◆海の上の眠らない夜◆
「リトリアさま、デルコンダルから書状です」
仕事も片付きのんびりと読書を楽しめば隣の青年は優雅に硝子細工を。
手先の器用さは魔道にも通じるのか錬金術の真似事を彼は好む。
「ありがとう」
受け取って目を通す。
ゆっくりと眉間に皺が寄り、こめかみに指を当てて二度ばかり首を振った。
「どうした?お姫さん」
「これ見て。それと僕は一応王子」
「へいへい。デルコンダルには馬鹿男が一人〜〜〜♪ふんふん…………」
同じように眉間に皺を寄せてアスリアも深いため息を。
「また、武術大会って……凝りねぇ男だな……」
「行ってあげたら?君のとこにも来てるだろうし」
デルコンダルの王アレックは未だにアスリアを娶ることを諦めない困った男だ。
魔物の恐怖からは開放されたものの、ムーンブルクとデルコンダルは未だに国交は
断絶したままの状態だ。
アスリアのあまりに強固な態度に、ムーンブルク王もこの問題だけは口を噤む。
挙句の果てにはサマルトリアに和平の仲介を頼むほどだった。
「胸糞悪ぃんだよ……あの馬鹿野郎の存在そのものが嫌だ」
「ごめーん、ご機嫌斜めなムーンブルクの皇女様にミルクティー持ってきてー!!」
サマルトリアはもともと好戦的な国ではない。
のんびりとした性分はこの国の特性といっても良いものだ。
「じゃあ、僕が行こうかな」
「駄目だっ!!あいつの女癖の悪さは……」
「それは君が言えるようなことじゃないと思うんだけども」
出されたミルクティーを一息で飲み干して青年は少女の手をしっかりと握った。
「過去のことは水に流してくれとはいわねぇが……」
「んー」
「デルコンダルに単身乗り込むのはやめてくれ、頼む」
「別に良いけども。サマルトリア(うち)になにか害があるわけでもないし。
外交の一端だと思えば招待状は無下にできないかなって思っただけで」
復興目覚しいムーンブルクの次の王は、めっきりとサマルトリアに住み着いている。
実害さえなければ良いが信条のリトルにとっては見慣れた風景になった。
「一緒に行こうか?」
「それが良い……一人で行っても行かせても俺……殺っちまいそうだ……」
深紫の髪に絡まるため息は彼の美貌に花を添える。
サマルトリアの第一王位継承者の事実でそんな言葉を吐くものも居ないだろう。
ぱたん、と書物を閉じてテーブルに突っ伏した青年の髪を撫でる小さな手。
「んー……気持ちいい……」
さわさわと指を滑る髪と形のいい頭蓋の感触に唇が笑う。
夕暮れまではまだ少し遠く二人だけで二人言。
今日あることに感謝して明日を手繰り寄せていく。
髪からぱらら、と落ちる滴。
「おまっとさん」
「待ってないよ。髪、まだ濡れてる」
近づく唇を片手でガードしてふわふわのタオルを投げつける。
室内に香るのは季節花の匂い。
気を利かせたサマルトリアの重鎮達が二人の食事中に室内を飾り立てたのだ。
どうやらそれが少女の不機嫌の原因らしい。
「花とか……まったくうちの連中は何を考えてるんだか……」
「ムーンブルク(俺んち)よりマシじゃね?」
「確かに。君のところは何をやっても派手だよね」
わしゃわしゃと亜麻色の髪を撫でる。
「デルコンダル、何時から行く?」
額に触れる唇。
ちゅ、と離れて視線を重ねた。
「んー……俺らだったら別に船いらねぇし……」
ランタンの灯を消してそっと抱きしめる。
「明日からでも行ってみるか?面倒なことはさっさと終わらせてさ」
ローブを肌蹴させれば闇に浮かぶ柔肌と光。
「じゃあ、今日はもう寝よう。君は体力がないからね」
「ちょっと待て!!ここまで来て指咥えて寝ろってか!?」
「スプーン咥えるほうがいいなら準備するよ?」
惚れたが負けを地で行くアスリアにとっては彼女こそが絶対正義。
「……っち……埋め合わせはしてもらうぜ」
それでも一つの寝台で抱きしめあって眠ることは漸く自然になってきた。
聞こえる寝息に今日も彼女が確かに生きていることに安堵する。
何度も、目覚めれば彼女の骸がそこに転がっている夢を見た。
未だ呪縛は解けないまま、彼は彼女よりも遅く眠る癖が取れない。
(……んでも、俺は幸せだぜ……)
暖かな寝床と恋人の存在。
何よりも今を確かに生きていることが何よりも幸せだった。
取り出したのは一本の箒。
驚くサマルトリア王女にリトルはにこり、と笑った。
「アスリアさま、箒で何をなさるつもりですか?」
指先から生まれる光の輪が柄を包み込む。
「ん?これでデルコンダルまでちょっとばかり出撃ってことさ」
「兄さまもご一緒にですね?いいなあ、私もそんな魔法覚えたい」
妹姫の頭を撫でて青年は少しだけ屈んで視線を合わせた。
「帰ってきたらご教授しますよ、お姫様」
「はいっ」
「俺、妹ほしかったんだよな。うん、良い事だ」
リトルを手招いて箒は二人を空に運ぶ。
「レム!!ちょっと行ってくるから留守中は頼んだよ!!」
「はい!!兄様もお気をつけて!!」
サマルトリアから南進して目指したのは水の都ムーンペタ。
途中ムーンブルクに立ち寄れば国王がせっかちに婚姻の日取りを進めてくる。
南の祠は運命の足跡。
そこから東に向かえばデルコンダル地方に入る。
「やっぱ海はいいよなー」
きらきらと煌く海面すれすれを飛べば遠くに見せる突撃魚たち。
あの背に乗って洞窟の中を進んでいったのはあの日のこと。
「あれ?あの船……ベレッタのじゃないかな?」
見覚えのある海賊旗。
誇らしげに風に帆を張って深淵の海を進み行く。
「お、間違いねえぇな。ちょっと寄るか?」
「うん。こんなところで会えるなんて思ってなかったよ」
移動呪文ルーラを使えば一瞬でデルコンダルには到着する。
それをせずに箒での移動を選んだからこその偶然。
急旋回しながら船に近付いていく。
「ちゃんと掴まってろよ、お姫さん」
背中に感じる暖かさを確かめて。
水際を飛びながらあのころを思い出した。
「御頭!!珍しいものが来ますぜ!!」
船員の声に女海賊は揺り椅子から飛び起きる。
「奇襲ぞ!?」
サーベルを手にしてうきうきとすれば傍らの船医が首を振った。
「ベレッタ様、もっと素敵なものですよ」
「ほえ?」
毛糸で編まれたポンチョを引きずれば、青年の手がそれを拾い上げた。
小さな体にまとわせてそっと手を引く。
「お体に障ります。温かな格好をしてください」
「あちきそんなに弱くないぞよ」
甲板に走り出れば懐かしい姿。
「リトル!!アスリア!!」
駆け寄って手を取り合う。
「元気だった?会いたかったよ!!」
ふいに青年が煙草を海へと投げ捨てる。
「アスリア、ゴミはゴミ箱にって」
「妊婦の前で煙草はまずいかなって思ったんだ」
「妊婦?にん……ああああああっっ!!」
見ればぽっこりと膨れた下腹部。
原だけが突き出た状態の女はにこやかに笑った。
「あちき子供できたぞな!!」
「うん、ものすごく意外なんだけど……」
話し込む女二人に男二人は苦笑いを浮かべるだけ。
「お前の子だろ?ネブラスカ」
「はい。縁あって授かりました」
船縁でのんびりと太陽の恩恵を受けながら事の次第を聞きだす。
あの戦いの後、ラゴスはホビットの郷へ帰ってしまったらしい。
帰る場所など持たない彼はこの船に残った。
同じように夢を描く二人が触れ合うのは至極普通のことだったのだ。
「ベレッタさまは相変わらずでして……冷え込んでも薄着のまま。ああもう……」
動きにくいとポンチョを投げだせばあっという間にネブラスカがそれを拾って
肩を包んでしまう。
邪魔だと繰り返されるそれはどことなく滑稽だ。
「お体は冷やさないでくださいとあれほど」
「あちきそんなに弱くないぞな」
「それとサーベルなんて重いもの……」
「こんなの片手でもてるぞな」
そのやりとりに笑うのは少女で、青年は首をこきりと鳴らした。
「なんだか、とっても君の未来を見てるようだよ」
「確実にそうなるな、俺も」
ちら、と見上げる視線に。
「君も良い父親になると思うよ」
繋ぐ手に感じる信頼と暖かさ。
潮風はしずかに幸せを運んでくれる。
揺れる海面は光を受けてどこまでも船を進ませるように。
「そういえば、二人してどこに行くぞ?」
心配顔のネブラスカを他所にベレッタは船縁に腰掛けた。
「デルコンダルまで。ちょっとした所用でね」
「あちきたちもデルコンダルまで行くぞ。あちきの船で行けばいい。それとも急ぎかえ?」
「ううん。のんびりとしたかったから箒で来たわけだし。乗せてってもらえれば嬉しいな」
「決まりぞな!!今夜は宴会ぞ!!」
船長の声に沸きあがる大歓声。
傍らの船医だけが深いため息をついた。
「お酒は駄目です……ベレッタさま……」
「あちきも飲むぞえ〜〜!!再会記念なり!!」
酔い覚ましにと潮風に吹かれれば同じように甲板にやってくる青年の姿。
「海賊連中は酒の飲み方が半端じゃねぇな……」
少し赤くなった頬。
かかる息も甘い香りに。
「前もこんな風にしたよね?」
二人で船縁に凭れて空を仰ぎ見る。
輝く南の十字星はあのころと変わらない光を称えていた。
「あっという間だったな、本当に」
煙管を取り出してあわててそれを胸元に仕舞い込む。
「吸えばいいよ。僕は妊婦じゃないし」
「煙草味のキスは嫌だろ?」
「君のだったら別に良いよ」
その言葉にアスリアは目を丸くする。
「でも、できればもう少し減らしてもらえれば嬉しいな。体にはあまり良くないし」
伸びた手が青年の前髪をかきあげて額に触れた。
翠色の瞳は優しくあのころよりもずっと穏やかにか輝くようになった。
「忙しくて煙草の量が増えるのはわかるけどね。僕も紅茶ばっかり飲んでる。君の話さえ満足に聞けない」
宮廷は人の目が多すぎて内緒話すら儘ならない。
「俺は……別に……」
伸ばされた手が彼の髪に触れる。
未だに王位装束ではなく、司祭服に身を包み革紐で髪を括る姿。
「お互いにまずは国政第一なのはあるけどね」
「うちのところは被害甚大だったから。しばらくはそっちに時間とられるんだろうな」
「王様らしくすればいいと思うけどね」
ただ一人の王位継承者。
形ばかりのロトと呼ばれていた三人はいつの間にか本当に強くなった。
「髭とか伸ばしてみるか」
「似合わないと思うよ」
二人の距離は少しずつ近付いて。
やっと手を取り合えるようにもなった。
「君は親馬鹿になりそうだ。躾も厳しいか甘いか両極端で」
潮風が頬に触れて季節を運ぶように。
月明かりは海に沈んだ魂を現世へと呼び覚ます。
「そういや、俺……リトルと踊ったことねぇや」
「僕、男役しかできないよ」
「だろうな。ちょっとやってみるか?」
彼の腰を抱いて足を前に踏み出す。
波音がステップを踏ませれば小さな舞踏会など簡単にできてしまう。
司祭服の裾がドレスのようで、一瞬だけ重なる彼女の幻想。
それは本当の魔法で彼も彼女もあるべき姿を映し出した。
「僕がもう少し背が高かったら良かったのに」
「小さくもないだろ」
「君が大きいんだよ」
「変わらなくても同じだったとは思うんだ。まあ、今更言っても仕方ないことだしさ」
伸びた髪が風になびくその美しさ。
巡りくる歌と季節を重ねてこの不自然を自然とできるように。
「お姫さん」
額に触れる唇。
空に溶けていくこの感情の名前はなんだったのだろう?
空間に響くその声が心地よいと感じられるようになったのはいつの日のことか。
「済し崩しは好きじゃないんだ」
「ここ二週間ばかりろくに時間とれてねぇ」
「あからさまな誘いだね。王様らしからぬ感じだ」
「形振り構ってらんねぇだろ?」
シーツの上に押しつけられた乳房が影を作る。
浮かせた腰を抱く腕と暗がりに響く声。
「……ッ…あ……」
突き上げられるたびに零れてくる声に、唇がきつくシーツを噛んだ。
耳朶を噛む彼の唇の暖かさに肩が竦む。
「慣れねぇカッコだと、きついか?」
首筋にかかる吐息と肌を滑る指先。
汗が落ちて肌で弾けては熱を誘う。
「ン、あ!!」
肩口に付けられる痣と乳房を掴む骨ばった手。
「慣れたいとは……ッ……思わ……!…」
「勿体ねぇ。イイって思う方が得だぜ?」
ぬるつく媚肉がしっかりと肉棒を銜え込んでひくつく。
「!!」
繋がった箇所がじりじりと疼いて、傷跡をなぞる舌先に肌が震えた。
溢れ出した愛液がこの体が女だと叫ぶ。
「…ぅ……ッ……」
細身の身体は柔らかな筋肉でなぞられてしなやかさと甘さを醸し出す。
「まだ背中の傷とか消えねぇな……」
抉られたように刻まれたそれは羽にも似ていた。
「こういう格好は……好きじゃない……ッ……」
「んじゃこっち」
組み敷かれて今度は視線が重なる。
空に溶けていきそうな深紫の瞳は曇りなど欠片もない。
重なる唇と入り込む舌先。
もつれて絡まり離れたくないと糸を引いた。
断ち切るように親指で彼がそれを拭う。
「……君も、がりがりじゃないけど……細いよね」
ぎゅっと乳房を掴まれて息が上がる。
その先端をちろちろと舐め嬲られてもどかしげに腰が震えた。
「っあ!!」
「圧死する心配ないだろ?」
かり、と噛まれて瞳をきつく閉じる。
左右をねっとりと口唇が包んでは離れた。
なだらかで柔らかな腹部に誓うようにキスをして、そのまま顔を埋めて腰を抱く。
秘裂を舌がゆっくりとなぞる。
「あ!!イヤ、っ!!あ……」
押しのけようとしても力が入らずに、余計に彼を刺激してしまう。
ぶちゅ、とクリトリスを唇が啄ばむたびにびくびくと腰が跳ねる。
「んじゃ、ここで止めるか?」
駆け引きはどんなときでも。
「僕は……それでも構わないよ……」
少女の手が勃ちあがった彼のそれに触れた。
「君は大丈夫じゃなさそうだけど?」
いつだって彼女の方が切り札を隠し持つ。
「……っち……食えねぇな……いい嫁だ」
押さえつけて脚を開かせる。
濡れそぼった膣口に先端を当ててそのまま突き上げていく。
絡まってくる体液と肉の柔らかさは本能だけにもどしてしまうから性質が悪い。
「もうちょっと……腰浮かせて……」
小さな尻を抱くようにして彼女の体を屈ませる。
「!!」
最奥までぐい、と突かれて声さえも出ない。
ただひたすらにもっとほしいという感情だけが支配するように。
「あ……ぅ……」
獣じみた声なのに甘いのはそれがきっと人間だからという曖昧さ。
突き動かされるたびに指先がきつくシーツを握る。
その手を自分の腰にまわさせて足を絡ませるように促す。
彼の長い髪が乳房に触れるだけで上がる嬌声。
「ア!!……ぅああ!!」
肌が染まるほどに浮かび上がる傷跡。
自分の上でゆっくりと歪む笑顔を見つめた頃、繰り返されるキスに眩暈を覚えた。
折り重なったその重みが心地よいと思える距離。
これがおそらく一番いい形なのだろう。
「デルコンダル……明後日には着きそうだな」
あまりよい思い出はないと眉を寄せる。
「結婚してあげたら?」
「ありえねぇよ」
ぼんやりと浮かぶ肌に視線を奪われる。
「んで、何か向こうでやりたいことでもあんのか?」
「…………………」
「隠し通すつもりだな?んじゃ、こうして……」
「うひゃあああああああんっっ!!」
全身をくすぐる指に降参したと手を上げる姿。
目じりの涙を払って彼女は彼に答えた。
「武術大会にでるだけだよ。体がなまらないように」
「あ?」
「城での生活は少しだけ余裕がありすぎて……ね?」
言われれば思い当たることばかり。
平和に慣れるにはまだ過去にできない日々だ。
「なるほど。んじゃ、俺も出てみるか」
「君と対戦するのもおもしろそうだ」
こつん、とこぶし同士が触れ合った。
「お手柔らかに、アスリアーナ皇女」
「そちらこそ、リトリア王子」
船の上の眠れない夜は二人にとってきっと大切なもの。
この先を過ごすためにも今夜は夜更かしをしてしまおう。
18:28 2008/10/09