◆遠くで聞こえる光の音に◆






「地下都市っていっても、明るいもんなんだな」
人間は太陽の光を求めて止まない。
ここペルポイの住人も例外ではなく数え切れない照明を調節することによって、
朝晩の区別を作り出していた。
時間の経過と共に、光は加減されここが地下だと言う事さえも忘れてしまえそう。
魔法力で浮かせた籠に座って、リトルは辺りを見回した。
「凄いね。商業都市の中でもかなり大きい」
「人間とは、不可能なことを可能にするのだな」
目立つ銀髪を帽子にしまいこみ、リラも物珍しそうに視線を泳がせる。
「あきちはやっぱり海の上に街を造りたいぞな」
額と腕に巻かれた包帯がまだ、痛々しい。
「なら、儂は空中庭園でも造るか」
「いいね、サマルトリアを中継基地にすれば面白いかも」
女三人が顔を合わせれば、話は尽きる事を知らない。
三者三様ではあるもの、まったく違う性格の女が三人揃った。
「おっさんこねーのな」
「女の買い物に付き合われるのはごめんだっていってたな」
ロンダルキアの麓で、船を丸腰にするわけにもいかないとモハメは船内に残った。
本来ならば残るべきはずの女は、嬉々として街に繰り出している。
「二手に分かれようか。効率よく行動した方が良いだろうし」
「あきちがラゴスを探すぞな」
「逆だよ。ラゴスにとっては知らない人間の方が、近付きやすい。逃げられなうようにするにも」
仕入れと探索の二手に別れて、一向はペルポイの街に散った。
捜索班にはレイ、リラ、アスリア。
仕入れにはリトル、ベレッタ、ネブラスカ。
「いいのか?アスリアをあっちに置いて。あれはリトルが言えば鯨だって空に浮かべるぞえ」
「いいんだよ。僕は、もっと君と話をしたかったから」
粗野でも、美しい女性。
生命を謳歌して、空を見上げる事の出来る意思の強さ。
「ね、これって普通の鏡にできるかな?」
丁寧に包まれた破片を広げれば、それは光をはねかえす。
ルビスが大地に残したものの一つ、ラーの鏡の欠片。
「この大きめのやつなら、大丈夫ですよ。腕のいい職人なら、すぐに加工してくれます」
まるで警護するかのように、ネブラスカは彼女の傍を離れようとはしない。
「しかし、リトル様が男性とは……俄かには信じられないお話ですね」
「アスリアももとは女性だからね」
その言葉にネブラスカは二度ばかり頭を振った。
それこそ、話にならならない、と。
「おじさん、これ……鏡になる?」
「まかせとけ。綺麗な飾りもつけてやっからよ」
男の手の中で、欠片は新たな光を帯びていく。
「あんた、バーベットだろ?ラゴスが酒場にいるぜ」
「本当か?助かったぞえ」
「今はなんつった?ベレッタだったか?あんた」
男の言葉に、女は悪戯気に片目を閉じる。
「昔の名前ぞな。あちきはベレッタ。上の港の船の船長なりぞ」
少女二人が手を繋ぐ光景は、どこか不思議なもので。
それでも、一足だけ早く歩く少女は、どこか少年らしさをも従えていた。
「バーベット?」
「あちきの昔の名前ぞな」
あまり深く聞かれたくないのがわかるのは、この心がより女に染まってきているからだろうか。
それとも、彼女に対するもう一つの感情が生み出す感覚だろうか。
「僕も、全部終ったら海賊になろうかな」
「うははははは。王子様が何言ってるぞな。どれ、アスリアに連絡してラゴスを捕獲するぞな」
さららと紙に文字を書いて、小さく折りたたむ。
軽く息を吹き掛けると、それは一瞬で姿を消した。
「ほら、出来たぜ。お姫様二人」
鏡を受け取って、片方をベレッタに渡す。螺鈿細工の美しいそれは、掌の中で
きらきらと笑う。
「あちきにもくれるぞな?」
「うん。持っててくれれば、僕も嬉しいし」
「ありがとうぞ。大事にするぞな」
光なきこの街で、人は永遠なる光を求める。
「ベレッタさま、あちらを……」
アスリアに襟首を捕まれる一人の男。ばたばたともがいては、青年の拳が頭を打つ。
鏡を鞄にしまって、二人はそちらへと向かう。
「ラゴス、久しぶりぞな」
「やっぱりテメーか!!ベレッタァァァア!!」
ぱちん!と額を指で打って、女は首を振った。
「船長と呼べといってるぞな。しょうのない男ぞなー」
世界中の扉を開き、造れない鍵は無いと豪語する男。
それが、このラゴスなのだ。
「さて、紋章と水門の鍵を返して貰おうか?」
アスリアに睨みつけられても、ラゴスは微動だにしない。
海賊として生きて来た男の、度胸は睨み一つくらいでは揺るぐ事など無いのだから。
「のう、おぬし……人間か?」
竜神がじっと、男の瞳を見つめる。
「……………………」
「当ててやろうか?おぬし、ホビットであろう。わしはマスタードラゴンじゃ」
精霊族の長をルビスとするならば、魔族の長はこの竜神。
「だったらどうしたってんだよ。逸れものって哂うのか?」
「笑わぬよ。わしとて同じようなものだ」
ホビットは、妖精族と魔族の間に属すもの。気さくな性質と、手先が器用な事でも知られている。
ラゴスもその血の通りに、鍵職人としてその腕を振るっていた。
女海賊は、自分の血をよく知りうるがゆえに、人間ほどの差別を持たない。
「紋章は、ぬしがもっていても役にたたぬじゃろう」
「知らねーよ。俺は、そいつが困れば何だってよかったんだよ」
栗茶の髪を引っつかんで、ベレッタはラゴスに顔を近付けた。
「ラゴス。これから海底神殿に行くぞえ。お前もな」
「じょ……冗談じゃねぇ!!」
「あちきはメルキド族としての責務を果たす。ラゴスもホビットの責任を取るぞな」
必要なのはその血の意味を知る事。
そして、それを逃げずに受け入れることだと後になってから気付く。
ロトも、竜も、精霊も、人間も。
全ては生かされて生きているのだ。





浅瀬に囲まれた小さな渦。その奥底に神殿はあるという。
「僕と、ベレッタ。レイとアスリア」
リトルの振り分けに、アスリアは不満だと声を上げた。
「ネブラスカはあちきとくるぞな」
「ちょっとまて、こっち野郎しかいねぇぞ」
光の剣を静かに翳して、少女はレイの方に視線を向けた。
「バランスを考えればこれが一番だと思うんだ」
「じゃあ、あちきとリトルとアスリアでいいぞな」
その声にネブラスカは大金槌を二本背負って、レイの隣に。
リラとモハメは船を空中に浮かべたままにするために船内に残る事となった。
そう、表向きはその理由で。
彼女の真意を知る物はまだ誰も無く、知る由もなかった。
「僕はレイさまと、ラゴスと行きましょう」
「すげぇな、お前……二刀流か?」
稲妻の剣を腰に直して、レイはネブラスカを見上げた。
「ええ。振り分けは、レイ様は剣。ラゴスは魔道士。僕が神官ですかね」
「あちきが、剣。アスリアが魔道士。リトルが神官ぞな」
同じように大金槌を背負った小柄な女。
ゆっくりと着水する船の中、小さなナイフで一組の男女が己の手の甲を切りつけた。
「!!」
三人の視線など無いかのように、二人は赤い体液を海へと沈める。
「メルキド族の血に於いて」
「我らホビットの誇りにかけて」
二人の血が絡み合い、渦に飲み込まれていく。
青年が翳した月の欠片が閃光を放ち、突風が吹き荒れる。
「我らを、導きたまえ!!」
切り立った岩山と、湿った空気。手招くように開いた洞窟の入り口。
各々の武器を手に、乗り込む先は海底神殿。
ハーゴンの意思が眠る居場所。
「扉を開くには、人間の女と異種族の男の血が必要なんだ」
回復呪文を詠唱して、ラゴスは女と自分の傷を一瞬で消し去る。
「あちきは御袋さまをお助けするぞな。みんなは……ここに眠る邪神の像を探すぞなよ」
「邪神の像?」
「そ、ハーゴンの意思を具現化した物体だな。ロンダルキアにはそれがねぇと突撃はできねぇ」
ラゴスは理力の杖を手に先頭に立つ。
二つに分かれた道を迷う事無く左右に進む。
「僕も行くよ。人数がいたほうがお母さんも早く見つけられるよ」
「面倒な魔物は俺が一掃する。俺だって案外強いってしってっか?」
乗りかかった船ならば、いっそ舵取してしまえば良い。
これがこの呪われた身体に課せられたものなのだから。
珊瑚の崩れた階段をどこまで下りながら、今までを振り返る。
喧嘩をしながらここまで進んできた。理解しあえるようになるまでの長かった時間。
「あちきだって、強いぞな」
光あるところに、一緒に行くために。
ヘッドゴーグルを外して、リトルはそれを女の頭上に。
「壁が崩れそう。危ないからこれつけてて」
ベレッタを後ろにして、リトルが先頭に立つ。
剣士として、王子として、一人の女を守りたいというこの気持ち。
それは、彼が男である事の証明でもあった。
「アスリアもこっちくるぞな」
青年の手を引いて、女はにこにこと笑う。多分、彼女のは負の感情が少ないのだろう。
この薄暗い空間は、自分の気持ちと同じなのだ。
「あちきな、みんなに逢えて楽しかったぞな」
ぽつりぽつり。零れる言葉。
振り返る事無く、まっすぐに彼女は進む。
この先に、彼女の母がいるのだ。
「……御袋様!!」
岩場に映る影に、ベレッタが走り出す。それを追いかけて二人も。
「!!」
待ち構えるかのように、三人を取り囲む無機質な兵士たち。
魔術を施された鋼で作られた、物言わぬ剣士。
「まぁ、こいういうのは俺に任せな」
霹の杖を掲げ、青年は呪文を詠唱する。
炸裂する爆発と硝煙から、兵士達は剣を伸ばしてくる。
「!?」
「魔法が効かないって事だね。アスリア、援護頼んだよ」
岩場を蹴り上げて、リトルは渾身の力を込めてメタルハンターの頭上に斬りかかる。
胴体を打ちぬくように大金槌がそれを追った。
がきん!と共鳴するような音と、耳を劈くような金属の悲鳴。
二人の身体が弾かれるように後退し、今度は逆からの攻撃に転じる。
「うぁ!!」
「……っは…!!」
振り下ろされる鉄の刃が、二人を容赦なく打ち据えて行く。
「!!」
頭上からぼとり、と降って来る巨大な目玉。ぎらりとこちらを睨んでくる。
死してなお、戦うことだけを目的とする死霊の騎士スカルナイト。
腐臭と、零れる内臓を引きずりながらそれらも一斉に飛び掛かって来た。
「……盾になってる暇もねぇってことか」
死体と眼球を燃やしながら、青年はどうにか二人を眼で追う。
(……っくしょ……俺じゃ完璧に足手まといじゃねぇか……)
岩壁を蹴って、ベレッタは青年の素性を鮮やかに舞う。
片手で大金槌を振り回して、騎士達を力技で粉砕して行く。
「アスリア!!下がるぞな!!あちきが行く!!」
目にも止まらぬ速さで彼女は祭壇を一気に駆け上がる。それに続いて二人も。
足を止めて、青年は静かに霹の杖を翳した。
「精霊ルビスよ、我がこの手にその力を。汝の息吹を与えたまえ!!」
宝玉から放たれる夥しい光の矢。
「パルプンテ!!」
それは一斉に魔物達へと降り注き始める。全ての生命の鼓動を停止させる悪魔の息吹。
疲れを感じる暇など無い。ここで自分が足止めしなければ先には進め無いのだ。
「アスリア!!」
「リトル!!俺に構うな!!行けっっ!!」
この身体の奥までからからになるまで、この場で全てを凌いで見せよう。
それが、ムーンブルクの血を持つものの誇りなのだから。




岩場を飛びながら三人は奥へと進み行く。
「ネブラスカ、こっちで良いのか?」
レイを先頭に、三人は襲いくる魔物全てを肉変に変えてきた。
力技で進めるこのパーティは、ある意味無敵に近い。
「ええ……しかし、ベレッタさまの御母堂がどこかにいらっしゃるはず……」
その言葉にラゴスが呟いた。
「あっちだ。あいつら三人もいる。俺らじゃなくてあっちがジョーカーを引いた」
「?」
「魔法剣士二人と魔道士が、メタルハンターの群れに嵌ったってこった」
その言葉に、レイとネブラスカは一気に駆け出す。
「落ち付きのねぇやつらだな。結果は一緒だっつに」
それでも、自分だけのんびりと進むのも吝かではない。
「おい待てよ!!」
「待てるわけねぇだろ!!仲間がやべーってのに!!」
背後から迫りくるパペットマンの集団に、ラゴスは舌打ちする。
理力の杖を構えなおし、静かに呪文の詠唱を始めた。
「俺が止めてやる。ベレッタにこれで借りは返してやる」
頭上を飛び交うドラゴンフライを切り裂きながら、ネブラスカは岩戸に手を掛けた。
「ベレッタさまは……僕を人間に戻してくれました。あの人の為なら……僕は何だってできます」
「……………………」
ロンダルキアから逃げ出し、やっとの思いで小さな島にたどり着いた。
しかし、水面に映る自分の姿に青年は愕然とした。
そこにあったのは伸びた耳とおぞましい牙を持つ異形の者。
邪神の香気は彼を人では無い者へと変えていたのだ。
何度も死のうとしてナイフを喉元に当ててはみるものの、散っていった仲間を思えばそれも出来ない。
半ば自暴自棄になったところを、女に拾われた。
「なにしてるぞな?」
「……私が怖く無いのですか?」
「ちょっと面白い顔だとは思うぞな。レアぞなね〜」
虹色の雨を包みから取り出して、ころころと口中で遊ばせる姿。
「あちきはベレッタぞ、お前は?」
「ジェイク」
男の話を女は静かに聞いて、時折うんうんと相槌を打つ。
聞き終えて、女は男の手を取った。
「ジェイク、あきちの船に来い。おまえはあちきが拾った」
「こんな姿でも?」
「あちきの船には腕が無い奴も居れば目も見えない奴も居る。でも、みんながいるからあちきは
 あの船を動かせるぞな。それにな、丁度神官が欲しかったところ。あちきはラッキーぞな。腕の
 良い神官をここで拾った。お祝いにかぼちゃのケーキを作って貰おうぞ」
その言葉に、涙がこぼれる。
そして、男の姿はまだ人間だったころのものに戻ったのだ。
「なんだ、変装だったぞな?」
「……いえ……っ……あなたが戻してくれたんです……っ……」
「さ、行くぞな。今日からあそこがおまえの家ぞ」
手を引かれて、タラップを登る。
「ベレッタさま」
「んー?」
「僕に……名前をつけてくれませんか?この船でもう一度やり直すための名前を……」
ふわふわの髪が、風に揺れた。
「ネブラスカ。道を照らすものぞな」
それが青年の生涯の名前。そして女との出会いだった。
「大恩ってやつだな」
「いや……僕が、あの人を好きだから。だから、あの人の為に戦いたいんだ」
「その気持ちはわかるぜ。惚れた女が例え何だって気持ちはかわらねぇもんな」





指を組んで祈ったまま、身体の半分は岩と同化する女の姿。
閉じた瞼からでさえ感じられる強い意思。
「お……御袋様っっ!!」
女が駆け寄ろうとした瞬間、波打つ亜麻色の髪が、ゆらりと揺れた。
「!!」
逆さに刻まれたルビスの印。
「我ら魔神官、ハーゴンさまの命により汝らを迎えに来た!!」
女の唇は確かに自分の下へ来いと囁いていた。
「馬鹿なことを……僕達はそんな言葉には従わない!!」
女を背に守り、リトルは剣を引き抜く。
「大丈夫。君も君のお母様も守ってみせるから」
「リトル……」
「僕だって男だからね。好きな子のために戦いたい」



この剣を捧げるべき誰かが居る事は幸福なこと。
そして、この剣を柄なければならないこの世界は、果たして幸福なのだろうか?
あのころの自分に問い掛けた。





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22:07 2005/08/25

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