◆CLOSE BY DUNE――弱音―― ◆




ラダトームの対岸にあるのは竜王の城。今はそのひ孫がのんびりと暮らしているという。
「俺らのご先祖様も、ここを歩いたんだもんな」
女勇者は虹の橋を渡って、竜神の島へと向かう。
唇には歌を、目には光を。
「今でこそ、こんな風に行き来できるけどな。話によるとえらい苦労してここまで
 来たらしいぞ、ご先祖様は」
肩に乗せたドラキーが先導となり、彼女は竜神と剣を交えた。
短く切られた銀の髪。ラダトームの王子を救い出し、彼女は竜神を切り裂いた。
紅玉で出来た首飾りは、竜神の護符。
女勇者はそれを王に献上する。
そして、彼女の行方はそれきり分からなくなった。
それが百年前の出来事である。
唯一つ分かることは、彼女がその身体に小さな命を宿していたこと。
系図で見れば彼女はこの三人の曾祖母にあたる。
「銀の髪のロトの話は俺も聞きかじった程度だけど……」
煙管でかつん、とキメラを撃ち捨てて、アスリアは壁を凝視した。
「面白い女だったんだなー。ほら、ここ」
剣先ででも刻んだのだろう。自分の名前ともう一人、男の名前。
「ジェシカ……最初のロトだ。んで、こっちが……んー……うっすらとしか見えねぇけど
 多分、大賢者バーツ様。ロトの夫だ」
黒髪の男と銀髪の女。子供のような二人はやがて親となり、その伝説の序章に名を置く事となる。
「ロトってのは俗称だって親父も言ってたな」
剣を一振り、レイが呟く。
「物語の終わりは幸せな結末(ハッピーエンド)だったんだろ?何時の時代も男は女守りたいって
 思うもんなんだしさ」
同じ道を、同じ血を引くものが通り行く。
天上のロトはただにこり、と笑うばかり。





地下迷宮を抜けた先に広がったのは、緑の美しい島だった。
魔物は城を警護するように飛び回るが、攻撃してくる気配はない。
「うわっ!!」
飛びしてきたドラキーがレイの肩に乗る。
「ようこそ、ロトの子孫。リラちゃんが待ってるよ」
「リラ?」
「ここの女王だよ。僕らを守ってくれるんだ」
どうやら当代の竜神は女らしい。ドラキーに案内されて、三人は城内へ。
「ロトを先導するのはドラキー族の仕事だよ。僕のずっと前のおじーちゃんもロトを竜王さま
 のところ案内したんだよ」
それぞれに、それぞれの血。何かを引き合わせてしまう。
「あ、リラちゃん!ロトが来たよ!!」
少女の手に、ドラキーがちょんと飛び移る。
「これは御客人。ようこそ」
銀の髪に、赤の瞳。黒衣に身を包み、少しだけ尖った耳が彼女が人間ではないと小さく告げた。
「儂はリラ。ロトから見れば竜王のひ孫じゃ」
リラの姿にアスリアが目を細める。
竜族の少女はよく笑う。まるで太陽に向かい咲く向日葵のように。
「目的は、これか?」
手をかざせば一振りの美しい剣が姿を現す。
不死鳥の紋章。先代のロトが使ったといわれる伝説の名剣だ。
「レイ、君のだよ」
「あ、ああ……」
そっと受け取ると、剣が静かに光る。女勇者に受け継がれてきた剣を取ったのは一人の王子。
リトルでも、アスリアでもなく。剣はレイを選んだ。
「すげぇ……手にしっくり来る……」
「主の手にようやく帰れたのだからのう。道中、ロトの加護を」
竜族の姫は、ただ穏やかに笑う。
その笑みに全てのものに対する拒絶を隠して。





月の色は、光に翳した針のような銀色で。
どこか、不吉めいたものを感じさせた。
「お姫様、いい夜をお過ごしで?」
「ムーンブルク王女か」
「王子と。姫君」
ローブをゆるりと纏って、アスリアはリラの頬に手を伸ばす。
「長旅で心も身体も乾いております。姫君に是非とも潤していただきたく思い……」
「性の定まらぬものの、吐き出し用にか?」
その目の色は、ゆっくりと紫に染まり行く。
同じように雪白だった肌も褐色に、銀の髪はエキセントリックな栗金に。
「……アンタ、何者なんだ?」
「龍族の血脈を持つ者。例えるならば……人間の憎しみの対象物だな」
人間は、同属以外には残忍な生き物だ。
どんなに平和であっても魔物と共存する道は選んでは来なかった。
迫害されるものは、その憎しみを織り上げてハーゴン軍に加担した。
狩られる側から、狩る側に。
その魔物を束ねる力を持つものの一人が、この龍族の姫だった。
「我らは人間以外の全てのものに寛容だ。妖精(エルフ)も精霊(ホビット)も同じ仲間。
 もちろん、この城に住まう全ての魔族、アレフガルドの魔物もな」
明らかに人と異なる外見を隠して、魔族も龍族も密やかに生きてきた。
百年前、竜王が打ち倒されたとき。
最奥に眠る宝箱の中に次の竜神は静かに息を潜めていた。
『決して此処から出てはならないよ。君は次の竜神だから』と、父王は彼女を箱に封じた。
『人も、龍も同じ魂を持つ者。どうして争わなければならないのかしらね』母は剣を取り、
地下の迷宮へと消えていった。
散り行く両親の絶叫を聞きながら、彼女はただ耳を塞いで時が過ぎるのを待つ。
静かに、静かに生きてきた。
対岸の人間の街に踏み込むことも無く、ただ憧れを抱いて。
それでも、人間は石を投げる。
罵声を浴びせる。
面白半分で魔物を撃ち、その命を奪う。
それでも耐えてきた。ただ、静かに生きることを望みながら。
「お前は、我らに近いな。あの王子も。人間であって人間ではない」
「半端者同士ってことか?」
「お前も、あの王子も子を成すことは出来ぬ。偽りの性故にな」
「じょ……冗談だろ!?俺はムーンブルク公国の唯一の王位継承者だ!次の王を
 この手に抱く義務がある!!」
サマルトリアにはリトルの妹姫が居る。しかし、ムーンブルクの王位継承者はアスリア唯一人。
「どの女子(おなご)を抱いても、おぬしの子が宿ることなど無い。あの王子もどの男に
 抱かれても、命を孕む事が無いのと同じだ」
生まれるのは乾いた笑いだけ。
自虐的な声音が、ただ室内を舞い飛ぶ。
「どの道を選ぶのか、考えるのだな。ムーンブルク王女アスリアーナ二世」
「……なんだってんだよ!!俺が何をしたって言うんだ!!!」
罪無き死刑囚は、ただその日が来るのを待つだけ。
色の無い未来を突きつけられて生きられるものはどれだけ居るのだろう?
見方は少数。それも確定したものではない。
「恨むならば、お前の身を変えた人間たちを恨め」
「親父は……違う!!」
「我らの苦しみ、味わうがいい。迫害され続けたものの痛みを」




扉を叩く音は、何処か気弱で。
開けずに無視を決め込むことは出来なかった。
「アスリア。どうかしたの?」
「……入っても良いか?」
「距離開けて座ってくれるんなら良いよ」
小腹が空いたのか、林檎をむきながらリトルはアスリアのほうを見る。
「で、何?」
「……なぁ、俺。お前のこと好きなのよ」
「ああ、そうみたいだね」
兎の形になったそれを、小さな口が侵略していく。
「でさ、俺って男になってもう長いのよ。酒場のねーちゃんと毎晩がんばったり、
 他国に行ったときに一晩だけとか結構楽しんできたわけよ」
「まぁ、乱れまくってるとまでは言わないけど、感心は出来ないね」
二匹目が消えて、もう一つ林檎が兎に変わる。
「好きになるのも、女の子だったし、それが普通だと思ってた」
そう、彼女に出会うまでは。
「でも、お前ってさ……男、好きにならねーだろ?俺と同じように性別が転換してるのに」
「だって僕、男だもの」
「でも、体は女だ」
「じゃあ、君は……君が女に戻って僕が女のままでも、僕のことを好きで居られる?」
それは、ずっと目を背け続けてきたこと。
それを認めてしまえばこの恋は消えてしまいそうで。
「僕が男に戻って、君が男のままでも僕のことを好きだって言えるかい?」
翠の瞳がゆっくりと彼を捉える。
その姿をどんな風に変えても。
彼女は、いや、彼はサマルトリアの第一王子なのだから。
「戦渦の中で生まれる感情は、恋と錯覚させるんだって。面白い話だね。まるで誰かさんたち
 みたいだ。そう思わない?」
楊枝の挿された兎を彼に持たせる指の細さ。
「このままで……幸せになりたいだけなんだ……それが例え間違いでも、ウソでも、錯覚でも……」
それは、強気な彼が見せた弱音。
ただ『幸せ』になりたいと願う気持ち。
「俺たちは……これからどこに行くんだ?リトル」
風の気配は、嵐の予感。
「どこにも……行けないよ。僕たちはきっとこのまま朽ちていく。レイだけがその血を残すんだ」
どこか悟った声は、悲しいほど綺麗で。
退く事も、進むことの出来ないことを全て受け入れた風にも見れた。
「ロトは三人も要らないんだ」
「…………………俺の気持ちは偽物だと思うか?」
「僕は君じゃないから分からないよ。君だって僕の気持ちは分からないのと同じようにね」
まだ、この苦行は終わらない。
考える時間だけは嫌なほどたくさんある。
「帰って早めに寝たほうが良いよ。寝不足は脳に悪いし」
「………………」
「さっきね、レイも来たんだけども。ベギラマの炎みたら帰っちゃった」
女は、強き生き物。
その胎に異物を受け入れ、子を成し産み育てる。
「ここに……居ちゃダメか?」
「居ても良いけれども、命の保障はしないよ」
長い時間を重ねて、彼女は自分たちをあしらうことが上手くなった。
王女は、立派に王子としてその使命を全うしようとしているのだ。
「一人で居たくないんだ……」
「…………いいよ。ちゃんと、向き合うよ。アスリア、君と」
一つ一つ。
言葉を噛み締めて、その意味を自分に言い聞かせるような声。
「君とちゃんと向き合うことは…………僕自身と向き合うことだからね」
彼の手を、彼女は取った。
それが彼女の覚悟の形。
二人で同室で一晩過ごして、無事で居られる保障など欠片も無いのは承知だった。
それでも、一緒に居なければならない事。
二人で探さなければいけない『答え』の場所を。
どうにかして、見つけたかった。
「キス、しようか……アスリア」
「え…………」
小さな顔が近付いて、柔らかい唇が触れる。
唇を挟みながら、歯列を割ってゆっくりと舌が入り込む。
青年の頬に手を当てて、少女は丹念に接吻を重ねていく。
何かを探すために。
そして、自分を見つけるために。


真っ赤な夜はまだ―――――――始まったばかり。






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22:27 2004/08/23

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