◆シュークリームを二つ◆
「一体何処にいるってんだ!!あの阿保王子は!!!」
怒りに肩を震わせながら宿屋のドアを蹴り上げるのはローレシアの第一王子レイ。
彼が探すのは同盟国の王子で共にハーゴンを倒すためのたびに出てくれるはずの少年だった。
レイが怒るのには理由があった。
行く先々に足跡は点在するものの、当の本人は存在しない。
肩透かしを食らいまくってリリザと言う小さな街に戻ってきたのだ。
「あの……もしかして、レイ王子ですか?」
翠を基調とするのはサマルトリアの王太子の証。
胸にはロトの紋章が織り込まれている。
「そう…だけど……」
「良かった。僕はサマルトリアの第一王子、リトルです。随分と探しましたよ」
そこまで言われてレイはリトルの首根っこを掴んだ。
探したのは紛れも無くこの自分なのだから。
「何処ほっつき歩いてんだこのスカポンタンがっ!!大体なぁ、探したのは俺なんだよ、俺!!」
「僕だって探しましたぁ……ローレシアにも行ったし、勇者の泉にだって……」
「まぁ、いいけどよ。とりあえず今日はここで一泊だな。もうじき日も暮れるし」
リトルは袋の中から小さな銀の鍵を取り出す。
「事のついでに、探してきました。何かの役に立つかもしれないし」
銀の鍵の洞窟に、このひ弱そうな少年が一人で入り込みあまつさえも鍵を手に入れる。
その行動力にレイは驚きを隠せなかった。
「サマルトリアは元々魔法を軸とした国です。僕も幼い頃から魔法を勉強してきました。
ムーンブルクもそうだと聞いてます。王子のお役に立てれば」
物静かな口調。おそらく本来は戦闘向きではないのだろう。
それでも国のために覚悟を決めてきたのだから、断わる筋合いは無い。
「よろしくな、リトル」
「こちらこそ、レイ王子」
差し出された手を受け取って、笑う顔。
柔らかそうな栗色の髪に、翠の瞳。
「レイでいいよ、リトル」
まるで弟のような存在。それでも、自分よりも二つ年上だという事実。
お互いのことを離していたらいつの間にか時間は過ぎていた。
「風呂入るけど、一緒に入るか?」
それは何の意味も持たない一言のはずだった。
「いいい、いい!!僕、後で入るから!!」
ぶんぶんと首を振ってリトルは力一杯拒絶する。
その様子を怪訝に思いながらもレイは浴室へと消えていった。
レイが出てきたのを確認してから、入れ替わるように今度はリトルが浴室へと。
その小さな背中を見送りながらレイは先ほどのリトルの態度を思い出していた。
(あの慌てぶりは何かあるよな。まだ、生えてないとかか?それとも名前の通りにアッチもリトルってか?)
湧き上がった悪戯心は留められなく、レイはそっと浴室の扉を開ける。
丁寧にたたまれたローブの上には王家の紋章の入った短剣と愛用のヘッドギア。
(よっしゃ、現場を押さえてやれ!!!)
勢い良く、扉を開ける。
「やっぱ男同士裸の付き合いしようぜ!!!」
「わーーーーーーっっつ!!!」
「って、えええええっっっ!!!???」
目の前に居るのは確かに紛れも無くリトル本人。
しかし、両手で隠されているのは二つの乳房出るのも間違いは無い。
「な、な!!お前、それ!?」
「わけは後で話すから出て行ってくれっ!!!」
押し出すように背中を押されて、扉が閉まる。
言われるままに、レイはリトルが出てくるのを待つしかなかった。
「んじゃ、わけとやらを話してもらおうか?」
湯上りの髪をタオルで拭きながらリトルはベッドに腰掛ける。
括れた腰と、膨らんだ胸。
改めてみれば顔つきも確かに女のように見える。
「ちょっと前まで、うちと君のところはそんなに親密な間柄じゃ無かったって知ってる?」
ローレシアとサマルトリアが同盟を結んだのはここ五十年余りの出来事。
それまでは一触即発までは行かないまでも微妙な関係だった。
ハーゴンという共通の敵が出来てからはその結束は強くはなった。
だが、それまでは同じロトの子孫ではあるものの、ムーンブルクを含めて三国は互いを見張っていた状態だった。
「ああ、じーさんが結構頑張って同盟結んだんだよな」
「そう。そして、それを破棄しようとしたのが君の父君だ」
リトルは指先でそっと火を灯す。
魔法国家サマルトリアの正当なる後継者。
「親父、そんなことしてたのか?」
「丁度そのときに生まれたのが僕なんだ。けれども、生まれたのは王子じゃなくて……王女だった。サマルトリアは
他の国と違って男子相続制じゃない。国家最初の創設主は女性だった。僕の祖母に当たる人だ」
言葉をきりながら、リトルは続ける。
「そんな中で父は、僕を王子として育てることを決めたんだ。もしも、これが君の父君に知れたら大変な事になる。
そう考えたんだ。事実、その後に生まれてたローレシアの後継者は男子……つまり君だ。事が知れれば婚姻という
形でサマルトリアはローレシアに吸収合併されるかもしれないって考えたんだ」
先ほどまで頼りなく感じていたはずの横顔。
それが妙に年上に見えてしかたない。
「もう一人、王子が生まれればよかったんだけれども、生まれたのは妹だった。だから、ますます本当のことは誰にも
いえなくなったんだ。そうして僕は王子として育てられてきた。剣も、魔法も、帝王学も、未来のサマルトリアの
王になるべくね」
「でもさ、親父がそんなことを考えるってのもな……」
「ローレシア王は意外と欲が強いよ。サマルトリアを吸収できれば領土は広がるし、何よりもローレシアにはない
魔法文明を取り込める。ムーンブルクと対戦するにも魔法が無ければ厳しいだろうしね」
こきこきと首を鳴らして、ため息をつく。
それは等身大の十八歳の少女の姿。
翠の瞳が、僅かに歪む。
「うちの妹との縁談話がいっただろう?」
「ああ、でもあの子まだ十二だろ?何もできねぇよ」
「希望したのは、君の父君だ」
「………………」
「沢山話したら、疲れちゃった……今夜はここまでで良い?」
眠たげに、リトルは目を擦る。
「あ、うん……」
「おやすみ、レイ」
程無くして聞こえてくる寝息。暗闇の中で目を凝らせば薄っすらと浮かび上がる身体の線。
なだらかな曲線と円で構成された女の身体。
(まずは……寝るしかないよなぁ)
どっちにしても、この先は長い付き合いになる。
そんなことを思いながら、レイも目を閉じた。
翌日からは二人旅。苦くて好きじゃなかった薬草に頼る日々からの開放。
リトルは魔法国家サマルトリアの名に恥じない魔法剣士だった。
通常の魔法使いは殆どの武器を使うことが出来ない。
剣と魔法を両立させることそれだけ困難だということだ。
「レイ、大丈夫?」
「ああ。回復魔法が使えるってでかいよな。一人の時はずっと薬草に頼りきりだったし」
「そう。良かった。そう言って貰えると嬉しいよ」
横顔はどこか凛として、少年の様でもある。
(俺、無事にこいつと旅を続けられるんだろうか……だってよ、顔だって体だって悪くないんだぜ?)
ふわふわと風に踊る栗金の髪。
それかと思えば、リザードフライを一刀両断にする姿。
(喧嘩だけはやめよう。絶対に死ぬ。勝てねぇ)
「何ぶつぶついってるのさ?早めにムーンペタ行くんでしょう?」
胸から下げられたのは鎖に絡めた銀の鍵。
まるでリトルを守護するように、きらきらと輝く。
宿屋の扉を叩いて、相部屋をとって荷物を降ろして鎧を脱ぐ。
「一日お疲れ様。明日も無事に生きてられると良いね」
リトルの言葉はこの先の未来を暗示するものだった。
明日、生きていられる保証はないのだ。
「なぁ、お前のこと聞いてもいいか?」
「今更知らないことも無いでしょ?昔から顔あわせてるんだから」
「いや、だってお前が女だったなんて知らなかった」
「聞かれなかったしね」
鉄の槍を拭きながら、リトルはくすくすと笑う。
薄い唇にはほんのりとした色を乗せてやりたいと思わせる魔法がある。
「なぁ、ムーンブルクの奴を見つけたら一度サマルトリア行こうぜ。リトルの親父さんにちょっと話あるし」
話したいことは、山のようにあったはず。
それでも、いざ時間が出来てしまえば何も話せなくなるのだ。
「明日は……遠くに行かなきゃいけないんだから……」
余程疲れたのか、瞼は半分閉じかけて。
「早めに寝ようよ。僕も……そうする……」
ムーンブルクの第一王位継承者は、ハーゴン軍の奇襲を受けて現在行方不明。
小さな手がかりは王宮から逃げ延びた兵士が言っていたことだけ。
「アスリアさまは……姿を人外のものに変えられています。西の沼地に……真実を写すラーの鏡が……」
兵士はそこで息絶えた。
その亡骸の手を組ませ、血で汚れた顔をリトルは自分のローブを裂いて拭き取った。
神官としての学位を持つ立場として、そうせずにはいられなかったのだ。
「明日、僕たちがこうならない保障はないよね……こんなことが起きないように、がんばらなくちゃ。
まだ、死ぬわけには行かない……レムを残してなんて死ねないよ。まだ、あの子は小さいんだから」
サマルトリア王妃は王女出産後に逝去している。
まだ幼い妹を残して死ぬことは出来ないとリトルは呟くのだ。
表の心は国のため。本当の心は、君のために。
古の勇者ロトも恐らく同じ思いだったのだろう。
誰だって、自分の命を賭けてまで見知らない誰かのために戦うなんてことはできない。
大義名分を掲げても、本当の心は大事な人の傍に残して旅立つのだから。
繰り返される「もしも」は、そうならないからこそ、考えてしまうこと。
古より人の心は、何一つ変わらないのだから。
早朝にムーンペタを出発し、兵士の残した地図にそって目的地に向かい南下する。
マンドリルやリザードフライの群れはリトルの魔法が援護する形になり、大分戦闘も楽になってきていた。
「しかし、ハエの群れに猿の群れ……たまんねぇよな」
「そうだね。こうも続くとさすがに辛いや」
岩場の二人して凭れて、空を仰ぐ。
痺れた腕を伸ばして、前を見つめるのはレイ。
その腕の傷に治癒魔法をかけながら風に髪をそよがせるのはリトル。
大人びた子供が二人。
「なぁ、死ぬ間際って何を思うんだろうな」
「何だろうね。色々言われてるけど……結局その瞬間になってみなければ分からないんだろうね」
くたくたになった身体を投げ出して、いっそこの過酷な現実から逃げ出してしまいたい。
これが夢ならば……仮想を立てても現実の前では塵になってしまう。
「レイ」
頬に走る傷に触れる指先。
「どんなことがあっても、君は生き残って。直系のロトの血を持つのは、君だけだから」
サマルトリアも、ムーンブルクもロトの末裔ではあるが直系には当たらない。
ローレシアだけが純血のロトの子孫なのだ。
「何……言ってんだよ」
「死ぬ瞬間、何を考えるって言ったからだよ。ボクは……多分君が生き残る方法を考えて、自分の選択肢が
正しかったことを信じる。そして……良かったって思う」
「……………………」
「この先、誰も傷つかないことなんて無いんだ。戦うって、そういうことだから」
たった二つしか違わないはずなのに、その翠の瞳はずっと先のことを見つめていた。
当たり前に与えられるはずだった未来。
その未来は、今は確約されたものではないのだから。
自分よりもずっと重い覚悟を背負って旅立った彼女。
銀の鍵は運の良さだけでは手にすることなんて出来ないのだから。
魔力を帯びたものを手にするには、それ相応の術師としての力が求められる。
鍵が、彼女を所有者として認めたからこそここにあるのだ。
「立派な王様になれるよ。お前なら」
「なれることなら、なりたいよ。でも……」
ため息は風に溶けて。
「ボクは、王様にはなれないんだ」
「………………………」
「神官になろうと思う。この旅が終わったら」
その後に「無事に生きて、気が変わらなかったら」と付け加えて笑った。
王位は妹が継ぎ、娘婿が時期サマルトリアの国王となる。
正当な継承者であっても、その立場を捨てなければならないのだ。
「でもね、結構楽しいよ。城からずっと出たかったからね」
籠の中の鳥の、束の間の休息。
鳥はただ綺麗なだけでは価値が無い。
その声、色、羽根の形。
同じように、ただ王位継承者だからとは言えない立場。
「もし、君も妹も互いを思う気持ちがるのならば」
目線は自分よりも、遥か彼方。
「サマルトリアの独立を保ったままであるならば、一緒になるのも悪くは無いと思うよ。ただ、泣かせたら承知しないけど」
「俺は、ガキには興味ないんだよ」
のろのろろと体を起こして進み行く。真実を映す鏡を手にしないことにはどうにもならないのだ。
この旅は、自分たちに何を与え、何を奪うのだろう。
今出来ることはそう―――――――前に進むことだけなのだから。
ムーンブルクの東、以前はルビスを祭る祭壇があった場所。
そこに広がる沼地の中にどうやら件のものはあるらしい。
絡まる腐水を払いながら、必死に探し回る。
「……これ……かな……?」
出てきたのは銀細工で縁取られた、流麗な一枚の鏡。
鏡面は汚れていて何も映せないが、裏にはしっかりとムーンブルクの刻印とロトの紋章が刻まれていた。
草原に座って、該当でその表面を丹念に拭き取っていく。
次第に光を帯びて、鏡は本来の美しい姿にと戻った。
「どれ……ってただの鏡だな」
「そう?」
レイの声につられて、リトルも鏡を覗きこむ。
「……え……?どういうことだ?」
「何……これ…………」
確かに二人の姿を、ラーの鏡は写し取った。
健康的な少年と、そしてその隣に並ぶのは―――――端正な顔立ちの少年だった。
王子として育てられてた着たものの、リトルの体は『女』であって『男』ではない。
それでも、真実を映すというラーの鏡は彼女を彼として映し出したのだ。
「兎も角、面倒なことは後で考える。ムーンペタ戻ろうぜ」
「そうだね。何だか頭痛くなってきたよ」
こめかみの辺りを指で押さえて、リトルは二度ばかり頭を振った。
まだ、騒動はほんの始まりに過ぎないということにまだ誰も気付かずに。
ムーンペタに戻ったものの、アスリアの行方は知れないままだった。
手がかりはこのラーの鏡だけ。
「どうしようか」
「まぁ、原始的だけど……」
レイは鏡を取り出して、そちらこちらを映し出す。
「数撃ちゃ、当たるだろ?」
考えすぎてしまうリトルと、己の直感を信じるレイ。
相反するから、おそらく一緒に居られるのだろうとリトルは考えた。
「!!!」
鏡面が光り、一匹の白い犬を映し出す。
その姿はゆっくりと一人の青年の姿を映し出していく。
「うわっ!?」
ばきん!と一筋の罅が走り、鏡は風化するように崩れていった。
「ようやく元に戻れたぜ。世話、掛けたな」
すらりとした長身の青年。纏ったローブにはムーンブルクの紋章。
「私の名前はアスリア。ムーンブルク第一皇女だった。数年前まではな」
濃紫の髪と、石榴の瞳。自信有り気な口元と、知性的な佇まい。
「待て。皇女ってお前……オカマか?」
「馬鹿言え、お前脳みそまで筋肉か?」
アスリアは横目でレイを一瞥して、そっとリトルの肩を抱いた。
「ま、立ち話もどうにもならねぇ。ちょっと移動しようぜ」
夜の帳も下り始め、酒場にも明かりがつき始める。
酒でも引っ掛けなければ聞けないだろう話に、二人はアスリアの後についていった。
「まずは、この始まりから話さなきゃなんねぇな」
口元の泡を拳で拭って、アスリアは天を仰ぐ。
「始まりは……ま、ハーゴン軍の侵攻からだな」
さかのぼること十六年前。大神官と名乗るハーゴンは、眠っていた魔物を率いて地上への侵攻を始めた。
勇者ロトの竜王討伐から百年後のことである。
手始めに精霊ルビスを封印し、各所に散らばるロトの残留思念を消し去るためにハーゴンは屈力していた。
始めにそれに気付いたのは、魔法国家ムーンブルクの先代。つまりはアスリアの父親に当たる。
当時四歳だったアスリアに王は、魔法文明を駆使して一つの呪いをかけた。
王女として育てられてきたアスリアを男性化させ、王子として育て上げる。
同じようにムーンブルクと連盟を組んでいたサマルトリアでも同様のことが行われた。
まだ、一歳に満たないリトルを女性化させて、それでも敢えて王子として育て上げると。
当時、ローレシアと他二国は一触即発の状態にあった。
武力では圧倒的なローレシアに対して、サマルトリアとムーンブルクは王位継承者同士で婚姻を結ぶことで牽制しようとしたのだ。
ハーゴン軍侵攻のごたごたに乗じて、アスリアはあたかも初めから王子であったかのように伝えられる。
王位継承者が三人とも男であれば、おいそれとローレシア王も動くことはでき無いからだ。
「親父……どこまでアホなんだよ……」
「そのアホの血をしっかり引いてんのは、お前だ。お前」
二杯目に口をつけて、アスリアはリトルの方をみる。
「ま、そういうこった。仲良くしようぜ。リトル」
「待て、だったらお前が男になったのは納得いくけど、リトルが女になったのは何なんだよ。元々男だったんだから
そのままでも良かったはずだろ」
「そりゃ、俺とリトルは許婚ですから」
「え!?僕、そんなこと聞いてないよ!!」
「お前が二十歳になるまで言わないってことだったからな。ま、今となっちゃ……ムーンブルク自体が存在してないようなモンだけど」
ハーゴン軍の奇襲により、ムーンブルクは壊滅させられた。
アスリアを逃がすために犬の姿に変え、王は最後の力でラーの鏡を沼地へと転送させたのだ。
「支配欲の強さってのは、どうにもできねぇもんだ。俺も腹括って王子として生きることを選んだ」
くしゃくしゃとアスリアはリトルの頭を撫でる。
「親同士の密約で、辛い思いさせて御免な」
「……………………」
今まで、誰にもかけてもらえた無かった言葉。
押さえつけてきた気持ち。
「ハーゴン、さっさと倒して……いい家庭を築こうな」
「こら待てオカマ。話が飛躍してるぞ」
「だから許婚だって言ってんだろ。こいつには妹も居るし、ムーンブルクに娶っても問題はねぇじゃないか」
にやりと赤い瞳が笑う。
「あ?もしかしてお前も狙ってたか?このマセガキ」
「うるせぇオカマ!!」
「俺を侮辱すんのはリトルにも同じ言葉はいてることになるって分かってんのか?お前」
怪訝そうな顔で、リトルは二人を見る。
「どうでも良いけど、君たちと旅すんの……何か嫌になってきた」
右手をレイ、左手をアスリアがぎゅっと掴む。
「ま、どっちにしてもハーゴン倒さなきゃすすまねぇ。仲良くやろうぜ」
紆余曲折を得て、ようやく揃ったロトの子孫たち。
三者三様に、始祖といわれたロトも恐らく苦笑しているだろう。
ベッドに腰を降ろして、疲れきった腕を揉み解す。
「リトル、ちょっと良いか?」
「どうぞ」
風呂上りの濡れた髪をタオルで拭きながら、アスリアはリトルの隣に腰掛ける。
「さっきは御免な。ガキからかうのって面白くてさ……俺も、ずっと男して生きてきたから今更女に戻れとか
言われてもぴんとこなくて……リトルと俺は、同じだし。リトルさえ良ければ、俺は一緒に居たいと思う」
「……………………………」
「今すぐってわけでなくてもいいんだ。一緒にムーンブルクを復興してもらいたい。俺は……そう思ってる」
自分よりも、三つ上の青年は少し照れくさそうに笑った。
数々の呪文を駆使する大魔道師も、一日の終わりには一人の男に戻るのだ。
「あのね、アスリア……教えて欲しいんだ」
「何?」
「僕たち、一体何なんだろうね。男でも女でもない……」
すい、と手が伸びて頬に掛かる。
レイの無骨な手とは違う、細く白い指先。
右手の中指を彩る紅玉。その玉の中にはムーンブルクの紋章が浮かんでいた。
「俺は俺。リトルはリトルだ。それじゃ駄目か?」
ゆらゆらと揺れる気持ちと絡んだ不安の糸。
ぷつり。と断ち切ってアスリアは満開の笑顔を浮かべた。
「リトル」
そっと唇が額に触れて、離れる。
「ア、アスリアっ!?」
指先をリトルの唇に当てて、アスリアは小さく笑う。
「しっ。隣の部屋で筋肉馬鹿が寝てるからさ」
ちゅ…と鼻筋に、頬にゆっくりと唇が下がる。
そろそろと手が下げられて、細い背中を抱きしめるように唇が重なっていく。
初めは、触れるだけ。そのまま次第に深く。
「……ぅ……ふ……」
絡まってくる舌先と、抜けていく力。
手を回すことも出来ずに、甘く唇噛まれては何度も何度も繰り替えて重なる。
「……っは……」
ようやく唇が離れて、呼吸できることで開放されたことを身体が気付く。
「女も悪くない?」
「……そんなこと、ないよ。でも……」
ぐい、と唇を拭う指先。
「僕は男だと思いたい。自分を。アスリア、君も王女だよ」
「本来はな……そう、戻れたらどれだけ楽か。俺に術をかけた本人は死んじまったしな」
解術を出来るのは術者のみ。その術者であるムーンブルク王はこの世にはもう居ない。
「面倒なことばっかりだね。お互い」
「でもさ、真面目な話……お前に術かけたのもうちの親父だと思うんだけど。サマルトリアって元々女血統だろ?
だから、ハーゴンに対抗するためにお前を女に変えたんだと思うんだ。でも、敢えて男して育てた。
どっかのアホ親父に攫われないために」
くるくると指を回すと、その先に小さな光りが生まれる。
そのまま小さなハートを描いて、アスリアはその光りを花でも渡すかのようにリトルに。
「どう思う?」
「可愛い……綺麗だと思う」
「重症だ。男だったら普通は、凄いとかだろ?十七年も女やってんだ。そうそう戻れるとは思えねぇ」
そういわれて、リトルはキッとアスリアを睨んだ。
「僕は、サマルトリアの第一王子。そんなにうちと戦争したい?」
「私も、ムーンブルク公国第一皇女、アスリアーナ。一人の人間として、サマルトリア第一王子に婚姻を
申し込もうと思います。どうか、我がムーンブルクを御救い下さいませ」
跪き、その小さな手に接吻する姿は王子そのもので。
紳士的に接せられれば、懐かしい王宮での生活を思い出してしまう。
「アスリア……」
指を組んで、そのまま少し力を込めてベッドへと押し倒す。
「こんな隙だらけの男もそうそう居ないぞ?」
「止めろっ!!」
「んじゃあ、男だって証明してみろよ。俺が触ってもどうにも成らなかったら認めてやるから」
ローブの上から、やんわりと胸を揉まれて顔を逸らす。
少し物足りない大きさかもしれないが、これからまだ成長すればいい逸材にはなるだろう。
王宮で育てられた花は、ただ綺麗なだけじゃない。
「男なら、耐えてみせろよ?王子様」
上着を剥ぎ取ると、外気に晒された肌が震える。
掌に収まってしまう乳房にちゅ…と唇を当てると、ぴくんと肩が揺れた。
「ん?これだけでも感じる?」
「……くすぐったい……っ…」
そんな言葉はお構い無しに舌先でちゅぷ、と舐めあげて軽く噛む。
唇で挟みながら、吸い上げて口中で嬲るようにそれを弄ぶ。
左右を交互に責め上げる唇と舌先。
(やだ……絶対に違う……っ……)
ぎゅっと唇を噛んで、湧き上がる感覚を押し殺す。
初めて他人から受ける愛撫に、体は素直に反応してしまう。
やんわりと揉み抱きながら、解き取りその先端をきゅん、と摘み上げる。
「……ぁ……ッ……」
ぎゅっとシーツを握る手。頭を振って、必死に振り切ろうとしても。
「!!」
舌先はぬる…と滑りながら、小さな窪みを舐めあげた。
するりと手が腰を撫で上げるだけで、肢体が震える。
ズボンを取り払って、下着越しに指をそっと這わせていく。
焦らすように、卑劣を上下に撫で上げて時折その上をくりゅ…と捏ねるように押し上げる。
「…ぁ……ァ!!…」
もどかしげに揺れる細腰。
わざとじらしながら、ぐ…と親指を布越しに内側に僅かばかり沈めて。
「んんっ!!」
びくん、と腰が跳ねる。押さえつけて、尚も執拗に指先は擦るように動く。
「……邪魔なもの、取っちゃおうか……」
布地を剥ぎ取ると、秘所と離れまいとしてぬるつく体液が糸を引いた。
目を細めて、膝を開かせる。
「まだ、我慢できる?リトル……」
ちゅく…と指先を少しだけ侵入させて、半透明のそれを絡める。
「あ!!やだっ!!」
きゅっと充血した突起を摘み上げると、白い喉元が仰け反って。
その反応を楽しむように、今度は舌先がそこを攻めあげていく。
内側に入り込むその熱さ。
この体が女のそれなのだと、強く認識させられる。
例え、どれだけ自分は男なのだと言い張っても。
構成する柔肉は女であると雄弁に語るのだ。
じゅる、ぢゅく……触れられる度にこぼれる体液。
「あッ!!あ、あ…ァ……っ…!!」
指と唇は、止まることなくまるで違う生き物のように動き回る。
「女の子ってのはさ……気持ち良いとこうなるんだ」
指先を開くと、つ…と糸が二本を繋いだ。
「そんな……こと……ッ……」
小さな頭を押さえつけて、かみ合うように唇を重ねて。
離れ際に伝った銀糸を、指で断ち切る。
「……続き、しよっか……」
足先に引っ掛かったままのブーツを脱がせて、アスリアは口だけで笑った。
「やだ……やだっ!」
腰を抱き寄せた時だった。
「リトルから離れろ!!このオカマがァァァァァ!!!」
勢い良く扉を蹴り上げ、レイはそのままアスリアにとび蹴りを仕掛ける。
ひらり、とかわしてアスリアは逆にレイを魔法で壁にたたきつけた。
「油断もすきもねぇ!!」
「この夜中に来るってのは……おんなじこと考えてだろ、こんのマセガキ童貞が」
「誰が童貞だ!!オカマ野郎!!!」
つかみ合いながらぎゃあぎゃあと喚く男二人。
「………どっちも、いい加減に……しろっ!!!!」
叫びと共にギラの閃光が室内で炸裂する。
「!!!!!!!!」
「どっちもどっちだ!!!馬鹿っ!!!」
襟首を掴んでばちん!と派手な音。
頬に紅葉の痕二つ。壮大な往復ビンタが事の終止符を打った。
「ハーゴン倒すまでは一緒に旅はする!!けど、終わったら僕は神官になる!!!」
二人を外にたたき出すと、それきり扉は開かなかった。
どうしようもないくらい晴れた朝。
顔を腫らした男二人と、不機嫌極まりないといった表情の女一人。
この奇妙なパーティはムーンペタを出発することになる。
黒髪短髪の少年。長く伸びた髪を一つに結わえた青年。
笑えば可憐であろう少女。
名乗らなければこの三人があのロトの子孫だとは誰も思わないだろう。
「俺は別に三人でもかまわねぇけど、童貞君にゃきついだろうし」
「お前、脳みそまでピンク色かよ」
「ガキ。邪魔しやがって」
言い合う二人を槍の柄でがつん、と叩く。
「二人とも、目、瞑って」
「?」
「いいから、瞑って」
気迫に言われるままに、目を閉じる。
「!!」
口に詰め込まれたのは、シュークリーム。
「馬鹿なことで争ったって、何も生まれないよ。口喧嘩でこれ作れる?」
外壁の焼き具合と、中に入れるクリームの量。
シュークリームは見た目以上に難しい菓子の一つだ。
「まだ、契約できてないんだけど……唱えるだけで魂を消し去る呪文があるんだ」
伝説の高魔法の一つ「ザラキ」は一瞬で相手の生命の火を消し去る力を持つ。
それを習得できるのは、リトル一人だけ。
「今度なんかやったら二人まとめて始末するから」
困り者の子孫が三人。
遥か天空の古の勇者も苦笑するような者ばかり。
旅はまだ始まったばかりなのだから。
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21:50 2004/04/05