◆シュガーベイベ◆
「幽霊船って本当に出るのかなァ?」
船の中でジェシカはそんなことを呟く。
「出るわよ。これあるんだから。ま、今すぐってわけでもないだろうけどね」
糸に括られたのは人間の骨。形からして腕の一部だろう。
指先で弾けば乾いた音。
「何?それ」
ホーリーは真っ赤な唇で笑う。
「船乗りの骨よ。仲間と共鳴しあうって話。だから、船を呼べるのよ。こいつだって
本体に戻りたいだろうしね。引き合うのよ」
煙草に火を点けて、船縁でレンは呑気に釣り糸を垂れている。
「んじゃ俺は晩のおかずでも釣りますか」
「大王イカとか嫌よ。釣るなら食べれる魚にして」
「あたし、イカ好きだよ」
見張り台からふわりと降りてエースは首を捻る。
「大王イカなんかまずくて食えねぇだろ。つーか、食うって考え捨てろジェシカ」
「ま、これだけ天気もいいんだし。着替えるわよ。ジェシ」
ホーリーは片目を悪戯気に閉じて、ジェシカの手をとって消えしまった。
二人が姿を出したのは半刻ほど過ぎてから。
「じゃーん。可愛い?」
揃えたのは短めのビキニ。ジェシカの銀髪は二つに結われ、その結び元には貝殻があしらわれた飾り。
「お前そうやってるといい乳してるよな」
まじまじとホーリーの谷間をレンは見つめた。
「あんたも脱いだら?ついでにその服洗濯しなさいよ」
いわれるままに脱衣所に向かって籠に放り込む。
ついでとばかりに解かれた黒髪。
精悍な顔つきと筋肉質の身体。右肩には三本の傷が走る。
そちらこちらには連戦での激闘の痕跡。
「おっさんいい体してんな〜」
「お前にほめられても嬉しくもなんともねぇな」
そうはいうものの、口元は少しばかり綻んでいる。
のんびりと釣り糸をたれる隣に座るのは法衣を脱いだ女。
「ちょっと、釣れるの?」
「運がよかったらな」
腕を絡ませる姿はなまめかしく、頭上の太陽もどこかに消えてしまいそう。
「エースは脱がないの?暑くない?」
「……おっさんみたいに見せられるような身体してねぇんだよ……」
鷲色の前髪をかきあげて、忌々しい太陽を見上げる。
日に焼けることのない色白の身体。ひ弱なわけではないが男としては少しばかり威厳に欠けていた。
(俺だって、気にはしてるんだぜ……恋人ならそれくらい分かれよ……)
少し日に焼けた肌に銀の髪。潮風を絡ませながら彼女は甲板を素足で歩く。
「エース、どうしたの?」
すい、と手が伸びて帽子にかかる。そのままひょいと取り上げてジェシカはそれを被ってしまった。
ぎょろりと大きな瞳が幾重にも描かれたその帽子。
「ちょっと、おっきいかな」
「そうだな。あっち行ってみようぜ。何か面白いの見れるかも」
二組に分かれてすごすのは甘い時間。ロマリアから少し回って内海での後悔。
今夜の寄港は不夜城アッサラーム。それまではこの太陽を浴びながら目に眩しい水着を楽しもうと決めた。
名物のベリーダンスを見ながらこの先の航海の予定を再確認。
「なぁ、俺さ……ピラミッドもう一回行きてぇのさ」
果実酒を一息に飲み干してレンはホーリーのほうを見る。
「やぁよ。あそこ埃臭いし……大体なんのなのよ。あの屍骸(ゴミ)たちは」
鹿肉のサラダに手をつけながらホーリーは地図を広げた。
アッサラームはロマリア大陸の東。レンの望むピラミッドは砂漠の国イシスの領土。
統括するのは美しき女王。レンの母国の女によく似ているらしい。
一度謁見したきりだが気さくで冗談の好きな女だった。
「そこを何とか。さすがにこれもぼろぼろになってきててよ……」
ちらりと袋から覗かせたのは愛用の鉄の爪。
それも連日の戦闘で限界に来ていた。
「ピラミッドの地下に、黄金の爪ってのがあるんだってさ。俺専用だけど……わるかないだろ?」
「レンが行きたいんなら、あたしは良いよ」
「俺も。これこの前買ってもらったしな。おっさんのギャンブルで」
エースがほくほくと取り出したのは理力の杖。かざせば膨大な光を生み出す魔道士にはもってこいの
一品だった。
レンは時折闘技場へふらりと消えては軍資金を倍以上にして帰ってくる。
「あたしもこれ貰った」
大金槌をちょっとだけ覗かせて。
「……あたしも、いろいろ貰ってるけど……ゴミ臭いのって嫌なのよ……」
人ならざるものの声は彼女の耳を悩ませる。
無念を抱いて死んだ者。王家の墓標を守る者。
神官は望まなくてもその声を聞いてしまうのだ。
「……わかったわよ。あたしの負け。明日行きましょ。ピラミッドに」
「さっすが!いい仲間もってよかったぜ」
三十路の男は満足気に笑った。
「その代わり、ここはあんたの奢りね。ジェシカあんたもたまには飲みなさい」
どん、とジョッキを回して酒を勧める。
「わ〜い。いただきま〜す」
「あたし、本当はムオルに行きたかったのよ。ま、また今度でいいんだけどさ」
不夜城の夜は更けて、四人にも束の間の休息。
バスタブにたっぷりの湯。香玉で色をつけられるのもアッサラームならでは。
「ジェシ。風呂?」
着替えを抱える少女を後ろから抱きしめる青年。
「俺も一緒にはいろっかな〜〜」
「え〜〜〜?どぉして?」
「いいだろ?俺こういうの好きなんだ」
手早く上着を脱がせれば焼けた素肌が甘く誘う。
「やだぁ……」
照れながら男の手をとってバスタブへと導く。
薄い紫の湯船は、この街の色を写し取ったかのようにほんのりと隠微な色合い。
傷だけの身体なのはお互い様で、唇を重ねあって抱きしめあう。
「……伸びたな、髪」
指の隙間をさらりと抜ける銀の糸。旅立ったときは少年と見紛うほどだったのに。
今はありありと女の色香を醸し出す。
「うん……」
ぼんやりと付いた水着の後。それを指先でなぞれば同じように触れてくる小さな手。
後ろから首筋に、耳に、耳朶に降るのは甘い甘い接吻。
「……ぁ……ん……」
指先はそのまま柔らかい乳房に下がって、その先端の飾りをきゅんと摘み上げる。
ふにゅんと感じるその感触。焼けた肌が銀糸の髪と対を成す。
(結構……エロい気がする……こういうのって)
耳を飾る水晶を唇で外して、頬を甘く吸う。
「あ!や……ぁん!」
ぎゅっと掴めばこぼれる吐息。世界を駆け回る勇者も今だけは一人の少女。
この小さき手が剣を持ち、世界の運命を握っているのだから。
「嫌じゃねぇだろ?」
「ん……でも、お風呂でなんて……」
恥ずかしげに染まるのは頬だけではなく、耳まで真っ赤にして彼女は俯く。
「あ!!」
ちゅ…と指先は下がって隠れている弱点をそっと擦り上げる。
転がすように指先を動かして、きゅんと押し上げればそのたびに細い肩がびくんと揺れた。
「……っあ!!エー…ス…ぅ……」
見上げてくるのは潤んだ瞳。指先はそのまま沈んで奥へと忍び込む。
ぬるついた体液が指先に絡みついては、もっと奥へと誘って行く。
指二本を根元までくわえ込ませて、かき回すように動かす。
そのたびにくびれた腰が揺れて。
(やっぱ……顔見てしたい……)
「あんっ!!」
ずるりと引き抜かれて、追いかけるように腰が跳ねた。
(お……開発途上って感じ?)
自分を跨がせて、その腰に手をかけてゆっくりと腰を沈めさせる。
「!!」
ぐっとつながれて、すくんでしまうのはまだ慣れていないから。
抱き寄せた腰とつながった箇所の甘さと熱さは一匙の砂糖で海をもミルクティーにしてしまうほど。
突き上げるたびに耳にかかる荒い息は、本能を溶かす隠微な呪文。
膝を折って少しだけ身体を斜めにすれば、しがみつくように回る細腕。
同じ年頃の娘の爪は、みな鮮やかで美しい。
けれども、彼女の爪は短く切られところどころかけている。
剣を握るのに長い爪は邪魔だからだ。
その指を取って、根元なら舐め上げていく。
「あ!やだぁ……エース……」
「すっげ……綺麗な指してる……」
それは嘘偽りのない言葉。彼にとっては彼女の指が世界で一番綺麗なのだから。
「……嘘ぉ……節くれて……」
「剣を握る手だ。こんな綺麗で素直な手、他に無いだろ?」
手の甲にちゅ…とキスを。傷だらけでも、愛しいこの身体。
ふにゅんと柔らかい胸が重なって、皮膚を隔てて心音が伝わってくる。
もどかしげに揺れる腰を抱いて、下から突き上げていく。
「あ!!…っは……ンッ!!」
くちゅんと絡みつく女の襞は、やんわりと男を絡めとる。
空いた手をそっと薄い茂みに沿わせて、肉芽をく…と押し上げて。
「あァン!!」
「……っ……いきなり締めんなって……」
さわさわと頭をなでる手。
(イキそうになったろ……)
恋人の前では誰だって姫を守る騎士でありたい。
しかしながら現実は、彼女が彼を守るのだ。
大降りの剣を振り回して魔物に飛び掛る姿。それを援護する形で彼はあらゆる魔法を使う。
今だけでも、彼女のための騎士でありたいだけ。
「……口、開けて……」
半開きの唇を吸って、舌を絡める。噛み合って、吸いあって、舐めあって、重ねるキス。
本能を直撃させて、脊髄で感じる接吻を何度も重ねあう。
「……ふ…ぅ……」
「お前って……綺麗な顔してるよな……」
舌先をつなぐ銀糸を断ち切るのは男の細い指。
「……?……」
ずい、と突き上げるたびにぎゅっと閉じる瞳。仰け反る背中を抱きしめてその肩口に跡を残す。
「俺にとっちゃ一番綺麗だ。今も、これからも」
「……馬鹿ぁ……っ……」
目じりにたまる涙を払って、そこに触れるやさしい唇。
勇者という名は彼女を縛り付ける重い鎖。
「あ!!あ……ッ!!」
「……ジェシ…腰…使って……」
切なげに振られる細腰を抱いて、無我夢中で突き上げる。隔てる粘膜すら邪魔で……苦しいから。
「あァン!!あああァンッッ!!」
崩れる瞬間だけは一緒にありたいからきつく抱きしめた。
この眠らない街で誰かにまぎれて恋人同士でいられるようにと。
欠伸を殺しながらピラミッドの内部へと足を進める。
壁に刻まれたのは古の文字。埃まみれのそこをジェシカの指がなぞり上げた。
先刻から切り倒した魔物は後ろで屍の山に。
「ねぇ、ここから下にいけるみたいだよ」
額の汗をぬぐって、レンは壁の一部を押した。
がこん。と崩れて見えたのは薄暗い階段。
「カビ臭……あたしこの臭い駄目……」
けほけほと咳き込むホーリーの手を引いて、レンは階段を下りていく。
「ジェシ」
「ん…………」
少し甘えたように、ぎこちなくだが絡ませてくる腕。
二人の後ろを離れずに一段一段足を下げていく。
最終段を終えて、フロアにたどり着きそのまま前進すれば突き当たりは行き止まり。
顔を見合わせて首を傾げた時だった。
「きゃあっ!!」
「何だぁ!?」
ホーリーのローブの先に噛み付くのは笑い袋。ミイラを包んだ布が魔力を得てしまった結末の魔物だ。
けたけたと笑いながらからかう様に増え始める。
「やぁんっ!!」
今度はジェシカの髪を咥えてけたたと笑い出す始末。
振り払っても次から次に沸いてくる厄介な魔物達。
「破ッ!!」
前方ではレンがついでにと沸いてきたミイラ男を連打でなぎ倒している。
筋骨隆々とした肉体は、同姓が見てもため息がこぼれてしまう。
(おっさん……戦闘してるきはやっぱかっこいいよな……)
女を守る騎士には違っても、力のあるものの戦いぶりは女をひきつけるには十分だ。
比べれば悲しくなるのが己の身体。
(……ッキショ……俺だって……やるときゃやるんだ……)
理力の杖でジェシカにかかる魔物を振り払いながら、神経を集中させる。
(俺だって……男なんだからよ……っ……)
エースの周りの空気がゆっくりとゆがみ、熱を帯び始める。
ざわつきを感じるのか魔物の群れは一斉に彼のほうを向いた。
「我らが精霊ルビスよ、我が願いを!!」
呪文の詠唱と共に生まれ始める熱の塊。
「イオラ!!!」
周辺を包む爆風に飛ばれされないように必死に相手に掴まる。
ぜいぜいと肩で息をしながら、エースは硝煙の消えたあたりを見回した。
「……俺、やった……?」
けほけほと咳き込みながら肩をたたくのは女僧侶。
「サンキュ、助かったわ。いつの間に覚えたのよ」
「ま、ちょっとは見直したぜ。坊主」
悪態をつきながらも仲間の顔は嬉しげに笑う。
「ジェシ?」
「……っは……すごいねぇ、エース……」
埃だらけの恋人の顔。煤を払えば、愛しくてたまらない小さな唇。
(キス……したいけどさすがにあれだよな……)
「お前のおかげで……見つかった。俺の最終兵器」
レンが手にしたのは古代文字の書かれた布で包まれた人の腕ほどの塊。
解けば中からは光を放ちながら目当てのものが飛び出した。
「……しっくりくるな……すまねぇ。寄り道させちまった」
「構わないわよ。あんたも満足したでしょ?」
強きものはより強くなるために、己の身体を鍛える。
それは魔道士には足りないことだった。
武器は数多の知識と魔法。武器を使えぬ自分には魔法の通じない相手からは恋人を守れないのだ。
(俺も……強くなりてぇ……)
ホーリーもある程度の武器を使いこなす。いざとなれば素手で猛禽類を殺すくらいの気迫もある。
けれども、魔道士としての修行しか積んでこない自分はろくに剣すら握れない。
どれだけいきがっても、彼女を守るには力が足りないのだ。
「なぁ、姉さん」
埃を払うように煙草に火をつける女僧侶。
「ダーマの神殿に寄ってくれねぇか?」
「どうしたのよ、急に」
「俺……賢者になる。もっと強くなりてぇんだ」
少年は恋を知り、男に変わる。その階段を中程まで登った姿。
「…………いいんじゃないのぉ?それはリーダーに聞きなさいよ」
「ジェシ」
「……エースが行きたいんなら、いいよ?」
誰かを守りたいという気持ち。
恋は自分の弱さと向かい合わせてくれた。
この旅の終わりに見える風景を。
この先に得ることのできる景色を。
君と一緒に見ていたいから――――――。
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1:42 2004/05/10