちがジェシ」
「おそろい…………」
左腕に輝く銀の腕輪。控えめに青い星が輝いている。
「いつか、指輪贈れるくらい自信付いたら……指輪買ってやっから」
朱風は優しく海を渡る。
勇者だって恋くらいしたっていいはずだから。
「エース、ありがと……」
あなたの手を引いて荒れ狂う波に揉まれながらこの海を渡ろう。
気の良い仲間と馬鹿騒ぎしながら、大声で歌おう。
「一緒にがんばろうね」
「おう」
世界はまだまだ果てしない。
この先の運命など誰もしらないように。
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23:06 2005/09/18