◆遺言―コトン、と落ちたあなたの声―◆






船でぐるりと南下して、目指すは小さな港町。
「無事に到着、と」
地図を畳んで、捜し求めるのは一人の男。
「あの、タシスンという人を探してるんですが」
「ああ、その人なら亡くなったよ。魔物に襲撃されたときに」
困り顔で見詰め合う三人に、男は続ける。
「何か用事だったのか?」
「はい。彼が持ってるという鍵が欲しかったのですが……」
代々受け継がれてきた金の鍵を持つ男は、すでにこの世には居ないという。
それでも、その鍵がなければ彼の地ロンダルキアにわたることは出来ないのだ。
「奥さんがいるから、奥さんに聞いてみたらどうだい?それにあんたたち……
 ロトの家の人間だろ?」
四十半ばといったところだろうか。男は口髭を一撫でした。
「じーさんからよく聞かされたもんだ。いずれこの街にロトの子孫が来るってな。
 金の鍵を守るのはこのザハンの民に課せられた運命だって」
きょとんとする三人に、男は声を上げて笑う。
「まさか、こんな子供が来るとは思ってもみなかったがな。タシスンが生きてても
 大笑いしだろうに」
子供といわれて、眉を寄せたのはアスリア。
「まぁ、いいさ。おっさん、タシスンってひとの奥さんとこに連れてってくれよ」
「こっちだ」
案内されたのは、小さな家屋。
少しばかり気の強そうな女が迎えてくれた。
「金の鍵?あの人が持ってたからねぇ……アタシはどこにあるのかさえ」
「そうですか……」
「この街の何処かにはあるんだろうけど、見当も付かないよ。すまないね」
子供を後ろにして、彼女は小さな宝箱をレイの手に。
「これは?」
「アタシもロトとは少しばかり因縁のある家柄なんだ。ここに嫁ぐときに母親に
 託されたのさ。それに、そちらの方はムーンブルク公国のアスリアーナ皇大使様
 だろ?これを受け取る義務がある」
カズハと名乗る女がくれた宝箱。
そっと、ルビスの封印を解く。
「……炎の紋章……」
「アタシの家は代々それを守ってきたのさ。縁在って同じようにルビスの欠片を
 守る男のところに嫁いで、こうしてあんたたちに逢えた」
カズハは昔を懐かしむように、リトルの手を取った。
「ロトの血は重いかもしれない。けど、あんたたちしかこの世界を救うことは出来ないから。
 あたしたちは自分の街を守ることで精一杯」
港町の女は誰もみなたくましく、そして美しい。
日に焼けた肌も意志の強い瞳も。
「おにーちゃん、おねーちゃん」
「ん?どうした坊主」
子供の目線に合わせて、アスリアが膝を折る。
「僕、おとーさんの鍵の場所、知ってるよ」
「よっしゃ!!コレで何とかなる!!」






手を引かれて連れて行かれた場所にいたのは、まだら模様の小さな犬。
人懐こく、リトルの指先を舐めてくる。
「お前も、舐めてぇとか思ったろ。エロガキ」
「オメーもだろ、オカマ」
ぎゃあぎゃあと言い合う男二人に、ただようため息。
犬を抱き上げて、リトルはその目を覗き込んだ。
「どうしたの?僕に何か言いたいの?」
「貸しな」
ひょい、と奪い取って犬の声にアスリアは耳を傾ける。
ふんふんと一頻り頷いて。
「こっちだってよ、鍵。埋めていったんだと」
「待て、何でお前が分かるんだよ」
「昔、犬やってたからさ。犬だけで無しに、樹とかそんなのも」
霹の杖で、こつんと大地を打つ。
「万物の命は等しい。この大地も、天空も、凪の海もな」
杖の先端から光が生まれて、ほんのりとそこを照らし出す。
「俺には触れない。レイ、お前が取れ」
「何でだよ」
「金の鍵の守護精霊は女だ。男じゃ……触れねぇ。銀の鍵は女。俺は……
 どっちも触れねぇからな」
そっと土を掻き分ける。
程無くして光を受けた小さな細身の鍵が姿を現した。
「これで、ようやく本格的に動けるな」
「どこに行くんだ?今度は。船の移動ばっかりで身体がなまってきた」
「テパの村だ。職人に逢いに行く。ドン・モハメってじーさんさ。親父の遠縁にあたる」
河川に守られた天然の要塞、それがテパの村。
噂に聞く御老体は、一筋縄では行かないらしい。
「テパって、確か……ものすごく閉鎖的な村じゃない?」
「近くに首刈り族とかすんでるらしいしな」
「まぁな。おまけに西の海は海賊がわさわさしてる」
三人それぞれ、顔を見合わせた。
「海賊如きで、俺らがつぶせると思うか?」
「まさか。僕達が海賊に負けるなんて?」
「まったくだ。負ける要素なんざ、これっぽっちもねぇ」
相手が海の猛者であっても、元は同じ人間なのだ。
同じように剣も船もある。勝敗を決するのは――――その想いの強さだけ。






テパの西海をぐるりと回って、一向は件の村を目指す。
「そうこう言ってるうちに、おいでなさったぜ」
剣を光りに翳して、レイが呟く。
旅立ったあの日から、彼は強くなった。
それは力だけではなく、内面にある光と温かさ。
誰かの痛みと想いを理解して、少年はゆっくりとだが確実に男へと変わっていく。
「そうだね。決めるときは決めないと……ね?」
その細い腕で、どれだけの魔物を切り倒して来ただろう。
偏見の目の中で、それでも前を見続けてきた。
まだ、立ち止まり迷うこともあれども。
その視線に迷いはもう無い。
「それでは、行きますか」
祖国を、全てを失いなおも生き延びる事を課せられた青年。
がむしゃらに突き進み、強さを違えた事もあった。
誰かの意思を汲み、そして世界を見つめ続ける事で得たもの。
それがどんな些細な事でも、何一つ無駄ではなかった。
「相手が誰であろうと、俺たちはまけねぇ……だろ?」
頷く二人に笑って、アスリアは舳先に立った。





「御頭ぁ!!ちっちぇですが、小奇麗な船がいますぜ!!」
赤茶の髪をわしわしとかき上げて、男の方を振り返る。
「ラゴスの船?」
「いや……あの紋章は……ロト三国の物ですな」
船員達の声に、首を捻る。
「はて……攻撃する由縁はないぞえ?」
「かといって、攻撃しねぇ理由もないですぜ。どんな宝を積んでるか」
男の声に、よいしょ、と椅子から飛び降りる。
「なれど、なれど。わしが探してるのはラゴスぞ?」
「あの馬鹿はまったくどこに逃げたやら」
「うーーん。わし、ちょっとその船に行ってくるぞえ」
カーゴパンツの紐を絞って、けらけらと笑う声。
「心配はいらんぞえ。わし。これでも魔道士なりぞ」
とろん、とした丸い瞳が細まる。
この船の船長は、つかみ所の無い女海賊。
それも、先祖代々からの歴戦たる女だ。
荒くれたちを纏め上げ、統括するその手腕の鮮やかさ。
妙な訛りは船員達を和ませる魔法の言葉。
「いってくるぞえ」
短く切られた髪には、ふわふわの癖がある。それも相まって、彼女の顔はどこか滑稽な
可愛らしさがあった。
ぺたぺたと木靴が甲板を歩き、眼下の青年に手を振った。
「おーーーい!!!あちきはベレッタ!!そなたらはロトの国の者かえーー??」
素っ頓狂な声に、アスリアは女を見上げた。
「あんた、何者だ!?」
「あちきはベレッタぞえーー!!そっちに行くぞえーー!!」
勢いをつけて走り出し、ベレッタは華麗に宙を舞う。
爪先から甲板に着地して、上着のほこりを払った。
「どこにいくぞえ?ロトたちよ」
「テ、テパの村って所に行くんだ。君は?」
面食らったままのアスリアをどかせて、リトルとレイが前に出る。
「奇遇ぞな。あちきもそこに行くぞえ!!」
「おい、お前……その剣っっ!!」
ベレッタの腰に下げられた剣に、レイが声を荒げた。
「ふふん、知ってるとは光栄。これはあちきの親父さまの御造りなさった剣ぞな」
よくよくみれば、不思議な女である。
腕に頬に走る刀傷。それさえも女にとっては優美な飾り。
ぴんぴんと跳ねる髪も、ひょうきんな訛りも彼女を言う海賊をよりいっそう魅力的に見せてしまうのだ。
「あちきの船にくるぞ?みたところ、この船、修理が必要ぞえ。あちきの所には船大工も
 いるぞな。この船でテパに行くのは無理ぞ?沈む」
腰に手を当てて、女は笑った。
「おい、どうでも良いけど上見ろよ」
アスリアの声に、三人は空を見上げた。
夥しいガーゴイルの軍勢が、今かと戦闘準備に入っている。
「あちきに任せりっ」
背中にくくりつけたいた、美しい装飾の施された 一本の杖。
「!!」
霹の杖を構えて、ベレッタは呪文の詠唱に入った。
「黄泉より出でずる冷たき息吹よ、あのもの達を冥府へと導きたまえ。迷える魂に浄化を。
 彷徨える想いに終焉を…………」
呼吸を整えて、静かに言葉を紡ぐ。
「ザラキ!!」
紫色の霧が立ち込め、女の歌声が響き渡る。
鼓膜を介せず、直接脳髄へと染みこんで行く冥府の旋律。
まるで甘い夢に溺れるように、魔物達は瞳を閉じて行く。
そして、次々に海中へと落下して行った。
「さ、行くぞえ」






船長室の豪奢な椅子はどうにも彼女には似合わない。
テーブルにだらりと足を伸ばして、作りたてのクッキーを頬張る姿。
「お客人にも、御茶と御菓子ぞえ」
「御頭と同じモンでいいですかい?」
「任せるぞえっ。ナモニーの料理に美味しくないものなんて無いぞな」
船長は料理長にもてなしを一任する。
この船の乗組員たちの能力を、最大限に引き出すことが彼女の才覚だ。
「ベートとナッカルはロトの船の修理を頼むぞえ」
「任してくだせえ。俺たちに掛かれば新品にしてさらに重装備にしてやるますから!!」
「頼もしいぞえ。わしは何も出来んぞえなぁ」
ばたばたと走り回る男達を、とろりとした瞳で彼女は見つめるだけ。
時折欠伸をしては、紅茶に手を伸ばす。
「みたところ、貧相な武器ぞ。ロトたるものたちがどうしたぞえ?」
ローレシアでの一線で、愛用の武器たちは全て朽ちてしまった。
それでも、準備できる範囲でここまで来たのだ。
「そうか……それじゃテパに付くまでに死ぬぞえ。ちぃと、待ってり。ネブラスカ!!
 武器庫のあれこれもってきてたもれーーー!!!」
どこからとこなく「はーい♪」と妙に明るい声が聞こえる。
数刻もたたずに、ネブラスカと呼ばれた青年は両手に溢れるほどの剣を抱えてきた。
「あら、いい男♪。ぼく、こういう男の子大好きっ」
レイに向かって片目を閉じて、ネブラスカは怪しげに笑った。
「おい、オカマ。御友達だぞ」
「馬鹿言え。俺は女専門だ」
煙草に火を点けて、煙を吸い込もうとしたときだった。
「ここは完全禁煙の船長室。たとえロトでもそれは侵させない」
青年の腕を一瞬で捻り上げて、ネブラスカはぎろりと睨み点ける。
「船医が怪我をさせちゃダメぞえ〜〜」
「はぁい。ベレッタさまがそう言うなら♪」
テーブルの上の剣の中から、ベレッタが何本かを取り出していく。
どんなにあどけない顔をしていても、彼女も海賊なのだ。
義を守らぬものには制裁を下し、時にはその命をも奪う。
常に死と隣り合わせの世界で生きる女。
「えーと、ロト?」
「僕はリトル。こっちはローレシアのレイ。それと、ムーンブルクのアスリア」
「うにゃははは。リトルにはこれ」
差し出された一本の剣。
ぼんやりと刀身が光を帯びて、何かを物語るよう。
「これは……」
細身の剣ではあるが、その美しさと硬度は目を見張るような逸品。
「親父さまが、光の剣と名付けたぞえ。受け取れ」
腰に携えられたその剣は、主を得たと誇らしげに輝く。
「アスリアは……しかたなしぞな。あちきのこれをくれてやる」
差し出されたのは霹の杖。
しっかりと受け取って、その宝玉に誓いの接吻をした。
「魔神官を倒したら、ちゃんと返すぞえ?」
「ああ。借りてくぜ」
そして、最後にベレッタが選んだのは炎の女神の刻印が施された剣だった。
「人はこれを稲妻の剣と呼ぶ。しかし……これは本物ではないぞえ……本物は、
 ロンダルキアの奥深く、ずっとずっと深くにあるぞな」
項垂れるベレッタの肩に、レイは手を置いた。
「じゃあ、これは?」
「これは、あちきの御袋さまが作ったぞな。御袋様はそれはそれは凄腕の神官。
 ゆえに、親父さまの剣に魔法を込めたぞえ。けど……この剣は本物の稲妻の剣と
 共鳴する。持っていれば導いてくれるぞな」
「そっか……ありがとうな。ベレッタ」
「本物はやれないけど、代わりにロトたちに素敵な贈り物をするぞなっ!!ネブラスカ、
 あちきの御部屋の宝箱、もってきっ」
「はぁい。ベレッタさま♪」
小走りで出て行くネブラスカに、レイはため息をこぼした。
「何なんだ、あいつ……」
「ネブラスカも元々は神官ぞ。それも、ロンダルキアの」
「!?」
「魔神官ハーゴンに造反した男ぞえ。海に浮かんでいたのをあちきが拾った。ネブラスカに
 色々と聞いてみるといいぞなね。ロンダルキアの事を」
海図を広げて、女は一点を指す。
「ここが、浅瀬に囲まれた海。御爺様が行ってる場所ぞ」
「御爺様?」
「ドン・モハメ。テパの賢者ぞな」





ネブラスカを加えて、五人は海図を睨んだ。
彼の言う通り、ロンダルキアに入るのは不可能に近いらしい。
強固な岩山は天然の要塞となり、魔神官ハーゴンを守っている。
「じゃあ、どうやって出てきたんだよ」
「……これを、使って」
それは、ベレッタの宝箱。その中にある小さな御守りだった。
月光石を幾重にも金鎖が包み、何かを指し示すように光を放つ。
「月のかけらが運べるのは、一人だけ。だから、僕は脱出できたんだ」
「でも、どうしてハーゴンを裏切ったの?」
「…………………」
静かに、ネブラスカは言葉を紡いだ。
魔神官として、ハーゴン軍の幹部に入り彼もムーンブルクへと攻め込む一団に所属していた。
人間を浄化し、全ての生命を一から再生させる。
ハーゴンから聞かされたその言葉を信じていたのだ。
そして、彼は真実を知ることとなる。
ハーゴンの真の目的は、邪神を復活させること。
その生贄に必要なのが、ロトの血なのだ。
「ムーンブルクへ出撃の前の日、僕はロンダルキアを抜けた。何人かの仲間が一緒に
 脱出を図ったけれども、皆死んで行ったよ。ムーンブルクの出の者もいた。祖国を
 滅ぼしてまで、再生は望まない。そう、みんな叫んだんだ」
「そして、あちきがネブラスカを拾ったのがローレシアの東の海ぞな」
「浅瀬には海底神殿がある。そこにある邪神の像を使って、ロンダルキアの山を動かすんだ」
「…………なぁ、死んでいった連中は『祖国を滅ぼしたくない』って言ったんだな?」
魔法国家ムーンブルクの最後の血を持つ青年の静かな声。
その声に、男は小さく頷いた。
「そうか……俺はあの国を必ず復興させる。それが、散って行った勇敢なるムーンブルクの
 民に出来る、精一杯の事だ」
「テパに行き、ここから回って、浅瀬の海。あちきの船なら行けるぞね」
ベレッタの指がリトルの指に触れた。
「あちきの親父様はサマルトリアの北にある村が大好きだった。だから、あちきは
 サマルトリアが好きぞな」
「僕は、リリザの出です。ローレシアのロトに逢えたのも運命。海底神殿、御案内いたします」
海賊は、義を重んずる者たち。
懐に飛び込んでくるのならば、どんな相手でも寛容に受け入れるのだから。
「御爺様の所に、行くぞな。それから、浅瀬の洞窟を目指しっ」
紙包みを開いて、ベレッタはクッキーをそれぞれに配分する。
「いざ、テパへっ!!」





目指すは天然の要塞の村。
待ちうけるのは、波乱―――――――。




             BACK





23:49 2005/05/02

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!