◆初雪◆
デルコンダルはある意味孤島だ。外界との接触を極端に国王は嫌う。
「本当にここに紋章はあるのかな?」
「笛は、そういってるけどな」
つかつかと進み、アスリアは首から下げたムーンブルク紋章を門兵に突きつけた。
「ムーンブルク第一皇子、アスリアーナだ。国王に目通り願おうか?」
その声はいつもよりも低い。
(レイ……アスリアなんか変だよね?いつもは第一皇女って言うのに)
(皇子って言い切ったもんな)
後ろで二人は耳打ちを。アスリアの後を付いて謁見の間へと通される。
「アスリアーナさまがお見えですが」
「え!!本当にっ!!アスリアちゅわ〜〜〜〜んっっ!!」
飛びついてくる男を蹴り倒し、アスリアは深く重いため息をついた。
「馬鹿は相変わらず治ってねぇな……お前。歴史に名を残す馬鹿だろ」
「あああ……この痛さも、愛……」
「……胸糞悪ぃ……」
仮にも一国の王を蹴り飛ばしながらアスリアは襟元を直す。
「……足、どけてあげたら……?痛そうだよ」
「こんな馬鹿はホークマンにでも食われりゃいいんだ。気色悪い」
「理由を、聞きたいんだけども……」
足蹴にしながらアスリアは再度ため息をつく。
「あれは、ちょっと前のことなんだけどな……」
ムーンブルクは水と緑の豊穣なる国。
王子としてこの国の未来を背負うのはアスリアーナ。知と賢に長ける者としてその才を発揮していた。
若年ながらも魔法に精通し、国王と共に他国に赴くこともある。
誰もが認めるムーンブルク唯一の後継者だった。
「アスリア」
「どうかしましたか?父上」
邪魔なのか前髪も一まとめに結い上げた少年は、額の汗を手の甲で拭う。
先刻まで新しい呪文の契約を結ぶために魔方陣の中で印を結んでいたのだ。
「いや、今度デルコンダルに行くことになってね。お前も一緒にどうかと思ってな」
ムーンブルクの魔法技術は他国からも高く評価されていた。
その頂点に立つのが現国王。
「独自の文化のある、あの国にですか?私も興味があります」
「そうか。ならば問題は無いな」
世界を知ることもまた、彼の糧となる。
ムーンブルク王は出来得る限りアスリアを公務に同行させてきた。
つぎの世代を育てるのも、王の務めだと。
成長に期待のできる息子に目を細める。多少、粗野なところを引いてもその才覚は十分。
この世界を飛び回るための気高き翼を、広げてやりたかったのだ。
海に囲まれた広大な島という表現が似合うこの国は、鉱物を膨大に抱える資産国でもあった。
漁業と鉱業が盛んで、港も整備されている。
「デルコンダルとは、なかなかに面白い国ですね。父上」
「少し、中を回ってくるかい?」
「はい。ここの史書室には面白いものがありそうな気がします」
息子の背中を見送って、王は親友であるデルコンダル王の所へと向かう。
魔物がざわついてはいるものの、デルコンダルは城砦王国。
場内にいる限り、安全だけは保障される。
(娘のままじゃ、あいつに狙われるからな……)
デルコンダル王家は息子が一人。後継者となるべく日々教育係に囲まれてすごしている。
問題なのはその王子の性格だった。
どうしようもないほどの女好き。誰に似たのか女官の尻を追いかける日々。
(いや本当に息子にしてよかったな。あとは頃合を見てサマルトリアとの縁談をまとめて……)
一人安心顔で王は頷く。
その頃、父親の思惑など露知らずアスリアは史書室で魔法書を読みふけっていた。
「あれ?君……誰?」
声をかけてきたのはアスリアよりも少しばかり年上に見える少年。
金の髪に笑えば口元には小さなえくぼ。愛嬌のある顔つき。
「俺、ここの王子様のアレック。ね、君どっから来たの?どうしてそんなローブで顔隠してるの?」
捲し立てる様に質問攻めにされてうんざりと目を閉じる。
(こんな馬鹿が後継者……この国はだめだな……)
雑音には無視を決め込んで黙々と史書の頁を捲る。自分の世界を作ってしまえばどうにかなるだろうと思ったからだ。
それでも彼はよほど興味があるのが纏わり付くのだ。
「うるせぇ!!俺はムーンブルクの第一皇女アスリアーナだっっ!!」
「ほえ?ってことはあの魔法で男に変えられちゃった可哀相なお姫様!?」
面白そうにからかう声。
自分が何のために王子として育てられているかは十分に理解していた。
本来ならば皇女としてしかるべき教育を受けているはずだった。
いずれくる旅立ちの日。その日のためにまだ見ぬ同じ血を持つ者達は修行に励んでいる。
「だれが、可哀想だって?あぁ?」
アレックの襟首をつかんでアスリアはその目に視線を重ねた。
「そんなにムーンブルク(うち)と戦争してぇか?テメェ……」
「だってオカマだろ?女で男なんて。あ、可哀想だから俺が側室にしてあげよっか?」
そのまま壁に叩きつけて、アレックをにらみ付ける。
「……馬鹿としゃべる口はねぇ」
ばたん。と扉を閉めて消え去る背中。
回廊を歩きながらアスリアはローブを剥ぎ取り髪を解いた。
風になびく紫の髪。知性的な額が顔を出す。
「ねぇ、待ってよオカマちゃ……」
まっすぐに前を見る姿。風の加護を受けて何かに立ち向かうような姿。
未来を見つめる紅玉の瞳。それは男女の区別無く美しいと思える姿だった。
「……あ……っ……」
「何のようだ。屑」
薄い唇が紡ぐ言葉。
「……その……あの……」
「消えろ。下衆が」
誰かの誹謗や中傷ごときで、この流れる血は汚されることなど無い。
それでも、言葉は刃となってまだ脆き心を切り裂く。
人間を殺すのは剣でも無く、魔法でもない。
魔物の襲撃でもなく――――――何気ない一言なのだ。
「親父!!!」
「どうしたアスリア。そんなに声を荒げて」
明らかに殺気立っている息子の姿に、さすがのムーンブルク王も困惑気味だ。
「この国はおっさんの代で終わりだな。あんな馬鹿見たことがねぇ」
吐き捨てるようにアスリアは続ける。
「おい、おっさん。あんたも自分のガキぐらいきちんとしつけしておけや。あのままじゃ所構わず
戦争吹っ掛ける事になるぜ?まぁ……ここがどうなろうと俺はしらねぇけどな」
言い切るムーンブルクの後継者に、デルコンダル王は口元を綻ばせた。
アスリアが元は高女であることはデルコンダル王も知っている。
何よりも、ふがいない息子には気の強い娘をと常日頃から考えていたのだ。
「ムーンブルク王よ。今すぐ皇女の呪を解いて、わが息子に嫁がせてくれぬか?」
「残念ながらわがムーンブルクはすでに相手を決めてあるのだよ」
そうだ、とアスリアも頷く。何よりも生理的に受け付けない相手とは会話する事すら苦痛だった。
「ちょ、ちょっと待って!!父さん!!」
息を荒げて入ってくるのは件の王子。
「俺、アスリアが来てくれるんならちゃんと勉強する!!」
「息子もああいってることだし」
こめかみ指を当てて、ムーンブルク王とアスリアは二度ばかり頭を振る。
これが二人の出会いであった。
その後もなんだかんだと理由をつけては、アレックはムーンブルクを訪問することになる。
そのたびにアスリアに冷たくあしらわれるのだが。
魔道士としては異例なアスリアは、アレックが何度その剣を突きつけてもひらりとかわす。
剣先を交えても、髪一つ傷つけることができないのだ。
時間は流れてデルコンダル王は病に伏してしまう。そしてアレックが王位に付いたと書簡が届いた。
流し読みをしてアスリアはそれを二つに引き裂く。他人を思えぬ男の国に興味は無いと。
そして、時間は流れてムーンブルクはハーゴン軍の襲撃を受けるのだ。
「そ、それはちょっと問題が……」
その声でようやくアレックは二人のほうを向いた。
「あれ?この二人は?」
「俺の嫁と、ローレシアの後継者」
「勝手な事抜かすな!オカマ!!」
レイを抑えながらアスリアはさらに一発をアレックに打ち込んだ。
「どうして俺が言えば怒るのに、このガキが言っても蹴り飛ばさないんだよ!」
埃を払いながら、アレックはレイを睨み付けた。
確かに、言動は同じなのだ。
なのに、アスリアはレイには暴行は働かない。
「至極簡単だよ」
「……………………」
「こいつは俺以外を罵倒しない。未来のローレシア国王だ。お前よりもずっと立派な王になるだろうよ」
口を開けば臣下の文句と愚痴。民に対する思いやりのかけらも無い。
現在のデルコンダルは宦官たちの力で動いているといっても過言ではなかった。
「月の紋章と、ガイアの鎧。もってこいや。俺らは遊びで旅してんじゃねぇ」
明日、この命がある保障は無い。
王宮での生活は今はもう夢のように溶けてしまった。
幸福だった時間を取り戻すためにこの道を進むことを選んだ。
父も、宮廷の皆も。自分を守ってその命を失った。
この命は、たくさんの犠牲の上に成り立っているのだから。
「うちの兵隊出そうか?そうしたら君だってこんな危険な旅しなくてもいいんだ」
「ちょ……」
リトルを後ろに追い遣って、レイはアレックの胸倉をつかむ。
「馬鹿野郎。兵にも家族が居るってこと分かってんのか?それでもお前この国の王か!?」
ローレシアを旅立って、ここまで来るのにたくさんの出会いと別れがあった。
時には罵られたこともあった。名ばかりのロトの子孫に何が出来ると。
それでも、この旅は自分達が進むしかない道。
この腕には、数え切れないほどの心を預かっているのだから。
「だって兵隊なんて戦うためのものじゃないか!」
「……ゴメン!」
レイを押しのけてリトルが前に出る。
そのままアレックの頬に誰も止められないほど見事にパンチを入れた。
「……右をやったら、左もやれ?だったかな?」
呼吸を整えて、反対側も。
「君は今サマルトリア(うち)にも宣戦布告したと受け取るよ」
時折届く便りで、戦況の悪化にリトルは眉をひそめていた。
ムーンブルク落城後、ハーゴンの狙いは同じ魔法国家のサマルトリアだったからだ。
剣と魔法を駆使して、精鋭たちは国を守るために戦う。
皇女であるレムも兵を率いて前線に立つほどだ。
「僕が居ない間……妹がサマルトリアを守ってる。君なんかよりもずっと民を、兵を思ってる!!」
ずっと抑えてきた気持ち。
本来は自分が兵を指揮し、最前線に立つべきなのだ。
自分の身体にはしっかりとサマルトリア王家の血が流れているのだから。
国を守るのは、王子の勤め。
自分を育て、愛してくれた民を守れるのならばこの命は惜しくはない。
そう思って、母国を出た。
(やっぱ……りっぱに王子だよ……リトル……)
「ああもうっ!!!こんな人間が国王だなんて!!」
「良いパンチだな。流石は未来のムーンブルク王妃」
「君も殴られたいの!?」
「すいません…………」
リトルの肩を抱いて、レイはアレックに手を差し出した。
「取るか?俺らはハーゴン倒しに行くんだ。お前はするべきことがあるだろ?」
「明日、俺たちが生きてる保証なんて無い。でも……最悪でも犠牲が俺たちだけ済むなら安いもんだろ?」
小さな笑顔。それは、自分の道を選んだものしか出来ない表情だった。
「アスリアちゃん……」
「おっさんもさ、女好きでしょーもねぇ男だったけど……民のことは思ってた」
「……俺は、父上みたいな賢君にはなれないよ」
「うじうじいってんじゃねーよ。男だろ。やるだけやってみせろ」
ぼんやりと重なるのは一人の美女の影。
「ア……アスリアちゃ〜〜〜んっっ!!」
ひらりとかわしてアスリアはけらけらと笑う。
「ほれ、早くもって来いや。月の紋章とガイアの鎧。有効活用してやっからよ」
同室でなければ紋章は渡さないとアレックが駄々を捏ね、アスリアは渋々と彼との同室に。
残り二人は一つの部屋。のんびりと流れる時間を甘受していた。
「何書いてんだ?」
「手紙だよ。父上とレムに」
近況を認めて、リトルは封をする。指先でそっとなぞり上げると青白い光を上げて書簡は一瞬で消えてしまった。
「な、なんだ!?今のっ!!」
「ルーラの応用だよ。レムの部屋に届くようにしたんだ。波長が似てるらしいから」
窓を開けて、見上げる空。
風はもうじき冬の気配。この地にも、祖国にも同じように真白の雪は降り積もる。
「早いね。もうこんな季節だ」
ヘッドギアを外せば、柔らかい髪が風にそよぐ。
鎧を脱げば、だれも同じ人間なのだ。
「なぁ、俺たち……どこに行くんだろうな……」
この旅は、果てなく続く道。そして、いつかは別たれてしまうのだから。
「……帰るんだと思うよ、あるべき家(場所)に」
自分の今の現状を嘆くことなく、リトルは前に進む。停滞している時間はないと。
この旅が終わるとき、それは自分たちが個人に戻るとき。
「レイはローレシアに、アスリアはムーンブルクに。家に帰るんだ」
「お前は……サマルトリアには帰らないのか?」
「………………………」
困ったように俯く顔。それは一人の少女の素顔。
「もしも、もしも……男に戻れなかったらどうするんだ?」
それは残酷な未来。
「………………………」
「今すぐに答えが欲しいわけじゃないんだ。でも、もし、そうなったら……」
女の身体は脆く柔らかい。まるで誰かに守られるために存在するかのように。
いっそ誰かにこの身を委ねてしまえたならば、どれだけ楽になれるだろう。
差し伸べられるその手を受け取ることが出来たなら。
「そんな顔するなよ。な?」
頬に触れる手。その手の暖かを離さないでいたいと思う気持ち。
けれども、そうしてしまえば一番大事にしてきたものが壊れてしまうのだ。
王子としての誇り、この血の流れ。
「僕、酷い顔してるでしょ?」
泣くのを堪えたその顔は、今の彼女の心の中を写し取った様で。
抱きしめて、暖めたくなるようなものだった。
「良い顔してると思う。嘘じゃなくて。なんて言ったらいいかわかんねぇどさ」
額に触れる唇。
びくつく肩を抱きしめて、その柔らかい唇に自分のそれを重ねた。
少しだけ乾いた唇。それなのに……熱病にでも冒されたかのように熱く感じた。
落ちてしまった恋は、どうにも出来ない。
成就させるか焦がれて灰になるか二つに一つだけ。
「俺とキスすんの……嫌か?」
「……そんなの、わかんないよ……」
認めてしまえば、一番大事なものを失ってしまう。
今は、それを守りたいという気持ちが前に出てしまうから。
まだ、全てを受け入れて生きるには迷いが多すぎて。
アスリアのように進むにはまだ……自分は強くなれてはいないのだ。
「……や…っ……」
絡まる舌先と、深く合わさる口唇。
小さな頭を押さえ込んで、貪るような接吻。
角度がずれるときにだけ許される呼吸に、早まる鼓動。
布越しでも互いの心音がはっきりと分かってしまう。
「……っは……あ…っ…!…」
ぎゅっと乳房を掴まれて、息が詰まる。そのままやんわりと揉み抱かれて抱きしめられる。
「やだ……ッ!」
「……ゴメン……」
泣き出しそうな顔を見てしまえば、それ以上踏み込む勇気はまだ無くて。
本当は、その脆く優しい心ごと抱きしめたいと思うのから。
迷いながら、戸惑いながら自分自身を探し続ける彼女のように。
逃げずにこの現実で戦って、強くなりたいと願いながらその隣に居る為にも。
何もかもを包み込めるだけの『強さ』を持った男になりたい。
今はまだ『彼女』の中の『彼』を打ち消せるほどの力がないから、もう少しだけこのままで。
この季節が巡り終えるまで、時間が欲しかった。
すぐ傍で眠る気配と、聞こえてくる寝息。
(やばい……眠れない……っ……)
どれだけ本人が男だと言い張っても、事実傍で眠るのはあどけなさを残した少女なのだ。
悲しいのは健全たる健康な青少年の性。
足音を殺して近付いて、その寝顔を覗いてみる。
(うわ……なんか……)
自分自分を抱きしめるように、丸まって眠る姿。
甘い匂いと揺れる栗色の髪。丸みと甘さが織り成す身体は女以外の何者でもない。
(クルもんが……ある……)
浮いた鎖骨も、シャツ越しに見える形の良い胸も。しっとりとした色合いの肌も。
どこに出しても文句の付けようの無いものばかり。
おまけに王室で育ってきた気品と、ロトの血の成せる風格。
そっと、上着をたくし上げれば上を向いた柔らかい胸が顔を出す。
ぺろ…と舐め上げれば、くすぐったそうに身を捩る姿。
(止まんね……)
左右を交互に舐め上げて、ちゅ…と吸い上げる。
(このまま……行けるか?)
そっと下穿きの中に手を入れて、下着越しに秘裂をなぞっていく。
次第に乱れてくる呼吸。
唇をなめ上げて、そのまま指先を下着の中へと忍ばせる。
隠れた肉芽を甘く摘み上げて、ぐ…と押し上げて。
「……ぅ……ん……」
指先に感じ始めたぬるつきに、唇が少しだけ上がった。
耳朶を噛んで、ふぅ…と息を吹きかける。
「……ん……!!!何やってんの!!!」
「夜這い」
「いいからどいて!!!」
引き離そうとしても、押さえ込まれて身動きが取れない。
「ここまできて止めろって言うのも酷だと思わねぇ?」
「勝手なこと言うなァっ!!」
濡れた乳首が、おいでと誘う。
「男に戻る前に経験してた方が絶対得だって!!」
「馬鹿も休み休み言えっっ!!!」
その間にも指先は奥へと入り込む。まだ誰も受け入れたことの無い秘部に。
「……痛ッ……」
「あ……ゴメ……」
なだめる様に頬にキスをして、慎重に指を動かす。
「やだぁ!!指……抜いて…ぇ……」
慣らすように、こぼれだした愛液を絡ませて入り口で浅く抜き差しを繰り返す。
焦らされれば、欲しくなる女の本能に火をつけるために。
半裸の体に覆い被さって、脊髄が下す決断に従う。
ちゅぷ、ちゅるっ…指が動くたびに絡まるような水音。
「…っは……あ!……」
「な……女も悪くないだろ?王様じゃなくたって、女王にだってなれるんだから」
「……女王……?」
サマルトリアの最初の国主はロトの血を引く聡明な女性だった。
その血の強さゆえに、サマルトリアは女が優性遺伝を持つ。
同じ魔法国家でも、ムーンブルクとはまた違う血統だ。
「……僕は……っ……」
指が動くたびに、奥のほうから生まれてくる熱い感覚。
それはレイの指をきゅん、と締め付けてもっとと促す。
甘い声と、震える膝。
(僕は……女の子じゃないよ……っ……)
「…ひ…ぅん……!……」
涙交じりの嬌声。それは自分でも驚くほど甘えた声色だった。
この体が。
心が。
ゆっくりと『女』というものに飲み込まれていく。
「!!」
膝を割られて、間に入りまれる。牽制しようと腕を伸ばしても力が入らない。
「や……やだぁ……っ……」
「大丈夫だって、俺……上手いから」
「やめ……ッ……」
先端が入り口に触れる。
「や……止めろって言ってんだろうがっ!!」
「リトル!!!あの男どうにかしてくれ〜〜〜っっ!!ってテメェ!!その粗末なモンしまいやがれっ!!」
「誰のが粗末だ!!!俺の破壊の剣を!!」
「アスリアちゃ〜〜〜んっ!!愛に男も女もないよねぇっ!!」
男三人が掴み合ってる間にリトルはすばやく服を着込む。
そして、誰にも気づかれないように呪文を詠唱していく。
「お前ら……いい加減にしやがれ!!!」
炸裂するベギラマの爆炎。縦横無尽に走る炎に、リトルは小さくため息をついた。
(初めてのベギラマ……こんなことにつかいたくなかったなぁ……)
テラスの欄干に座りこんで、だらしなく足を揺らしてみる。
うるさい三人は医務官の治療を受け、この空間で一人でのんびりとすごす事ができるのだ。
「リトル」
「……いい顔だね、アスリア」
頬には傷当。その周りをうっすらと巡る薬の跡。
「二人は?」
「ごちゃごちゃうるせぇからさ、ラリホーで眠らせてきた」
こきこきと首を鳴らして、アスリアもその隣に。
吐く息も白く、冬はそう遠くないところにあることがわかる。
そして、三人で過ごした時間の長さも。
「さっき……ありがとうな。すげぇ嬉しかった……」
「?」
「アレックのこと、殴り飛ばしただろ。あれって……ちょっとは俺のことも考えてくれた?」
「……ちょっとだけね。仲間を侮辱されるのって我慢できないんだ。それがレディなら尚更にね」
もしも、ラーの鏡がここにあったならば。
映る二人の姿は紛れも無く王子と王女だっただろう。
今は、それが逆転しているだけで。
「なぁ……王子様」
細い手首をアスリアの手が掴む。
「寂しがり屋の王女に、やさしいキスをくれませんか?」
欄干に座るリトルは、隣にいるアスリアよりもすこしだけ高い位置に。
それに、王子と言われれば悪い気がしないのも本音だった。
「……頬にでいい?」
「できれば、こっちに」
指すのは唇。
「………………………」
触れるだけのキスは、ほんの少しだけ自分が男で、彼が本当は彼女だということを教えてくれるようだった。
「あ……」
見上げた空から舞い落ちるのは、真白の雪。
清廉潔白のようであり、そうではないもの。
雪は世界に散らばる悲しさと苦しさを吸い取って、その色を白と成す。
白であって白ではない。
「初雪……だね」
「そうだな……もう、そんな季節か……」
昔見た雪は、幸せの空の記憶。父と母に手を引かれ、祈りを込めたあの聖なる日々。
その日々を取り戻すために、今こうして旅をしている。
そして、同じ思いをこれ以上ほかの誰にもさせないためにも。
「風邪引くよ、王女さま」
「お心遣いを……リトル王子」
笑いながら閉じられる扉。一晩眠ってあの日の夢を見よう。
目が覚めたら、また運命は手を広げて自分たちを待っているのだから。
あつらえた様にガイアの鎧はレイにぴったりで思わず笑いがこぼれる。
デルコンダル王家に受け継がれてきた月の紋章は、アスリアが預かることとなった。
「アスリアちゃん……本当に行っちゃうのか?」
「お前のところでだらだらしてるわけにもいかねーからな」
ブーツの紐を直して、アスリアは前を見る。
「レイ」
麻布に包まれた塊をリトルはレイの手にどさりと渡す。
「?」
「いいから。開けてみて」
言われるままに包みを開く。
「……これ……どうしたんだ?」
出てきたのはドラゴンキラー。職人の技が光る至高の武具のひとつだ。
「今朝方城門の所にキラータイガーが居たんだ。それを退治しただけ」
「……いいのかよ、これ……」
「重いものは僕には使えないからね。レイが使ってくれれば僕も嬉しいし」
「サンキュ。リトル」
背後ではアスリアがあまりにもしつこいアレックに来た時と同じように蹴りを入れている。
王女様は大変にご機嫌斜めらしい。
「アスリアの機嫌が直るまで、街に出てみない?何か掘り出し物があるかも」
雪は積もることなく光の中に消えてしまった。
「そうだな。ホモとオカマ、お似合いだ」
「そんなこと言っちゃダメだよ」
そういいながらもリトルの口元も笑っている。
「いこーぜ。たまにはのんびりとさ」
巡り来る季節の中。
まだ見えない明日を探して三人は進んでいく。
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2:14 2004/05/14