◆close by dune―不規則―◆
「灯り、消したほうが良い?」
青年の肩に手を置いて、少女が囁く。
「いや、消さないほうが俺は好きだ」
小さな頭を抱いて、受け入れるようなキスを何度も重ねて。
時折絡んでくる舌先の甘さと熱さ。
アスリアの上着の紐を外して、手を滑らせる。
その手を取って、指を確かめるように一本一本に触れる唇。
「……っ……いいよ、僕がする……」
「慣れてんのは、俺のほうだ」
組み伏せられて、重なる肌。互いの背中には、ここまで来るまでの傷が在り過ぎる。
浮いた鎖骨を甘噛して、少しだけ唇を上に。
形のいい顎先から、頬に。そして、口唇へ。
「何で……今更、俺に許した?」
耳に掛かる息に、震える肩先。
「……知りたい?」
ちゅ…と触れて、離れる唇と視線。伸びた手が頬にそっと触れた。
その瞳が、やけに優しくて……冷たくて。
声を失った。
「そうだな……でも……」
舌先で軌跡を描きながら、アスリアの唇はゆっくりと下がっていく。
「色々と……確かめながらだよな……」
「ァ!!」
両手でぎゅっと乳房を揉まれて上がる声。指の間に挟まれた乳首を、そのままきゅっと捻る。
ぞくり、と背筋に走る感覚を頭を振って打ち消す。
悪戯に襲われても、こんな風な愛撫は初めてだった。
「……あ……ッ…」
口腔で転がすようにして、小さな乳首を噛む。
円を描くように柔らかい乳房を揉み抱けば、それだけで形が変わっていく。
女の身体の柔らかさ、脆さ。
指が触れるたびに悲しいほどこの身体が『女』であり心が『男』であることを感じた。
昔から抱いてきた違和感は、常に自分を支配し。
一歩を踏み出すことを躊躇させてきた。
『男』であって『女』の身体を持ち、『王子』として育てられてきた『王女』の道。
周りに疑われないように、素知らぬ顔で何もかも一人で抱えてきた。
「……っは……ぁ……」
唇は、ゆっくりと下がって腹部を走る傷に。
竜神の僕からアスリアを守ったときに出来たものだった。
まだ、赤く腫れ少し力を入れればじんわりと血が滲む。
「!!」
「じっとして……」
舌先で舐めあげて、息を吹きかける。
僅かに塞がる傷に、彼は目を細めた。
「ここも……」
体中に走る傷痕。どれもこれも誰かを守ったときに出来たもの。
どれだけ声高に男だと主張しても、彼女に守られてこの道を歩いてきた。
「痛かったろ……雨の日なんか特に……」
一つ一つを慈しむかのように、降る接吻。
「……君の痛みに比べれば……そうでもないよ……」
自分の命一つを守るために、国が一つ犠牲になった。
王家の血を、ロトの血を絶やしてはならないと神官たちはその身を盾にアスリアを逃がした。
拭っても拭っても。
あの日の血の感触が取れることなどなく。
毎夜自責の念は、糸となり身体をきりきりと締め上げる。
「あ!!」
窪んだ臍を経て、その下の入り口へ。
ぬる…と入り込む舌先にびくんと反る身体。
腰を抱き寄せて、青年は少女の腹部に顔を埋める。
舌が、唇が。動くたびにこぼれる濡れた音に神経が犯されて行く。
それでも、この行為がどこか他人事のように思える自分が居るのだ。
「ぅん!……あ!……ッ…」
じゅる、じゅく…唇が触れたり離れたりするたびに細い肩が揺れる。
ぬるぬると糸を引く体液を絡めて、指先で赤く熟れた突起をちゅ…と嬲って。
「!!」
逃げようとするのを、抱きとめて唇全体でそこを重点的にねっとりと吸い上げていく。
「……っは……ア…!……」
ちゅ…と唇が離れると一緒に糸が伝う。
指先でそれを断ち切って、絡めるようなキスを繰り返した。
肌で感じる他人の体温は思ったよりも暖かく、そしてぞっとするような恐怖を感じた。
これからこの男に抱かれるのだ。
「俺のほう……見てて……」
「…………………」
「……どうした……?」
すい、と手が伸びて頬に触れる。
「泣きそうな顔してる……僕が怖い?」
翠色の瞳が小さく笑う。
「……そうだな……怖いかな……」
額に小さなキスをして、膝を割って脚を開かせる。
「……僕も……怖いよ……」
身体を繋ぐことよりも、誰かの心に触れること。
それが、怖かった。
「息……大きく吐いて……」
言われるままに、呼吸を整えると入り口に先端があてがわれるのが分かった。
ぎゅっと目を閉じて、これが現実でないことを何処かで祈る気持ちと。
この現実を受け入れて、抱きしめたいと思う気持ちが鬩ぎあう。
誰かに必要とされること、誰かを必要とすること。
それに付随する気持ちがおそらく『恋』と言うものなのだろう。
「あ!!!やだ!!嫌だッッ!!」
引き裂かれるような痛み。それでも、女の身体は男を受け入れるように出来ているから。
「――――――――――ッッ!!!!」
せめて、アスリアの身体に傷は付けまいと爪が食い込むほどぎゅっと自分の手を握った。
傷を負うなら、一人で良い。
それが、リトルの根底にある思想。サマルトリアの血を持つものの意識だった。
「……ァ…ぅ……」
腰が進むたびに、唇を噛んで。それでも、こらえきれない悲鳴は小さく青年の耳に飛び込んでいく。
ずきん、と重く痛む腰と下腹部。
異物を排斥しようとする本能と、男を絡め取ろうとする女の性。
「……ん…っ……」
舐めるようなキスは、不思議と恐怖を取り去るような気がした。
痛みを抱きながらそっと目を開く。
「……アスリアーナ……」
アスリアの頭を抱いて、自分の胸の中に埋めさせて。
「どうしてだろう……君に抱かれているのは僕なのに……君を抱いてるような気がするよ……」
互いの身体は偽りの性に縛られた呪われた器。
「私も……そんな気がするよ……リトリア皇太子……」
傷を舐めあうだけの関係でも、この感情が偽物であっても。
今のこの瞬間に、相手を守りたいと思う気持ちだけは本物だと信じられた。
「……このまま、幸せになれたら……いいのにな……リトル……」
どこまで進んでも人は幸せというなの魔物に取り付かれてしまう。
怖いのは、ハーゴンよりも悪霊の神々よりも――――となりで眠る誰かの心。
「……あ!!……ぅ…!……」
絡まるたびに走る痛み。誰かを受け止めることの覚悟の形。
汗と、互いの匂いと、どこかで聞こえる魔物たちのざわめき。
それが今この空間にある全て。
「……ッア!!……あ……!!」
手を伸ばして、背中を抱いて、脚を絡めて、体温を確かめて。
この不規則な感情の行方を確かめるために、指を絡めた。
「もう少し……このままで……」
耳に入る声も、だんだん遠くなっていく。
身体の中で何かが弾ける感触と共に、意識を手放した。
「……目、覚めたか?」
「……うん……」
鈍く痛む身体が、夢ではないとリトルに告げる。
「なぁ……さっきのこと……」
のろのろと身体を起こして、シーツを引き寄せて膝を抱く。
「何で今更って?」
「そう」
「どのみち誰かとこうなるなら、君が一番適任だと思ったんだ。それに……」
視線を投げて、首を振る。
「僕は、女じゃないからね。だって、一度も経血が無いもの」
「……そりゃ、俺もだ」
「君はそうなる前に男になったからだと思うよ。でも、僕はそうなってもおかしくないのに、
そんな気配すらない。妹にはあるのにね」
自分だけが周りと違う。異物として排除される恐怖を抱きながらずっと過ごしてきた。
そんな日々から逃げ出したくて、ハーゴンの討伐という名目に乗って国を飛び出したのだ。
一人で居ることの安心感。
このまま逃げ出して、知らない街でひっそりと暮らしたいとさえ思った。
「いっそ本物の女になれれば、諦めもついたんだと思う」
どちらになることも許されない『性』を持つものは、ロトという名の『血』に縛られる。
世界のためにその全てをささげなさい、と。
「好きじゃなきゃ、こんなことをしちゃいけないってわけでもないでしょう?」
その言葉が胸に刺さる。
それでも、その言葉の意味を誰よりも解しているのはアスリア自身だった。
「この世界を救ったら、それで僕たちの役目は終わりだよ。アスリア」
「……………………」
サマルトリアの紋章が入った小さな皮袋から、リトルはきらきらと光るものを取り出す。
欠けた鏡の一部。
「ラーの鏡の欠片だよ」
そこに移るのは一組の男女。
どこか頼りない風貌ではあるが、凛とした光を持つ瞳の王子。
勝気な唇と、気風の良さそうな表情の王女。
「元に戻れたら、いいのにね。そうしたら、僕は君の国を守れたのかもしれない」
同盟国であるムーンブルクに援軍を出す間もなく、落城させてしまったこと。
名ばかりの王子であることが悔しくて、己の力の無さを呪った。
「ごめんね、アスリア。僕がもっと強かったら……」
「………誰も……何も……」
片手で顔を覆って、嗚咽を殺す。
「泣かないで……」
小さな手は、傷だらけになりながら自分を守ってくれた。
そしてこの先も、彼女は自分の盾となって戦うのだろう。
「……きっと、女のままでも……あなたを選んだ……きっと……」
青年の頭を抱いて、少女はその髪にキスをする。
「もし、この感情がウソで……戦いが見せる勘違いだと言うなら」
重なる視線。
もう、逃げることはしないと決めた。
「俺は、死ぬまでこの勘違いを貫いてみせる」
「僕が、君を愛することが無いとしても?」
「可能性がゼロなんてものは存在しない。もしそうなら、俺たちは最初から死に行くために
旅をしていることになる……だから」
少女の頬に手を掛けて、翠の瞳を見上げた。
「運命でも宿命でも。邪魔なものは全部蹴り飛ばして、俺のほうを向かせるから」
月を隠した雲は、雨を呼んであたりをゆっくりと包み込む。
「自信家だね」
「はったりの一つでも言えなきゃ、ムーンブルクは復興できないだろ?」
「……そうだね。君はムーンブルクの次期国王だからね」
詰まらない事を言い合って、笑っていられるこの時間を。
もう少しだけ感受して居たかった。
「アスリア、ひとつだけお願いがあるんだ」
「?」
「もしも、僕が死ぬようなことがあったら」
空気さえも変える様な、凛とした声。
「妹に、僕の最後を伝えて。逃げずに戦ったって」
この先の運命からも、自分自身からも。
もう、逃げるようなことはしないから。
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0:17 2004/08/30
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