◆くろすぐりのパイとショートケーキ◆




「もうちょっと砂糖入れて。そしたら手早に泡立てる」
「こ、こうか?」
甘い色合いの牛乳と砂糖を混ぜ合わせて、氷の上で手早く仕上げる。
「そうそう。そんな感じ。ちょっと角が立つくらいで」
「角は、魔牛のものか?それともアークデーモンのものか?」
「いや、ものの例えだから。お姫様」
リラの隣に立つはアスリア。慣れない手付きの彼女になにやら指導してはため息を付いた。
人間とは溝のあるその見識。それでも、彼女は人を知ろうと手を伸ばす。
「リラちゃん、がんばれ!!」
ドラキーがひらひらと周りを飛び、心配げなキメラが窓辺で見守って。
異形の騎士達も祈るように姫を眺めるばかり。
「んじゃ、これはこのまま氷で冷やしておけばいいから」
「あ、ああ……」
並べられた薄力粉と玉子と重曹。柔らかな砂糖と甘い匂いの蜜を少々。
鉄製の入れ物の中で踊る玉子と砂糖。
「んで、人肌になるくらいまで混ぜる。だまとか出来ないように気をつけてな」
泡だて器を片手に、竜神はなれ無い作業に四苦八苦。
纏め上げた銀の髪が、光にきららと笑った。
「凄いね、アスリアってケーキも作れるんだね」
「ただのオカマじゃなかったんだな、お前」
テーブルに肘を付いて、その光景を見守る二人。
「あのな、俺だって別にそんなに好きじゃねぇよ。ただ、お前らのどっちも教えられねーから
 俺がお姫様に教えてるだけだろ。大体な、こーいうのはリトルが教えてしかるべきだろ?」
その言葉に笑いながらリトルは首を振った。
「女の子同士の方がいいと思うよ?」
「俺は男だっつーの」
ぶつぶつと文句を言いながらアスリアはリラに丁寧に教えていく。
小皿の上の苺が、くすくすと笑った。




事の発端は何気ない一言。
「ケーキ食いてぇ……」
「うん……久しく食べてない。ケーキとかパイとかムースとかシフォンとか……」
オークの群れを一掃して、レイとリトルはそんなことを呟いた。
元々華やかな王宮で育ってきたせいもあって、時折そんなことを思ってしまう。
優美なティータイムまでは行かなくとも、誰かの気持ちの入ったお菓子。
暖かい一杯の紅茶で、心を穏やかにしたい。
「ケーキ?」
「あー……お姫様はしらねぇか」
「知ってはいるが、作った事なぞない」
言われてみればもっともなこと。リラは幼いころから竜神として育てられてきたのだから。
彼女の先代が見れば、人間と融合しているこの状態をどう思うだろうか。
「ぶさいくな形でも、好きな子から貰ったクッキーとかは嬉しかったよな」
「まぁな。多少の焦げは飲み込めばごまかしも効くからな」
生まれてこの方ケーキなど作った事は無い。
それでも、どうにかして作りたいと思うのが恋心。
「儂でも、作れるか?」
「お姫様、本気か?」
「うむ。儂も作ってみたい」
貴方の為に魔法をかけよう、二人で夢を見るために。




「あー……香りが足りねぇな」
出来上がった生地を一舐めしてアスリアは窓から外を眺めた。
目の前にはラダトームの城。対岸の街まではすぐの距離。
「ちょっと買出しに行くか」
「買出しって言ったって、どうやって行くつもり?」
四人の中でルーラを使えるのはリトルのみ。アスリアが対岸の街に行くにはキメラの翼が必要だ。
「ああ、そこのキメラの羽千切れば問題ないだろ」
「大ありだ!!馬鹿王子!!」
わめき立てるキメラに青年は壁に手を付いて笑った。
「冗談だ。箒一本借りれるか?」
骸の騎士が、差し出すそれを受け取ってアスリアは窓辺に立つ。
ブーツの踵を鳴らして、箒に跨って宙へと飛びだした。
「!?」
驚く三人を尻目にアスリアはただ笑うばかり。
「魔道の基礎だろ?ガキのころ、親父に習ったんだ。まぁ、王族はそんなことするなっても
 言われたけどな」
城の周辺を旋回する姿と、風に靡く髪の美しさ。
手を伸ばして、少女を誘う。
「女物を買うには女の方が良いだろ?俺一人じゃ入り辛いしさ」
「そう言うことならつき合うよ」
鞄を掴んで青年の後ろに飛び乗る。
「お姫様、氷だけは切らさないでちゃんと冷やしとくんだぞ!!エロガキ、お前は摘み食いすんなよ!!」
そのまま急降下して二人は一路ラダトームへと向かう。
その姿を見送って、竜神はもう一度作り掛けのクリームに目を向けた。




魔物の急襲はあれども、ラダトームの街は何も変わらずに機能している。
遥か昔、ロトが守ったこの世界。そして、離れる事を決意したこの街。
「ご先祖様が愛して憎んだ街か……不思議な感じだな」
「そうだね。でも……ご先祖様が外に出たから僕達は存在するんだろうし」
並んで見上げるこの風景を守るのもまた自分たち。
世界は素知らぬ振りをして、今日も変わらずに時間を刻む。
「たまには二人きりにしてやれば、エロガキだってちょっとは男になるかもしれねぇし」
「そんなとこだろうと思ったから、君の誘いに乗ったんだ」
並ぶ出店を冷やかしながら、他愛も無い事を話す。
この戦いがなければ精々在り来たりから少し外れた人生を送る程度で済んでいたのかもしれない。
「リトルはケーキとか作った事あるか?」
「妹に付き合ってくらいなら。母さんが色々と書き残してくれたから」
最初のページには兄であるリトルに。
火は危ないから必ず隣に居て。一人じゃなくて二人で並んで。
母の文字は、一つ一つに気持ちが込められていて。
ページをめくるたびに、涙がこぼれた。
「簡単なものしか出来ないけどね。妹の初めてのケーキは複雑な味だったよ」
生焼けのスポンジと、液体のクリーム。
それでも母の言葉を懸命に理解しての始めての作品。
「食ったのか?」
「当たり前。複雑な味だけど、気持ちのこもったおいしいケーキだったよ」
彼女は、不満や不安を口にすることが少ない。
よほど男二人のほうが本音を呟くだろう。
「もっとたくさんいろんなものを作って、上手になるころ……きっと、素敵な相手が現れるんだ」
金細工の施された煙管を取り出して火を点す。
こうして街を歩きながらこんな話をできるのは、そうない機会。
「そん時はどうすんだ?」
「妹がほしければ、サマルトリアの近衛兵全てを倒してから来い!!って言ってやるよ。
 そしたら今度は僕と一対一で戦ってもらう」
「それじゃ、嫁にいけねぇだろ」
「兄としては当然の気持ちだよ?」
「だろうな。んじゃ、俺が判定つけてやるよ。ムーンブルクの名にかけて不正判定はしねぇ」
日差しも良好、風も心地よい。
この当たり前の日常を取り戻すために自分たちの戦いはまだまだ続くのだ。




丁寧に切られた苺が、光を受けて誇らしげに輝く。
「お姫様のケーキが食えるなんて考えてなかったな」
向かい合わせで一休み。二人でのんびりと過ごせる時間。
「その……初めてつくるから……」
「尚更嬉しいよな!!いっちゃん最初に食えるってのが」
どんなものであれ、君がここにいてくれるのなら。
それが最高の味付けになるから、心配なんて要らない。
「でも、紅茶は美味いのがある。だから……」
「余計なこと考えんなって、美味いから」
屈託なく笑う目の前の人間は、本来は自分たちの糧となるもの。
けれども、彼女はそれを選ばなかった。
共存というものは簡単にできるものではないことくらい知っているけれど。
誰かに必要とされることの至福は、何物にも代え難い。
「ん?何か俺の顔についてっか?」
こんな甘い時間と、やさしい空間に出会えたこの奇跡。
「いや。いい男だと思ってみておった」
悪戯に占なった恋の行方の相性がたとえ最悪なものでも。
身体の中にある遺伝子が選んだ相手だから。
どんな難関でも突破して、走り続ける自信がある。
口に出すのはまだまだ勇気が必要だけれども、白日の下で堂々と手をつなげるようになれたから。
「当たり前のこと言うなよ」
「そうじゃな」
どんな結末が待とうとも、後悔だけはしなくてすみそうだと彼女は笑う。
互いの身体に流れる血が引き寄せた運命の行方。
出来上がりのわからないケーキのようだと、二人で笑いあった。




「さて、仕上げますか」
炉から出したスポンジを冷やして、出来上がったクリームを均しながら塗っていく。
慎重にナイフを握って、丁寧にその作業をリラはこなしていった。
「んで、苺とか並べて……」
「こうでいいのか?」
一つ一つ、列になるように指先が動く。
「そんで、こうやって、ぎゅっとやる」
二人の後姿を見ながら、リトルはそっと小さな破片を取り出す。
砕けたラーの鏡の一部に移る、二人の女の後姿。
あでやかな銀の髪と深紫の妙の美しさ。
「女の子二人って感じでしょ?」
「かたっぽはオカマだけどな」
鏡に映る自分たちも、列記とした男の姿。この現実は斯くも面倒で面白いことになっている。
「生地を痛めないように……そうそう、そんなふうにやさしくすべらせて……」
言われたとおりに形を作り、リラは大きく息をついた。
「これでいいのか?」
「後は少し冷やす。お姫様もちょっと休みな。俺も久々に作ってみるから」
手早に材料を準備して、青年は朝やかな手つきでチョコレートを刻んでいく。
メレンゲと刻んだバターをそれに加えて、小さく呪文を唱えた。
「!?」
「てっとり早いだろ?古代魔法なんだけど、こんなことくらいにしか使えないからさ」
炎を操る「メラ」は、はるか昔からの民間魔法。
古のロトの仲間は、スカイドラゴンを飲み込むような巨大な火炎を生み出したという。
今はその残り火を、研究者たちが使える程度。
「っと……こんなもんか」
型に流し込んで再度呪文を唱える。
室内に漂う甘い香りと差し込む窓の光。
生地は見る間にふくらんで、ふわんふわんとそのやわらかさを知らしめる。
「あとは一緒に冷やすだけ♪っと」
その光景に、少年は二度ばかり頭を振った。
「楽しそうだな、オカマ……」
「元々が女の子だからね……あれでも」
たとえどんな姿でも、あなたのために何かを作れるのなら。
「まだ冷やしたほうがいいのか?」
「そうだな。もうちょっと」
とっておきの笑顔で、素敵な時間を演出したい。
多少いびつな形でも誰にも負けないくらいの恋心をつめて。
一口、あなたがおいしいといってくれるのを待ってるから。
「まぁ、俺らは待つしかできないんだけどな」
「僕たちは男だからね」
「…………お前は微妙に違う気がするぞ。うん」
「失礼だね、これでもサマルトリアの第一王子だよ。僕は」
紅茶に浮かべたミントの葉。
砂糖の代わりに甘いジャム。
一枚の絵画のように並べて、手を合わせよう。




出来上がった苺のロールケーキとチョコスフレ。
そっとナイフを入れて小皿に取り分ける。
「そいじゃ、いただきますっ!!」
最初の一口を飲み込んで、少年は親指を立てて前に突き出した。
「すっげぇ美味ぇ!!久々に美味いケーキ食った!!」
「スフレも美味しいよ。城に居た頃、よく食べたなぁ……」
君が嬉しいと笑ってくれるなら、どんな困難だって越えてみせるから。
「おいしい」といってくれるその一言は。
この世界の総てを変える魔法の言葉。
魔法使いはいつだってそばにいる。だた、口にしては言わないだけで。
幸せはくるくるといつの世も回りながらこの手のひらに舞い降りるから。





お味はいかが―――――――?




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