◆アスタリスク◆





痛みに目を覚ませば闇の中。
男はゆっくりとその体を起こした。
「ここは……一体……」
見知らぬ天井と四肢に走る痛み。見ればあちこちに巻かれた包帯と滲んだ血。
「気付かれましたか?」
「ええ……ここは……」
穏やかな青年は曇った顔で静かに答えた。
「アレフガルド。闇に覆われた大地です」
「わたしはギアガの火口に落下したはず……なのに……」
火傷の跡は一つもなく、切り傷と刀傷だけの身体。
「私があなたを拾ったのは海岸です。一緒にこれが」
差し出されたのは小さなペンダント。
中を開けば愛しい妻と娘の姿。
「フィラ……ジェシカ……」
にわかには信じがたいが自分はどうやらまったく見知らぬ世界にいるらしい。
アレフガルドなど地図にも無く伝説に聞いたことすらなかった。
未開の土地というにはあまりにも何もかもが整備されすぎている。
「銀色の髪……」
「ああ、私はルビスの光を受けたんです。本来あるはずの無い銀髪はそのせいなのでしょう」
ガライと名乗る青年はその手に残る傷を示す。
手の甲に刻まれた星に似た痣。
「!!」
思わずその手を掴んで凝視する。
十六年前のあの日。産声を聞いたあの大切な日。
「我が娘にも同じ痣がある……この世界にもルビスが存在する……」
「娘さんにも同じ痣が?」
「ルビスの守りか、それとも呪いか……ッ!!」
項垂れるオルテガにガライは静かに告げた。
「きっと娘さんにも精霊ルビスの御加護がありましょう。まずは傷を癒されてください」




「夜明けと一緒に進むわよ」
賭博で一儲けしてきた集団に女が告げる。
アッサラームから目指すギアガは目の前だ。
「ちょっと待てや。闇市でいい武器仕入れてんだよ」
「朝方までは何とかなるでしょ。ってか、何とかさせなさいよ」
「そこのチビの剣も直してんだよ」
「ほら、急かしに行くわよ。早くしなさいよ」
女は男を連れて闇市への案内を示唆する。
言い合う男女を横目で見て、レオナルドは笑った。
こんなパーティなど一度も組んだことは無い。
討伐隊に笑顔があったのはオルテガが参戦したときだけだった。
「いっつもああなんだ。おっさんと姐さんは」
「いいパーティだ。私も旅に出たくなったよ」
「何言ってんだよ。今一緒にいるんじゃねぇの」
兄と共にだび立ちたかった。それは適わない願いだと思っていた。
いつもその背中を見つめて追いかけて、追いかけて。
「残るオーヴも後二つ。シルバーオーヴとイエロー」
「イエローオーヴ……」
レオナルドの脳裏に浮かぶある伝承。
それは神官になりたてのころに聞いた小さな小さな島の話。
「ルザミ……伝承の村か……」
幼いころに手を引かれ、洗礼を受けるために赴いた小さな島。
地図に記されない幻の欠片。
「ギアガで別れよう、エース。私はルザミに行くよ」
「ルザミ?聞いたことねぇよ」
「知ってる人間のほうが少ないからね。大丈夫、イエローオーヴは私が必ず持ち帰る。
 ネグロゴンドの麓で待ち合わせよう」
単身乗り込むにはいささか不安はあるものの、彼には一つの勝算があった。
「ちょっと夜風に当たってくるよ。恋人たちの夜を邪魔しちゃいけない」
「あ、兄貴!?」
「ジェシカさん、愚弟を頼むよ」
手を振りながら消えていく姿を見送って顔を見合わせる。
少女は皹の入った盾の修復をしながら二人の会話を静かに聴いていた。
「レオナルドさん、どこいっちゃたんだろ」
「さぁ……兄貴も変わってるとこあっから」
「やさしいお兄さん」
ちゅ、と触れる唇。
魔法のキスは幸せを呼び込むおまじないと少女は笑う。
伸びた銀髪は二つに編まれて風を誘って。
「でも、自慢の兄貴さ」
誇らしげに笑う恋人の右手に自分の左手を重ねた。




街外れに居た男の姿。
「久しぶりだね、カンダタ」
煙草に火を点けようとした男がその声に顔を上げた。
「レオ!?レオかよ!!久しぶりだな!!」
討伐隊に入る前、レオナルドもエースと同じように旅に出ていた。
世界を知りたいと三年という期限を設けられながらも彼は海原を草原を大地を走りぬけた。
純粋培養の神官に真の強さは宿らない。
「スティラさん……いや、ホーリィさんか。君の事を話していたから」
「姐さんにはさっきあった。グリンガムの鞭がほしいって言われてさ。あの人、サイモン様の
 妹さんだったんだな……全然似てねぇよ」
笑いながらカンダタはレオナルドに煙草を差し出す。
受け取って口にしながら男は続けた。
「一儲け、したくないかい?カンダタ」
「儲け話が嫌いな盗賊はいねぇさ、レオ」
「ルザミに行きたいんだ。イエローオーヴを貰いにね」
その言葉にカンダタの口から煙草が落下する。
「ルザミ!?冗談だろ!!」
「いいや。あそこの魔物は数が多いからね。天下の大盗賊カンダタくらいを雇わなければ
 無事には帰ってこれないだろう?」
ルザミは死の国に繋がる島。
しかしそれは裏を返せば精霊に最も近い島ということになる。
「勘弁してくれよ……あそこだけはごめんだ」
「命の指輪があるらしいけれども、どうだい?プロポーズには最適だと思うよ」
レオナルドに腕力は無い。
しかし、相手の心を読みそれを汲むことは他に引けをとらないほどだ。
何度かカンダタでさえも仲間にと誘ったほどの男。
「ルザミ…………言っとくけど、俺はどこにあるかしらねぇぞ」
「私が知っている。ただ、ルーラで降り立った瞬間に襲われることは請け合いだ。
 だから君を誘ってる。果敢なる大盗賊カンダタ」
「わぁった!!引き受ける!!」
「明日ギアガに行くんだ。弟たちを見送ったらそのまま向かいたい」
「待ち合わせはここだ。それ以外は受付ねぇ」
拳をつき合わせて笑いあう。
「ありがとう」
「礼はルザミから帰ったらだな。無事に生きて帰って、うまい飯を食うまでが依頼として
 受けるぞ。それ以外は……」
「神のみぞ知る……いや、予言してみるか。君と私は無事に帰ってくる。そして君は私に
 ラム酒を頭からかけるんだ。もちろん私も君にきついラムをぶっ掛けるがね」







闇市で女は刀身をランプに翳す。
伝説の名刀草薙の剣を研ぎなおせるなど闇商人の自分にはないことだと思っていた。
サブリナは世界に名を馳せる刀鍛治。
その弟子になれたことさえも奇跡のようだと思っていたのに。
「おう、悪いな」
「なんだ、ずいぶんと早いね。剣は今あがるよ。これ……草薙の剣だろ?こんないいもの
 触らせてもらえるなんて鍛冶冥利に尽きるよ」
そばかすだらけの顔がうっとりと笑う。
それだけの力がこの剣には存在していた。
「ここのところにスノードラゴンの目を入れたんだ。もちろん、水晶で魔加工はしてる。
 今以上に何だって斬れるさ。魔刀を作れるのは世界でもサブリナとその弟子、ラーハルン
 だけさ!!」
差し出された剣はその息吹を新しくして、青い光を湛える。
生まれる冷気は一振りすれば光となり空気を凍らせた。
「大したもんだ」
「あの子にちゃんと伝えてね。いいもん触らせてくれてありがとうって」
この剣はこの先を戦うにふさわしい一品。
刀身に刻まれた祈りの言葉で斬れない魔物など存在しないだろう。
「ついでにあんたのにも飾り入れといたよ。けど、急いでどこに行くのさ?」
その言葉に女が答えた。
「ギアガの火口よ」
「ずいぶんとおっかないところに行くんだね」
おまけだと手渡されたのはルビーの腕輪。
「いい御代も貰ったし。受け取ってよ」
「ありがと。アタシが貰うわ」
「火口は極楽鳥の巣だらけさ、気をつけていったほうがいいよ」
眠らぬ街の闇商人は小さく笑う。
この旅で出会った人全ての命を背負って進み行くものたちに。





発する熱で浮かぶ汗。
少女は錆びた剣を抱いて火口へと臨んだ。
静かに祈りを捧げて剣を投げ入れる。
(お父さんは死んでなかった……ここを抜けてネグロゴンドへと行ったんだ……)
旅立つ前に聞いた訃報。父はギアガの火口へとその身を散らしたらしい。
しかし旅先で聞く父の足跡。
希望は確信へと変わった。
オルテガは確かに生きている、と。
「われらの願いを!!道を開きたまえ!!」
溢れ出たマグマが大地を赤に染め上げていく。
切り立った難攻不落の要塞を侵食していく熱と涙。
「しばらくは動けないわね」
女の言葉に男は静かに足を踏み出した。
流麗たるその姿はランシールを背負う神官として申し分ないものだった。
「私にお任せください。このマグマ、すべて凍らせてみせましょう」
印を取りレオナルドは呼吸を整える。
いくら大神官でも生まれたての溶岩すべてを凍らせるなどとは到底不可能なこと。
「兄貴!!」
「エース。私はお前に何もしてやれなかった。これはせめてもの餞」
男の周りに凍気が生まれ、それは静かに幾つもの渦を成して行く。
風に舞う氷のかけらがまるで宝石のように輝いて。
この奇跡が夢でもなく現実なのだと手に感じる傷の痛みが教えてくれる。
「いくら兄貴でも無理だ!!」
「人間ならば、ね」
両手を広げて青年は静かに言葉を紡いだ。
「ドラゴラム!!」
二つの翼を持つ銀色の美しい竜の姿。
吐き出す息吹は次々と溶岩を凍らせていく。
通常の竜変化では炎の息吹しか術者は使うことができない。
彼のように氷の息吹を扱えるものなど世界を探したところで到底見つけることはできないだろう。
「おい、ガキ。おれたちはお前の兄貴が死なねぇように戦うぞ」
取り囲む死霊の騎士達をなぎ払う。
砕け散る骨とぎゃあぎゃあと叫ぶ極楽鳥を少女の剣が切り裂く。
七色の羽が舞い飛び幻想的な風景。
それを討つ砕く耳を裂く様な魔物の悲鳴。
「おら!!」
鉄球を振り回して男は次々に空中の鳥たちを打ち落とす。
使い方さえ慣れればこれほど頼れるものも無いだろう。
溶岩の最後の一適が凍りついたのを見届けて青年は術を解いた。
満身創痍の身体でもう一度呪文を詠唱する。
「みなさん下がってください!!」
渦巻く吹雪が描く華麗なる螺旋図。
「マヒャド!!」
全ての命を凍らせる最強呪文の一つが鮮やかに炸裂する。
任務完了とレオナルドはその場に倒れこんだ。





「私はイエローオーヴを探しに行って来ます。ネグロゴンドは魔の巣窟、油断はなさらないよう……
 杞憂ですね。ネグロゴンドの麓でお会いしましょう」
例え、すごした日が少なくとも彼は大事な仲間だった。
ルザミに発つという言葉に何度も何度も駄目だと弟は首を振った。
「死にませんよ。そんなに私は弱くないんです」
「けど、兄貴一人じゃ無理だ!!」
「一人じゃありませんよ。仲間がいます」
待ちきれないとやってきたカンダタにちら、と視線を送って。
「仲間が居るから戦える。戻る場所があるから旅立てる、誰かのために強くなれる……
 心配はいりません。必ず戻ります」
すい、と差し出された手を受け取る。
きつく握ってこぼれそうな涙を飲み込んだ。
「約束だぜ!!」
「ええ。男は約束を破っちゃ駄目なんですよ。ジェシカさん、エースが約束を反故しそうに
 なったら言ってあげてくださいね」
片目を閉じる姿。
泣き虫だった弟はもうここには存在しないという安心感。
「行って来るぜ!!兄貴!!」
受け継がれる思いと星の光。
全ては導かれるままに。

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