◆Crossroad◆
邪神の像はその力でロンダルキアへの入り口を示す。
ここから先は人間の存在しない世界。その中に自分たちは飛び込むのだ。
「湿っぽい入り口だな」
ぼろぼろと崩れる土壁と、喚き立てる魔物の群れ。
「ここのどっかに最後の紋章があるってことしか俺らはしらねーわけだし」
稲妻の剣を一振りして、レイは埃まみれの天井を見上げた。
果てしなく続く回廊とうんざりするような魔物の数。
雑魚に用は無いと切り捨てながら三人は進み行く。
「これ使ってみようか。リラに貰った竜の鱗」
虹色の鱗に糸を通したものをリトルはひらひらと翳した。
「まさか……お姫さんの鱗じゃ……」
「いくらなんでもそれはグロすぎるだろ、オカマ……ちょっとは俺を思いやれよ……」
二人のやり取りを余所に、リトルは天井を剣で一突きした。
「おわっ!!」
「な、何だっ!?」
そのまま抉るように動かすと、ぼとり…落下する魔物の死体。
巨大な眼球の中心に突き刺さった光の剣を引き抜いて、軽く体液を振るう。
「ここがハーゴンの神殿に一番近いんだ。僕たちの会話なんか筒抜けだろうけど……」
意味深に笑みを浮かべて天井を見つめた。
「ロトの血が必要ならば、僕たちを生かしたままじゃなきゃ意味がない。一人だけではなく
あくまで『三人』でね」
ロトの血が分断されたのは世界が広すぎたからではない。
その意味をリトルは知っていたのだ。
「どういうことだよ」
「いこう。最後の紋章……全てを示す命の紋章はすぐそこだよ」
「御頭!!大変ですぜ!!」
焼きたての苺のパイに口をつけようとして、大きく開いた瞬間。
「パイを食べることも大事ぞな」
ぱくり、と噛み付いて満足気に飲み込む。
モハメ不在のテパに船を置き、男の変わりにこの村をベレッタは護っている。
「そんで、何が大変ぞな?」
ミルクたっぷりの紅茶と、籠に盛られた季節の果物。
蒲萄の実を一粒口にしてもくもくと口を動かす。
「ロトとやり合ってたハーゴンの魔物が来てやす!!」
その言葉にベレッタは向かい合わせのリラに視線を送った。
「バズズだな。アトラスの敵討にでも来たか」
「ミルクティーが冷める前に決着つけるぞな」
ごそごそと宝箱から一着の衣を取り出す。虹色の糸で織り上げた美しい羽衣。
「リラに似合うぞなも。水の羽衣……お爺様の最高傑作ぞ」
揺れるたびに光が水面のように生まれて。
「お爺様を助けたら、結婚式のドレスだって作ってもらえるぞなね」
「それは嬉しいな。ぜひともがんばらねば」
魔法鉄で作られた鉤爪を左腕に装着して、ベレッタは頷く。
同じように竜神も拳だけを特化させた。
「出撃ぞ!!頼んだぞな、相棒!!」
海賊神官は竜の女王を相棒と呼んだ。
それはこの先も小さな伝説して語り継がれていく。
「ああ。行くぞ、友よ!!」
真っ赤な太陽を味方に付けて走り出す。
それぞれの最後の戦いが始まった。
天然の要塞を打ち崩すのはさすがのハーゴン軍でも儘成らない。
迎え撃つのは竜神の率いる騎士団と腕利きの神官たち。
テパは元々魔道師たちの隠里。
簡単に落城させられたはその名前に傷が付く。
「しつこい目玉ぞな!!」
眼球を爪で抉り出し、ベレッタは次々に魔物を沈めていく。
背後から援護するのはネブラスカ。守りよりも攻めに力をいれて攻撃は最大の防御といわんばかり。
「女の子二人で、ここを守りきれるかな?」
「来たか……バズズ」
「同僚をやられてっからね。黙ってるわけにもいかねぇっしょ?」
炸裂する巨大魔法同士がぶつかり合って生まれる衝撃波。
背後から飛びかかかるベレッタの攻撃をかわしながら男は竜神との間合いを詰めようと目を凝らす。
「!?」
腕に走るぬるり…とした感触にリラは目を見開いた。
「よく出来てるだろ?アトラスの死体を死霊化したんだ。ま、ちょっと腐ってっけど」
今にも落ちそうな眼球と引きずる臓物からはかつての壮麗さは欠片も感じられない。
バズズの命令のままに動く最強の死霊。
「リラ!!そいつはあきちがやるぞな!!」
ネブラスカのイオナズンを盾にしてベレッタはアトラスの右腕を切り落とす。
ぐちゃり……腕を失う不快感は分かるのか憎々しげにアトラスはベレッタのほうを振り返った。
「グギャァァアアア!!!!」
邪神の呪いを受けた破壊の剣を振りかざし、海賊神官を切りつける。
腐敗臭が鼻をついて、沸き起こる吐き気を必死に飲み込んだ。
アトラスの剣を鉤爪で受けながら、腹部に打ち込む火球魔法。
腸が焼ける感触にアトラスは剣を振り回す。
「お前もあとでちゃーんとアトラスみたいにしてやるよ」
「断らせてもらう。それに……儂はお前には負けぬ!!」
背中に生まれる竜の翼。これで空中戦は互角に成る。
純系魔道師のバズズはその魔法力で三巨頭の地位を得た。
アトラス、ベリアルのような家柄や血筋ではなくおのれの力のみで上り詰めたのだ。
力と力が絡み合い、互いの身体をぎりぎりと締め付ける。
一瞬でも気を緩めたほうがこの勝負に敗れるのだ。
「ベレッタさま、此処は僕が。リラさまを!!」
「頼んだぞよ、ネブラスカ」
するり、とアトラスをかわしてベレッタも宙に舞う。
メルキド族の血のなせる空中移動。
「リラ!!援護するぞよっ!!」
バズズの火球を切り裂く鉄の鉤爪。ぎりぎりと歯軋りをして、ベレッタを睨み付ける。
偶然じゃないこの出会いは運命だったと確信しているから。
仲間と呼んでくれる人が居るから。
次々と這い出てくる死霊の群れと魔物たち。
双方に疲労が色濃く出始めた。
(ここで決めねば……やられる……)
『大丈夫。竜の力を消せるのはロトだけよ』
その声にリラは振り返る。
「貴様……!!ロトの従者!!」
『失礼な言い草ね。大神官に向かって。あんたが崇拝するハーゴンよりもずっと高尚よ』
『自分で言わなきゃもっと高尚だがな』
まるでそこだけ切り取ったかのように空間が生まれた。
『さぁ大地に還りなさい』
女の指先がバズズの額に触れる。
時計の針を止めたかのようにバズズはその場で動きを止めた。
そして次の瞬間その身体は砂でも崩すかのように砕け散ったのだ。
『これを預かってきたの。いつか竜の子に逢うことがあれば、って』
緋色の布に包まれた一本の剣。
『あたしたちの世界で竜神を守る子から預かったのよ。これはあなたのもの』
かつて異世界の竜が守ったといわれる伝説の草薙の剣。
どこか懐かしささえも感じるそれに、一筋頬を涙が流れた。
「なんということ……始祖の竜の心が……」
『お前にはこっちだな。俺の大事な相棒だ』
ベレッタの腕に男が取り付けたのは彼と長い旅路を歩んできた武具。
眩い光を放つ黄金の爪だ。
「ご先祖様なりか……ああ……」
『よくここまえ持ち堪えたな。さすがは俺らの血を引く女だ』
「あちきは……」
『もう少しだけロトを守ってくれや。俺らがそうだったように』
その言葉に二人は静かに頷く。
自分たちの戦いは何一つ無駄ではなかった。
この胸の痛みが、苦しみが。今は優しい花になる。
君を知ったその日から悲しいことは全部消えうせたのだから。
迎え撃つのはハーゴンを守る死霊の騎士団。
キラータイガーの牙を交わしながら三人は洞窟の最下層を目指す。
「何なんだよ……進んでも進んでもキリがねぇ!!」
その言葉にリトルが足を止めた。
「レイ……ここは本当の場所じゃないかもしれない」
その言葉に青年は額の汗を拭う。
「言いたいことは分かるけどな。解決策がねぇだろ」
今度は少女が首を横に振った。
ラーの鏡の欠片を青年に手渡して、指先をナイフで切りつける。
「!?」
ぽたり、ぽたり。真紅の真珠のように体液は形を作り次第に崩れていく。
表面にうっすらと文字が浮かび始め、それはやがて残像を具現化させた。
『はじめまして。あなたたちが今の世界のロトだね?』
銀髪の少女が手を伸ばせば、その隣には魔導師風情の青年の姿。
『あたしジェシカ。最初のロトだよ』
幼い頬と小さな唇。
『命の紋章はこっち。さ、行こう』
はるか昔、伝説の最初の勇者はあどけなさを残した少女だったという。
代々女性にロトの血が強く出るのも彼女が由縁だ。
『邪魔なもんは俺が消してやっから。お前らはジェシを追っかけろ』
目の前で炸裂する艶やかな古代魔法にアスリアは目を見張った。
自分とそう年端も変わらないであろう青年は、颯爽と炎を操る。
それはやがて不死鳥の形になり、あたりの魔物を全て焼き払った。
『ほら、見えてきた』
少女が指し示す一点を切り裂く稲妻の剣。
古びた封印札と小さな宝箱。
『ああ……やっぱり邪魔が入るのね』
シルバーデビルの集団が、一斉に少女に襲い掛かる。
天に手を伸ばし、一振りの剣を掴む。
炎を写し取ったような紅蓮の柄。
美しい刀身と宿る光の眩さ。
「あれが……稲妻の剣……」
古の勇者は、こんなにも小さな身体で闇の王を討ち取った。
誰かの手を借りて、一人ではなく皆で進んできた。
彼女も、彼も、仲間も。
すれ違った全ての人が、出会った全ての生命が。
『ロト』は彼ら全員の総称なのだから。
少女の剣が魔物の首を切り落とし、青年の魔法が辺りを照らし出す。
今すぐ行くから、急いでいくから。
ここ数日聞こえていたのは彼女の声だったのだ。
自らを勇者ではなく、最初のロトと名乗った少女。
『あなたが取るんだよ。命の紋章は子宮を意味するから』
少女の手が静かに重なって、箱へと導く。
「ご先祖さま…………」
『ちゃんと全部見つけてくれてありがとう。あなたがロトで本当に良かった』
閃光に包まれて息が詰まる。
消え行く意識の中で見えたのはロトとその仲間たちの記憶の断片だった。
異国の地に骨を埋めることを選び、アレフガルドに光をもたらした者たち。
そしてひっそりとその姿を消していった。
耳に響く声は今まで聞いたことの無いような透明感。
「……っ……」
話し声に意識を集中させる。
『ロト。久しぶりですね』
『ルビスも元気そうで良かった。今度のロトはこの子達だよ』
優しい歌のように聞こえ来る女の声。
精霊神ルビスと勇者ロト、二人の音色。
『この子達をロンダルキアの地へ届けてあげて。あたしができるのはここまで』
どうにかして身体を起こそうとするものの、痺れた手足がそれをさせない。
ただ聞こえてくる声に耳を欹てるだけ。
『悪霊に神さまなんていないわ。あれは古代の卵だもの』
『竜の血も目覚めてる。ロト、あなたが出会った女王の魂が今の竜王に変わった』
くすくすと笑う少女。
『ビオーランドーナが?また一緒に遊べるかな?』
竜王の祖となるものは、まったく別の世界からやってきたという。
ロトと共に降り立ち、アレフガルドの礎を築いた。
人を守るロトと魔物を守る竜王。
二人は手を取り合い、その世界を懸命に愛した。
『ルビス、あとは頼んだぜ。俺たちはここまでしかできねぇ』
『そ、あたしたちもここまでよ。これでやっと、全部お役目御免ってこと』
『どれ、うめぇ酒でも飲ませてもらうかねぇ』
聞こえてくる声に必死で瞳を開く。
「!!」
銀の髪の少女を守るように傍らにたつ青年。
輝く金髪を靡かせ、優美に笑う女。
伸びた髪を無造作に編んだ屈強な男。
(ロトと……その仲間(パーティ)たち……)
『あたしの血を引く子もでてきてるようだね』
『そうとうな遊び人だな、そりゃ』
『一々うるさいのよ!!首絞めるわよ!!』
脳内に流れ込んでくる四人の冒険の日々。
幾多の出会いと別れが少女を伝説の勇者へと変えていった。
恋をして、死の痛みを知った。
喧嘩をして笑いあって、また手を繋いだ。
特別なんかじゃない、どこにでも居るはずの一人の女の子。
(なんだ……この感覚……)
『さぁ皆、起きて!!ロンダルキアにいくよ!!』
その声で身体から痺れが消える。
「リトル、大丈夫か!?」
「レイ……君こそ顔が真っ青だよ。アスリアは……大丈夫みたいだね」
四人と向かい合って、視線を重ねる。
少女は大切そうに一振りの剣を抱えてレイの前へと進み出た。
『今度は君がこれを使って。悪霊の神様なんて居ないから、大丈夫』
古のロトから少年へと受け継がれる稲妻の剣。
流れ込んでくる力に思わず身震いした。
『俺からはこれをくれてやるよ。ありがたく受け取りな』
目深く被った帽子の対馬を親指でくい、と上げて青年はアスリアにそれを手渡す。
不死鳥ラーミアが宝玉を護り、優美に翼を広げるその雄雄しさ。
「霹の杖……」
大賢者と称された彼が生涯愛した伝説の一品。
それを模倣して作られたのが現存する三本なのだ。
『ジェシ、この子にも』
リトルの前に立ち、少女がそっと差し出したのは細身の美しい剣。
氷のような輝きを秘めた刀身と柄に刻み込まれたロトの紋章。
『これが本当の光の剣。あたしたちと一緒に旅をしてきた大事な友達よ』
身体を包む暖かな光。
すい、と少女の手が伸びてリトルの身体をそっと抱きしめた。
『よくここまでがんばったね……愛してるわ……』
自分たちよりもずっと過酷な旅を終えた少女がそう囁く。
『もう少しだからね……もう少しで全部終わるから……』
その言葉にぼろぼろとこぼれる涙。
『男らしく一度も泣き言吐かなかったな、坊主。たいしたもんだ』
男の手がくしゃくしゃとレイの頭を撫でる。
「……俺……っ……」
『いい子ね。一人で旅立って、みんなでここまで来た。ちょっやそっとじゃ出来ないことよ』
旅の途中で何度も詰られた。名前だけのロトなど要らないと。
その旅も、終わりが来るのだ。
「ご先祖様…………」
『俺の血を一番濃く継いだな。ま、女好きなとこまで継いだみてぇだけど……俺はお前みたいな
立派な後継者がいるってことを誇りに思うぜ』
人懐こい笑顔で青年はアスリアの両手をぎゅっと握った。
「俺は……俺……」
『迷うな。お前が思ってる通りで良いんだ。間違いなんてない。お前はお前だ、誰も代わりなんて
いねぇんだから。前だけ見て、護るべきものを護ればいい』
胸を締め付ける言葉。自分だけが苦しいわけではない。
同じ血をもつ仲間とここまで辿り着いたのだ。
『ルビス』
少女の声に静かに頷くのは精霊族の長。
透けるような肌に雪白の優しい髪。
『頼みましたよ、ロト』
幼い少女が、リトルの首にそっとそれを飾る。
精霊とロトの加護を受けたルビスの守りだ。
『ロンダルキアは心の迷宮。それがあれば迷うことはありません』
三人の身体を穏やかな光が包みこむ。
目指すのは決戦の地ロンダルキア。
一人ではないときがついたその日から、旅は始まった。
きっとこの旅の終わりにはにぎやかな未来が待っている。
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22:53 2005/11/04