◆生きるべき道、残るべきもの◆




大神殿の入り口に降り立って顔を見合わせる。
「さて、どう組むぞよ?」
武器を手にそれぞれが呼吸を調えた。
この先に全員でもう一度こうして会える保証は無い。
可能性は確定ではなく、神殿の最深部で待ち受ける悪霊の神。
それを守る大神官は現存するだけで二人いるのだから。
「俺は、独りで行かせてもらうわ」
霹の杖を手に青年は煙草を銜えた。
「ベリアルは俺がやる。あっちもそのつもりだろうしな」
憎しみという感情が二人を密接に絡み合わせる。それは一種恋にも似た感覚だった。
祖国を滅ぼした男と数奇な運命を背負った青年。
同じ魔導師でありながらまったく違う二人。
「なんにしても、まずはいけるとこまでみんなで行くのがいいんじゃねぇの?」
若きロトの言葉に全員が頷く。
利き手を重ねあってこの先を思った。
「必ず返ってこよう。無事じゃなくたっていい。みんなで生き残れるように」
リトルの言葉に返ってくる言葉たち。
「おう。俺が死んだらテパの砂兎が全滅しちまう」
かつて、別天地から降り立ったロトと共にこの地に根を下ろしたホビット族。
精霊の血をもつ彼は、いまや掛け替えの無い魔法師だ。
「あちきは早く帰ってお爺様をお助けするぞな。それに、まだまだ見てない世界がある」
メルキド族の血を引く神官は、海賊船を駆って世界中を泳ぐ。
先代のロトと共にアレフガルドを離れはしたものの、再びこうしてロトと出逢えた。
「僕はベレッタさまと一緒に帰ります」
力を欲した青年は、力よりも祖国への忠誠を取った。
そして今は王家の血を引くものと共に戦っているのだ。
「儂も、いつまでも城を空けるわけにいかぬしな。ドラキーたちが寂しがる」
竜神としてこの世界を見つめ、流れる血を呪った日もあった。
その血を再び誇れるようになったのはかつて祖先が戦ったロトによって。
こうして手を取り合うことができた。大きな大きな一歩。
「俺も、ムーンブルク復興させなきゃなんねーし」
斜に構えることも多いが、彼もまたここまで自分との戦いだった。
失ったもの、己の弱さ、そして――――大切なものを守ること。
自分の脆さを知ったその瞬間から、青年は本当の強さを知る。
「ローレシア帰ったら何すっかな。しばらくだらけてみっか」
折れそうな剣を一本だけ持っての不安ばかりの旅立ち。
数多の出会いが彼をここまで育て上げた。
いまやこの世界中を探しても彼に勝る剣士は居ないだろう。
内側を見抜き、種族を問わずに受け入れる。それは優しさと強さを結びつけた。
「そうだね……帰ったら久々に妹とクッキーでも作ろうかな。みんな、食べにおいでよ」
何度も何度も逃げ出しそうになった。それでもここまで来れたのは信じられる仲間がいるから。
いや、信じられるようになったからだった。
誰かを信じることは自分自身を信じること。
幼さはゆっくりと消えて、そこにたたずむのは穏やかな笑みの魔法剣士。
「必ず行くぞな!!」
「サマルトリアと竜族は友好関係じゃ」
「クッキーも久しく食ってねぇな……ミルクティーで決めてぇもんだ」
「オカマ、血糖値上がるぞ」
青年は少年の頭にこぶしを置いて笑う。
「低血圧だから問題ねーよ。さっさとハーゴン倒して帰るぞ」
「おう!!」
静かに扉に手をかける。
運命の始まり、そして旅の終わりの幕開けだった。






襲い来る死霊の騎士たちを粉砕しながらパーティはハーゴンの待つ最深部をひたすら目指す。
まるで湯水のように湧き出てくる魔物たちにベレッタが舌打ちした。
「リトル!!ここはあちきが止めるぞな!!雑魚に構わず先に進めっっ!!」
その声に頷いたのは男二人。
魔神官とホビットの青年だ。
女を背後から援護する陣形を取って四人を前に進ませようとする。
「ベレッタ!!」
振り返らずに、彼女は答えた。
「止まってる暇なんて無いぞえ!!ここは任せて早く行くぞな!!」
「でも……っっ!!」
閃光一線。崩れ落ちるシルバーデビル。
「こんなところで死んだら、何のためにここまで来たぞよ?大丈夫、あちきたちは
 強いから心配は要らないぞな!!」
魔物の咆哮を切り裂く爆裂呪文。
魔法が光の壁を作り出し四人の身体を包み込んだ。
「雑魚は僕たちが引き受けます。みなさんは早く!!」
「ホビットはロトに恩があるからな……俺の気がかわらねぇうちに行け!!」
石造りの扉がゆっくりと閉じていく。
「ベレッタ!!」
叫ぶように自分を呼ぶ声。心にとどめて彼女は剣を取る。
完全に遮断されたことを確認して男二人に囁いた。
「神殿が墓場……面白味が足りないぞな」
「だな。海賊は海で死んでこそ海賊だ」
「ならば必ず戻りましょう……僕たちの海に」
あの海に帰るために。もう一度、船で空を泳ぐために。
僅かな希望と小さな思い出を抱いて宙に飛んだ。






階段を眩暈がするほど登って、見えてきたのは最上階。
ここまでどれだけの魔物を切り捨ててきただろう。
「!!」
装飾の施された重厚な扉の前に立つ一人の青年。
深緑の光を瞳に宿して、男は四人を見据えた。
「久しぶりな。アスリアーナ」
「ああ、そーだな……ベリアル……」
おそらく、この扉の奥に大神官ハーゴンは存在する。
「レイ、リトル、お姫さん……先に行ってくれ。後から追うからよ」
青年の申し出を断ることはできない。
これが彼にとっての一番大きな戦いなのだから。
「お前一人でこいつらも止められるのか?」
身体の一部を失ったアトラス。今にも千切れそうな首を揺らすバズズ。
死霊化したかつての同胞を従えて男は静かに笑った。
「バズズ如きにできることを、この俺ができないと思ったか?アスリアーナ」
「いーや。俺もお前も天才だからな。できねぇのは出産くらいだろうよ」
煙草に火を点けて深く吸い込む。
肺腑に染みる味に瞳を閉じて、満足気に煙を吐き出した。
「止められるさ。言ったろ?俺は天才だって」
手にはロトから授かった正真正銘本物である霹の杖。
ロトの紋章である不死鳥ラーミアが守る青い宝玉がきらら、と輝いた。
「早く行けよ。男同士の戦いに水差すなんて野暮なことすんなよ?」
深紫の髪が風に揺れる。
死を前にした人間の表情(かお)はどこまでも穏やかで優しすぎるから。
「アスリア…………」
「お姫さんとリトルは頼んだぞ。しっかり守って戦え……よ!!」
炸裂する風の刃が強引に扉をこじ開ける。
「!!」
「言ったろ?お前の相手は俺だって……ベリアル……」
三人の背中を見送って青年は男と対峙する。
すでにアスリアの能力は神官といっても過言ではなかった。
古代魔法を研究しながら魔道契約を結び、呪文を身体に刻み付ける。
二人が寝静まってから行われる儀式は彼の力を頂点へと導いた。
曇りの無い瞳と迷いを捨てた強い意志。
死霊の攻撃を交わしながら男の隙を伺う。
「……ちっ……成長したか……」
「いつまでも弱いままじゃいられねぇもんでね」
降りかかる埃を払って駆け出す。
もう、迷うことなど何も無い。





閉じかける扉の奥に見える青年の姿に少女は足を止めた。
「どうした?リトル」
首から下げていたルビスの守りを少年に付けて、彼女は静かに首を振った。
「戻るよ。アスリア一人にはできない」
この身体に流れるロトの血。そして、それだけでは割り切れない感情。
ここまで一緒に歩いてきた彼を一人で死なせるわけにはいかない。
「リラ、後は頼んだよ」
「待てよ。あいつは何のために俺らを進めたかわかってんのか!?」
少年の手を取って、ぎゅっと握る。
「うん。だから戻るよ……それに、リラが居れば大丈夫。ハーゴンは任せたよ」
ヘッドゴーグルを外してそれを竜神の頭に。
「こんなものだけども、ずっと一緒に旅してきたんだ。君が持っててくれればうれしい」
「リトル……」
「御武運をレイアルド王子、女王リラ」
扉を間を抜けていく細い身体。
その背中に見えた真白の羽。
それが錯覚であれ確かに彼女の意思は見えた。
「行くぞ、リラ」
「しかし…………」
「みんながつないでくれた命だ。俺らがハーゴンを倒さなきゃなんねーんだ」
竜神の手を取って、少年は最後の扉に手を掛ける。
悪霊の神を祭る神官の部屋への扉を。




崩れ落ちるバズズの身体に、青年は目線だけでそちらをみやる。
亜麻色の髪を靡かせた魔法剣士。
鮮やかな手つきでその首を跳ねて右肩から斜めに身体を切り裂く。
「……戻ってくんなって言わなかったか?」
ゆっくりと細まっていく瞳。
「聞こえなかったね。それに……お姫様一人残すなんて男じゃないよ」
「……サンキュ……」
もし、自分があのまま皇女だったとしても。
きっと、王子である彼は同じように手を差し伸べてくれただろう。
「サマルトリア王国、リトリア参る!!」
その声に死霊の騎士の咆哮がこだまする。
骸となっても剣を離さない三巨頭の一人、魔剣士アトラス。
「!?」
ぼろぼろのバズズの身体を頭から食いちぎってその体液をあたりに撒き散らす。
骨の砕ける音と鈍い破壊音。
「ぐ……ギャ…ァァァアアア!!!!」
バズズの身体を飲み込むほどに再生されていく女の姿。
「貴様の命令には従わん……ベリアル……」
不完全な蘇生は顔半分を腐らせたままで止まる。
それがかえって彼女の感情を煽った。
「どっちにしろロトを食えばこの身体は戻る……ちょうどいい餌がいるからな!!」
「おしゃべりな女だな、アトラス」
マントを切り裂いて腐ったままの左顔面を縛り上げる。
「私の相手はそっちの子供か!!」
光の剣を構えて腰を低く落とす。
ブーツの踵を低く鳴らして二人が宙を舞う。
「よそ見してる暇はねぇぜ!!」
男の頬に流れる一筋の血液。
親指でぬぐってベリアルは眉を寄せた。
「俺に傷をつけた奴は久々だ……よかろう!!本気で殺してやるぞ!!」
「っへ……死ぬのはお前だ!!」
互いに構えた霹の杖。一方はロトの紋章、そしてもう一方はハーゴンの印。
ぶつかり合う魔法の合間を縫って始まる肉弾戦。
「やぁっっ!!」
破壊の剣を受け止めて、少女は女の脇腹に蹴りを入れる。
吐き出される体液とまだ薄皮で繋がれている肉体。
「生意気なガキがぁぁぁあああっっ!!!!」
「ガキで十分!!お前には負けない!!」
柄で強かに打ちこまれ唇の端から血が流れ出す。
ロトと魔族の果てるとも無い戦いは凄惨さを極める。
ただ一つ、生き残るための種を選ぶ戦いだった。




「ベレッタさま!!」
ふらつく足元を叱咤して、女は空中のフレイムたちを一掃する。
「これで……全部ぞなぁ……」
疲れたと座り込んで袋の中の飴を男二人に投げつけた。
あたりに転がる夥しいアークデーモンの死体とギガンテスの首。
「みんなはちゃんと前に行けたぞな?」
「ああ、まだ死んでねぇだろうな」
「そうか……よかったぞ……」
疲労困憊のベレッタの手を取ってネブラスカは彼女を抱き起こす。
「おぶりますよ、ベレッタさま」
「すまぬの……頼むぞ」
女をおぶって青年はゆっくりと歩き出す。
「多分、隠し部屋があるんです。僕たちが抜けたのとは別の道が……」
「そこになにがあるぞな?」
「すべての命を眠りに誘うもの……死のオルゴールがあります」
あの日、ハーゴンはその腕に赤子を抱いていた。
おそらくそれが邪神といわれる存在なのだ。
「ってことはそれでハーゴンのガキを眠らせるってことだな?」
「はい」
探し出せる嗅覚を持つのは海賊である自分たちだけ。
「そういうことなら俺に任せな。これでも鼻が利くんだ」




重厚な扉の奥は白を貴重とした大聖堂。
天窓から漏れる光が女を神々しく引き立てる。
「ようこそ我が神殿へ、ロト……そして竜神」
揺れる黒髪の美しい女は穏やかに笑みを浮かべる。
「久しいのう……片割れはどうした」
リラの問いにハーゴンはほほほ、と笑う。
「役立たずの男は腹の中。肉は硬いがそこそこの味。ロトとマスタードラゴンならさぞ
 美味であろう」
「食ったのか……旦那を……」
あどけなさを残した女が唇を舐める。その舌先の不気味な赤さ。
「子を育てるには肉が必要。あれもこの子の養分になれて本望だろう」
わなわなと震える拳に女の指がそっと触れた。
同じ魔族と言われる女二人でもこうも違うのだ。
「この世界の新たな神の前だ、跪け!!」
「馬鹿言ってんじゃねぇ!!悪霊の神なんて認めねぇ!!」
光に抱かれるようにして無数の手に守られる赤子の姿。
「我が子シドーがこの世界の神となるのだ!!」





生き残るのはたった一つだけ。
しかし命の選択などだれができるのだろうか?
散り行く杠葉のように。





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22:05 2005/12/06

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