◆アスタリスク◆



岬に響くは女の声、進み行船を全て沈めてしまう。
まるで仮面の笛吹きに子供が浚われるが如く。
月の刃を目印にその名を呼ぶ。




切り立った岩壁に挟まれたその場所は海流が粗いことでも有名だった。
「兄貴、この先はどうすんだ?」
レオナルドは銀髪の少女にちらりと視線を移した。
幽閉された剣士サイモンはガイアの剣の正当なる守護者。
「オルテガさまと別行動でオリビア岬に向かわれたんだ。しかし……サマンオサの
 現状をみただろう?あの国王がそのままサイモン様を逃がしたままにするとは思えない」
銀の竪琴を抱いて青年は天を仰いだ。
岬が近付くに従って雷雲が立ち込め始める。
「んで、それは?」
「私は海竜を鎮める。お前はジェシカさんと一緒にオリビアの霊を」
夜空さえも凍るような荒波。
女は静かに煙草を燻らせた。
「蓮、結界張れる?」
「できるわけねぇだろ。俺は肉体労働専門だ」
「この船で魔法が使えないのはあんた一人。オリビアの呪いで死ぬのもあんた一人って
 とこかしら……」
ナイフを手に伸びた金髪をばさりと切りつける。
無造作に入れられた鋏が作り上げたのは野性味は溢れるが凛とした女の姿だった。
風に揺れたベリーショートの神官。
「おい!!」
「すっきりしたわ。司祭服もそろそろ必要ないわね」
びりびりと切り裂いてレザーグローブと胸当てを身につける。
「剣士にはなれないけれども、それに準ずることはできる……」
「姐さん、神官辞めんのかよ」
「まさか。司祭服を捨てるだけよ。この髪ももういらない。サマンオサは自由になった。
 攻撃的な神官なんて世界できっとアタシだけよ」
海原を支配する女神のように女はそこに佇む。
「蓮、オリビアの呪いはアタシが背負う。その代わりに……あんたはアタシをきっちり守って」
銀の髪を持つ勇者を加護するために、女は自らを犠牲にしようとした。
いや、祖国を救う力を貸してくれた仲間のために何かをしたかったのだ。
「さぁ、結界を張るよ!!みんな位置についてて!!」
風に乗り波間に散り行く金髪は船を静かに取り囲む。
すべての魔を祓う神魔の光を受けながら船は一路オリビア岬を目指した。





三日ほど荒波に揺られただろうか。
年長組は三人が一室に、そして青年と少女は同じ部屋に身を寄せていた。
「エースのお兄ちゃんって面白いね」
カードゲームを終えたばかりでまだ興奮は冷め遣らないと少女は笑う。
「俺の自慢の兄貴だぜ?昔っからあんな感じでさ……」
「あたし、兄弟居ないからすごくうらやましい」
勇者オルテガは一人娘を残して旅立った。
父の後を追いながら少女は静かに成長を遂げる。
「あたしも髪切ろうかな……」
旅の始まりから伸びた髪は今や胸を隠すほどになった。
世界中のどこにも存在しないだろうまばゆい銀の髪。
「ジェシが切ったら、この船はその瞬間に沈むぜ」
船を守るために神官はその象徴とも言える魔力のこもった髪を切り落とした。
オリビアの結界を敗れるのはただ一人、この少女だけ。
緋色の髪の女はそれゆえに忌み嫌われた。
自分を愛しれくれた青年と引き離されてこの岬に身を投じたのだ。
「銀色ってのは呪いを跳ね除けるんだ。オリビアはジェシに救われるのを待ってる」
男の前にちょこんと座ってその手を自分に回させる。
勇者はいつだって切り札として温存させられてしまう。
「ぜーんぶ終わったら、いーっぱい遊ぶんだ」
彼女もわかっている。だからこそやりきれないのだ。
「全部終わったらさ」
「うん」
「もう一回、俺と付き合おうぜ。普通の恋人になるために」
「…………うん……っ!!」
いつだって彼は彼女の隣にいた。
人は誰かのために強くなれるから、彼は恋人のために強さを願った。
賢者とは人の心を汲む者。
字となるもので本来は存在などしない。
「そしたら二人で世界中また歩いて回ろうぜ。お前、オオアリクイ集団って見たことあるか?
 アルミラージの子供とか。ランシールから船でもいいし、ルーラで飛び回っても……」
「そうだねぇ……あたしがちゃんと人間のままでいられたらね」
その言葉に青年の動きが止まる。
「ジェシ?」
「あたしそのうち、自分じゃなくなるような気がするんだ。エースはあたしがどんな姿に
 なっても一緒に居てくれる?」
寂しげな唇に触れるもう一つのそれ。
今、自分にできるのは不安がる恋人をこうして抱くことだけ。
「今まであたしが斬った魔物にだって家族はあったでしょう?あたしはきっと天国に
 なんて行けないわ……」
知らぬ間に少女は遠いところへと佇んでいた。
この手を伸ばしても指先すら掠められなうほどに。
今必要なのは彼女を守る力。
それすら無い自分がもどかしく悔しかった。
「俺も一緒に地獄ってとこにいくよ。どこだってジェシと一緒ならそう悪くないさ」
涙が見えないように後ろから君を抱きしめよう。
君が声を殺して泣くから。
歩き始めた十六夜の君。
「泣くなよ」
「うん…………」
彼女が魔物に成り果てるのならばきっと最後の一撃を与えるのは自分だ。
他の誰にも手は掛けさせない。
彼女の見る最後の風景になり、彼女の冷たい手に剣を握らせてこの胸を貫けばいい。
「アルミラージの赤ちゃんって可愛い?」
「あ、おう……ぷにぷにしててさ。ジェシも気に入りそうな感じ」
「兎好き……見てみたいなぁ……」
光はそこにあることを証明するものではない。
誰しも迷ったときにそれを寄り縋り光と名付けた。
太陽も、月も、星も、命さえも。
たった一言ですべて包まれてしまうほど偉大なるもの。
「オリビアは暗いところで一人で待ってる。恋人をずっと」
求めるものはひかり。
自分を導き守るもの。
アスタリスク。星を描くように君の元へたどり着ければいいのに。
「このペンダントをずっと待ってる。これがオリビアの優しい心」
君に触れる全てよ光とともにあれ。
刻まれた言葉に青年は唇を噛んだ。
(オリビア……あんたの呪いを俺の恋人には掛けないでくれ……これ以上傷を増やさないで
 くれ……世界なんて俺だってどうだっていいんだ。ただ、笑ってくれれば……)
スタールビーをぐるりと取り囲む数多のダイヤモンド。
別名をアスタリスクという。
「俺の気持ちはこれ」
彼の手の中で生まれる凍気がきらら…と輝き宝石のようにその形を変えた。
生まれては消える光はきっとこの世界で一番綺麗なものだろう。
「……素敵……」
「全部終わったら俺と一緒に世界中をまた旅して、こういう景色も見に行ける。
 どこまでも一緒に」
「ねぇ、心が痛くなくなってもあたしは人間なのかなぁ……」
逃げ道を断ったのではなく、彼女は逃げ道を知らない。
痛みを知らないからこそ躊躇うことなく剣をとったのだ。
「痛いだろ?」
「うん…………段々戦えなくなってるのが自分でもわかるの……」
小さな背中、幼い体躯。
「戦えないジェシカに存在理由なんて見つからないよ」
この先もっと彼女は苦しむこととなる。
その体に流れる血。
「剣を持てないあたしは何の役にも立たない」
どこかで知っていた。自分の存在理由を。
何を求められるのか、どうすればいいのか。
「あたしがおかしくなったらエースが止めてね……」
悲しい告白に締め付けられる胸。
誰が君をここまで壊してしまったのだろう。
「そんときゃ……俺も同じだ。一緒に狂う」





体中にできた傷を見つめる黒い瞳。
指先が膿んだ傷口に触れて少女は視線を逸らした。
「ごめんね、綺麗な体じゃない……」
ティアラを外せば波打つ銀の髪が光を帯びる。
裸体はまるで宗教画のような美しさがあった。
筋肉質の細身の体は少女の中にわずかに少年を感じさせる。
「俺だって傷だらけだろ。この間ここ、おっさんに縫ってもらったし」
「あたしもレンに背中、やってもらった」
背中に走る大きな刀傷。死霊の騎士の大群を斬りつけた時に受けたものだった。
後方支援がほとんどの彼に対して少女は常に最前線で剣を振るう。
「あ……ん……」
両手で乳房をぎゅっとつかまれて上がる甘い声。
舌先が先端に触れて待ちきれなかったかのように唇が乳首を包むように吸い上げる。
執拗に舐め嬲られてもどかしげに腰が震えた。
「そういや……ずっと一緒に居たのにろくすっぽ俺、お前に触ってなかったな……」
ふわふわの唇と海を切り取った瞳。
「体に触らなくたって」
男の頬に触れるのは傷と皹に侵食された指先。
「エースはいつだってあたしの心を触ってくれてたよ」
膝立ちで彼の頭を抱いて、鼻先に小さなキスを。
彼女が欲しかったのはそのままの自分を認めてくれる存在に他ならなかった。
挫折を繰り返した青年と無垢のまま旅立った少女。
「んじゃ、今夜はどっちも触らせてくれよ」
「ん……いっぱい触って」
耳に触れる唇と囁く甘く掠れた声。
「あたしも触りたい。触ってもいい?」
軋むベッドの上に彼の体をそっと押しやる。
魔導師として生きてきた彼の体は世間で見れば貧弱な部類かもしれない。
「よわっちい体してんだろ」
首筋に触れる唇が、ちゅ…と音を立てて離れた。
日に焼けた肌と膿んだ傷口がこの旅が平坦ではないことを証明する。
「あたしの王子様に文句つける人なんて、見たこと無いもん」
何度も何度も繰り返されるキスが彼女の気持ちを伝えてるから。
傷を一つ一つ確かめながら唇が下がっていく。
「……………………」
「無理しなくても俺別に……」
「ううん、どういう風にしたらいいんだろ?あはは……」
触れたいという気持ちが先走って、彼女がまだ幼いことを忘れさせてしまう。
「あんまり強く握んないで欲しいかも」
勃ちあがった肉棒に指先がたどたどしく触れる。
恐る恐るゆっくりと上下に扱けば次第に硬さを増して手の内側でどくどくと脈を感じるように。
(こんな風になるんだ……)
普段は夢中でしがみつくばかりで凝視したことも余裕もなく。
唇を開いて先端を飲み込む。
口中で感じる不可解な感触と息苦しさに少女は眉を寄せた。
舌先で亀頭を舐め嬲って銜え込む。
「…っは……何か……変な感じだね……」
「んー……俺も……」
抱き寄せて今度は少年が少女を組み敷いた。
生き急ぐことは好きじゃないはずだった。
けれども今彼女を抱いておかなければもう触れられないような気がした。
いつもどんな時も傍に居るはずなのに。
「んー……痛っ……」
腰を抱えられてしなやかな身体が絡みつく。
屈曲させれば首に回される腕。
二人ともどちらも傷だらけ。膿んでいない傷など無い。
「まだ折れた所、痛むか?」
「寒いとき……でも、大丈夫……」
銀色の髪に指を通してエースはそっと唇を当てた。
あの酒場で目を引いたこの魔法の色。
「あ…ん、う……」
入り口をくちゅくちゅと弄んでいた指先が内側に入り込む。
甘えるような声と染まった頬。
火照った身体が二つ淫靡に絡まりあって獣のように蠢きあう。
「はぁ……あ、ア!!」
ぬちゅぬちゅと出入りするたびにびくびくと悶える腰の細さ。
誘うような吐息に耳元で囁く。
「そろそろ挿入れて欲しい?ジェシ」
「……うん……もう駄目……」
膝を折るようにして先端を膣口に沈ませる。待ち望んでいたように仰け反る身体。
ぎしぎしと小さめのベッドが二人分の体重で軋む。
腰のグラインドと荒波の揺れの二つが身体を刺激する。
「あ、ふぁ……あ!!い…ぁ……」
シーツを握る指先。勢いあまって端に乗せていたティアラが転げ落ちる。
「あ、ティアラ……」
「余所見すんなって」
「ひ、アぅ!!」
腰骨をぎゅっと掴まれて勢い良く最奥まで貫かれる。
じんじんと疼く体の芯。
行き場の無い熱を吐き出すように必死で男にしがみつく。
「……エースぅ……あ……」
唇から毀れる涎を男の舌先が舐め取る。
「ん?キス?」
「……んー……ぅ……」
抱きしめあって唇をべたべたになるまで重ねあって。
最初に抱いたころよりも魅惑的に育った体と相反する心の脆さ。
「あ、やだぁ……気持ち…い……ぅ!!…」
ずじゅぐじゅと出入りするたびに零れてくる湿った音。
打ち付ける度に締め付けてくる襞肉の温かさに唇を噛んだ。
「あ、エース……ああっ!!やぁ、ア!!」
首筋に噛み付けば苦しそうで甘い声が耳に響く。
「あ、あ、あアァっっ!!」
「―――――っ!!ジェシ……ッ!!」
抱きしめあってその瞬間に噛み付くようなキスをした。






ぼんやりと揺れに身体を預けて見つめあう。
「エース、煙草って美味しい?」
「あー、この船で吸わねぇのジェシだけだもんな」
肌をくすぐる銀髪と蒼碧の瞳。
「綺麗だよな……最初にあったときから綺麗だって思ってたけど……」
「お父さんもお母さんも、この髪を持ってる人は居ないの」
寂しげに笑う顔。
不安でいっぱいの身体をぎゅっと抱き寄せた。
「目立って良いんだよ。どこに居たってジェシだってわかるだろ」
あの日、君に出会ってからこの賑やかで慌しい旅は始まった。
最初のキスもセックスも、伏目がちだった少女。
剣を振るいながら何を思ったのだろう?
「オリビア岬からグリンラッドには兄貴に行ってもらって、俺らはエジベア回ってネグロゴンド
 目指したほうが良いんだよな。サイモンって人に案内頼んでオルテガさん追っかけて
 行くのが最短コースのはずだし……」
父をずっと追いかけてきた。
一人ではなく、仲間と一緒に。
「早く親父さんに会えるようにしねぇとさ。あー、でもそしたら一人娘に手ぇ出したって
 絶対殴られる!!俺、ひ弱だから絶対にぶっ飛ばされる!!」
「お父さんそんなことしないよ。だって、あたしの一番大事な人だって言えるもん」
少女の手から光が生まれて男の肩の抉り傷を暖かく照らす。
「マーマンの傷って早めに治さないと酷くなっちゃうよ」
「馬鹿だな……俺よりも自分のほうが多いだろ、傷……」
「あたしは大丈夫だよ、痛いの慣れてる」
「我慢なんてする必要ねぇんだよ……ジェシ……」
どういえば良いのかわからなくて少女を抱きしめた。
痛いと彼女が言うまできつくきつく。
その心が痛くなくなるまでずっとずっと。
「愛してんだよ、やたらめったらに俺は言わない。お前で最後だ、俺の女」
「……あたしが死んじゃったら、ほかに好きな人作って……危なくなったら逃げて……」
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ。俺はお前とだったら心中覚悟で突っ込む。ジェシも
 おっさんも姐さんも誰も死なせねぇよ!!」
涙で濡れた頬と震える小さな肩。
「何回だって言ってやる。誰も死なせねぇ」
「……ありがと……本当はね怖いの……」
魔王は少女の手に口付けた。そのときに知った恐怖という感情。
初めて死を意識した瞬間だった。
「あたし、バラモスに殺されるかもしれない」
「そん時は俺だって一緒だ。余計なことなんて考えんな、もう寝ろ」
「……うん、ありがと……」
不安は互いに感じていた。
異形の者とばかり思っていたバラモスはたおやかな青年。
それが帰って恐怖を増幅させた。
(俺まで怖がってちゃ意味ねぇんだ……はったりでもなんでもかましてやろうじゃねぇか)
心音が二つ重なり合う。
船は波間に揺れて進み行く。
眠れぬ夜と眠れない彼を抱いて。




21:52 2007/05/18






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